読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『サイモン・アークの事件簿』エドワード・D・ホック

Edward D. Hoch

 エドワード・D・ホックは典型的な短編小説家で、長編小説はわずか五冊しか著していません。
 その代わり、シリーズものがやたらと多く、日本でもシリーズごとにまとめた書籍が多く出版されています。

 なかでもファンにとってありがたかったのは、創元推理文庫の「サム・ホーソーンの事件簿」「サイモン・アークの事件簿」「怪盗ニック全仕事」という三つの叢書です。
 これによって少なくとも三つのシリーズはまとめて読めるようになりました(「レオポルド警部」シリーズや「ジェフリー・ランド」シリーズもまとめて欲しい)。

 ただし、「サム・ホーソーン」と「怪盗ニック」が執筆年代順にまとめられた「全集」なのに対し、「サイモン・アーク」はすべての短編が収録されていない「選集」です。
 その理由は、訳者の木村二郎が最終巻において、以下のように記述しています。「(全短編を収録できなかったのは)最高の協力者であるエドワード・D・ホックが二〇〇八年に亡くなったこともあり、初期の作品がなかなか入手できないためである。このシリーズが大ベストセラーならば、無理矢理にでも続巻を編纂して刊行するのだが、残念ながら、スティーヴン・キングダン・ブラウンを脅かすほどのベストセラーにはなっていない」。

サイモン・アーク」の場合はさらに、収録順もバラバラですし、I〜III巻までがホックの自選で、IV、V巻が訳者の選んだ短編という変則的な仕様です。
 要するに、これは何巻まで刊行するか決めずに始まった叢書なのでしょう。売れれば続巻が出るし、売れなければ途中でおしまいになる運命だったようです。結果的には、全六十一編中四十二編しか訳されませんでした(訳者は異なるが、「ミステリマガジン」に掲載された短編もあるので、邦訳されているのは全部で四十三編)。
サイモン・アーク」は一九五五年から二〇〇八年まで五十年以上も書き続けられた貴重なシリーズなので、すべて読めないのが残念でなりません。今後に期待し、新たに訳される短編があったら追記してゆきたいと思います。

 さて、サイモン・アークは、悪魔や黒魔術の知識が豊富な、いわゆるオカルト探偵で、齢二千歳に垂んとすコプト教徒です。悪魔を追って世界中の怪事件を調査しています。
 けれども、その多くは怪現象を隠れ蓑にした人為的な犯罪です。アークが探している悪魔は、普通の人の心に巣食うそれを意味するのかも知れません。
 一方、歴史や国家が葬ろうとしている巨大な秘密に触れることもあります。
 前者はミステリーとしての出来こそよいものの趣向は平凡なので、真相は明かされないけれど後者の方が「サイモン・アーク」シリーズらしいといえます。

 アークの活躍を主に書き留めるのは、「わたし」です。「わたし」は「死者の村」で知り合ったシェリー・コンスタンスと結婚しています。
 アークと「わたし」は一緒にいるわけではないので、事件が先に起こった場合は、まず世界各地を放浪しているアークを探さなくてはいけないところがユニークです(後半は。その設定が面倒になったのか、ふたりで旅行中、事件が起こるケースが増えた)。

 なお、このシリーズは、発表年代順に読んだ方がよいと思います。
 というのも、現実の時代に合わせて、作中の時間が経過してゆくからです。アークはみた目も立場もほとんど変わりませんが、「わたし」は新聞記者から、出版社に転職し、副社長、経営者と出世し、最後にはフリーランスになります。当然、老いてゆき、派手な冒険が辛くなってきます。
 妻のシェリーが、「わたし」を危険に晒すという理由から、アークのことを段々と嫌いになってゆく過程も楽しめます。

 というわけで、今回は、発表年代順(※)に並べ直し、日本語訳のある四十三編の感想をすべて書きます。どれに収録されているかは、色で判断してください。
サイモン・アークの事件簿I』写真
サイモン・アークの事件簿II』写真
サイモン・アークの事件簿III』写真
サイモン・アークの事件簿IV』写真
サイモン・アークの事件簿V』写真
「ミステリマガジン」598号写真

死者の村」Village of the Dead(1955)
 かつてゴールドラッシュで栄えたギダズ村で、全村人七十三人が崖から飛び降りて集団自殺する事件が起こります。新聞記者の「わたし」はそこで謎の人物サイモン・アークに出会います。
 アークの初登場作品にして、ホックのデビュー作でもあります。最初期の作品故、方針が固まっていなかったのか、オカルトと論理の中間のような解決になっています。

悪魔の蹄跡」The Hoofs of Satan(1956)
 英国の田舎で、雪に残った奇妙な足跡が発見されます。未発見の動物のものかと騒がれますが、調査に向かったアークは、そこで恐るべき真相を見出します。
「死者の村」より先に執筆されていたため、「わたし」が登場しません。代わりにアッシュリー警部が相棒を務めます。名探偵が乗り出してきたことより、奇妙な足跡くらいで警察がやってきてしまう環境におかれていたことが犯人にとって悲劇でした。

焼け死んだ魔女」The Witch is Dead(1956)
 アークと偶然再会した「わたし」は、魔女の呪いによって女子大学の生徒が四十人も体調不良に陥っていることを知ります。古代ローマを模したキャンパス、さらには魔女といわれる老婆を調査していると、火の気のないトレーラーハウスで魔女が焼死する事件が起こります。
 魅惑的な謎がふたつも提示され、それがアークによって見事に結びつきます。過去のオカルト探偵と比較すると、「サイモン・アーク」シリーズは現代的で、そのよさが存分に発揮されています。

過去のない男」The Man from Nowhere(1956)
 十年前、一切の過去を持たない男が発見されます。彼はゾロアスター教の開祖であるザラスシュトラと同じことを説きます。ところが、それを指摘したアークの目の前で男は死んでしまいます……。
 ツギハギの知識では博覧強記のアークには太刀打ちできません。彼を殺したトリックも、独創性がないという皮肉なオチがつきます。

地獄の代理人」The Vicar of Hell(1956)
 十六世紀に「地獄の代理人」と呼ばれたフランシス・ブライアンの死因について書かれた三百年前の発禁本を入手する手伝いをして欲しいと美女に頼まれた「わたし」は、ロンドンで殺人事件に巻き込まれます。
 フランシス卿の秘密と、「わたし」が不義の関係を結ぶ美女に注目していると、思わぬ方向へ話は流れてゆき吃驚させられます。なお、「悪魔の蹄跡」のアッシュリー警部が再登場しています。

未訳」The Wolves of Werclaw(1956)

未訳」Blood in the Stands(1957)

黄泉の国の判事たち」The Judge of Hades(1957)
 父と妹が交通事故で亡くなったという知らせを受け、妻とともに故郷へ帰る「わたし」。何とふたりはそれぞれ別の車を運転しており、正面衝突事故だったことが分かります。その謎を解いてもらうため、アークを呼び寄せます。
「わたし」の出自にまつわる重要な短編です。現代であれば警察が簡単に見抜いてしまうトリックですが、当時は名探偵でなければ解けなかったのでしょうか。なお、この短編でのアークは「ダーク教授」という変名で大学で研究をしていましたが、ホックはスティーヴン・デンティンジャー名義で「ダーク教授」の短編を二編書いています(デンティンジャーはホックのミドルネーム)。

未訳」Serpent in Paradise(1957)

未訳」Twelve for Eternity(1957)

悪魔がやって来る時間」The Hour of None(1957)
 ウエスバージニア州にある修道院で中国人の修道士が殺害されます。敬虔な修道士しかいない場所で、なぜ殺人が起こったのでしょうか。
 悪魔が達成感を最も得るのは善人の心に巣食うときです。真の犯人は、この世にいない者ですが、突飛なトリックが用いられているわけではありません。

未訳」Desert of Sin(1958)

ドラゴンに殺された女」The Dragon Murders(1958)
 オンタリオ湖で、「わたし」のかつての恋人が乗ったボートが炎上し、亡くなります。彼女は、ドラゴンに襲われたというダイイングメッセージを残していました。
 湖には大海蛇がいるという噂があり、誰もがドラゴンとはそれのことだと勘違いするというのがミソです。

闇の塔からの叫び」Street of Screams(1959)
 二十世紀初頭に起こった黒人の暴動事件を調べていた作家が殺されます。彼の死体は五万枚のトランプで覆われていました。
 悪魔を探すアークにとって、人間に狂気を齎す暴動は重要なテーマですが、短編としては無理矢理くっつけた感が否めません。

未訳」The Case of the Sexy Sumugglers(1959)

呪われた裸女」The Case of the Naked Niece(1959)
 全裸で走り出すという異常行動を取る姪を監視して欲しいという依頼を受けたアークと「わたし」。彼女は、恋人が殺害された事件の容疑者でもありました。
 この短編ではアークと「わたし」が探偵事務所を開いています。アークは、女性の異常行動の裏に潜む真実を突き止めますが、報酬は一銭ももらえません……。

罪人に突き刺さった剣」Sword for a Sinner(1959)
 メキシコ国境近くの山中にある修道会は異端の分派で、体を痛めつける苦行を行なっていました。十字架に磔になった十九人の男のうちのひとりが、剣を刺され殺されます。
 修道院は怪しい雰囲気に満ちていますが、近くにはそれと正反対の世俗的なカジノバーがあります。犯罪は得てして現実側の事情で引き起こされるものです。

未訳」The Case of the Vanished Virgin(1959)

未訳」The Case of the Ragged Rapist(1960)

真鍮の街」City of Brass(1959)
「わたし」は「真鍮の街」と呼ばれるベインシティに住む友人からアークを紹介して欲しいと頼まれますが、返事を渋っているうち、彼の義妹が殺害されます。慌ててベインシティを訪れた「わたし」は、そこでアークと再会します。
 中編なので、殺人事件のほかに、遺伝学の教授の怪しい研究、聖痕が現れた老婆といった謎が提示されます。殺人の方は早い段階でトリックが分かってしまいますが、教授の実験には吃驚させられます。

未訳」The Case of the Mystic Mistress(1960)

炙り殺された男の復讐」Flame at Twilight(1960)
 怪しい副業がバレてメキシコに逃げていた、「わたし」のかつての同僚がニューヨークに戻ってきます。彼は、出版や広告業界の暴露記事を掲載した新聞を発行するといいながら、丸焦げの死体となって発見されます。しかし、彼の死後、新聞は発行され始めたのです。
 三人の人物はそれぞれ「恨み」と「金」と「愛」を抱いています。それが絡み合うことで、思いも寄らない事件に発展しました。その糸を解すことができるのはアークしかいません。

未訳」The Clouded Venus(1960)

未訳」Lovely Lady of Lust(1962)

魔術師の日」Day of the Wizard(1963)
 第二次世界大戦末期にエジプトに墜落した戦闘機の行方を突き止めるため、国務省よりアークを探し出すよう依頼された「わたし」は、カイロの魔術師に頼んでトリックを仕掛けることにします。
 アークは、殺人や行方不明の人物に関する謎は解くものの、国家機密は上手くぼやかしてしまいます。余りに大き過ぎるテーマであるため、短編では表現できません。

シェイクスピアの直筆原稿」The Lost Pilgrim(1972)
『情熱の巡礼者』の直筆原稿が発見され、米国に密輸されます。しかし、それが何者かに盗まれ、ひとりの男が殺害されます。彼は原稿を盗んだため、殺されたのでしょうか。
 アークは珍しく真相を見破ることができません。というのも、それは余りにも残酷な結果だったからです。犯人や被害者にとってではなく、人類にとって……。

霧の中の埋葬」Funeral in the Fog(1973)
 手を触れずに人を殺すことのできる悪魔のような男に狙われているという手紙を受け取った「わたし」はアークをみつけ、手紙の差出人に会いにゆきますが……。
 悪魔のようなのは殺しの手口ではなく、オカルトとは無縁の人間の欲望です。

切り裂きジャックの秘宝」The Treasure of Jack the Ripper(1978)
 切り裂きジャックは猟奇的なシリアルキラーではなく、金銭を目的とした合理的な人物だったことを表す日記が古書店主に持ち込まれます。その日記が本物なのか、アークが調査をしているとき、殺人事件が起こります。
 切り裂きジャックの真実の姿、遺体をバラバラにした理由、現代の殺人事件、そして子孫が引き継いだもの……。溢れ出す奇想と、見事なプロットで、短編で処理してしまうのは勿体ない作品です。けれど、それがホックのホックたる所以なんでしょうね。

海から戻ってきたミイラ」The Mummy from the Sea(1979)
 リオデジャネイロの海岸でミイラが発見されます。古代のものではなく、ごく最近のミイラです。アークと「わたし」は、ブラジルに赴き、カトリックのなかに土着宗教が紛れていることを知ります。
 心霊カルト集団や巨漢の女占い師など奇妙な人々が登場しますが、殺害した遺体をミイラにした理由がブラジルらしくて、らしくないのがミソです。

狼男を撃った男」The Man Who Shot the Werewolf(1979)
 知事候補のモルツが、庭に侵入してきた狼を射殺すると、それが若い男に変わります。果たして、これは政敵の陰謀だったのでしょうか。
 アークは、狼男に関する蘊蓄を並べつつ、しっかりと現実に則した解決をします。

宇宙からの復讐者」The Avenger from Outer Space(1979)
 ソ連と米国の宇宙飛行士が相次いで感電死します。ヒューストンに住む男は、それは宇宙からの復讐者の仕業で、宇宙飛行士は全員殺されるといいます。
 謎を解く鍵は、宇宙飛行士が宇宙から持ち帰ったあるものにありますが、それは神秘やロマンなどとは無関係の、人間の欲を形にしたものでした。

過去から飛んできたナイフ」The Weapon Out of the Past(1980)
 フレンチ・インディアン戦争で軍人の投げたナイフを魔女が消したという日記が出てきました。消えたナイフは二百年後の現代に突如現れ、主婦の喉に刺さります。
 アークは超常現象を研究していますが、アークが現れることで普通のトリックが超常現象にみえてしまうこともあります。これは、後者の例です。

海の美人妖術師」The Soceress of the Sea(1980)
 ひとりでケッチに乗っていた男が、長い金髪で絞殺された遺体で発見されます。男は日誌に、海中から美しい女妖術師が現れたと書き残していました。
 若い頃、海で妻を亡くした男にとって、海から美女が現れたら、夢中になってしまうのも無理はありません。しかし、悪魔はそれを見逃しませんでした。

マラバールの禿鷹」The Vulteres of Malabar(1980)
 インドのパールシー教徒は鳥葬を行ないますが、そのための神聖な場所に侵入した者がいました。遺体は裸で、盗むものなどないのに、何の目的で入り込んだのでしょうか。
 鳥葬といっても、現実にはそんなに綺麗に食べてくれないでしょうから、探しものをみつけるのは大変そうです。

未訳」The Dying Marabout(1981)

一角獣の娘」The Unicorn's Daughter(1982)
「わたし」の元に原稿を持ち込んだ男が、いきなり飛び降り自殺をします。しかも、その後のドタバタでその原稿を紛失してしまいます。その男はオリンパスという村に住んでいたらしく、アークとともにその村を訪ねると……。
 登場人物はフェニックスやキマイラ、グリフィンという名を持っています。彼らはユニコーンと名づけた少女に教育を受けさせず、ヒッピーのコミューンで育てようとしますが、それはある意味、悪魔を追うアークにとって大好物の素材かも知れません。

百羽の鳥を飼う家」The House of Hundred Birds(1982)
 ロンドンで百羽の鳥を飼う老姉妹のひとりが殺されます。少し前にやってきた下宿人が怪しいと老婆は考えますが、彼にはアリバイがありました。
 財産狙いであれば老婆をふたりとも殺すはずですから、殺害の動機は別にあるわけです。アークは、そこから論理を組み立てませんが、ホックはその点もしっかりと押さえています。

パーク・アヴェニューに住む魔女」The Witch of Park Avenue(1982)
 魔女と噂される資産家の老婆の夫が変死します。その後、夫の弟も回転ドアの密室で命を落としますが、彼はアークの目の前でダイイングメッセージを残します。
 ガラス越しに探偵がいて、被害者は女性の名前をガラスに残します。推理小説なので、その女性が犯人のわけはありません。では、この状況でわざとややこしいメッセージを残した理由はなぜかと考えると、謎が解けるかも知れません。

悪魔撲滅教団」The S.S.S.(1983)
「わたし」の勤める出版社の社章が悪魔を指すと悪魔撲滅教団から非難されます。アークを連れて交渉の席に着くと、教団の担当者は「寄付をすれば苦情を取り消す」といいます。
 強請専門のインチキ教団と思いきや、殺人事件まで起こります。狂信者は危険な存在ですが、それ以上に恐ろしいのは金の亡者かも知れません。

砂漠で洪水を待つ箱船」Ark in the Desert(1984
 アークと「わたし」は、カリフォルニアの砂漠で箱舟を作る男に会います。その男によると、毎晩九時になるとテレビで洪水がくるというニュースをしているとのことでした。男の小屋へゆくと、確かにそんな放送をしていました。
 箱舟もテレビ放送も、余りに大掛かりな出鱈目で、とても個人の力ではなし遂げられません。案の定、国家レベルの陰謀が隠されていましたが、そこにアークが居合わせたことが不運でした。

未訳」The Spy on the Seaway(1985)

ツェルファル城から消えた囚人」Prisoner of Zerfall(1985)
 ベルリンの刑務所に収監されているナチの戦犯が、高い壁に囲まれた中庭から消失します。ここはドイツにありながら、米英仏ソの四か国が共同で管理している場所でした。
 真っ先に思いつくのは、いくつかの国が共謀して囚人を逃した、つまり嘘の証言が混じっているという答えですが、ホックはその手を用いません。キーとなるのはソ連で、戦犯が死ぬとベルリンに残る大義名分がなくなり、困ってしまうのです。

未訳」Day of the Dead(1986)

黄泉の国への早道」The Way Up to Hades(1988)
 ライブの終わりに悪魔に呼びかける演出をするロックスターが、大勢の人がみていたガラス張りのエレベーターから姿を消します。その後、彼は地下駐車場で黒焦げの死体となって発見されました。
 マジックのように派手なトリックは、目立ちたがりのミュージシャンならではです。そう考えると、からくりがみえてくるかも知れません。

ヴァレンタインの娘たち」The Virgins of Valentine(1988)
 ヴァレンタインの前夜の十三日の金曜日にヴァレンタインという町へゆくと、少女たちが深夜零時に教会を十二周すると、未来の夫に会えるという古い儀式が行なわれていました。その儀式の最中、ひとりの男が殺害されます。
 愛を祝う日は、報われない者にとって憎しみや妬みを増幅させる日でもあります。男には女性の気持ちも、年齢もよく分かりません。

妖精コリヤダ」The Touch of Kolyada(1989)
 妖精コリヤダは、ロシア版サンタクロースです。そのコリヤダが、アークの勤める大学の構内にある職員の住宅に出没しました。アークが、彼女を追ってある教授の家に入ると、そこにはまるで凍死したかのような教授の遺体がありました。
 見立て殺人は、多くの場合、重要な何かを隠したり、読者を欺くために用いられますが、この短編ではコリヤダに扮したのも、死体を凍らせたのも、トリックとは余り関係がありません。

魂の取り立て人」The Stalker of Souls(1989)
「わたし」は、「夜道で背後に足音を聞き、振り返ると誰もいない」という相談をスウェーデンの知人から電話でされます。しかし、彼はその後、首を切り落とされてしまいます。アークを連れ、スウェーデンに向かうと、被害者は大学時代に、四人の仲間と一緒に悪魔と契約し、そのうちひとりは既に首を落とされて死んでいることが分かりました。
 一見アークの大好物の素材にみえますが、悪魔は人間の首を切り落としたりはしないので、その時点で浅はかな計画がバレてしまいます。

傷痕同盟」The Society of the Scar(1993)
 トルコの美術館で肖像画が切り裂かれる被害があり、その後、頬に傷のある男がトルコ風呂で殺害されます。トルコには、オスマン帝国のハーレム時代から「傷痕同盟」と呼ばれる右翼グループがあり、第二次世界大戦後にはナチの戦犯を南米に逃がす手助けをしたといわれています。
 歴史の闇を扱っていて物語としては面白いのですが、その分、トリックは薄味です。アークと六十年前に知り合いだった老教授が現れ、彼は昔と変わっていないと証言します。

未訳」The Night Swimmer(1994)

吸血鬼に向かない血」No Blood for a Vampire(1995)
 マダガスカルにいるアークの知人から、吸血鬼がいるとの報を受け現地へゆくと、血が一滴も流れていない死体がありました。また、死者を掘り返して屍衣を包み直す祭りに参加したところ、アークを呼んだ知人が殺されてしまいます。
 吸血鬼は本当にいましたが、現代ならではの狡猾で恐るべき方法で血を飲んでいました。都会ではこんなことはできないというのがヒントです。

ロビン・フッドの幽霊」Robin Hood's Race(1995)
 ロビン・フッドのレース(迷路)と呼ばれる十五世紀の走行コースを再現しようとしているノッティンガムで、連続殺人が起こります。被害者は迷路のなかで弓矢によって殺されていました。
 ノッティンガムで行なわれたバウチャーコンのアンソロジー用に書かれた短編のようです。可もなく不可もなくといった作品ですが、お祭りですからこんなもんでしょう。

墓場荒らしの悪鬼」The Graveyard Ghoul(1996)
 海運業を営む男に、敷地内にある家族の墓地が荒らされているという相談を受けたアーク。男は、犯人は息子ではないかといいます。墓地を見張ると、確かに息子が墓荒らしをしていましたが……。
 あることが鮮やかにひっくり返る、スカッとする短編です。マクラに、ラルフ・ウォルドー・エマーソンが一年以上も経ってから妻の墓を暴いたという逸話が語られますが、その謎にも答えを用意しているところが見事です。

未訳」The Town Where No One Stayed Over(1997)

奇蹟の教祖」Master of Miracles(1999)
 元魔術師の教祖が始めたカルト教団の調査にゆくアークと「わたし」は、信者の若い女性に案内を頼みます。しかし、女性は教祖を怒らせてしまい、翌日、姿を消してしまいます。教祖がどこかに監禁したと思いきや、彼は信者の前で焼死してしまいます。
 派手な演出が得意な教祖は、それを逆手に取られて殺されます。いよいよ、作中にインターネットの掲示板が登場しました。

怖がらせの鈴」The Scaring Bell(2001)
 深夜、施錠してあった古い礼拝堂から鈴の音が聞こえます。みにいってみると、そこで使用人が死んでいました。
 珍しく、依頼者の女性の視点による死体発見の状況描写が冒頭に置かれます。それが何を意味するかは秘密です。

死なないボクサー」The Man Who Boxed Forever(2001)
 ロンドンでボクシングの試合の観戦中、「わたし」は旧知のスポーツジャーナリストに会います。彼はその日のメインイベントのボクサーが不死だという資料を集めていました。しかし、そのジャーナリストは翌日、ジムで殺害されます。
「奇蹟の教祖」からさらに進んでインターネットによる情報操作が大きな意味を持ちます。とはいえ、殺人の動機は、遥か昔と変わらず、愛のもつれと金です。

キルトを縫わないキルター」The Faraway Quilters(2003)
 シェリーが所属する高齢女性だけのニューエイジ関連サークル「キルターズ」に、アークが招かれ講演をします。そこにもうひとり若い女性の講演者がきて、彼女の自殺した祖母がメンバーの数人と知り合いだと詰め寄ります。しかし、彼女は帰り道に自動車事故で亡くなります。
 かつてハリウッドに存在したキルターズは、コミュニストの集まりだとアークは聞いていましたが、実は全く別の組織でした。さすがのアークも、女たちを呪縛していた「あれ」には絶句するしかありません。

明日への旅」Tram to Tomorrow(2004)
 ラスヴェガスでボクシングの試合に大金を賭けようとした男が小切手を持ってブックメーカーにゆくと、その試合は昨日終わったといわれます。彼は、銀行からブックメーカーへゆく間に丸一日失っていたのです。
 その掛け金は仲間三人と出し合ったものなので、一日喪失したふりをして配当金を横取りしたなんてのがすぐ思いつきますが、ホックはそんな手を使わないどころか、殺人まで加えてきます。珍しく、ちょっと意地悪なアークがみられます。

死を招く喇叭」The Gravesend Trumpet(2005)
 二十世紀はじめ、エジプトで発掘された喇叭を吹いた英国人が五十歳前の若さで老衰死しました。その喇叭は現在、英国にあり、アークたちはそれをみにゆきます。しかし、少し目を離したすきに、喇叭を吹いた若い女性が老女の姿になって死んでいました。
 この短編には、邦訳された「サイモン・アーク」シリーズで唯一「あれ」がありません。百年近く前の喇叭の謎にも答えを出してくれていたら完璧なんですけどね。

未訳」The Christmas Egg(2006)

未訳」The Automaton Museum(2008)

※:「真鍮の街」のみ初出年月が前後する。

サイモン・アークの事件簿I』木村二郎訳、創元推理文庫、二〇〇八
サイモン・アークの事件簿II』木村二郎訳、創元推理文庫、二〇一〇
サイモン・アークの事件簿III』木村二郎訳、創元推理文庫、二〇一一
サイモン・アークの事件簿IV』木村二郎訳、創元推理文庫、二〇一二
サイモン・アークの事件簿V』木村二郎訳、創元推理文庫、二〇一四
「ミステリマガジン」598号、駒月雅子訳、早川書房、二〇〇五


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