読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『黒い黙示録』カール・ジャコビ

Revelations in Black(1947)Carl Richard Jacobi

 カール・リチャード・ジャコビ(※)は寡作のせいか、日本では単著がひとつしか出ていません。その貴重な一冊が『黒い黙示録』(写真)です。
 短編を量産しないタイプの作家(例えば、スタンリイ・エリン)の方が一編一編の出来はよいと思われがちですが、一概にそうともいい切れないのが文学の難しいところです。
 とはいえ、ジャコビの短編は非常に丁寧に書かれているのが分かります。これは書きなぐるタイプの作家には出せない味でしょう。

 ホラーの割に理屈っぽく、破綻が少ないのがジャコビの特徴です。また、割合早い段階で、読者に全体像を提示してしまうケースが多い。そのため、読後に不満やモヤモヤは残りません。
 一方、得体の知れない恐怖や、有無をいわさぬ迫力には欠けるでしょうか。好みの問題ですが、個人的には、安心して読める恐怖小説の書き手と評価しています(ホラーなので「安心」を由としない人もいるだろうが)。

 本書は、H・P・ラヴクラフトオーガスト・ダーレスが絶賛した「マイヴ」が収録されている唯一の書籍です。
 また、フリッツ・ライバーによると、ジャコビのベストは「マイヴ」「カーナビーの魚」「黒の告知」「苔の島」「Portrait in Moonlight」「The Lo Prello Paper」「水槽」「The Singleton Barrier」「カーバー・ハウスの怪」で、そのうちの四作が収録されています(「水槽」は『怪奇と幻想』に、「カーバー・ハウスの怪」は『漆黒の霊魂』に収録)。

『黒い黙示録』は飽くまでジャコビの初期短編集であり、これ一冊で全貌が把握できるわけではありませんが、二十一編も収録されていてお得ですので、恐怖小説好きの方はぜひ手に入れて欲しいと思います。
 仮令、興味がなくとも、「アーカム・ハウス叢書」は古書価格が高いため、安いのがみつかったら購入しておいた方が賢いです。

黒の告知」Revelations in Black(1933)
 ふと立ち寄った骨董品店で『五頭の一角獣と真珠』という本をみつけた「わたし」は、その本に導かれるように五頭の一角獣の像がある庭に辿り着き、不思議な女と出会います。
 本が「吸血鬼」の行動を制限する役割を果たす一方、新たな獲物を庭園に招いてしまうことにもなる点がユニークです。結末はやや乱暴かも知れません。
 なお、この短編はタイトルストーリーですが、邦題は書名と異なります。恐らく『黒の告知』では弱いと考えた出版社の人間が、書名のみを『黒の黙示録』に変更したのでしょう。

幽界通信」Phantom Brass(1934)
 鉄道会社で通信手をしているマクフィーは、同僚からの電信によって、山火事で橋脚が崩れ落ちたことを知らされ、列車を止めますが……。
 綺麗にまとまった短編です。捻りがない点が、逆に新しい……かな。

呪いのステッキ」The Cane(1934)
 ステッキ片手に散歩するのが趣味のグレニング氏は、あるステッキを競売で手に入れます。すると、ステッキに操られるように、見知らぬ男性や女性を殴り倒してしまいました。
 とても魅惑的な謎ですが、早い段階で真相が明かされてしまいます。ホラーになるのは、その後です。

二百年の疾駆」The Coach on the Ring(1932)
 ドイツ系アメリカ人である「わたし」は、ヨーロッパを旅行中、先祖の暮らしていた村へ向かいます。途中の宿屋で知り合った男から、指輪にまつわる昔話を聞くと……。
娘を殺された」恨みは、かくも強いのです。

」The Kite(1937)
 ボルネオで医師をしているルーラーは、森林監督官のコーリンから、妻を診療して欲しいという手紙を受け取ります。そこには「途中のジャングルに揚がっている凧には触れるな」と書かれていました。
 凧が上昇すると妻の容態がよくなり、下降すると悪化するという変な呪いが描かれます。ジャコビの短編の舞台は世界中に亘りますが、各地の文化や風習に関する知識は正確だそうです。

運河」Canal(1944)
 遥か未来の火星。クレイマーは、脳の働きを何千倍にもする稀少な麻薬レトナイトを求め、運河を進んでゆきます。追っ手を躱し、様々な苦難を乗り越え、後は運河を干上がらせた大空隙を克服するだけですが……。
 火星に運河があると信じる人がまだいた時代の作品です(完全に否定されたのは一九六五年、マリナー4号が火星の写真を撮影したことによる)。設定は完全にSFですが、大空隙の正体は立派なホラーです。

悪魔のピアノ」The Satanic Piano(1934)
 フェイバーは、作曲家の頭に浮かんだメロディをそのまま演奏するピアノを発明します。しかし、それだけでは満足していません。彼は、自らメロディを作り出すピアノを作ろうとしているのです。
 ピアノ人間(人間ピアノ?)を作ろうとするマッドサイエンティストの話ですが、よく考えると最初に作ったピアノも、改良型も大して変わらない気がします……。

最後のドライブ」The Last Drive(1933)
 事故死したレーサーの遺体をバンの荷台に積んで運んでいたジェフは、吹雪に遭います。暖を取るために荷台の遺体を運転席に移し、自分は荷台に潜り込みますが……。
 遺体がカーレーサーなので、霊になったら、当然これをするでしょうね。

魔銃」The Spectral Pistol(1941)
 療養目的で田舎に家を買った銃の蒐集家トレヴェラン。彼に招待され村に赴いたマッケイは、不吉なものを感じ、早々に退散します。しかし、チャリングクロスの古本街で銃に関する稀覯本をみつけ、トレヴェランの下に戻ると、村では狼が人を襲ったという騒ぎが起こっていました。
 狼男の話ですが、面白いのはそうなる理由も、退治する銀の銃も、セットで村に存在している点です。要するに、その土地にかけられた呪いのようなものなのでしょうか。

サガスタの望遠鏡」Sagasta's Last(1939)
 亡き妹を偲ぶため前夫の家を訪れたプロックトンが、注文した望遠鏡を覗くと、二本の腕がみえました……。
 見渡す限りのヒースの荒れ地に巨大な腕が現れるだけで不気味ですが、実は被害はそれとは関係ないところで起こるわけで、とても逃れようがありません。

湖の墓地」The Tomb from Beyond(1933)
 ボルネオ沖で海中に沈む古代遺跡を発見したトレネードは、霊廟を自宅まで運んできます。その三か月後、住民はひとり残らず引っ越してしまいます。
 古代の遺跡や圧倒的な力を持つ四次元の怪物が登場するところなどは、まるでラヴクラフトの作品のようです。霊廟を移動させても四次元の通路なのでつながったままというのがミソですね。

ピストル小島の宝」The Digging at Pistol Key(1947)
 トリニダード・トバゴで農園を営む英国人のキュナード。彼の土地には、海賊ロロネの埋めた宝があると噂されています。ある日、召使いの黒人少年を誤って殺してしまったキュナードは……。
 海賊の宝、殺人の隠蔽、魔術と要素が盛り沢山で、しかも最後までオチが読めません。集中五本の指に入る作品だと思います。

苔の島」Moss Island(1932)
 カナダ東岸沖にある通称「苔の島」に調査に向かった「わたし」は、そこで植物を飛躍的に成長させる液体マスキヴォルを発見します。
 海洋ホラーというと、ウィリアム・ホープ・ホジスンを思い浮かべる方が多いでしょう。キノコやカビを扱ったホジスンに対して、ジャコビは苔に挑戦し、見事に成功しています。

カーナビーの魚」Carnaby's Fish(1945)
 不動産業を営むカーナビーは、湖の近くの空き家が売れず貸せず困っていました。かつて、この家である博士が奇妙な死に方をしたためです。調査を始めたカーナビーは、湖でセイレーン(上半身は女性で、下半身が魚の怪物)と出会います。
 産科医の最後の科白が滅茶苦茶気になります。これが本当なら、酒なんて飲んでいる場合じゃないような……。

キングとジャック」The King and the Knave(1938)
 賭博師のサージェントは、ロンドンを歩いているとき、ドクター・ロサダに呼び止められます。時代ものの珍しいカードをみせたいので、家にこないかと誘われますが、サージェントはロサダの妻と不倫しており、それがバレたのかと警戒します。
 古いスペインのカードなので、スートは蛇、ハルピュイア、蜘蛛、夜顔で、ジョーカーは髑髏です。サージェントはジャック、ロサダはキングですから、ジャックがキングを倒さないと髑髏にされるというわけです。

宇宙交信」Cosmic Teletype(1938)
 レインは事故後の手術で、脳の一部を取り出されたため学校へゆけず、独力で科学を学びます。宇宙人の電波を受信する機械を発明した彼は、惑星間戦争の通信を傍受し、それがトロイア戦争と告示していたため、トロイアの木馬作戦を教えることにしました。
 設定は極めて幼稚ですが、ワクワクするし、嫌いじゃありません。余りに荒唐無稽な話なのと、主人公が脳の手術していることから、当然「妄想」だと思ったのですが、別の方向へいってしまった点が意外でした。

二振りの剣」A Pair of Swords(1933)
 ガイドに従って博物館を見学していた「わたし」は、時空を超えて現れたフランス人の決闘の介添役をすることになります。
 ルイ十三世の時代、コンスタンスを巡って決闘するということは『ダルタニャン物語』のダルタニャンとアラミスの決闘騒ぎを指しているのでしょう。原作とは異なる結末にしたところがホラーなのかな。

色彩の研究」A Study in Darkness(1939)
 医師のハクストンは、学生時代の友人フェイに呼ばれて彼の家にゆくと、フェイは深い傷を負っていました。聞くと、スラウェシ島で買ってきた鼠の像に襲われたといいます。
 フェイの家には姪と助手のイタリア人がいます。イタリア人は移民なのか、明らかに蔑まれています。呪いや悪は、こうした負の感情が齎すものなのでしょう。

マイヴ」Mive(1932)
 腐った沼地マイヴを通りかかった「わたし」は、巨大な蝶を捕まえようとして手についた鱗粉を舐めてしまいます。すると、その後のできごとが現実なのか幻なのか分からなくなってしまいます。
 短いけれど、秀逸なイメージが溢れる幻想譚です。泉鏡花を連想してしまいました。

落書き」Writing on the Wall(1944)
 ビッカリング教授は、電話ボックスに書かれた落書きをみて、「人間は地球外に起源を持つ」という自説を確信します。そして、落書きの主を探し出すのですが……。
「宇宙交信」に似た荒唐無稽なSFですが、ミスリードと、戦時中ならではの諷刺で、一味違った仕上がりになっています。

風の中の顔」The Face in the Wind(1936)
 古い荘園で暮らすハムステッドは、どこからかやってきた身寄りのない老婆クラシルダに小屋を貸し与えました。その後、蛙が敷地に入ってこないように作られた壁を修理すると……。
 蛙の壁は、実は「ハルピュイア」を防ぐために先祖が作ったものでした。風を司るそれは、美女の顔になったり、「老婆」の顔になったりするのです。

※:「Carl Jacobi」の表記もあり、日本ではそちらを採用しているようだ。

『黒い黙示録』矢野浩三郎訳、国書刊行会、一九八七

アーカム・ハウス叢書
→『黒の召喚者ブライアン・ラムレイ
→『悪魔なんかこわくないマンリー・ウェイド・ウェルマン
→『海ふかくウィリアム・ホープ・ホジスン
→『アンダーウッドの怪』デイヴィッド・H・ケラー