読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

アメリカ

『怪船マジック・クリスチャン号』テリー・サザーン

The Magic Christian(1959)/Flash and Filigree(1958)Terry Southern 作家としては『キャンディ』、脚本家としては『博士の異常な愛情』『イージー・ライダー』『シンシナティ・キッド』『007/カジノ・ロワイヤル』『バーバレラ』(※)などの代表作…

『宇宙の漂流者』トム・ゴドウィン

The Survivors(a.k.a. Space Prison)(1958)Tom Godwin トム・ゴドウィンといえば、何といっても短編「冷たい方程式」(1954)が有名です。 これは次のような物語でした。 ひとり分の燃料しか積んでいない小艇に、密航者が紛れ込んでいました。それは美少…

『ホンドー』ルイス・ラムーア

Hondo(1953)Louis L'Amour 一九八四年、中央公論社は、片岡義男監修による「ペーパーバックウエスタン」という叢書を突如、刊行し始めました。 ところが、西部小説ファンの期待に反して、たった五冊を出版しただけで消え去ってしまいました(※1)。 この…

『盗まれっ子』キース・ドノヒュー

The Stolen Child(2006)Keith Donohue 取り替え子(チェンジリング)とは、人間の子どもがさらわれ、代わりに妖精やゴブリンなどの子どもが置いてゆかれるという西欧の民俗伝承です。 国や地域、時代によって、呼び名もパターンも様々ですが、異界の者は成…

『小説アイダ』ガートルード・スタイン

Ida: A Novel(1941)Gertrude Stein ガートルード・スタインはアメリカ人ですが、二十世紀初頭にパリに移住すると、亡くなるまでそこで暮らしました。スタインが開いたサロンには若き芸術家たちが集まり、彼女はそのパトロンのような存在になります。 パブ…

『もし川がウィスキーなら』T・C・ボイル

If the River Was Whiskey(1989)T. C. Boyle ペン/フォークナー賞を受賞した『World's End』や、映画『ケロッグ博士』の原作者として知られるT・C・ボイル(※)は、今に至るまで膨大な量の短編を書いています。 日本でも三冊の短編集が刊行されており、…

『原子の帝国』『銀河帝国の創造』A・E・ヴァン・ヴォークト

Empire of the Atom(1957)/The Wizard of Linn(1962)A. E. van Vogt A・E・ヴァン・ヴォークトの長編シリーズの翻訳は、各二冊ずつ出版されています。 「イシャー」シリーズ:『イシャーの武器店』『武器製造業者』 「非A」シリーズ:『非Aの世界』…

『ローラ殺人事件』ヴェラ・キャスパリー

Laura(1943)Vera Caspary ヴェラ・キャスパリーの『ローラ殺人事件』(写真)は、オットー・プレミンジャー監督の同名映画の人気が高いようです。 映画も悪くはありませんが、小説に比べると平凡な出来です。『ローラ殺人事件』の邦訳は一九五五年に刊行さ…

『異形の愛』キャサリン・ダン

Geek Love(1989)Katherine Dunn キャサリン・ダンの『異形の愛』(写真)の原題にある「ギーク(geek)」とは、見世物小屋で鶏を食いちぎって生き血をすする芸人のことです。 訳者の柳下毅一郎によると「geekという言葉を、その芸をあらわすものとして最初…

『缶詰横丁』ジョン・スタインベック

Cannery Row(1945)John Steinbeck 終戦の年に発表されたジョン・スタインベックの『缶詰横丁』(写真)は、戦争文学ではありません。 当時の読者の多くは『月は沈みぬ』のような作品を期待していたそうですが、スタインベックはカリフォルニア州モントレー…

『恋人たち』フィリップ・ホセ・ファーマー

The Lovers(1952)Philip José Farmer フィリップ・ホセ・ファーマーの『恋人たち』(写真)は、ふたつの点で革新的なSFといわれています。 それまでほとんど扱われてこなかった「セックス」と「宗教」を取り入れたためです。 宗教に関しては、ユダヤ教を…

『歳月のはしご』アン・タイラー

Ladder of Years(1995)Anne Tyler アン・タイラーは、主にアメリカの中流階級の家庭、熟年夫婦、中高年の男女を描く作家で、本国だけでなく、日本でも人気があります。 分類すると、家族小説や家庭小説になりますが、実は家族のなかで居場所をみつけられな…

『暗い森の少女』ジョン・ソール

Suffer the Children(1977)John Saul スティーブン・キングやピーター・ストラウブよりやや遅れて登場したジョン・ソールのデビュー作が『暗い森の少女』(写真)です。 この小説は米国でベストセラーになったためか、早くも翌年には翻訳されています。 二…

『六番目の男』フランク・グルーバー

Fort Starvation(1953)Frank Gruber フランク・グルーバーは、ミステリーを中心に数多くの作品を残したパルプ作家で、日本ではジョニー・フレッチャーとサム・C・クラッグのコンビが活躍するシリーズが最も有名でしょうか。こちらは現在でも未訳の作品が…

『教授の家』ウィラ・キャザー

The Professor's House(1925)Willa Cather 絶版の本の感想文を書いていると、「この本は復刊されそうだな」とか「この作家は再評価されるかも」なんて思うときがあり、その予感は結構当たります。 ウィラ・キャザーの『おお開拓者よ!』の感想を書いたのは…

『月で発見された遺書』ハーマン・ウォーク

The "Lomokome" Papers(1956)Herman Wouk『月で発見された遺書』(写真)は、たった二冊だけ刊行された「創樹ファンタジー」の一冊です。 ちなみに、もう一冊は、チャールズ・G・フィニーの『ラーオ博士のサーカス』です。両者には特に共通点がなく、この…

『トロイメライ』チャールズ・ボーモント

Charles Beaumont テレビドラマ『ミステリー・ゾーン』(The Twilight Zone)の脚本を数多く書き、レイ・ブラッドベリに「自分に最も近い作家」として名前を挙げられたチャールズ・ボーモントは、一九六七年に三十八歳の若さで亡くなりました。 そのせいか、…

『目覚め』ケイト・ショパン

The Awakening(1899)Kate Chopin ケイト・ショパンは、フランス貴族の血を引くセントルイスのクレオールです。六人の子を抱えたまま若くして未亡人となった彼女は、収入にもなり、心の癒やしにもなる小説の執筆を始めます。 短編小説でデビューしたショパ…

『10月3日の目撃者』アヴラム・デイヴィッドスン

Or All the Seas with Oysters(1962)Avram Davidson アヴラム・デイヴィッドスンの長編は、エラリー・クイーンの代筆を除くと一作しか翻訳されていません。世間の評価も「短編の傑作をいくつも書いているが、長編は全く売れなかった作家」という感じではな…

『幌馬車』エマーソン・ホッフ

The Covered Wagon(1922)Emerson Hough『幌馬車』という邦題がつけられた西部劇は、二種類あります。 ひとつは一九二三年に公開されたジェイムズ・クルーズ監督のサイレント映画で、もうひとつが一九五〇年に公開されたジョン・フォード監督の作品です。 …

『愛しているといってくれ』マージョリー・ケロッグ

Tell Me That You Love Me, Junie Moon(1968)Marjorie Kellogg マージョリー・ケロッグの『愛しているといってくれ』(写真)は、ライザ・ミネリ主演の映画『愛しのジュニー・ムーン』(※)の原作です。といっても、映画は日本未公開ですし、僕も未見です。…

『すばらしいO』ジェイムズ・サーバー

The Wonderful O(1957)James Thurber ジョルジュ・ペレックの『煙滅』は「e」を使わずに執筆され(翻訳は「い段」抜き)、筒井康隆の『残像に口紅を』は使える文字が少しずつ減ってゆくという制約のもとに書かれました。 また、未訳ですが、ウォルター・…

『アンダーウッドの怪』デイヴィッド・H・ケラー

Tales from Underwood(1952)David H. Keller『アンダーウッドの怪』(写真)は、デイヴィッド・H・ケラーの日本で唯一の商業出版の単著です(SF資料研究会から『頭脳の図書館』という短編集は出ている)。 ケラーの本業は精神科医で、文学は趣味として…

『待ち暮らし』ハ・ジン

Waiting(1999)Ha Jin 以前も述べたように、中国と日本は相互主義によって、固有名詞はそれぞれの国語に従って発音します。 中国出身のハ・ジンは、中国語では「金哈」と書き「チン・ハー」と読むので、日本語にすると「きん・ごう」とでもなるのでしょうか…

『ハドック夫妻のパリ見物』ドナルド・オグデン・ステュワート

Mr. and Mrs. Haddock in Paris, France(1926)Donald Ogden Stewart ドナルド・オグデン・スチュワートは戦前、映画の脚本家や俳優として活躍しましたが、戦後の赤狩りでハリウッドを追われます。 尤も、映画界に入る前はユーモア小説を書いていて、邦訳も…

『ジョニー・パニックと夢の聖書』シルヴィア・プラス

Johnny Panic and the Bible of Dreams(1977)Sylvia Plath「鉄は熱いうちに打て」ということで、前回の『ベル・ジャー』に引き続き、シルヴィア・プラスを取り上げます。 僕は詩が全く分からないので、短編集を選びました。 新しく発見された「メアリ・ヴ…

『ベル・ジャー』シルヴィア・プラス

The Bell Jar(1963)Victoria Lucas(a.k.a. Sylvia Plath)『ベル・ジャー』は、シルヴィア・プラスが自殺する直前に出版された自伝的小説(Roman à clef)です。元々はヴィクトリア・ルーカスという変名で出版されました。 そして、これはプラスの生前に…

『逃げる幻』ヘレン・マクロイ

The One That Got Away(1945)Helen McCloy 予め断っておきますが、僕はミステリー小説に疎く、有名な作品すら余り読んでいません。 読まないから感動する作品に出合わないのか、出合わないから読まないのか分かりませんが、評判がよさそうだからと読んでみ…

『サイモン・アークの事件簿』エドワード・D・ホック

Edward D. Hoch エドワード・D・ホックは典型的な短編小説家で、長編小説はわずか五冊しか著していません。 その代わり、シリーズものがやたらと多く、日本でもシリーズごとにまとめた書籍が多く出版されています。 なかでもファンにとってありがたかったの…

『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』サミュエル・フラー

Mort d'un pigeon Beethovenstrasse(1974)Samuel Fuller 前回、触れたチャールズ・ウィルフォードの『拾った女(Pick-Up)』(1954)は映像化が不可能な小説ですが、サミュエル・フラー監督には同名の邦題を持つ映画があります〔原題は『Pickup on South S…