読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『西部の小説』


 以前書いたとおり、古く稀少な西部小説は入手が難しい。
 ヤフオクでたまに出品されても、終了間際になるとわらわらと人が集まり、あっという間に値が吊りあがってしまいます。西部小説の愛好家はそれほど多くないと思うのですけれど、一体どこに潜んでいるのでしょうか。
 どうせ落札できないので、最近はチェックするのをやめてしまいました。

 となると、古書店で掘り出しものをみつけるしかないのですが、古くて発行部数の少ない本がそうそう姿を現すはずはありません。
 古本市や、神保町の古書店ではたまにみかけるものの、手の出る価格ではないため、ため息をついて諦めることになります。

 ところが、古い本なのに古書価格が高くないものも存在します。
 今回取り上げる『西部の小説』(写真)や『西部小説ベスト10』といったアンソロジーは、昭和三十年代の書籍にもかかわらず、千円くらいで入手できます。
 新鋭社ダイヤモンドブックスの「西部小説シリーズ」や、誠文堂新光社の「西部活劇双書マンモスウエスタン日本語版」には手が出ない方も、これなら躊躇なく購入できるでしょう(※)。

 さらにアンソロジーは、入門編として最適です。特に『西部の小説』は、「毎日グラフ」に二年余り連載されたショートショートエスタン小説約百編のなかから選ばれた三十七編が収録されているため、様々なタイプの良質なウエスタン小説に触れることができます。
 そもそも「西部小説」という括りは、日本でいう「時代小説」のようなものであり、そこには歴史ものもミステリーも人情ものもユーモアも純文学も含まれます。ガンファイトだけを読んで理解した気になるのは一斑をみて全豹を卜すことになり兼ねません。
 実際、このアンソロジーは「カウボーイ」「インディアン」「開拓者」といった分類がされていて、長編では主人公になれないような立場や職業をメインにした物語も楽しめます。

 著者のほとんどは、日本人にとって馴染みがありませんが、マックス・ブランド、エルモア・レナード、アーネスト・ヘイコックス、コンラッド・リクター、O・ヘンリーなどメジャーな作家も含まれているので、この本をきっかけとして彼らの単著に進んでもよいかも知れません。

 さらに、巻末には「西部あらかると」という用語解説がついています。初心者に親切なのは勿論、西部劇で育った年配の方でも新たな知識が得られるかも知れません。
 項目は「カウボーイ」「牛輸送」「保安官」「ウェルズ・ファーゴ」「無法者」「ガン・ファイター」で、それぞれについて、かなり詳しく説明されています。

 今回は収録数が多いため、すべては紹介できません。例によって気に入ったもののみ感想を書きます。

キャシディさん?」Are You Mr. Cassidy?(バート・クロフォード)
 砂金を餌にお尋ね者を吸い寄せる蟻地獄のような老人。欲張らなければ助かる仕組みになっているのがミソです。

山高帽の流れもの」The Man in the Hard Hat(S・オマール・バーカー)
 山高帽を被り、ずんぐりとした騾馬に乗った男が町に現れます。その風貌によって最初、馬鹿にされた男は流砂に飲まれた牛を助けたことで信頼を得ます。やがて、男を追って賞金稼ぎがやってきますが……。長編のウエスタン小説をぎゅっと凝縮したような短編です。

カウボーイ紳士録」The Story of a Cowpuncher(C・M・ラッセル)
 カウボーイには大きく分けて、カリフォルニアとテキサスのふたつの型があることを、この短編で知りました。

勇者Courage(マックス・ブランド)
 隣の牧場の娘パットに救われたカウボーイのハルは、迷い牛のことでパットの父親と一触即発の状況になります。カウボーイの勇気は、ガンスリンガーのそれとは違うことを、短い枚数で表現しています。さすが、西部小説の大御所ブランドです。
→『砂塵の町』マックス・ブランド

トランプばかりが能じゃない」Trails Man's Bluff(ウィル・C・ブラウン)
 牛の群を向こう岸に渡せず困っていた輸送隊のもとにキャナディという男が現れます。彼はその輸送隊のカウボーイ頭のグローバーに、カードのイカサマで金を巻き上げられたことがあります。カウボーイらしく牛の習性を利用した意趣返しが楽しい一編です。

アパッチを知らない男たち」You Never See Apaches(エルモア・レナード
 レナードの西部小説はほとんど翻訳されておらず、貴重です。得体の知れない恐怖と、日常の退屈さとの対比がお見事。

自分の土地」The Pioneers(バーン・アサナス)
 インディアンに攫われた妻と息子を助けにゆく農夫のバイロン。悲劇に襲われようと、彼は大木のように動じません。農夫にとって自分の土地は、家族以上に大切なのかも知れません。

二人だけの谷間」The Last Man Alive(コンラッド・リクター)
 町がインディアンに襲撃されても、信心深いアシェルはドアに閂をかけようとしません。新婦のジェスは、彼の代わりに戦う決心をします。暴力を認めない夫と、自分たちを守るためには戦うべきだと考える妻との間には決して埋めることのできない大きな溝がありますが、それでも生きてゆかなくてはならないのです。リクターは、エリア・カザン監督の『大草原』の原作者として知られています(邦訳あり)。

自由の土地」Free Land(アーネスト・ヘイコックス)
 無骨な男、牧場を巡るトラブル、危険な用心棒、過去を捨てて新しい町にやってきた女……という西部小説の王道ともいえる材料を調理するのは大御所のヘイコックス。当然、これぞ西部劇という作品に仕上がっています。
→『大平原』アーネスト・ヘイコックス

荒野の結婚記念日」Anniversary at Agua Fria(ハル・G・エバーツ)
 荒野の真んなかにある泉の側に店を作ろうとする新婚の夫婦。しかし、妻が反対しており、ふたりの関係はギクシャクしています。夫婦が仲直りするきっかけが、ならず者を射殺したことだというのが、いかにも西部小説らしい。

太陽の輝く日」The Day the Sun Came Out(ドロシー・M・ジョンソン)
 ジョンソンは、珍しい女流の西部作家です。ジョン・フォード監督の『リバティ・バランスを射った男』の原作者として知られています。あれは不思議な映画でしたが、この短編もかなり変わっています。「十一歳の少年を語り手にしたドメスティックなロードナラティブ+新しいお母さんとキノコ」といえば伝わるかしらん。

臆病者の手のうち」A Coward in the Town(ロイ・カミングス)
 食事代の代わりに殴られることで町を渡り歩いているリュード。父親を銃の暴発事故で亡くしたことがトラウマになり拳銃を抜けませんが、代わりに他人の拳銃を素早く抜き取るという特技を持っています。それをみた酒場の主人は、リュードを保安官に推薦しますが……。臆病な性格が幸いして、意図せず悪人を倒してしまうというユーモラスな短編です。

マックを救え」The Ransom of Mack(O・ヘンリー)
 O・ヘンリーのユーモア西部小説。マックのおじい(といいつつ、まだ四十歳くらい)が女なんかに夢中にならないようお節介を焼く相棒が、簡単に騙されてしまうところがおかしい。

葬儀屋騒動」Undertaker's Undertaking(ウォーカー・A・トムキンズ)
 町に新しい葬儀屋がやってきて、宣伝や勧誘をしたことで、町の皆は自分が間もなく死ぬ気がして憂鬱になってしまいます。馬鹿馬鹿しいスラップスティックかと思いきや、真面目な謎解きが用意されています。

騎士、西部を走る」Night Run(ビル・ガリック)
 駅馬車の御者ジョニーは、ある夜、貴婦人を乗せ、乱暴者を倒しつつ、目的地に辿り着きますが……。女性の正体は何となく予測できますが、ジョニーのナイトぶりが微笑ましい。ガリックは西部小説の大家で、『怒りの河』や『ビッグトレイル』など映画化された作品もあります。

帰ってきた男」Home Coming(ネルソン・ナイ)
 ナイは、珍しい黒人のウエスタン作家。恋人を奪おうとする男に罪を着せられたトムは、三年間の服役後に戻ってきてライバルの悪事を暴き、元の鞘に戻るというど真んなかの西部劇で、黒人らしさは全くありません。

ビリイ・ザ・キッドの幽霊」The Ghost of Billy the Kid(エドウィン・コール)
 民衆に人気のある人物が「実は生き延びていた」という伝説はあちこちにあります。見捨てられた鉱山町に住む八十歳近い老人キッドもそのひとりです。本物かどうかは分かりませんが、刑務所から脱獄した武勇伝を語る彼はとても楽しそうです。

※:前者は三千円前後、後者は五千円前後で売られているケースが多いが、このふたつの叢書の入手難度は相場以上に高い。同じ誠文堂新光社から刊行されていた叢書でも「アメージング・ストーリーズ」はたまにみかけるが、「マンモスウエスタン」はまずみつからない。

『西部の小説 −ショート・ショート傑作選』大原寿人、小泉太郎訳、毎日新聞社、一九六三

エスタン小説
→『ループ・ガルー・キッドの逆襲』イシュメール・リード
→『ビリー・ザ・キッド全仕事マイケル・オンダーチェ
→『勇気ある追跡』チャールズ・ポーティス
→『砂塵の町』マックス・ブランド
→『大平原』アーネスト・ヘイコックス
→『黄金の谷』ジャック・シェーファー
→『幌馬車』エマーソン・ホッフ
→『六番目の男フランク・グルーバー

アンソロジー
→『12人の指名打者
→『エバは猫の中
→『ユーモア・スケッチ傑作展
→『ブラック・ユーモア傑作漫画集
→『怪奇と幻想
→『道のまん中のウェディングケーキ
→『魔女たちの饗宴
→「海外ロマンチックSF傑作選
→『壜づめの女房
→『三分間の宇宙』『ミニミニSF傑作展
→『ミニ・ミステリ100
→『バットマンの冒険
→『世界滑稽名作集
→「恐怖の一世紀
→『ラブストーリー、アメリカン
→『ドラキュラのライヴァルたち』『キング・コングのライヴァルたち』『フランケンシュタインのライヴァルたち
→『恐怖の愉しみ
→『アメリカほら話』『ほら話しゃれ話USA
→『世界ショートショート傑作選
→『むずかしい愛
→『魔の配剤』『魔の創造者』『魔の生命体』『魔の誕生日』『終わらない悪夢』

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