読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『カルテット』ジーン・リース

Postures(1928, released as Quartet 1929)Jean Rhys「異色作家短篇集」という叢書がありますが、ジーン・リースほど「異色」という言葉が似合う作家はいないかも知れません。 最初に読んだのは岩波文庫の『20世紀イギリス短篇選』下巻の巻頭に掲載されて…

『狩人の夜』デイヴィス・グラッブ

The Night of the Hunter(1953)Davis Grubb デイヴィス・グラッブは、作品数が少なく、取り立てて特徴のある作品を書いたわけでもありません。そのため、本来であれば死後は人々の記憶から消えてしまうような作家だと思います。 そうならなかったのは、処…

『ゴロヴリヨフ家の人々』ニコライ・シチェードリン

Господа Головлёвы(1875-1880)Никола́й Щедрин ロシア人の独特なセンスはほかの国の人には理解しにくいため、インターネット上でよくネタにされます。当然ながら、ヘンテコさは文学にも表れています。 ロシア文学というと、フョードル・ドストエフスキーや…

『壜づめの女房』

早川書房の「異色作家短篇集」は、一九六〇年から一九六五年まで三期に分けて十八冊が刊行されました。十七巻までが個人の短編集で、最終巻(※1)の『壜づめの女房』(写真)のみがアンソロジーです。 この叢書は、目の写真が大きく印刷された函と、期ごと…

『モンスター誕生』リチャード・マシスン

Born of Man and Woman(1954)Richard Matheson 以前、リチャード・マシスンの『奇術師の密室』の感想を書きました。 これは晩年の長編だったので、今回は逆に処女短編集である『モンスター誕生』(写真)を取り上げることにします。 マシスンは何でも器用…

『大平原』アーネスト・ヘイコックス

Trouble Shooter(1936)Ernest Haycox 新鋭社ダイヤモンドブックスの「西部小説シリーズ」は、一九五七年に刊行が始まったウエスタン小説の叢書です。 ところが、日本におけるウエスタン小説の不人気故か、十四巻まで予告されていたものの最後まで発行され…

『真夜中の子供たち』サルマン・ラシュディ

Midnight's Children(1981)Salman Rushdie サルマン・ラシュディの『真夜中の子供たち』(写真)は「ブッカー賞のなかのブッカー賞(Booker of Bookers)」に選ばれた名作にもかかわらず、日本ではほとんど評判にならず、文庫化もされず、現在、品切れ中で…

『この世の王国』アレホ・カルペンティエル

El reino de este mundo(1949)Alejo Carpentier サンリオはアレホ・カルペンティエルがお気に入りだったのか、『バロック協奏曲』がサンリオSF文庫から、『この世の王国』(写真)がサンリオ文庫から刊行されました。『この世の王国』はサンリオより先の…

『猫橋』ヘルマン・ズーデルマン

Der Katzensteg(1890)Hermann Sudermann ヘルマン・ズーデルマンの『猫橋』は、明治三〇年頃に戸張竹風による抄訳『賣国奴』として日本に初めて紹介されました。 田山花袋も『カッツェンステッヒ』の邦題で翻訳したそうですが、まとまった形では発表されて…

『魔女も恋をする』『たんぽぽ娘』『見えない友だち34人+1』

僕が中学生の頃、第何次目かのSFブームが起こりました。それに便乗したのか、コバルト文庫(当時は「集英社文庫コバルトシリーズ」)でも海外のSFやホラーのアンソロジーが盛んに刊行されました。 そのなかで印象に残っているのは、やはり「海外ロマンチ…

『縛り首の丘』エッサ・デ・ケイロース

Eça de Queiroz ホセ・マリア・デ・エッサ・デ・ケイロース(José Maria de Eça de Queiroz)は、ポルトガルの70年代世代もしくはコインブラ世代と呼ばれるグループの代表的作家です。ただし、専業ではなく、弁護士や外交官の傍ら小説や紀行、評論文などを執…

『サラゴサ手稿』ヤン・ポトツキ

Manuscrit trouvé à Saragosse(1804,1805)Jan Potocki 国書刊行会が「世界幻想文学体系」の一冊として、ヤン・ポトツキの『サラゴサ手稿』(写真)を刊行したのが一九八〇年。しかし、これは全訳ではなかったため、完訳が期待されました。 二十年後、東京…

『不思議な国の殺人』フレドリック・ブラウン

Night of the Jabberwock(1950)Fredric Brown ミステリーの分野でも『不思議の国のアリス』をモチーフにした作品は数多くあります。 中学生の頃、辻真先の『アリスの国の殺人』を読みましたが、内容を全く覚えておらず、当時の本のほとんどは実家に置いて…

『未来少女アリス』ジェフ・ヌーン

Automated Alice(1996)Jeff Noon 二〇〇三年、ハヤカワ文庫FTの二十五周年を記念して「プラチナ・ファンタジイ」という叢書が作られました。 その後、「プラチナ・ファンタジイ」は、なぜか文庫から単行本に移り、二〇〇九年に消滅した模様です。 当時、…

『黒いアリス』トム・デミジョン

Black Alice(1968)Thom Demijohn トム・デミジョンとは、ジョン・スラデックとトマス・M・ディッシュの合同ペンネームです。 ふたりは一九六六年にも合作しており、このときはカサンドラ・ナイという名で『The House that Fear Built』という作品を発表し…

『パズルランドのアリス』レイモンド・スマリヤン

Alice in Puzzle-Land: A Carrollian Tale for Children Under Eighty(1982)Raymond Smullyan 僕は翻訳小説が好きなので、原書のバージョン、訳者、イラストレーターなどの違いによって同じ小説を複数冊購入することがあります。そのなかで、最も数多く所…

『屠殺屋入門』ボリス・ヴィアン

L'Équarrissage pour tous(1950)Boris Vian 以前にも書いたとおり、高校生の頃、フランス文学にかぶれていました。 志賀直哉じゃありませんが、フランス語で書かれた文学は格上と考えていたんですね。ひとつの国を特別視するなど無知故の思い込みに過ぎま…

『物理学者たち』フリードリヒ・デュレンマット

Friedrich Dürrenmatt フリードリヒ・デュレンマットは、マックス・フリッシュとともにスイスを代表する劇作家・作家として知られています。 特にデュレンマットは推理小説も書くので、そちらのファンも多いと思います。 本国では『判事と死刑執行人』がベス…

『アメリカ鉄仮面』アルジス・バドリス

Who?(1958)Algis Budrys 東プロイセン生まれのリトアニア人で、家族とともにアメリカに亡命したアルジス・バドリス(※)。 邦訳には恵まれておらず、評価の高い『無頼の月』も一九六一年に「SFマガジン」で連載されたきり、単行本になっていません。 も…

『ヂャック』アルフォンス・ドーデ

Jack(1876)Alphonse Daudet アルフォンス・ドーデの『ヂャック(ジャック)』(写真)を読むきっかけとなったのは森茉莉でした。 茉莉の息子の山田𣝣(じゃく)と同じ名前のせいか、彼女のエッセイに度々登場します。例えば……。「息子の家から公然と移動し…

『ベル・カント』アン・パチェット

Bel Canto(2001)Ann Patchett『ベル・カント』(写真)はアン・パチェットの代表作です。オレンジ賞やペン/フォークナー賞を受賞しており、二〇一八年には映画化もされています。 しかし、翻訳されたパチェットの長編はほかに『密林の夢』しかなく、映画…

『悪魔なんかこわくない』マンリー・ウェイド・ウェルマン

Who Fears the Devil?(1963)Manly Wade Wellman アーカムハウス(Arkham House)とは、故人となったH・P・ラヴクラフトの小説を出版するために、オーガスト・ダーレスとドナルド・ワンドレイが作った会社です(アーカムは、クトゥルフ神話に登場する都市…

『魔女たちの饗宴』

ロシアの女流作家というとリュドミラ・ウリツカヤを思い浮かべる方が多いと思いますが、「ほかに誰の作品を読んだことがありますか?」と問われたら、「むむむ」と唸ってしまうかも知れません。研究者ならいざ知らず、一般の読者にはほとんど知られていない…

『赤毛のサウスポー』『赤毛のサウスポー〈PART2〉 ―二年目のジンクス』ポール・R・ロスワイラー

The Sensuous Southpaw(1976)/The Sensuous Southpaw: Part 2(1978)Paul R. Rothweiler メジャーリーグベースボール(MLB)初の女性選手の活躍を描いたポール・R・ロスワイラーの『赤毛のサウスポー』(写真)が出版された一九七六年は、プロ野球(…

『愚者たち』ジャブロ・ンデベレ

Fools and Other Stories(1983)Njabulo Ndebele ジャブロ・ンデベレの『愚者たち』(写真)は、一九八四年に「野間アフリカ出版賞」を受賞しました。この賞はアフリカ文壇への登竜門としての役割を担っていましたが、ニ〇〇九年を最後に主催されていません…

『果樹園のセレナーデ』L・M・モンゴメリ

Kilmeny of the Orchard(1910)L. M. Montgomery どんなに好きな作品(あるいは作家)であろうと、誰もが知っているものを、このブログでは取り上げないようにしています。 別に格好をつけているわけではありません。僕のブログは定期読者がほとんどいない…

『泰平ヨンの航星日記』スタニスワフ・レム

Dzienniki gwiazdowe(1957)/Kongres futurologiczny(1971)/Wizja lokalna(1982)Stanisław Lem スタニスワフ・レムは、『泰平ヨンの航星日記』に、刊行後もしつこく手を加え続けました。何と二十一世紀になっても、まだいじくっていたそうですから、相…

『夢織り女』ジェイン・ヨーレン

Dream Weaver(1979)/The Moon Ribbon And Other Tales(1976)/The Hundredth Dove and Other Tales(1977)Jane Yolen ハヤカワ文庫といえば、若い頃はSFやHMよりも寧ろFTのお世話になりました。 創刊されたのが一九七九年で、古い文庫(ロード・ダ…

『シンドバッドの海へ』ティム・セヴェリン

The Sindbad Voyage(1983)Tim Severin ジョン・バースの『船乗りサムボディ最後の船旅』の主人公サイモン・ウィリアム・ベーラーは、船に同乗させて欲しいとティム・セヴェリンに交渉するものの断られ、やむなく自ら船を出すことになります。その結果、『…

『船乗りサムボディ最後の船旅』ジョン・バース

The Last Voyage of Somebody the Sailor(1991)John Barth ジョン・バースは、一流のストーリーテラーで、ボリュームたっぷりの長編が多いため、一度その世界に入り込むと長く楽しめ、読後もしばらく尾を引きます。一方で、前衛的な技法を用いるため、読者…