読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『トロイメライ』チャールズ・ボーモント

Charles Beaumont

 テレビドラマ『ミステリー・ゾーン』(The Twilight Zone)の脚本を数多く書き、レイ・ブラッドベリに「自分に最も近い作家」として名前を挙げられたチャールズ・ボーモントは、一九六七年に三十八歳の若さで亡くなりました。
 そのせいか、単行本の数は少なく、日本では第一短編集の『残酷な童話』、第三短編集の『夜の旅その他の旅』、そして日本オリジナルの『トロイメライ』(写真)の三冊しか出版されていません。

トロイメライ』は、「予期せぬ結末」という叢書の一冊として刊行されました。
 この叢書は結局、三冊しか出ませんでしたが、早川書房の「異色作家短篇集」の姉妹版のような、補遺のような位置づけでした。
 要するに「異色作家短篇集」に選ばれた作家の、そのほかの短編を集めており、あちらだけでは読み足りない者にとっては、安い文庫本で大きな満足を与えてくれる、大変ありがたい叢書だったのです。

 特に、ボーモントは、日本で単著の翻訳が期待できないため、この本が最後の訳本になる可能性が強いと思います。
 しかも、『トロイメライ』は、『夜の旅その他の旅』とは大分印象が異なります。後者しか読んだことがない人は、ボーモントがSF寄りの作家であることに驚くかも知れません。
 ブラッドベリに似ているという意味も、この本を読まないとピンとこないでしょう。

 実は、ボーモントはユーモア小説も書いていて、かつて「ミステリマガジン」などに掲載されたらしいのですが、それらが今さらまとめられることはないでしょうね。

血の兄弟」Blood Brother(1961)
 精神科医を訪れた青年は、吸血鬼であることの愚痴を零します。
 現代の大都市で吸血鬼が生活するのは大変です。血なんかより美味しいものは沢山あるし、欲しくもない棺桶なんて買わないといけないし、血が零れて駄目になったワイシャツの値段は高いし、お洒落したくても鏡に姿は映らないし……。

とむらいの唄」Mourning Song(1963)
 眼球のない老人がやってきて、ギターを掻き鳴らしながら、とむらいの唄を歌うと、その家の誰かが亡くなります。
 肩に鴉を乗せた眼球のない長身な老人というのは不気味ですが、設定もオチもありがちなのが、やや残念です。

トロイメライ」Träumerei(1956)
 死刑囚はいいます。お前らは俺の想像の産物なので、自分が殺されると、全員消えてしまう、と。
 これもよくある設定ですが、ラストにとんでもない世界が待っています。

悪魔が来たりて−?」The Devil, You Say(1951)
 潰れそうな地方新聞社を、父から相続したディックは、ついでに悪魔との契約も引き継いでしまいます。
 ボーモントの処女作です。馬鹿馬鹿しいできごとが起こり、主人公はそれを真面目に解決します。古き良きスラップスティックSFといった感じです。

幽霊の3/3」Three Thirds of a Ghost(1960)
 ドイツ旅行中、道に迷った英国人が、城に泊めてもらうと、美女の霊が現れます。
 オーソドックスな幽霊譚と思いきや、ラッキーだったのか、災難だったのか、何ともいえないオチがつきます。なお、幽霊の3/3とはパーティゲームの名前です。負けるたびに1/3、2/3となり、3/3になると退場になります。

秘密結社SPOL」Gentlemen, Be Seated(1960)
 笑いは人を傷つけるとして、禁止されている近未来。笑いを存続させるための秘密結社SPOLにキンケイドは誘われます。
 これは、現代に読むと刺さります。果たして、すべての人を傷つけない笑いなど存在するのでしょうか。

殺人者たち」The Murderers(1955)
 ふたりの若者が、動機のない完全犯罪を目論みますが……。
『残酷な童話』に「人を殺そうとする者は」のタイトルで収録されている短編の別バージョンです。こちらの方が怖いけれど、オチはバレバレです。

フリッチェン」Fritzchen(1953)
 息子が奇妙な生物を捕まえ、フリッチェンと名づけます。それは動物の骨や内臓を食い、どんどん大きくなります。
 モンスターものですが、息子の行動が鬱陶しく、そっちの方がよっぽどモンスターみたいです。

集合場所」Place of Meeting(1953)
 細菌兵器によって、人類のほとんどが死に絶えます。しかし、集合場所には仲間が集まりました。彼らの正体は……。
 注意して読まないと、何のことなのか分かりにくいのですが、最後の一行で「なるほど!」となります。

エレジー」Elegy(1953)
 戦争で地球を追われた宇宙船が、燃料切れで小さな星に降り立つ。そこは……。
 タイトルのエレジーは、死者に対する哀歌のことです。この星全体が死に包まれています。

変身処置」The Beautiful People(1952)
 すべての人が整形して、眠ることすら必要なくなった社会。しかし、十八歳のメアリーは手術を受けたくないといいます。
 自分を変えたいと望む者もいれば、変えたくないと思う者もいます。現代でも通用するテーマです。

老人と森」Something in the Earth(1963)
 住宅地を作るため、地上で最後の森が破壊されようとしています。老人は、それを守ろうとして……。
 ボーモントの最晩年の作品です。正直、アイディアもオチも弱いです。

終油の秘蹟」Last Rites(1955)
 死にかけた男が、医師ではなく、長年の友人である神父を呼び寄せます。彼は、神父に最後の議論を吹っかけます。
 集中一の短編です。人間そっくりの機械が信仰にすがった場合、彼の魂は天国へゆけるのか、という問題を扱った宗教SFとでもいいましょうか。珍しいテーマで、なおかつ感動を齎します。

トロイメライ −予期せぬ結末2』井上雅彦編、扶桑社ミステリー、二〇一三

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