読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『名前のない通り』マルセル・エイメ

La Rue sans nom(1930)Marcel Aymé

 マルセル・エイメの『名前のない通り/小さな工場』(写真)には、長編小説『名前のない通り』と短編小説「小さな工場」が収録されています。
 エイメは我が国において、短編小説(連作短編を含む)と戯曲が主に紹介されており、純粋な長編といえるのは『緑の牝馬』と『第二の顔』しかありませんでした。
 それらは実験的・幻想的な作品ですが、実をいうとエイメは、初期にリアリスティックな小説を書いていました。そのひとつが『名前のない通り』なのです(※1)。

 今まで、この時代のエイメの作品を日本語で読むことはできなかったため、非常に貴重な一冊といえます。
 文庫本で800円と安価なので、エイメが好きな方はぜひ購入してみてください……といえないところが、今回の辛いところです。というのも……。

 このブログでは、少しだけ手に入れにくい本の感想を書いています。
「少しだけ」と書いたのは、品切れや絶版になった市販本といえども、今やインターネットを駆使すれば容易に入手できると思ったからです。

 しかし、『名前のない通り/小さな工場』は完全な自費出版自費出版を請け負う出版社から共同出版物として刊行したのではなく、個人で製作している)なので、ネットで検索してもほとんど情報が出てきません。どこで買えるのか、今も入手可能なのか、全く分からない。
 僕は古書店の百均ワゴンでみつけ、この本の存在を知りました。しかし、この手の自費出版物の場合、狙ってみつけ出すのはまず不可能でしょう。
 奥付には訳者(※2)の住所と電話番号が記載されているので、問い合わせれば購入できるのかも知れませんが、それをここに書くわけにはいかないですし……。

 とはいえ、入手困難な本を、あらゆる手段を駆使して手に入れるのも楽しいので、興味がある方はぜひ挑戦してみてください。
 というわけで、あらすじです。

「名前のない通り」には、主にフランス人労働者とイタリア人の移民が暮らしています。妻と息子の三人暮らしをしているメウールの元へ、昔の知り合いであるフィノクルが訪ねてきて、娘ノアとともに居候することになります。フィノクルは警察に追われており、しばらくの間、身を隠そうというのです。
 十八歳のノアは「通り」の男を魅了します。メウールの息子マニュやイタリア移民のクルゼオら若者は勿論、五十歳を過ぎた妻子持ちのジョアニュまでノアに夢中になります。
 同じ頃、「通り」が非衛生的であるとして、取り壊す計画が持ち上がります……。

『名前のない通り』は、一九二〇年代から一九三〇年代にかけて世界的に流行したプロレタリア文学のひとつといえるでしょう。大きな軸は三つあります。

 ひとつ目は、貧しいフランス人労働者たちと、それよりさらに下層のイタリア人移民との対立です。
 第一次世界大戦後、人手が不足したフランスは、イタリアからの移民を数多く受け入れました。しかし、フランス人の労働者にとって彼らは、仕事を奪う憎い存在です。となると、必然的に差別や偏見が生まれます。
「通り」でもふたつのコミュニティができあがっており、互いにいがみ合っているのです。その縮図となっているのがマンシュという男の経営するカフェです。

 ふたつ目は、美しい少女ノアがイタリア人のリーダーであるクルゼオと恋に落ちてしまったことです。
 フィノクルは、貧しい移民と娘が結婚することに反対するものの、後にクルゼオの逞しさを評価し、結婚を認めます。けれど、面白くないのはふられたマニュでした。彼は、ノアを手に入れるため、警察にタレコミをして、邪魔なクルゼオとフィノクルを逮捕させようとするのです。
 フランス人とイタリア人の確執、マニュとノアそれぞれの父親が強盗殺人を犯し、刑務所から脱獄した過去を持つといった設定が、単純な三角関係に深みを齎しています。

 三つ目は、「通り」の取り壊しと立ち退きです。
 十九世紀、ジョルジュ・オスマンが行なった大規模な都市整備事業は「パリ改造」として知られています。当時のパリの衛生状況は劣悪でした。暗く、狭く、悪臭がひどく、そのせいで疫病が蔓延していたといいます。それをオスマンが整備したのです。
 その流れは二十世紀になっても続き、「通り」のような地区は衛生委員会によって非衛生的と判断され、取り壊されてしまったのです。
 しかし、そんな場所にも当然、人々の暮らしがあります。いきなり立ち退きを命じられた「通り」の人たちは国籍を超越して警察に抵抗しますが、巨大な力の前にはほとんど意味をなしません。彼らの戸惑い、怒り、諦めの感情が渦を巻き、やがて夜が明けるといつもと同じように黙々と工場へ向かうのです。

 ここまで読まれた方は、オノレ・ド・バルザックエミール・ゾラを思い浮かべたのではないでしょうか。実際、その印象は正しく、自然主義文学の流れを汲んだ作品であることは間違いありません。
 それは悪くいうと、エイメらしくないことになるわけですが、彼の出発点を知ることで後の傑作「壁抜け男」や「七里の靴」をより楽しめるという利点があります。

 また、『名前のない通り』単体でも、粗さはあるものの、普遍的な物語の持つ力強さに漲っており、悲劇へと急坂を疾駆するラストまで一気に読むことができます。
 日本では公開されていませんが、エイメ自身の脚本で映画化もされています。

 なお、解説にも書かれている「ポピュリスト賞(※3)を受賞した」というのはフランス本国でも広まっているデマです。そのような事実はなく、一九三一年の第一回受賞作はウージェーヌ・ダビの『北ホテル』(1929)でした。

小さな工場」La fabrique(1967)
 エイメの亡くなる二週間前に刊行された短編集『Enjambées』に収録された未発表の短編小説です(書かれたのがいつ頃かは不明)。

 一九四五年のクリスマスの朝、六歳の少女バレリーの意識は百年前にタイムスリップします。そこは貧しい工場労働者の家で、バレリーより幼い少年イポリットが過酷な労働によって死に瀕していました。
 それでも仕事を休むことができないイポリットは、一日の労働の終わりにいよいよ天に召されそうになります。それに心打たれたバレリーは、少年の手を引いて自分の時代に連れて帰ろうとしますが……。

「息子が死ぬのがクリスマスなら仕事を休まずに済む」「ひとり分の食費が浮く」と考えてしまうくらい貧しい労働者の心情を描いていますが、戦後の作品なので、泣かせるだけでなく毒も散りばめられています。

※1:「パリ横断」や「エヴァンジル通り」など幻想味のない短編はある。

※2:「東京農工大学の教員で、定年近くなってから畑違いのフランス語を学び始めた方のようである。

※3:市井の人々の生活を描いた文学作品に与えられる。


『名前のない通り/小さな工場』平山修訳、二〇一八

→『おにごっこ物語』『もう一つのおにごっこ物語』マルセル・エイメ
→『マルタン君物語』マルセル・エイメ