読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『魔の配剤』『魔の創造者』『魔の生命体』『魔の誕生日』『終わらない悪夢』ハーバート・ヴァン・サール

Pan Books of Horror Stories(1959-1984)Herbert van Thal

ソノラマ文庫海外シリーズ」には「恐怖の一世紀」のほかに、もうひとつホラーのアンソロジーシリーズがあります。
 それが、ハーバート・ヴァン・サール編の『Pan Books of Horror Stories』です。

 これは一九五九年から一九八四年まで、パンブックス社より二十五冊が刊行された人気アンソロジーです。シリーズ自体は、ヴァン・サールの死後も編者を変え、三十巻まで続きました。
 日本では、一〜四巻からの抜粋という形で翻訳されました。邦題がすべて「魔の〜」となっているのが特徴です(写真)。
 その後、論創社の「ダーク・ファンタジー・コレクション」より、六巻が『終わらない悪夢』(写真)として刊行されています(全訳)。どうせなら、こちらも「魔の」で揃えて欲しかったですね。

 なお、アンソロジーを購入して、既読の作品ばかりだとがっかりしますが、このシリーズは、日本で刊行されているアンソロジーに未収録で、単著もない作家の作品が多いため、安心して購入できます。
 逆に、読んだことのある短編ばかりという人は、相当のマニアでしょうね。

 というわけで、今回は『終わらない悪夢』を含めた五冊、計六十七編の感想を以下に記します(一部の短編は既に感想を書いているため、リンクを参照)。

『魔の配剤』
魔の配剤」His Beautiful Hands(1931)オスカー・クック

 美しいネイリストに魅せられたヴァイオリニスト。しかし、彼の自慢の指が腐り始めます。
 ふたりとも指を大切にする職業にもかかわらず、とんでもないものが生み出される点が恐ろしい……。

戦慄の生理学」The Physiology of Fear(1954)C・S・フォレスター
 戦時下のドイツにおいて、熱心なナチス党員で、恐怖の生理学を研究していた甥が突然、親衛隊に逮捕されます。その理由とは……。
ホーンブロワー」シリーズや『アフリカの女王』など海洋冒険小説で知られるフォレスターの異色作です。主人公は強制収容所医官として配属されていますが、反逆罪を恐れて甥のために何もできません。その葛藤が十分に描かれた後、とんでもないオチが待っています。

錯誤」The Mistake(1959)フィールデン・ヒューズ
 虫の好かない提督が亡くなり、牧師は棺のなかからコツコツという音がするのを聞きます。埋葬された後、深夜に掘り出してみると……。
 死の恐怖が笑いに変わる瞬間、牧師の精神は崩壊します。

ラズベリー・ジャム」Raspberry Jam(1949)アンガス・ウィルソン
 村人から頭がおかしいといわれている老姉妹。ジョニー少年は彼女たちと仲よしでしたが、あることがきっかけで会わなくなっていました。そして、ラズベリージャムという言葉を耳にしただけで怯えるようになります。
 イーヴリン・ウォーとともに英国を代表する諷刺作家として知られるウィルソン(大作『アングロ・サクソンの姿勢』は邦訳あり)。これは、短編にしてしまうのは勿体ないような話です。『何がジェーンに起ったか?』よりもグロテスクで、恐ろしい。

ペストの夢」Flies(1932)アンソニー・ヴァーコウ
 浮浪者が腹を空かして空き家に忍び込むと、ご馳走が用意してありました。しかし、隣室には腐った死体と大量の蝿が……。
 男が迷い込んだ屋敷の謎と、知能の高い蝿が襲いかかってくる恐怖を描いています。しかし、謎の方は邦題でネタバレしています……。ソノラマ文庫海外シリーズは、監修の仁賀克雄の方針なのか、わざわざネタバレになるタイトルをつけるという悪い癖があります。ゼナ・ヘンダースンの短編集『悪魔はぼくのペット』など、原題どおりのタイトルがひとつもありません。

恐怖の館」The House of Horror(1926)シーベリー・クイン
 雨の夜、道に迷って見知らぬ屋敷を訪ねたグランダンとトローブリッジ。そこには老人と、病気らしい若い女性がいて……。
 オカルト探偵ジュール・ド・グランダンものです。世界で最も有名なオカルト探偵といわれる「グランダン」シリーズは九十三編も書かれました。日本では、唯一の長編である『悪魔の花嫁』や、傑作選の『グランダンの怪奇事件簿』が出版されています。狂った医師に、おぞましい姿にされた被害者が登場します。それは凄惨としか呼べない状況であるにもかかわらず、グランダンのオカルト探偵らしからぬ陽気さのお陰で、何となくほのぼのしてしまうところが魅力です。

神の使徒」The Lady Who Didn't Waste Words(1959)ハミルトン・マカリスター
 列車に乗り合わせた女性は、神を讃える言葉以外は無駄口だといいます。男は、地獄へ落ちろと口走ったため、列車に轢かれて亡くなります。
 女性は、奇妙な言動を繰り返しますが、天使とは案外とこんなものかも知れません。

開かずの間」The Library(1933)ヘスター・ホーランド
 失恋の痛手から立ち直るため、古い屋敷を管理する求人に応募したマーガレット。女主人が外国に滞在する間、彼女は図書室に入ってしまいます。
 女主人が家を留守にするのは変だなと思っていると、ラストで真の理由が明らかになります。

銅の器」The Copper Bowl(1928)ジョージ・フィールディング・エリオット
 舞台は、仏領インドシナのトンキン(現在のハノイ)。フランス軍の士官を捕え、前哨基地の情報を手に入れようとする中国人は、士官が愛する女性に、銅の器を使った拷問を始めます。
 ラストの、ある残酷な勘違いがこの短編のキモです。

黄色いドアの向こうで」Behind the Yellow Door(1934)フレイヴィア・リチャードスン
 マーシャは、女医に秘書として雇われますが、仕事は余りなく、娘の相手をして欲しいといわれます。
 何より吃驚したのが、黄色いドアは「冒頭に少しだけ触れられるだけで、物語とは何の関係もなかった」ことです。作者はオスカー・クックの妻で、アンソロジストとしても有名だそうです。というか、実はこのアンソロジーの半分は、彼女が編んだアンソロジーからの孫引きだとか……。

悪夢」Nightmare(1959)アラン・ワイクス
 他人から馬鹿にされているという被害妄想を抱き続けた「私」は、フレイザー博士の治療によって治癒します。しかし、被害妄想は「私」が生きる糧でした。それがなくなった今、「私」はやむを得ず悪夢をみますが、博士はそれさえも治療しようとし……。
 嘲笑されることがアイデンティティになっているのがユニークです。「私」と博士の背格好が似ているのは一応、伏線になっています。

ポートベロ通り」The Portobello Road(1956)ミュリエル・スパーク
 幼馴染の四人は大人になり、それぞれの道を歩みます。しかし、彼らの人生はときどき交錯します。「ニードル」という渾名の「私」は、文章を書き、気ままに暮らしており、皆から運がよいといわれますが……。
 ホラーではありませんが、スパークらしい苦さが存分に発揮された傑作です。尤も、ホラーのアンソロジーなら、寧ろ「棄ててきた女」(1957)を採った方がよかったかも知れません。なお、「ジンバブエ」の話が出てきますが、当時の国名は南ローデシアで、ここで言及されるジンバブエは古代都市のことです。
→『邪魔をしないで』ミュリエル・スパーク
→『ミス・ブロウディの青春』ミュリエル・スパーク

『魔の創造者』
魔の創造者」The Black Creator(1960)ヴァーノン・ラウス

 ディアス・ボロ博士に雇われ、彼の所有する孤島へ赴いた植物学者のジェイムズ博士は、そこで奇怪な生物たちを目にします。
 H・G・ウェルズの『モロー博士の島』の設定を利用したホラーです。無理矢理捻りを加えていますが、その理由は納得のゆくものではありません。それよりも、異形の者たちの描写が恐ろしい。

霧の夜の宿」The Inn(1932)ガイ・プレストン
 英国の荒れ地で医師をしているサットンの下に、早朝、メシューエンという男が飛び込んできて、ある話をします。彼は写真用品のセールスマンですが、霧の夜、ガス欠で怪しい宿に辿り着きます。その宿屋の主人は、目がある位置に何もないのですが、外よりはマシと泊ってしまいます。
 本人が語っていることから、少なくとも命は助かったことが読者には分かります。となると、意外なオチが欲しいところですが、古典的な怪談なのでそこまでは期待できません。

タブー」Taboo(1939)ジェフリー・ハウスホールド
 カルパティア山脈にあるツァイベルゲンで、村人が複数行方不明になる事件が起こっていました。休暇で訪れていた精神科医のシラビエフは、狩猟用の別荘を借りていた英国の夫婦とともに事件の解決に乗り出します。
 東欧を舞台にし、人狼を匂わせます。さらに、別荘の夫婦も怪しく思わせておいて……。「タブー」の意味はラストに明らかになります。

蝋人形館の恐怖」The Horror in the Museum(1933)ヘイゼル・ヒールド
 蝋人形館の館長ロジャースは、地下にグロテスクな古代の神を隠し持っていました。
 ヒールドは、H・P・ラヴクラフトの弟子で、この作品もラヴクラフトの手が相当入っているようです。というか、ラヴクラフトが書いたといってもよいくらいでしょうね。『ラヴクラフト全集』の別巻にも『博物館の恐怖』のタイトルで収められています。

黒い絨毯」Leiningen Versus the Ants(1938)カール・スティーヴンソン
 ブラジルで農園を経営するライニンゲンは、知恵と不屈の闘志で様々な難問を乗り越えてきました。そのライニンゲンの農場にアリの大群が迫ってきます。
 チャールストン・ヘストンが出演した同名映画(映画の原題は『The Naked Jungle』)の原作です。元々はドイツ語で書かれ、作者自身によって英訳されました。原題どおり、ひたすら「ライニンゲン対蟻」の戦いが描かれます。下手なストーリーで彩るより、却って緊迫感があってよいかも知れません。

第三の生贄」By One, by Two, and by Three(1913)スティーヴン・ホール
「僕」の友人である、アンガス・マクベインは、先祖が自ら呼び出した悪魔に殺されたといわれています。彼には、裕福だが、ソリの合わない伯父がいます。ある夜、伯父が首を切り裂かれて死に、しばらくした後、共通の友人も同様の方法で殺されます。
 無名の作家ですが、恐怖小説のツボを押さえた良質な短編です。こうしたテーマの場合は、伝統のある国の方が雰囲気があってよいですね。何しろ悪魔研究に関しては、十七世紀以前のものでないと意味がないというのですから。

『魔の生命体』
最後の夜」The Last Night(1932)チャールズ・バーキン

 精神病棟から明日退院する少女ノラは、今夜ひとりで寝ることを怖がります。どうやら、モリスという医師を恐れているようですが……。
 モリスは、少女に催眠術をかけ、痛みは想像に過ぎないと思い込ませようとしていました。アントン・チェーホフの「六号室」以来、医師の方が精神に異常をきたすのは定番です。

カモメに呪われた男」The Caretaker's Story(1934)エディス・オリビア
 海辺のコテージの管理を頼んだホーターは、長年、船長をしていました。海難事故で親友を亡くし、丘にあがったのですが、何かに怯えている様子です。
 ホーターは遭難した際、カモメを食べて生き延びましたが、死んだ船乗りの魂はカモメになると信じていたので、友人を食べたことになってしまいます。ところで、この作者は少女の頃、ルイス・キャロルのお茶会によく招かれていたとか。

謎の腫瘍」The Shifting Growth(1962)ジョン・ゴースワース、エドガー・ジェプソン
 外科医の「私」は、親友に頼まれ、彼の婚約者の手術をすることになります。何でも彼女の体には、動く腫瘍があるといいます。
 腫瘍の不気味な正体を明かした後、一転して爽やかなハッピーエンドに持ってゆくところが凄い。こんな感覚は初めてかも。

目には目を」An Eye for an Eye(1932)チャールズ・バーキン
 十六歳の少女が惨殺され、その家の運転手が疑われますが、確固たる証拠がありません。娘を殺された医師は、自らの手で復讐しようとします。
 サスペンスとしてもミステリーとしてもホラーとしても中途半端です。復讐の仕方も荒唐無稽で、ピンときません。

海の大蛭」The Ocean Leech(1925)フランク・ベルナップ・ロング
 吸盤のある、ゼリー状の怪物に船が襲われます。
 本当、それだけの話です。前フリもキャラクターの個性もありません。ある意味、潔いですが……。

開かずの間の秘密」The Mystery of the Locked Room(1933)エリオット・オドネル
 未亡人のビショップは、吝嗇家なので孤児院出身のメイドを雇います。新しくやってきたアメリアは、開かずの間が気になって仕方ありません。
 開かずの間の秘密にしろ、孤児院の娘を雇う本当の理由にせよ、悪くはないけれど、吃驚するほどではありません。

魔の生命体」Dr Fawcett's Experiment(1933)レイモンド・フェラス・ブロード
 マッドサイエンティストが怪物を生み出します。
 本当、それだけの話です。

楽しい毒殺魔」A Note for the Milkman(1950)シドニー・キャロル
 図書館の古い書物に、完璧な毒薬の作り方が載っていました。男は、空の牛乳瓶に毒薬を入れます。瓶は回収され消毒されますが、毒は残っており無差別に人を殺してゆきます。
 男は、ある目的のために無差別殺人を行うのですが、犯行がバレないどころか、さらに素晴らしいことが待っています。

スペシャル・ダイエット」Special Diet(1933)チャールズ・ロイド
 精神を病んでいる老婦人は部屋に閉じ込められ、制限食を与えられています。彼女は自分がおかしいとは思っておらず、栄養を摂れば快復すると信じています。
 チャールズ・バーキンの別名だそうです。ということは、この作家の作品が四編も収められていることになります。どれも捻りがなく、面白くありません。

黄色い猫」The Yellow Cat(1924)マイケル・ジョセフ
 賭博師のグレーは、黄色い猫を拾ってきた途端、ツキ始めます。しかし、部屋に呼んだ女が猫を嫌ったため、猫を運河に投げ捨ててしまいます。
 何が元祖なのかは分かりませんが、このオチは使い古されてしまっており、残念ながら現代では通用しません。

詩と薔薇の花束」A Poem and a Bunch of Roses(1933)チャールズ・ロイド
 愛人が亡くなり、その妻の住む城に招待されたサリー。そこには美しい妻のほかに、不気味な大男や老婆がいて……。
 面白そうな設定なのに、捻りがなさすぎて読むに耐えません。妻は復讐するつもりなのか、それとも善人なのかで引っ張るならまだしも、早々に憎しみを前面に押し出してしまうし、サリーは誰にも伝えず、愛人の妻の下を訪ねてしまうほど愚か……。

野蛮な処刑」Piecemeal(1929)オスカー・クック
 グレゴリーがボルネオに調査に出かけている間に、妻はメンディンガムという男に寝取られてしまいます。やがて、メンディンガムは行方不明になり、妻のもとにはバラバラにされた体の部位が少しずつ送られてきます。
 各部位が一定の期間を空けて送られてくる理由が面白い! 原題の方が絶対によいです。

魔女の髑髏」Unburied Bane(1933)N・デネット
 夫である劇作家がホラーのシナリオを書くため、妻とともに、老婆の住む不気味や屋敷に間借りします。そこは、かつて魔女が処刑された家でした。
 これまた、ストレートな怪談です。復活した魔女に襲われ、夫は死に、妻は発狂します。

妄想の種子」The Meshes of Doom(1933)ネビル・キルビングトン
 植物学者のトレズボンドは、妻を殺して温室に埋めます。その後、友人がアマゾンから持ち帰ったという種子を植えると、それが大きく成長し、犬やトレズボンドに襲いかかってきます。
 蛙の解剖をするくらいの感覚で殺人を犯すものの、実は……というのがキモなのに、邦題は完全にネタバレしています。

血を恋う女」The Execution of Damiens(1936)ハンス・ハインツ・エーヴェルス
 ブリンケンは、雄を食うカマキリのような女を恐れています。彼は十八歳のとき、オリバー卿の若き妻シンシアに恋をしますが……。
 ドイツの怪奇小説の巨匠エーヴェルス。異様なことも、恐ろしいことも起こらないのに、恐怖を感じさせるテクニックはさすがです。

『魔の誕生日』
少女を食う男」The Little Girl Eater(1963)セプチマス・デール

 堤防で梁に押し潰され、身動きのできなくなった男。満潮が近づき、このままでは溺れ死ぬというとき、少女が通りかかります。
 誰からも悪意を感じないため、ホラーやスリラーと呼ぶには弱いでしょうか。

スライム」Slime(1953)ジョセフ・ペイン・ブレナン
 海の底にいたヘドロのようなスライムが沼にやってきて、人や動物を襲います。ただし、スライムは光が苦手でした。なぜなら……。
 長くて捻りのない短編ですが、ひとつ気になった描写があります。それは、スライムが猛スピードで迫ってくるというもの。何となくスライムっぽくない気がします。

エロスの彫像」The Ohio Love Sculpture(1963)アドービ・ジェイムズ
 性愛芸術(エロティカ)蒐集家の私は、三体の美女の彫像をみつけます。しかし、作者は絶対に売ってくれません。
 エンタメ小説としては読みやすいのですが、オチがバレバレなのが残念です。誰もが思いつくオチの場合は、捻らないと駄目ですね。

屋根裏の暴走」The Attic Express(1963)アレックス・ハミルトン
 コリーは屋根裏部屋に鉄道模型を作り、息子のブライアンと楽しもうとします。しかし、ブライアンは鉄道に興味がありません。
 相変わらず邦題がネタバレ気味です(普通に「屋根裏急行」でよい気がする)。鉄道模型に乗ることができたら楽しいなあと考えても、それが恐怖につながるとは思いません。

ムーンライト・ソナタ」Moonlight Sonata(1931)アレクサンダー・ウールコット
 友人の屋敷の祈祷室で眠り込んでしまうバラック。目が覚めると部屋のなかに誰かがいて、刺繍をするときに動作をしています。恐ろしく感じたバラックは、逃げ出そうとしますが……。
 文字にすると馬鹿馬鹿しいのですが、実際に目撃したら怖いでしょうね。

悪魔っ子」The Pale Boy(1963)M・S・ウォデル
 孤児院のポールは、青白い顔をしています。バーネル夫人は、それを心配して家に招待します。夫が姿を消し、その代わりポールの頬は薔薇色に変化します。
 これも原題を直訳して「青白い子」としなければ、タイトルをみただけで悪魔であることが分かってしまいます……。

魔の誕生日」Various Temptations(1947)ウィリアム・サンソム
 綺麗に着飾った娼婦を四人も絞殺しているロナルド。彼は、クララという化粧っ気のない女の部屋に押し入り、話をするうちに彼女に好意を抱きます。恋人になったふたりは、幸せ一杯の日々を送りますが……。
 表題作だけあって、よくできた短編です。原題は「様々な誘惑」で、ロナルドに殺意を催させるものが何なのかがミソです。

地下の呪術」The Two Old Women(1934)ヴィヴィアン・メーク
 アパートの一階と地下を占領する、年老いたケンプ姉妹。彼女たちはグールでした。
 地下に大量の死骸があるというだけで、特に怖くも面白くもない作品です。リンド・ウォードの『狂人の太鼓』(1930)の影響を受けているのでしょうか。

ロンドンの首狩人」Dulcie(1963)ヒュー・リード
 第二次世界大戦中のロンドンで、女性を殺害し、首を切り落として持ち帰るという犯行が繰り返されます。
 ユニークなのは、空襲警報が発令され、皆が防空壕へ逃げ込むなか、逃げ遅れた女性を狙う点です。空襲とシリアルキラーという、ふたつの恐怖から逃れなくてはいけません。

過去からの電話」The Haunted Telephone(1934)エリオット・オドネル
 謎の失踪を遂げた医師の家を借りることにしたバーン医師。ある夜、デラコーテという夫人から電話があり、彼女の家に向かうと夫が死んでいました。
 夢オチではありますが、そこから二転三転するのが面白い。ラストは、不幸の火種が思わぬ方向へ飛び火します。

ガイ・フォークス・ナイト」Guy Fawkes Night(1963)リチャード・デイヴィス
 老年になったジェリーは、四十年前のガイ・フォークスナイトに思いを馳せます。その日、友人のディヴィッドの父親が失踪したのです。
 ホラーではなく、ミステリーです。犯人も手口もかなり早い段階で分かってしまうため、興味は「焚き火程度で死体を燃やせるのか」と「予め作っておいたガイ・フォークス人形をどう処理したのか」の二点に絞られます。ところが、ひとつは無視され、もうひとつは読者への問いかけといった形で丸投げされます。

正気の果て」The Importance of Remaining Ernest(1963)M・S・ウォデル
 精神障害のある囚人を収容する施設で、トレーシーは正気を保とうと努力しています。なぜなら、現在の「能力あり」のブロックから、Bブロックに移されると、二度と元へは戻れないからです。
 看守は自分の身を守るために、囚人を犠牲にします。精神を病んでいる彼らは、何をしても不思議ではないと思われているからです。

死者を呼ぶ鐘」Ringing the Changes(1955)ロバート・エイクマン
 海辺の町に新婚旅行に出かけた夫婦。その町は夜中まで教会の鐘が鳴り響いていました。
「奥の部屋」で知られるエイクマンの出世作です。この短編がシンシア・アスキスに見出され、彼は一躍人気作家になりました。『ロアルド・ダールの幽霊物語』にも収録されています(邦題は「鳴りひびく鐘の町」)。幽霊譚というより「ゾンビ」にまつわるパニックを描いています。テレビ化もされたそうですが、この手のものとしては元祖に近いかも知れません。
 例の如く、邦題でネタバレしているので、鐘が何のために鳴っているのか、最初から分かってしまうのが興醒めですが……(「過去からの電話」も同じパターン)。

エレファント・マン」The Elephant Man and Other Reminiscences(1923)サー・フレデリック・トリーヴス
 エレファントマンことジョゼフ・メリックを診断した医師フレデリック・トリーヴスによる記録です。トリーヴスは亡くなる直前、『The Elephant Man and Other Reminiscences』という本を出版します。「エレファント・マン」は、そのなかの一編です。原書でも四十頁足らずの短い記録にもかかわらず、翻訳されているのは恐らくこれのみなので、何気に貴重なのです(※)。
 アンソロジーとしては一編のみ異質なせいか、珍しくヴァン・サールのコメントがついています。しかし、日本の怪奇小説ファンは、角川文庫の『怪奇と幻想』の各巻の最後にノンフィクションがついていたことを思い出し、懐かしく感じたのではないでしょうか。
 短いながらも濃密な作品で、デイヴィッド・リンチは、謎めいたメリックの死に想像力を発揮した以外は忠実に映画化していることが分かります。

『終わらない悪夢』
終わらない悪夢」The Oldest Story Ever Told(1964) ロマン・ガリー

 強制収容所に送られたユダヤ人のシェーネンバウムは、戦後、ボリビアの高地で仕立て屋をしています。ある日、偶然に収容所で一緒だったグルックマンに出会います。戦後十五年も経つのに、グルックマンはナチスに怯えていました。
 収容所での経験がグルックマンの精神を破壊したという悲惨なショートショートでありながら、綺麗なオチをつけたことで、軽い印象になってしまいました。
→『これからの一生エミール・アジャール
→『白い犬』ロマン・ガリ

皮コレクター」Man Skin(1965)M・S・ウォデル
 人を殺し、皮を剥ぎ、自分の体にぴったりと貼りつけるシリアルキラーの話です。
 獲物に狙いをつけたり、殺す様子を描写するだけの短編で、オチなどはありません。

レンズの中の迷宮」Camera Obscura(1965)ベイジル・コパー
 高利貸しのシャーステッドは、資産家なのに借金を返さないジンゴールドの屋敷にゆき、催促をします。そこでカメラオブスクラをみせられた、シャーステッドは帰り道で迷ってしまいます。同じ場所を何度も通り、しかも時間は全く経過していないのです。
 シャーステッドは、スクルージほど冷酷ではありませんし、そもそも金を借りて返さない方も悪いので、こんな地獄に突き落とさなくてもよい気がしますが……。

誕生パーティー」Party Games(1965)ジョン・バーク
 ロニーの誕生パーティに、招待もしないのにやってきたサイモンは、少し浮いた存在です。子どもたちが殺人ゲームを始めると、ロニーの父親が帰宅します。
 無邪気な残酷さと受け取るべきか、それとも子どもの皮を被った悪魔なのか……。
→『吸血ゾンビ』ジョン・バーク

許されざる者」The Unforgiven(1965)セプチマス・デール
 牧師である父親に殺されそうになる娘。
 何のことやら、よく分かりませんでした。

人形使い」Puppetmaster(1965)アドービ・ジェイムズ
 かつて一世を風靡した人形使いのデカーロは、自分が作った二体の人形に殺されます。
 オチがついているのですが、唐突すぎてピンときません。というか、このオチなら、男女ふたりが登場する話すべてに当て嵌められてしまいます。

蠅のいない日」No Flies on Frank(1964)ジョン・レノン
 フランクの上に蝿はいませんが、一日で体重も身長も増えてしまいます。そして、文句をつけた妻を殺します。
 ホラーというより、不条理なショートショートです。ビートルズの曲でいうと「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ」が近いでしょうか。

心臓移植」A Heart for a Heart(1965)ロン・ホームズ
 美人の助手と不倫関係にある心臓外科医。嫉妬した妻は、拳銃でふたりを脅しながら、愛の行為をしろと迫ります。
 現実的には、このような大掛かりな手術を、ひとりで行なうのは無理でしょうが、それを指摘するのは野暮かも知れません。独創的な復讐で、やられた方もどういう感情を抱いてよいのか分からないところが面白い。自分だったら、どうするか考えさせられます。

美しい色」A Real Need(1965)ウイリアム・サンソム
 年取った牧師の伯父は、薄暗がりにいるせいか真っ白な肌をしています。この体に赤い血が流れているのか知りたくなった甥は、伯父をナイフで切り裂きますが……。
 色に取り憑かれた異常者が、血は案外と赤くないと知り、失望するお話です。

緑の想い」Green Thoughts(1931)ジョン・コリア
 こちら(「みどりの思い」)をどうぞ。
→『ジョン・コリア奇談集』ジョン・コリア
→『モンキー・ワイフ』ジョン・コリア

冷たい手を重ねて」Give Me Your Cold Hand(1965)ジョン・D・キーフォーバー
 大きな手を持つ男が好きなアニタは、常にドレスに針を忍ばせています。
 悪女の虜になり、身を滅ぼす男を描いていますが、よく考えると殺された男はひとりだし、大きな手にも、針の使い道にもほとんど意味がありません。冒頭の死体が何者なのかに少し工夫がある程度でしょうか。

私の小さなぼうや」My Little Man(1965)エイブラハム・リドリー
 精神に異常をきたしていると思しき女性の日記です。「ぼうや」を可愛がりつつ、余り訪ねてこない夫への不満や、世話をしてくれる女性への憎しみが綴られます。
 狂気を抱えた人の一人称の場合、何かが普通ではないというパターンが多いのですが、この短編は「ぼうやが何か」がポイントです。とはいえ、答えは最もあり得ない感じ……。

うなる鞭」Crack o' Whips(1934)H・A・マンフッド
 犬のサーカスを催しているスクワラーは、横暴な態度で皆から嫌われています。犬に対しても鞭を振るい、恐怖で支配していますが……。
 従わない者にはどんな手段でも取る専横な男も、アレには効き目がありませんでした。リンチに遭うシーンはホラー並みの恐ろしさです。

入院患者」The Inmate(1965)リチャード・デイヴィス
 精神を患い入院している女。その夫は、子どもを殺し、自殺をしました。その顛末を、友人である医師が語ります。
 ジョン・コリアの『モンキー・ワイフ』と同じく、類人猿と人間の恋愛を描いています。オリバーくんが話題になったのが一九七〇年代ですから、このオチでも当時の読者は納得したのでしょうか。

悪魔の舌への帰還」Return to Devil's Tongues(1965)ウォルター・ウィンウォード
 戦友のローソンを田舎の家に招いたピーター。近所には悪魔の舌といわれる三枚の岩があり、かつてそこで浮気した妻が夫に殺され、夫も妻の愛人に殺されるという事件が起きていました。
 ローソンは亡霊に取り憑かれ、過去の事件を再現しますが、そうなる理由がよく分かりません。

パッツの死」Putz Dies(1965)セプチマス・デール
 第二次世界大戦中、捕虜収容所病院で苦痛を与える人体実験を行っていたパッツ。彼は明日、死刑になる予定ですが、執行直前に終身刑に変更になります。
 どこの国の話かは書かれていませんが、「スターチン政権」とあるのでソ連のことを指すのかも知れません。非道な実験を繰り返してきたパッツに、電気椅子では温すぎます。

暗闇に続く道」The Road to Mictlantecutli(1965)アドービ・ジェイムズ
 モーガンは、メキシコから米国へ連れてゆかれる途中、警官を射殺して逃亡します。しかし、車で事故を起こしたとき、困っていると神父と、馬に乗った女が現れます。ふたりは、互いに相手こそが邪悪な存在だといいます。
 どちらについてゆくかによって、運命が決まるというストーリー。ミクトランテクトリという言葉がヒントになりますが、これが何かご存知ですか?

死の人形」The Doll of Death(1933)ヴィヴィアン・メイク
 舞台は中央アフリカ。ブランドンの妻がある日、当然エバレットという男と駆け落ちをします。その後、エバレットは原因不明の痛みに苦しめられます。ブランドンの友人の医師が様子をみにゆくと……。
 ブードゥー教の呪術に関する恐怖小説ですが、ユニークなのは寝取られた夫の方が悪人だという点です。ただ、構成が悪いのか人間関係がゴチャゴチャしており、設定の面白さを生かしきれていません。

私を愛して」Love Me, Love Me, Love Me(1965)M・S・ウォデル
 精神を病んでいる「私」には、幻の女がみえます。幻覚なのか、霊なのかは分かりません。彼女は、曇った硝子窓に「私を愛して、私を愛して、私を愛して」と書きますが……。
 自分の心が正常でないことを自覚している男の一人称なので、妄想かと思いきや……という点がミソです。読者の想像の裏をかいていますが、やや鮮やかさに欠けます。

基地」The Shed(1965)リチャード・スタップリイ
 実験体九号と呼ばれる男は、ある小屋に軟禁され、様々な実験を施されています。彼は列車で旅行中、突然、見知らぬ組織に拉致されたのです。
 人気ドラマ『プリズナーNo.6』より少し早く書かれた短編です。ホラーのアンソロジーのなかにあるとアレっと思いますが、SFだと分かれば大したことはありません。

※:しかも、『魔の誕生日』は、ソノラマ文庫海外シリーズの最終配本である。その掉尾を飾ったのが「エレファント・マン」というわけ。

『魔の配剤 ―イギリス恐怖小説傑作選』熱田遼子、松宮三知子訳、ソノラマ文庫海外シリーズ、一九八五
『魔の創造者 ―イギリス恐怖小説傑作選2』熱田遼子、松宮三知子訳、ソノラマ文庫海外シリーズ、一九八六
『魔の生命体 ―異色恐怖小説傑作選3』小島恭子訳、ソノラマ文庫海外シリーズ、一九八六
『魔の誕生日 ―異色恐怖小説傑作選4』小島恭子訳、ソノラマ文庫海外シリーズ、一九八六
『終わらない悪夢』ダーク・ファンタジー・コレクション、金井美子訳、論創社、二〇〇八


ソノラマ文庫海外シリーズ
→『悪魔はぼくのペットゼナ・ヘンダースン
→『吸血ゾンビ』ジョン・バーク
→『アメリカ鉄仮面』アルジス・バドリス
→『モンスター誕生リチャード・マシスン
→『御先祖様はアトランティス人』ヘンリー・カットナー
→「恐怖の一世紀
→『10月3日の目撃者アヴラム・デイヴィッドスン

アンソロジー
→『12人の指名打者
→『エバは猫の中
→『ユーモア・スケッチ傑作展
→『怪奇と幻想
→『道のまん中のウェディングケーキ
→『魔女たちの饗宴
→「海外ロマンチックSF傑作選
→『壜づめの女房
→『三分間の宇宙』『ミニミニSF傑作展
→『ミニ・ミステリ100
→『バットマンの冒険
→『世界滑稽名作集
→「恐怖の一世紀
→『ラブストーリー、アメリカン
→『ドラキュラのライヴァルたち』『キング・コングのライヴァルたち』『フランケンシュタインのライヴァルたち
→『西部の小説
→『恐怖の愉しみ
→『アメリカほら話』『ほら話しゃれ話USA
→『世界ショートショート傑作選
→『むずかしい愛
→『天使の卵』『ロボット貯金箱』

Amazonで『魔の配剤』『魔の創造者』『魔の生命体』『魔の誕生日』『終わらない悪夢』の価格をチェックする。