読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『アメリカほら話』『ほら話しゃれ話USA』


 ユーモア小説の好きな僕は、当然ながら、ほら話(Tall Tale)にも目がありません。
 ほら話は世界各国に存在しますが、やはりアメリカの伝統的な民話を思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。

 それらが日本語で読める本として、『ニグロ民話集』『ちょっと面白い話』『アメリカの奇妙な話』などがあります。
 しかし、様々な作家の、様々なタイプのほら話を楽しみたいのなら、以下の三冊のアンソロジーがお勧めです。

アメリカほら話』(※)
アメリカほら話Part II』
『ほら話しゃれ話USA』

 いずれも翻訳家の井上一夫が収集して、自ら訳した小話、民話、短編、エッセイ、ジョークなどが収められています。
 古典から比較的新しい作品まで幅広く集められており、この三冊があればお腹一杯になれると思います。

 今回の感想は、ある程度の長さのある小説(長編の一部や短編)、エッセイなどに限ることにしますが、実際は数行から一頁程度の民話、小話、ジョークが大量に収録されており、寧ろそちらの方がこのシリーズのメインといえます。
 それらは下手な感想などに頼らず、実際に入手して読んでもらった方がよいでしょう。

 また、アメリカの英雄、伝説上の人物、フィクションにおける有名人(デイヴィー・クロケット、ジョン・ヘンリー、ポール・バニヤンリップ・ヴァン・ウィンクル、ペイカス・ビル、ビッグフット・ウォーレス、ロイ・ビーン、ショーティ・ハリス、ジョシュア・ノートン、ブラック・バート、マーガレット・ブラウン、デスヴァレー・スコッティなど)の話が簡潔にまとめられているのも嬉しいところです。
 特に、ノートンを扱った「サンフランシスコの皇帝陛下」は非常に面白いので、ぜひ読んで欲しいと思います。

 ただし、入手に際して注意していただきたいのは、アメリカほら話』の文庫は抜粋版だということです。すべて読めないのは勿体ないので、絶対に単行本を入手してください。
 なお、この三冊は重複して収録されている話があるのがやや残念です。『ほら話しゃれ話USA』は出版社が違うのでやむを得ませんが、『アメリカほら話』の二冊でもダブるのは感心しません。

アメリカほら話』写真
アーカンサスの大熊」The Big Bear of Arkansas(1841)トーマス・バングス・ソープ

 ほら話の古典的名作です。ミシシッピー川をゆく定期船には様々な職業、人種、性格の人が集まりますが、そこに「アーカンソーの大熊」と呼ばれる大男が現れ、ほら話で人々を魅了します。ほら話は、万人を惹きつけるのです。

その名も高きジャンプがえる」The Celebrated Jumping Frog of Calaveras County(1865)マーク・トウェイン
アメリカ」「ほら話」といえば、この人を外すわけにはいきません。これは、トウェインの名を一躍有名にした記念すべき短編です。内容よりも、語りに焦点を当てたという意味でも文学史に残る名作です。
→『ちょっと面白い話』『また・ちょっと面白い話マーク・トウェイン
→『マーク・トウェインのバーレスク風自叙伝マーク・トウェイン

ねずみ色のベルト」E・B・ホワイト
 鼠色のベルトを買ったところ、同じ色の鼠や軍艦が襲いかかってきます。ラストの科白は「美女」と書いて「びじょう」とルビが振ってあります。恐らくは「尾錠(バックルのこと)」と掛けているのでしょうが、分かりづらい……。
→『SEXは必要かジェイムズ・サーバー、E・B・ホワイト

ブタはブタなりPigs is Pigs(1905)エリス・パーカー・バトラー
 モルモット(Guinea Pig)の運賃を巡って騒動が起こります。「モルモットも豚だから、豚の運賃を払うまで返さない」という駅員と、それを拒否して長い手紙を鉄道会社に送る持ち主。あちこちの部署をたらい回しにされるうち、モルモットは増え続け、ついには四千匹を超え……というドタバタ喜劇です。

いのこりジョンズ」The Awful Fate of Melpomenus Jones(1910)スティーヴン・リーコック
 牧師補のメルポミナス・ジョーンズ青年は、訪問した家族に引き止められて、帰宅するタイミングを逸してしまいます。で、一か月くらい滞在して、心を病んで死んじゃいます。

クィグリー報告八七三」Quigley 873(1951)フランク・サリヴァン
 民俗学者のクィグリー夫妻は、アメリカやカナダのインディアンにみられる「愛の跳躍」(カップルで崖から飛び降りる)を調査しています。あるとき、百歳を超える老人から八百七十三例目を収集することができました。しかし、それは崖から飛び降りたのではなく、「飛び上がった」話でした。ビールを奢らないと死にそうになる老人が楽しいです。

回転ドア」Here We Go Round Revolving Doors(1926)コーリイ・フォード
ユーモア・スケッチ傑作展』を編訳した浅倉久志は、『アメリカほら話』のファンだったようで、あちこちで言及しています。この短編も「「回転ドア」という短篇は、わずか十枚程度の長さのなかに、奇抜な設定と誇張のおかしみ、そこはかとない哀愁までを詰め込んだ古典的名作です」と書いています(『わたしを見かけませんでしたか?』の「訳者あとがき」)。
→『わたしを見かけませんでしたか?』コーリイ・フォード

ハドック夫妻の洋行」Mr. and Mrs. Haddock Abroad(1924)ドナルド・オグデン・ステュアート
 長編の一部を抜き出したものです。浅倉は、この続きが読みたくて、『ハドック夫妻のパリ見物』を翻訳したそうです。なお、『すべてはイブからはじまった』に収録されている「ハドック夫妻の海外旅行」を先に読まないと意味が分からないネタがあります。
→『ハドック夫妻のパリ見物』ドナルド・オグデン・ステュアート

地上五千フィートのマキシムアート・バックウォルド
 パンアメリカン航空機内食をマキシムに依頼した顛末を面白おかしく取り上げています。
→『バックウォルド傑作選アート・バックウォルド

庭の一角獣」The Unicorn in the Garden(1940)ジェイムズ・サーバー
『現代イソップ』の一編です。サーバーの主人公は、いつも奥さんにいじめられていますが、今回はしてやったりです。
→『現代イソップ/名詩に描くジェイムズ・サーバー
→『すばらしいOジェイムズ・サーバー

堕ちた星」Fallen Star(1951)ジョン・コリア
 こちら(「落ちてきた天使」)をご覧ください。
→『ジョン・コリア奇談集』ジョン・コリア
→『モンキー・ワイフ』ジョン・コリア

ひもつかず」Marionettes, Inc(1949)レイ・ブラッドベリ
 独占欲の強い妻に悩まされている男が、自分そっくりのマリオネット(ロボット)を手に入れて……。古典的なショートショートですが、ユーモアというよりホラーという気がしますね。こちらは「マリオネット株式会社」のタイトルで『刺青の男』に収録されています。
→『ハロウィーンがやってきたレイ・ブラッドベリ

おもしろい治療法」フランク・サリヴァン
 こちらをご覧ください。

富の神とキューピット」Mammon and the Archer(1906)O・ヘンリー
 石鹸会社のオーナーのアンソニー老人が、金で買えないものはないというと、息子はそんなことはないといいます。息子は、明日、ヨーロッパに旅立つ恋人にプロポーズする時間がないのです。時間は金で買えないと思いきや……。老人が企んだ大掛かりな仕掛けが楽しい。

小ちゃなマーキーちゃん」Little Miss Marker(1932)デイモン・ラニアン
 こちら(「ブロードウェイの天使」)をご覧ください。
→『ブロードウェイの天使』デイモン・ラニアン

高地魂をもった男」The Man With the Heart in the Highlands(1936)ウィリアム・サローヤン
 後に戯曲化もされたサローヤンの代表的な短編です。ある日、少年は心をスコットランドに置いてきたという老人と出会います。詩ばかり書いていて全く働かない父親が家に招待しますが、食べるものがありません。いつもどおり、少年は食料品店に向かい、ツケでパンとチーズを手に入れてきます。貧しくも心豊かな少年時代をユーモアたっぷりに描いています。

アメリカほら話Part II』写真
後家の大航海」The Widow's Cruise(1897)フランク・R・ストックトン

「女か虎か」で有名なストックトンの短編です。未亡人の家に食事にやってきた船乗り四人が、それぞれほら話をすると、未亡人もほら話で応酬します。真面目な女性のほら話は珍しい。

宴会スピーチ屋の追想」Memoirs of a Banquet Speaker(1930)ジェイムズ・サーバー

 大きな集まりでスピーチを頼まれますが、何の団体なのか覚えておらず、ホテルへゆくと様々な団体がパーティをしています。適当な会場に入り、適当なスピーチをしますが……。サーバーの魅力は、繊細さと大胆さが融合しているところにあります。

釣り紀行」The Lure of the Rod(1923)ロバート・ベンチリー

 釣り仲間が集まって、旅行に出掛けますが……。ベンチリーだけあって、釣りが好きなのか嫌いなのか、旅行にいくのかいかないのか、釣りをするのかしないのか、何だかよく分からない……。

客間の手品師のトランプ手品病を、永久に治療する方法」A Model Dialogue(1910)スティーヴン・リーコック

 これは今でも通用する短編……というか、こういう面倒臭い人は今も大勢います。『ユーモア・スケッチ大全』にも「客間手品師撃退法」のタイトルで収録されています。

ドーセット氏の頭のなかの穴」The Hole in Mr. Dorsett's Head(1951)フレデリック・ハズリット・ブレナン

 アマチュアゴルファーの星であるドーセットがスランプに陥ったのは女のせいとして、ゴルフクラブの理事長は精神分析医を呼び、一緒にラウンドさせますが……。ゴルフはメンタルのスポーツといわれるので、プレイ中に治療するってのも案外とよいかも知れません。

『ほら話しゃれ話USA』写真
ポッジャー伯父さんが働くとき」Uncle Podger Hangs a Picture(?)ジェローム・K・ジェローム

 ポッジャー伯父さんは、絵を壁に掛けるだけで手伝いが七人も必要だわ、怪我人は出るわ、奥さんは実家に帰るわの大騒ぎになります。

オフィス・パーティThe Office Party(1951)コーリイ・フォード
 フォード得意のふざけたハウトゥーものです。こういうのを書かせたら、右に出る者はいないでしょうね。

ホストのエチケット」フランクリン・P・アダムス
 招いた客が嫌な思いをしないように、本音を読み解こうとすると、このようにおかしなことになります。

穴埋め役ロバート・ベンチリー
 晩餐会で両隣に座った人がそれぞれ別の人と会話し、ひとりぼっちになったときにどうするかというハウトゥーです。アメリカ人は、こういうジョークが好きなんでしょうね(僕も好き)。

今度のガールフレンドは……」The Unlucky Winner(1951)マックス・シュルマン
 ドビー・ギリスという大学生を主人公にした連作短編のひとつです。彼は様々な女の子と恋をしますが、今回は遊びに夢中で、大学の課題を不正するクロチルドに振り回されます。偶然が重なり、事態がどんどん悪化してゆくところが笑えます。

最後の日」The Last Day(1925)ロバート・ベンチリー
 最後の日とは、リゾート地から自宅に帰る日のことです。ベンチリーにしては珍しくしんみりとさせます。『ぼくの伯父さんの休暇』を思い出しました。

ブルックリンの春ザカリー・ゴールド
 貧しく、嘘ばかりついている青年が、近所に住んでいるのに三年も会っていなかった女の子に猛アタックして結ばれるという、正にほら話に相応しいヘンテコな短編です。

※:これは最初「世界ユーモア文学全集」の別巻2として刊行され、その後、新装版が発行された。

アメリカほら話』井上一夫訳、筑摩書房、一九六八
アメリカほら話Part II』井上一夫ほか訳、筑摩書房、一九八五
『ほら話しゃれ話USA』井上一夫ほか訳、集英社文庫、一九八四


アンソロジー
→『12人の指名打者
→『エバは猫の中
→『ユーモア・スケッチ傑作展
→『怪奇と幻想
→『道のまん中のウェディングケーキ
→『魔女たちの饗宴
→「海外ロマンチックSF傑作選
→『壜づめの女房
→『三分間の宇宙』『ミニミニSF傑作展
→『ミニ・ミステリ100
→『バットマンの冒険
→『世界滑稽名作集
→「恐怖の一世紀
→『ラブストーリー、アメリカン
→『ドラキュラのライヴァルたち』『キング・コングのライヴァルたち』『フランケンシュタインのライヴァルたち
→『西部の小説
→『恐怖の愉しみ
→『世界ショートショート傑作選
→『むずかしい愛
→『魔の配剤』『魔の創造者』『魔の生命体』『魔の誕生日』『終わらない悪夢』

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