読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

フランス

『北ホテル』ウージェーヌ・ダビ

L'Hôtel du Nord(1929)Eugène Dabit ウージェーヌ・ダビの『北ホテル』(写真)は、僅か三年の間に三笠書房、角川文庫、新潮文庫から刊行されました。訳はすべて岩田豊雄(獅子文六)です。 マルセル・カルネ監督の映画『北ホテル』が日本で公開されたのが…

『リラの門』ルネ・ファレ

La Grande Ceinture(1956)René Fallet ルネ・クレール監督の映画『リラの門』(Porte des Lilas)の原作です。 小説の原題は「グランドサンチュール(パリの郊外を走るフランス国鉄の大環状線)」という意味ですが、翻訳された際は既に映画化されていたた…

『アドリア海の復讐』ジュール・ヴェルヌ

Mathias Sandorf(1885)Jules Verne ジュール・ヴェルヌは、エドガー・アラン・ポーの『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』を下敷きにした『氷のスフィンクス』を書いていますが、それ以前にもっと有名な作品を素材にしています。 それ…

『女と人形』ピエール・ルイス

La femme et le Pantin(1898)Pierre Louÿs この本は、いかにも角川文庫らしく映画の公開に合わせ二回タイトルを変えています。 元々は原題どおり『女と人形』という邦題でしたが、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の映画の邦題が『私の体に悪魔がいる』(19…

『黄犬亭のお客たち』ピエール・マッコルラン

Les Clients du Bon Chien jaune(1926)Pierre Mac Orlan ピエール・マッコルランを初めて読んだのは、『笑いの錬金術』というフランスのユーモア文学アンソロジーに収録されていた短編でした。そのなかの「仕返し」は、ぶっ飛んでいる癖に、妙に綺麗なオチ…

『お喋りな宝石』ドニ・ディドロ

Les Bijoux indiscrets(1748)Denis Diderot 十八世紀フランスの哲学者でもあり、作家でもあるドニ・ディドロの処女長編『お喋りな宝石』(写真)は、過去に何度も邦訳されています。 しかし、作者の死後に新たな章(16、18、19章)が追加された「1798年版…

『マゾヒストたち』ローラン・トポール

Les Masochistes(1960)Roland Topor ローラン・トポールといえば、一般的にはイラストレーターとして知られていると思いますが、我が国における単独の書籍はほとんどが小説で、唯一の画集が『マゾヒストたち』(写真)です。 これはトポールの処女作品集で…

『ウサギ料理は殺しの味』ピエール・シニアック

Femmes blafardes(1981)Pierre Siniac 以前、フランスのミステリーや暗黒小説が好きと書きましたが、英米のそれに馴染んでいる人にとっては相当ヘンテコに思えるであろう作家がいます。そのひとりがピエール・シニアックです。 変わった作風のせいか、邦訳…

『白い犬』ロマン・ガリー

Chien blanc(1970)Romain Gary 僕は文庫本が大好きなので、古書店にゆくと一目散に翻訳小説の文庫コーナーを目指します。 若い頃は、サンリオSF文庫、ハヤカワ文庫、創元文庫などに探求書が多かったのですが、それらは割と簡単にみつかりました。戦前に…

『名前のない通り』マルセル・エイメ

La Rue sans nom(1930)Marcel Aymé マルセル・エイメの『名前のない通り/小さな工場』(写真)には、長編小説『名前のない通り』と短編小説「小さな工場」が収録されています。 エイメは我が国において、短編小説(連作短編を含む)と戯曲が主に紹介され…

『日曜日は埋葬しない』フレッド・カサック

On n'enterre pas le dimanche(1958)Fred Kassak ミステリー作家の書いた、いわゆる普通のミステリー小説を扱うのは、フレドリック・ブラウンの『不思議な国の殺人』以来、何と二年ぶりです。 感想を書いていないだけでミステリーも読んではいるものの、ほ…

『詳注版 月世界旅行』ジュール・ヴェルヌ、ウォルター・ジェイムズ・ミラー

The Annotated Jules Verne: From the Earth to the Moon(1978)Jules Verne, Walter James Miller SFの父ジュール・ヴェルヌの「大砲クラブ」三部作(※1)は、以下の作品から成っています。1 『De la Terre à la Lune』(1865)2 『Autour de la Lune…

『コブラ』セベロ・サルドゥイ

Cobra(1972)Severo Sarduy キューバで医学を学んでいたセベロ・サルドゥイは、パリに留学した際、雑誌「テル・ケル」を制作していた知識人たちと出会いました。そして、一年後に奨学金が切れてもキューバに帰らず、そのままパリに残りました。 フィデル・…

『地下組織ナーダ』ジャン=パトリック・マンシェット

Nada(1972)Jean-Patrick Manchette 以前も書きましたが、暗黒小説(ノワール小説)とは、アメリカの犯罪小説(ホレス・マッコイやジェイムズ・M・ケインなど)の翻訳をきっかけに生まれたフランスの犯罪小説を指します。 広義では、フランス以外の国の犯…

『毒物』フランソワーズ・サガン

Toxique(1964)Françoise Sagan フランソワーズ・サガンは、二十一歳のとき、自ら運転していた車で事故を起こし、重傷を負います。何とか一命は取り留めたものの、痛み止めに処方された875(パルフィウム)と呼ばれるモルヒネの代用薬の中毒に悩まされま…

『マルタン君物語』マルセル・エイメ

Derrière chez Martin(1938)Marcel Aymé マルセル・エイメの『マルタン君物語』は、原書が刊行された翌年(昭和十四年)に早くも『人生斜斷記』(写真)の邦題で翻訳されています(鈴木松子訳)。 江口清訳の方は、筑摩書房の「世界ユーモア文学全集」「世…

『ヴィオルヌの犯罪』マルグリット・デュラス

Les Viaducs de la Seine-et-Oise(1959)/L'Amante anglaise(1967)/L'Amante anglaise(1968)Marguerite Duras マルグリット・デュラスの『ヴィオルヌの犯罪』(写真)には、モデルとなった殺人事件があります。一九四九年に、アメリー・ラビュー(Améli…

『日曜日の青年』ジュール・シュペルヴィエル

Le Jeune homme du dimanche et des autres jours(1955)Jules Supervielle 自宅から車で二十分くらいのところに、老夫婦が経営している古本屋があります。チェーン店でも専門店でもない小さな店舗で、足の踏み場もないほど雑然と本が積みあがっている店で…

『小間使の日記』オクターヴ・ミルボー

Le Journal d'une femme de chambre(1900)Octave Mirbeau『小間使の日記』(写真)といえば、ルイス・ブニュエル監督、ジャンヌ・モロー主演の映画(1964)を思い浮かべる人が多いかも知れません。 しかし、小説が初めて邦訳されたのは大正十二年(一九二…

『責苦の庭』オクターヴ・ミルボー

Le Jardin des supplices(1899)Octave Mirbeau オクターヴ・ミルボーは、正統王朝派のジャーナリストとして活動を開始し、後にアナーキズムに傾倒し、小説や戯曲を著しました。 ブルジョア、権力者、聖職者、民衆などあらゆる者を憎んだミルボーは、過激で…

『飛行する少年』ディディエ・マルタン

Un Garçon en l'air(1977)Didier Martin インターネットが普及する前の話ですが、フランス文学は英米文学に比べ情報が少ないせいか、得体の知れない小説を、つい買ってしまうことがありました。このブログで取り上げたものでは『先に寝たやつ相手を起こす…

『これからの一生』エミール・アジャール

La Vie devant soi(1975)Émile Ajar(Romain Gary) ロマン・ガリーはロシア生まれで、フランスに帰化した作家・映画監督です。映画ファンにとっては、ジーン・セバーグの夫といった方が分かりやすいかも知れません。 彼は一九五六年に『自由の大地』で、…

『ストーリーナンバー』ウージェーヌ・イヨネスコ

Conte numéro: Pour enfants de moins de trois ans(1969, 1970, 1971, 1976)Eugène Ionesco ウージェーヌ・イヨネスコは過去に、小説(『孤独な男』)と戯曲(『授業/犀』)を取り上げたので、今回は絵本を紹介します。『ストーリーナンバー』(写真)は…

『屠殺屋入門』ボリス・ヴィアン

L'Équarrissage pour tous(1950)Boris Vian 以前にも書いたとおり、高校生の頃、フランス文学にかぶれていました。 志賀直哉じゃありませんが、フランス語で書かれた文学は格上と考えていたんですね。ひとつの国を特別視するなど無知故の思い込みに過ぎま…

『ヂャック』アルフォンス・ドーデ

Jack(1876)Alphonse Daudet アルフォンス・ドーデの『ヂャック(ジャック)』(写真)を読むきっかけとなったのは森茉莉でした。 茉莉の息子の山田𣝣(じゃく)と同じ名前のせいか、彼女のエッセイに度々登場します。例えば……。「息子の家から公然と移動し…

『火の娘たち』ジェラール・ド・ネルヴァル

Les Filles du feu(1854)Gérard de Nerval ジェラール・ド・ネルヴァルの『火の娘たち』(写真)は、彼が自殺する前年に刊行された最後の書籍です。また、このブログでは珍しく、誰もが知っている古典でもあります。 といって、長編でも、同一のテーマに沿…

『魚雷をつぶせ』ジョルジュ・ランジュラン

Torpillez la torpille(1964)George Langelaan 早川書房の叢書「異色作家短篇集」で個人短編集が刊行された十七人の作家の、それ以外の書籍を取り上げようと思い立ちましたが、最も選択肢が少ないのがジョルジュ・ランジュランです(※)。 何しろ『蠅』以…

『スイミング・プール』フランソワ・オゾン

Swimming Pool(2003)François Ozon フランソワ・オゾン監督の『スイミング・プール』は、ひどい映画でした。 人物造形もストーリーも滅茶苦茶で、最初から回収する気のない謎を投げっ放して終わるという質の悪さが目立ちます。「どう解釈しようが自由」な…

『世界珍探検』ピエール・アンリ・カミ

La famille Rikiki(1928)/Cami-Voyageur ou Mes aventures en Amérique(1927)Pierre Henri Cami このブログで取り上げる三冊目のピエール・アンリ・カミは、『世界珍探検』(写真)(※1)です。 ブログの書名一覧をみていただくと分かるとおり、僕は「…

『のんぶらり島』ジャック・プレヴェール

Lettre des îles Baladar(1952)/Contes pour enfants pas sages(1947)Jacques Prévert ジャック・プレヴェールといえば、映画『天井桟敷の人々』の脚本、あるいはシャンソン『枯葉』の歌詞で有名です。 詩や児童文学でも高い評価を得ており、日本でも数…