読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『魔女も恋をする』『たんぽぽ娘』『見えない友だち34人+1』


 僕が中学生の頃、第何次目かのSFブームが起こりました。それに便乗したのか、コバルト文庫(当時は「集英社文庫コバルトシリーズ」)でも海外のSFやホラーのアンソロジーが盛んに刊行されました。
 そのなかで印象に残っているのは、やはり「海外ロマンチックSF傑作選」です。このアンソロジーは、少女向けの叢書でありながら、男子中学生のハートをも捉えたのです(長編ハードSFやスペキュレイティブフィクションは、まだ敷居が高かった)。

 ところが、今回久しぶりに読み返してみて気づいたのは「ロマンチックという言葉で括るのには無理があるなあ」ということでした。
 ロマンス小説のように甘ったるいだけのものや単純なハッピーエンドはほとんどなく、多くは人生の苦さや人間の意地悪さを強調したような短編です。童話を例に取るまでもなく、ロマンチックと現実の冷たさは表裏一体ということなのでしょうか。
 そのせいか、大人になった今の方が却って楽しめるような気がします。逆にいうと「中学生の俺は、本当に意味が分かっていたのだろうか」と思えてきましたが……。

「海外ロマンチックSF傑作選」は後年、古書価格が高騰したことでも知られています。特に『たんぽぽ娘』は元々高値だったところへもってきて、『ビブリア古書堂の事件手帖』の影響で一気に人口に膾炙し、ネットオークションでは数万円もの値がついたそうです(※1)。
 しかし、この騒ぎがきっかけとなり、「たんぽぽ娘」を含んだ短編集やアンソロジーが新たに刊行されました。また、ブームが去った今では「海外ロマンチックSF傑作選」も安価で入手できるようになったのです(※2)。
 このシリーズはそもそも、ほかのアンソロジーや短編集には収録されていない短編を集めるというコンセプトだったため、いまだにほかでは読めない短編が多く含まれています。「たんぽぽ娘」だけに目を奪われず、三冊まとめて楽しまれることをお勧めします。

 なお、「海外ロマンチックSF傑作選」は、日本人作家のアンソロジー『ロマンチックSF傑作選』の姉妹編です。また、風見潤編では『天使の卵 −宇宙人SF傑作選』と『ロボット貯金箱 −海外ロボットSF傑作選』も刊行されています。さらにコバルト文庫からはその後、「海外SFショート・ショート秀作選」も二冊発行されました。
 少女向けの文庫でさえ、これだけ海外SFが充実していたことに改めて驚かされます。夢のような時代だったのですね……。

『魔女も恋をする』写真
魔女も恋をする」Gone Witch(1954)ロイ・ハッチンズ

 魔女のウォンダは、普通の青年ヘンリーに恋をします。ウォンダは結婚したいのですが、自分の力だけで生きてゆきたいヘンリーは断ります。
 魔女に限らず、よき妻は飽くまで陰から夫を支えなくてはなりません。夫を気持ちよくさせるのが、夫婦仲円満の秘訣でしょうね。
 なお、この本は、なぜか掲載の順番と解説の順番が合っていません。ギリギリで変更があったのでしょうか。

ユニコーンの谷」The Stalking Tree(1973)トマス・バーネット・スワン
 ユニコーンマンティコアの存在するパラレルワールドイングランド(十三世紀)。マンドレイクに両親を殺されたスティーヴンは、領主の息子ジョン、処女のミリアムとともに復讐を企てます。マンドレイクをみつけるにはユニコーンの力がいり、ユニコーンをみつけるには処女が必要なのです。
 この短編はファンタジーですし、スティーヴンは十二歳にして村の半分の娘とセックスしています。これをロマンチックSFと呼ぶのはさすがに無理がある気がします。
 なお、この話の続きが「薔薇の荘園」ですが、書かれたのは「ユニコーンの谷」の方が後です。

光、天より墜ち…」Brightness Falls from the Air(1951)マーガレット・セントクレア
 住んでいた惑星を地球人に侵略された鳥人。生きてゆくためには、見世物として殺し合いをしなければなりませんでした。検証局に勤めるカーは、美しい鳥人に恋をしますが……。
 支配者と被支配者の悲しい恋。ふたりの出会いと、情けない結末のみが描かれることで、不思議な効果が生まれています。それにしても、セントクレアって意地悪な作家ですね。
 なお、原題は、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『輝くもの天より堕ち』と同じです。トマス・ナッシュの詩「A Litany in Time of Plague」からとったのでしょうか。
→『どこからなりとも月にひとつの卵』マーガレット・セントクレア

完全なる富者」The Totally Rich(1963)ジョン・ブラナー
 人間を再生させる機械を開発しているデレク・クーパー。試作品が完成すると、金持ちのナオミという女性がやってきて、莫大な報酬をくれます。彼女は、村全体を作り上げ、デレクの研究を支援していたのです。そこまでした理由は、恋人を蘇らせたかったためですが、完全な機械を作るまでに後十年はかかると告げられ、絶望したナオミは……。
 ナオミは医術で若さを保っていますが、実はもう五十歳で、数年後には美貌が崩れてしまうことを承知していました。愛する人に再び会いたいというより、自分を愛してくれた人を欲していたため(それが彼女の存在意義だった)、老いた姿で再会することに意味はないのです。ぴちぴちしたコバルト文庫の読者に全く相応しくない、老いと美の問題を扱っています。

第十時ラウンド」Tenth Time Round(1964)J・T・マッキントッシュ
 微妙に異なるパラレルワールドの過去へ移動できるようになった社会。ジーン・プレイヤーはもう九回も一九八六年から一九七五年に戻っています。その理由は、友人の妻であるベリンダを手に入れるためです。十度目の挑戦をする彼は、上手くベリンダと恋仲になれるでしょうか。
 オチはなかなか面白いし、ロマンチックといえなくもないのですが、記憶を保持したまま並行世界の過去に戻れるという設定に無理があります。そんなことが可能なら、ちょっと考えただけで色々とヤバいことができてしまいます。一応は「不可変性」や「自白剤服用訊問」などという言葉で誤魔化していますけれど、ご都合主義といわざるを得ません。逆に、その辺を気にしないのであれば、十分楽しめるSFです。

たんぽぽ娘写真
たんぽぽ娘」The Dandelion Girl(1961)ロバート・F・ヤング

 実をいうと、僕は「たんぽぽ娘」をどうも好きになれません。というのも、この短編の根幹をなす「丘の上で出会った少女が二十年前の妻だと気づかない」理由に、どうしても納得がゆかないからです。昔読んだときもピンときませんでしたが、主人公の年齢を遥かに超えた今はますます腑に落ちない。
 主人公が九十歳で、七十年前の記憶を掘り起こすというならともかく、四十四歳のインテリ男性がタイムマシンの存在を匂わされていながら妻と結びつけられないということは、結局のところ、現在の妻にほとんど関心がないからではないでしょうか。つまり、この物語が始まる時点で夫婦仲は冷え切っていたと想像してしまいます。
 さらに、若い女性が中年男性を一瞬で好きになってしまうこと(※3)、写真を一枚も撮っていないという伏線、都合よくドレスを発見することなどにも違和感を覚えます。うーん。

風の人々」The Wind People(1959)マリオン・ジマー・ブラッドリー
 燃料用の重元素を集めるため降り立った惑星で、女性船医ヘレンが息子のロビンを出産します。赤子はオーバードライブに耐えられないため、母と息子はその惑星に残ることにしました。人間は誰もいないはずなのに、風が声を発し、半透明の姿をみかけます。
 たったふたりで十何年も暮らすこと、息子の父親がこの星の姿をみせない生物かも知れないことを考えると、ロマンチックというより、ホラーに近いのではないでしょうか。ブラッドリーが死後、娘に児童性的虐待で告発されたことを思うと、さらに怖い……。

ペンフィールドへの旅」Поездка в Пенфилд(1966)イリヤ・ワルシャフスキー
 リン・クレッグは、結婚式当日、スキーの事故で花嫁を亡くしてしまったことを四十年間、後悔し続けています。そこへ現れた悪魔の力で過去へ戻ることに成功しますが……。
 悪魔と物理学とSFが混じり合って、よく分からないものができあがったという感じです。

」The Poem(1945)レイ・ブラッドベリ
 ある谷間に住む詩人とその妻。夫が詩を書くと、題材にしたものが消えてしまいます。彼は次々にものや人を消し、ついに宇宙を消そうとします。
 ブラッドベリらしい詩的で美しい話ですが、夫婦愛は感じられず、互いの身勝手さが鼻につきます。
→『ハロウィーンがやってきたレイ・ブラッドベリ

われら誇りもて歌う」So Proudly We Hail(1953)ジュディス・メリル
 国家のプロジェクトとして火星に入植する予定の夫婦。しかし、妻は健康診断で不合格になっており、それを夫に伝えられませんでした。出発直前になって、理由をいわず火星にゆかないと告げる妻。夫は、別に男ができたと疑います。
 タイトルはアメリカ国家「星条旗」の一節です。火星へゆくのは個人の事情ではなく、国の威信を賭けた計画であるところが単なるメロドラマと異なる点です。
 なお、メリルは編集者、アンソロジストとしての方が有名で、彼女自身の作品はほとんど翻訳されていないので、貴重な一編です。

チャリティからのメッセージ」A Message from Charity(1967)ウィリアム・M・リー
 一七〇〇年に暮らす少女チャリティと、二十世紀半ばに生まれた少年ピーターの精神が高熱を出したことによってつながります。同じ場所に住むふたりは最初、感覚を共有するだけでしたが、やがて意思の疎通ができるようになります。しかし、そのせいで飛行機を体験したチャリティは魔女の疑いをかけられてしまいます。
 無名の作家ですが、これは当たりです。実をいうと「たんぽぽ娘」より、こちらの方が長い間、読むのが難しかったのです(二〇〇九年に刊行された『時の娘 −ロマンティック時間SF傑作選』に新訳が掲載された)。
 ピーターが歴史を調べ、魔女裁判にかけられたチャリティを救うところも面白いし、時間を超えた恋も爽やかで好感が持てます(何しろ肉体的な接触が一切ないわけだから)。表題にもなっている「メッセージ」の内容はとても可愛らしく、ジャック・フィニイの「愛の手紙」より好みかも知れない。

なんでも箱」Anything Box(1956)ゼナ・ヘンダースン
 こちら(スー・リンのふしぎ箱)をご覧ください。
→『悪魔はぼくのペットゼナ・ヘンダースン
→『果てしなき旅路』『血は異ならずゼナ・ヘンダースン

翼のジェニー」Jenny With Wings(1963)ケイト・ウィルヘイム
 背中に大きな羽が生え、飛ぶこともできるジェニー。そのせいで、まともな社会生活を営むことができず、好きになった男性も去ってゆきました。そして、ようやく理想の男性に巡り逢いますが……。
 翼が生えていること以外は「失恋後に新たな恋がみつかる」というベタなラブストーリーです。「光、天より墜ち…」と異なり、このアンソロジーのコンセプトにも合致しています。

『見えない友だち34人+1』写真
見えない友だち34人+1」Loo Ree(1953)ゼナ・ヘンダースン

 マーシャにはみえない友だちのルー・リーがいます。クラスメイトは最初戸惑ったものの、いつの間にかルー・リーの存在を認めるようになりました。ケンドル先生は子どもの空想だと思っていましたが、先生の前に、ある日、ルー・リーが現れます。
 ルー・リーはある問題を解決するため、言葉と社会のかかわりを習いにやってきた宇宙人でした。教師でもあったヘンダースンは、常に子どもたちの未来に目を向けています。大人になったマーシャは、ルー・リーのような立場に立たされたとき、どのような解決方法を選択するのでしょうか。
 ちなみに邦題は少し変で、正確には「34人+見えない友だち1」という意味です。

時を止めた少女」The Girl Who Made Time Stop(1961)ロバート・F・ヤング
 工科大学を卒業し、六度目の就職活動中のロジャー。ある日、公園のベンチで出会った女性に一目惚れしてしまいます。次の日、そのベンチには冴えない女の子がいて、話を聞くとアルタイルという星からやってきたといいます。
 結婚相手を探しに地球を訪れた宇宙人ふたりが無職の青年を奪い合うという羨ましいんだか、そうでもないんだか分からない話。タイムパラドックスを利用して、ボーイミーツガールを無理矢理演出するのが面白いですね。
 この短編も、今ではハヤカワ文庫の『時をとめた少女』で読むことができます。なお、訳者は同じですが、ハヤカワ文庫の方は「止めた」がなぜか平仮名です(写真)。ヤングの著書は『ジョナサンと宇宙くじら』が、新装版では『ジョナサンと宇宙クジラ』になったりと、不思議な変更が多い(ただし、初版本も「くじら」の表記はカバーのみで、本体はすべて「クジラ」である。写真)。

地球ってなあに」A Start in Life(1954)アーサー・セリングズ
 二体のロボットに育てられているポールとヘレン。ほかには生物が存在せず、開けてはいけない扉があります。その先には……。
 ロバート・A・ハインラインの『宇宙の孤児』、アーサー・C・クラークの『遥かなる地球の歌』、ブライアン・W・オールディスの『寄港地のない船』などと同様、恒星間宇宙船(数世代かけて、ほかの恒星系へ旅する宇宙船)を扱っています。綺麗にまとまったSFの基本のような短編ですが、これをロマンチックに分類してよいのかしらん……。

魔術師」The Magicians(1954)ジェイムズ・E・ガン
 私立探偵のケイシィは、ある男の本名を探り出すよう老婦人に依頼されます。男を追って、ホテルで開かれている大会に潜入したケイシィはエリアルという少女(魔女)と知り合います。その大会は、魔術師の集まりで、エリアルの父親はその男に殺されたのです(魔術師にとって本名を知られることは死を意味する)。老婦人はエリエルの変装だったことを知ったケイシィは彼女と協力して、男の名前を探ろうとしますが……。
 三巻の半分以上を占める中編。魔術が当たり前に存在する世界ではなく、魔術師が暗躍しているという設定です。ドジな探偵と可愛い女の子のラブコメで、出来は可もなく不可もなくといった感じ。
 なお、この三冊のアンソロジーは魔女の結婚に始まって、魔女の結婚で終わります。

※1:「たんぽぽ娘」が収録されている『年刊SF傑作選2』や『奇妙なはなし』ですら数千円の値をつけていた。理由はどうあれ、短編小説ひとつにこれだけの金額を費やそうとする人がまだまだいることを素直に喜びたい。

※2:ン万円も払ってしまった人は気の毒だったが、それ以外の人は結果的にブームの恩恵を享受したのではないだろうか。ちなみに、いつも流行の外にいる僕は得も損もしていない。『魔女も恋をする』だけは二冊所持しているので売ってしまってもよいのだが、なぜかこれにはプレミアがついていない……。

※3:『ビブリア古書堂の事件手帖』では、小山清の「落穂拾ひ」も扱っていた。この手の話が好きなのかも。 


『魔女も恋をする −海外ロマンチックSF傑作選1』風見潤ほか訳、集英社文庫コバルトシリーズ、一九八〇
たんぽぽ娘 −海外ロマンチックSF傑作選2』風見潤ほか訳、集英社文庫コバルトシリーズ、一九八〇
『見えない友だち34人+1 −海外ロマンチックSF傑作選3』風見潤ほか訳、集英社文庫コバルトシリーズ、一九八〇


アンソロジー
→『12人の指名打者
→『エバは猫の中
→『ユーモア・スケッチ傑作展
→『怪奇と幻想
→『道のまん中のウェディングケーキ
→『魔女たちの饗宴
→『壜づめの女房
→『三分間の宇宙』『ミニミニSF傑作展
→『ミニ・ミステリ100
→『バットマンの冒険
→『世界滑稽名作集
→「恐怖の一世紀
→『ラブストーリー、アメリカン
→『ドラキュラのライヴァルたち』『キング・コングのライヴァルたち』『フランケンシュタインのライヴァルたち
→『西部の小説
→『恐怖の愉しみ
→『アメリカほら話』『ほら話しゃれ話USA
→『世界ショートショート傑作選
→『むずかしい愛
→『魔の配剤』『魔の創造者』『魔の生命体』『魔の誕生日』『終わらない悪夢』

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