Mort d'un pigeon Beethovenstrasse（1974）Samuel Fuller
前回、触れたチャールズ・ウィルフォードの『拾った女（Pick-Up）』（1954）は映像化が不可能な小説ですが、サミュエル・フラー監督には同名の邦題を持つ映画があります〔原題は『Pickup on South Street』（1953）〕。
こちらは機密フィルムを巡るスパイアクションで、小気味のよい演出と、地下鉄での迫力のある乱闘シーンが光る良作です。
そのフラーは著作も多く、日本でも三冊の小説が発行されています。そのひとつである『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』（写真）は、同名映画のノベライズです。
映画はドイツで撮影され、一九七三年に公開されました（元々はドイツの連続ドラマの一編だったらしい）。小説はその後、監督自身によってフランス語で書かれたそうです。
日本語版は、翌年に発行された英語版から翻訳されましたが、訳者はふたりともフランス文学専門というところが面白いです。
西ドイツのボンにあるベートーヴェン通りで、私立探偵のビル・ジョンソンが撃ち殺されます。彼の相棒のサンディは犯人のチャーリー・ウムラウトを追いますが、逃してしまいます。しかし、ジョンソンが遺した絵葉書に隠されていた暗号を頼りに、サンディはクリスタという女性に接触します。
クリスタは、先進国の政治家を強請る国際的な組織の一員でした。そのボスであるメンサーに近づいたサンディは、クリスタと組んで美人局をしつつ、組織の秘密を暴こうとします。一方、メンサーはサンディが何者なのか探るのですが……。
フラーの映画はＢ級といわれていますが、実は細部まできちんと作られていて、破綻が余りありません。例えば、第二次世界大戦における第一歩兵師団（The Big Red One）の苦難を描いた『最前線物語』は過去の戦争映画で余りみられなかった奇抜なシーンが次々に現れるものの、それらからは全く違和感を覚えることがなく、それどころか戦争の狂気がリアルに伝わってくるのです（※）。
『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』も同様、「政治家専門の国際的な美人局組織ＶＳ私立探偵」といったおかしな設定にもかかわらず、極めて真っ当に物語が進んでゆきます。ジャン＝パトリック・マンシェットと比べても、遥かにまともです。
サンディとクリスタは敵同士で、最初は腹の探り合いをするものの、ペアになって任務をこなすうち互いに惹かれるようになってしまいます（この辺は『拾った女』と同じパターン）。
クリスタは、フラー夫人のクリスタ・ラングがモデルというか、映画では彼女がそのまま演じているくらいなので、奥さん本人といってよいくらいな存在です。
というわけで、最後にはふたりで力を合わせ、狂信的な殺し屋ウムラウトや悪の組織の首領メンサーと戦うことになるわけです。
このように『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』は、ヨーロッパの各地を巡り、戦闘、頭脳戦、暴力、恋愛やお色気シーン、さらにはラストのどんでん返しまで揃っているアクションエンターテインメントのお手本のような作品です。ただし、これをきちんと撮ると相当な製作費が必要だと思われます。
映画は未見ですが、恐らくは予算の都合で、ちゃちなシーンや端折った場面が多くなったのではないかと想像します。それはそれでＢ級映画の味かも知れませんけれど、ストーリーが非常によくできているため、やや勿体ない気もします。
また、フラーの映画は現在、鑑賞するのが困難なものが多い。『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』も映画の方は、なかなかみられません。
それが小説であれば、ネットでも簡単に購入できます。
上記の理由に加え、サンディとクリスタの複雑な心理（特に後半の愛情、金、狂気）が丁寧に描写してあることなどから、フラーの小説の場合は、ノベライズと馬鹿にせず手に取る価値は十分にあると考えます。
ま、本当は両方を味わうのが最高なのでしょう。正直いって今回は、映画をみていない負け惜しみが文章の端々に滲み出ているのは否めません……。
とはいえ、後にフラーが再評価された際、「今度は小説が入手できない！」なんてことにもなり兼ねませんので、今のうちに購入しておくとよいと思います。なお、死んだ鳩（Tote Taube）とは、俗語で「生まれながらの敗者」のことだそうです。
※：映画の場合、Ｂ級か否かは製作費の問題かも知れない。『最前線物語』は傑作であるし、ルーク・スカイウォーカーのイメージが強すぎたマーク・ハミルを生かすことのできた唯一の映画だが、いかんせん安っぽい。
『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』吉村和明、北村陽子訳、筑摩書房、一九九三
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