A Century of Horror Stories(1935)Dennis Wheatley
「恐怖の一世紀」は、作家のデニス・ホイートリーが、一九三五年までの約百年間(※)に書かれたホラーの短編のなかから五十二編を選んだアンソロジーです。
原書から数編割愛して翻訳するなど中途半端な編集が多いソノラマ文庫海外シリーズにあって、これだけは異様なオーラを醸し出しています。
何しろ一編も落とさず、四冊に分けてまで刊行したのですから、気合の入りようが分かるというもの(『真夜中の黒ミサ』『悪夢の化身』『13人の鬼あそび』『神の遺書』は各巻の巻頭作品の名をとった便宜的な邦題)。実際、「恐怖の一世紀」発行後は帯の広告がこれ一色になった(写真)くらい推されていました。
本書を編纂したとき、ホイートリーはデビュー間もない三十歳代でした。若く、作家としての経歴も浅い者に千頁を超えるアンソロジーを任せたことに驚かされます。
「まえがき」には「新進作家という立場だけでは、とてもこの書の編纂をお引き受けする勇気は出なかったであろう。世界の名作とともに何百時間も過ごしてきた、純粋に小説を愛する一読者として」申し出を受けたとあります。
彼はその後も『A Century of Spy Stories』なんて本を出しているので、若くして読み手としては量も質も一流だったのでしょう。
さて、「一九三五年までの約百年間」ということから分かるとおり、「恐怖の一世紀」に収められているのはクラシカルな怪奇小説ばかりです。それらに目がない人は、是が非でも手に入れて欲しいと思います。
古典的な怪奇短編が収録されているアンソロジーとして、創元推理文庫の『怪奇小説傑作集』『恐怖の愉しみ』、ハヤカワミステリの『幻想と怪奇』などがありますが、それよりもさらに時代掛っており、古き良き怪談を存分に楽しめるからです。
直球が多いとはいえ、現在でも通用する変化球だって沢山あります。それらは今の作品とはアプローチが異なるため、却って新鮮に感じられるかも知れません。
また、収録されているのはほとんどがマイナーな恐怖小説家の短編です。即ちそれは、このアンソロジーでしか読めないものが多いことを意味します。この本が出版された当時は聞いたことのない作品ばかりでがっかりしましたが、現在では寧ろ幸運だったことに気づかされます。
ただし、選択に少々偏りがあって、ジョン・ラッセルとウィリアム・ホープ・ホジスンを三編ずつ、エクス-プライベイト・Xを二編選んでいたりします。できれば一作家一編にして欲しかったですね。
一方、当時のアメリカのパルプ作家(H・P・ラヴクラフトやクラーク・アシュトン・スミスら)はスルーされています。
今回は、五十二編すべてを翻訳してくれたソノラマ文庫の心意気に感謝し、全部の短編の感想を書いてみます(一部の短編は既に感想を書いているため、リンクを参照)。
『真夜中の黒ミサ』
「真夜中の黒ミサ」The Earlier Service(1935)マーガレット・アーウィン
歴史のあるプロテスタントの教会で、十五世紀に行なわれた黒ミサ(カソリック)が真夜中に復活します。牧師の娘ジェーンが生贄にされそうになりますが……。
ジェーンは子ども頃から恐怖を感じていたという記述があることから、生贄の少女の霊に乗り移られたというより、生まれ変わりなのでしょうか。女性の作家らしく、細かく丁寧な描写が光ります。
「丘の上の音楽」The Music on the Hill(1911)サキ
サキにしては珍しくストレートなホラー。ちなみに、この短編は一九一一年に発表されました。J・M・バリーの『ピーター・パンとウェンディ』が出版されたのも、ケンジントン公園にピーター・パンの像が建てられたのも同じく一九一一年です。
→『クローヴィス物語』サキ
「漂流船」The Derelict(1912)ウィリアム・ホープ・ホジスン
こちらをどうぞ。
→『海ふかく』ウィリアム・ホープ・ホジスン
→『幽霊狩人カーナッキの事件簿』ウィリアム・ホープ・ホジスン
「ディケンズを愛した男」The Man Who Liked Dickens(1933)イーヴリン・ウォー
この短編はウォーがガイアナを旅行しているときに書かれ、後に長編『一握の塵』に組み込まれました。非日常から抜け出せない恐怖を描いていますが、考えようによっては本を読むだけで生きてゆける天国なのかも知れません。いずれにしても、恐怖小説の範疇を超えた傑作です。
→『ガイアナとブラジルの九十二日間』イーヴリン・ウォー
「恐怖の演出」The Reptile(1926)オーガスタス・ムュア
ベルリンを旅行中、謎の男から奇妙な依頼を受けた青年。小さな部屋に閉じ込められると、そこには縛られた少女と毒蛇がいました。
ホラーやサスペンスというより、ユーモア小説みたいです。
「カナリアが知っている」The Canary(1931)F・テニスン・ジェシ
ソランジュ・フォンテーヌという若い女性探偵シリーズの一編。彼女は、この叢書に収められているジョン・サイレンスやトマス・カーナッキと同様、オカルト探偵です。このシリーズは十三の短編が書かれたようですが、翻訳されているのは『犯罪の中のレディたち』に収録された「ロトの妻」と本編のみなのが残念です。
裕福な商人が死体で発見され、愛人のいる若い妻が疑われます。ソランジュは商人の姉が怪しいと睨み、降霊会を催し、姉を罠に嵌めようとしますが……。犯人当てよりも、なぜカナリアが死んだかに焦点を当てている点が面白い。
「白昼夢」Breakdown(1929)L・A・G・ストロング
こちら(「崩れる」)をどうぞ。
「廃屋の霊魂」The Open Door(1881)マーガレット・オリファント
十九世紀、インドからスコットランドに帰ってきた家族。敷地のなかに廃屋があり、そこから奇妙な声が聞こえてきます。それを聞いた息子や執事は病気になってしまいます。父親、医師、牧師の三人は、その正体を明らかにするため、深夜、廃墟に忍び込みます。
そこで体験したことを、それぞれの立場で解釈するところが面白いです(「牧師は煉獄を彷徨う霊だと思い、医師は隠し部屋に住む浮浪者と考える」)。
「赤い部屋」The Red Room(1896)H・G・ウェルズ
古い館にある赤い部屋。亡霊が出るといわれ、若き主人公の祖先もそこで亡くなっています。その謎を調べるため、一晩そこで過ごす主人公。彼が見出した真実とは……。
人を死に追いやったのは意外なものでした。トーマス・マンの「幻滅」に似た感じですが、「おおっ」と驚くような目新しさはありません。
「古代の魔法」Ancient Sorceries(1908)アルジャーノン・ブラックウッド
こちら(「古えの妖術」)をどうぞ。
→『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』アルジャーノン・ブラックウッド
『悪夢の化身』
「悪夢の化身」Lazarus Returns(1935)ガイ・エンドア
デビッドは、美貌のジュリアと結婚したいのですが、金がありません。人身売買で富をなしたジェイコブ叔父に無心にいったところ、全財産と引き換えにジュリアを譲る約束をさせられてしまいます。やがて、叔父が亡くなったという知らせがきて、遺産を譲る条件として三か月、叔父の屋敷に住むことになります。
叔父の家で暮らすうち、忌み嫌った叔父に似てくるのが恐ろしい。会話のなかに出てくる「王と錬金術師」のエピソードも面白いです。
「四人目の秘密」The Fourth Man(1917)ジョン・ラッセル
小舟に乗って刑務所を脱獄した四人の男たち。三人が白人で、ひとりがニューカレドニアの原住民です。迎えの船が現れず海を漂流しますが、三人の白人は原住民に水をあげません。
水なしで平気な顔をしている原住民は悪魔なのか、それとも……という興味で読ませる短編です。どちらに落とすかは好みでしょうね。
「木霊のする家」The House with the Echo(1928)T・F・ポイス
こちら(「山彦の家」)をどうぞ。
→『山彦の家』T・F・ポイス
「幻の貴婦人」One Who Saw(1931)エクス-プライベイト・X(a.k.a. A・M・バレイジ)
若いのに白髪に変わった作家のクラッチリー。彼はルーアンに滞在していたとき、宿の庭で不思議な女性をみかけます。どうやら、みえる人とみえない人がいるらしいのですが……。
オーソドックスな幽霊譚です。ラストの科白も、そんなに吃驚しないなあ。
「鼠:その幻想」Arabesque: The Mouse(1920)A・E・コッパード
部屋に現れた二十日鼠をきっかけに、幼少時の母の死、そして一夜の恋へと記憶はつながってゆきます。陰鬱なイメージのなかに、どこか軽さが残っている。これは正にコッパードにしか書けない短編でしょう。
「恐怖の寝台」A Terribly Strange Bed(1852)ウィルキー・コリンズ
パリに滞在中、怪しい賭博場でボロ勝ちした男は、このまま帰っては危険だからと賭博場に泊まることを勧められます。
悪の巣窟から逃げ出すサスペンスアクションの古典といった感じ。普通は客が勝てないようイカサマをしますが、これは勝たしておいて……というのが新しい手口です。
「大修道院長の秘宝」The Treasure of Abbot Thomas(1904)M・R・ジェイムズ
大修道院長が隠した宝を探すために暗号を解き、井戸に潜るソマトン氏。
族長ヨブ、使徒ヨハネ、預言者ザカリヤという時代も教義も異なる聖人の像がひとつになっているのかという謎に始まり、本格的な暗号が現れ、インディ・ジョーンズのような冒険があります。けれど、ジェイムズはどうしてもホラーにしたかったようですね。
「ふたつの終局」The Last Chukka(1928)アレック・ウォー
英国の木材会社の社員カーウェンは二十五年もタイで働いています。間もなく退職というとき、事件が起こりました。
同郷人のほとんどいない異国で長い間暮らすと、心も体も疲弊します。正しく生きるとは何かを考えさせられる良質の作品ですが、ホイートリーがなぜ選んだのかは分からないくらい、ホラーの要素はありません。
なお、アレックは、イーヴリン・ウォーの兄です。カーウェンは、父から「優秀な弟をオックスフォード大学に入れてやりたいから、お前は我慢してくれ」といわれますが、実際、アレックはパブリックスクールで、イーヴリンはオックスフォードにゆきました。弟ほどではありませんが、アレックにも『The Loom of Youth』や『Island in the Sun』といったベストセラーがあります。
日本では、ソフィア・ローレン主演のテレビ映画『逢いびき』のノベライゼーションが翻訳されています〔ややこしいが、原作はノエル・カワードの「逢びき」で、デヴィッド・リーン監督が映画化した(邦題は『逢びき』。原作は『ノエル・カワード戯曲集2』に収録されている)。前述のテレビ映画はそのリメイクで、ウォーはこちらを小説化したらしい〕。
「復讐の手指」The Hand(1919)シオドア・ドライサー
長年一緒に仕事をしてきたマーズローを殺したデビッドソン。その二年後、マーズローの亡霊に苦しめられます。
マーズローの手によって首を締められたり、食べものに毒を入れられたりします。面白いのは、それらを幻覚だと撥ねつける医師が、ひとつひとつ医学的に解説するところです。それでも強迫性障害の患者には効果がないわけですが……。
「死者の微笑」The Dead Smile(1899)フランシス・マリオン・クロフォード
ガブリエルと従姉妹のエヴリンの結婚を反対していたヒュー卿が死に瀕しています。百歳の乳母が秘密を明かせと促しますが、結局、何も語らず亡くなりました。気になったガブリエルが墓を調べてみると……。
ヒュー卿は底意地の悪い人物です。それが結婚を反対したということは、秘密はあれに決まっています。が、ラストの科白は完全にギャグです。吉本新喜劇なら大袈裟にずっこけているでしょう。
「メルドラム氏の憑依」Mr. Meldrum's Mania(1931)ジョン・メトカーフ
メルドラム氏は、顔の前十五センチを知覚するようになりました。ピンを使って測ってみると、巨大な鼻のようなものがあることが分かります。
鼻だと思ったのはアフリカクロトキの嘴で「エジプトの神トート」が憑依していました。普通はこれに取り憑かれたら人々に崇められたりするものですが、メルドラム氏は気の毒でした。
「ユド女族の孤島」The Island of the Ud(1912)ウィリアム・ホープ・ホジスン
こちら(「ウドの島」)をどうぞ。
『13人の鬼あそび』
「13人の鬼あそび」Smee(1929)エクス-プライベイト・X(a.k.a. A・M・バレイジ)
スミーという鬼ごっこの一種をしていると、十二人だった仲間がひとり増えています……。
「いつの間にかひとり増えていて、それが誰か分からない」という座敷童子系の作品は、小松左京の「十一人」や萩尾望都の「11人いる!」などが有名ですが、海外にも存在するのです。この短編はホラーなのにひとり増えた理由が明らかにされます。スッキリする反面、得体の知れない恐ろしさは感じません。
「幻の孤島」The Unknown Island(1935)H・T・W・ボースフィールド
学生時代の友人ジェラルドに誘われ、ギリシャの孤島に向かう「私」。そこはギリシャ神話のメデューサがいた島らしいのですが……。
捻りもありませんし、「私」がどうやって逃げ出したかも分かりませんが、それでも怖いです。映像化したら、もっと恐ろしいかも知れません。
「復讐のロシア料理」A La Tartare(1935)E・M・ウィンチ
ロシア内戦で、飢えた白軍の兵士たちが若い母親と赤子の家にやってきます。別の一隊にわずかに残っていた麦を最後の一粒まで奪われていましたが、兵士たちはそれでも食いものを寄越せといいます。
何ともひどい話ですが、ロシアが舞台となるとあり得そうに思えてくるから不思議です。
「汚れなき友情」The Price of the Head(1916)ジョン・ラッセル
ソロモン諸島の島で、ペレという白人と、カラキという原住民は不思議と気が合いました。ある日、ペレを誘ってカヌーに出したカラキは、故郷の島に向かいます。
小舟で航海する間、カラキは絶食し、椰子の実をペレにあげてしまいます。異なる人種間の麗しき友情物語……なわけはありません。何たって、この本は恐怖小説集なのですから。
「暗い旅立ち」Dark Journey(1935)フランシス・アイルズ(a.k.a. アントニー・バークリー)
上司の娘と結婚するため、遊びのつもりでつき合っている女を殺そうとするセイリー。完璧な計画を立てたつもりでしたが……。
犯罪者の不思議な心理を描いています。森で迷子になったとき何度も同じ場所に出てしまうのも、これに近いのかも知れません。
「暗闇の声」The Bird(1916)トマス・バーク
残虐なチャダー船長を恨んだ中国人の少年が、夜、部屋に忍び込んで船長を刺し殺します。それなのに、暗闇に船長の怒鳴り声が響きます。
船長がオウムを飼っていることは最初に説明されるので驚きはありません。それより、最後の描写がこの短編もキモなのです。
「ヴァルドマール氏の病歴」The Case of M. Valdemar(1924)エドガー・アラン・ポー
死が間近に迫っているヴァルドマール氏に催眠術をかけたら、命の炎はどうなるのか実験をすると……。
数多くの傑作をものしたポーですが、そのなかでこの短編を選んだ編者のセンスは素晴らしい。発想も見事だし、オチもよくできています。
「運命のいたずら」The Fate of Faustina(1901)E・W・ホーナング
ラッフルズはイタリアの葡萄園で働いていたとき、美しい少女フォスティナと恋に落ちます。しかし、貧しいフォスティナの家族は、卑劣なステファーノに援助してもらっていました。
「A・J・ラッフルズ」シリーズの一編です(モーリス・ルブランの「アルセーヌ・ルパン」シリーズより古い)。このシリーズは、論創社から短編集が三冊出ています。僕は読んだことがないのですが、少なくともこの短編でのラッフルズは、泥棒とも紳士とも呼べません。何しろ……。
「雨の夜の殺人」Poor Man's Inn(1924)リチャード・ヒューズ
雨宿りのため、洞穴に貧しい人が集まってきます。妻を捨ててきたという男の話の途中で、ある女が正体を明かしました。
邦題の「殺人」は偽りありです。とはいえ、ある意味それより悲惨な結末が待っているわけですが……。
「コップ一杯の殺意」A Glass of Milk(1935)マイケル・ジョセフ
口うるさい姉を殺害する計画を立てるポール。トリックを思いつき、アリバイ工作までするのですが……。
もしかしたら集中唯一の「心温まる」話かも知れません。
「処刑公爵」El Verdugo(1829)オノレ・ド・バルザック
ナポレオン戦争時のスペイン。フランスの将校ヴィクトールは、スペインの公爵の娘クララに恋をします。しかし、スペイン軍は英国軍の援軍がきたと勘違いし蜂起し、フランス軍に忽ち鎮圧されてしまいます。公爵家はひとりを除いて処刑されることになりますが……。
「人間喜劇」の一編です。この短さのなかに愛、憎しみ、誇りといった要素を盛り込み、しっかり読ませるところはさすがバルザック。なお、英国のアンソロジーなので、当然ながら英語からの重訳になります。
「アンジェラスの鐘」The Angelus(1935)ウィリアム・ヤンガー(a.k.a. ウィリアム・モール)
リエーズ夫人が必死に針仕事で稼いだわずかな金を、夫は酒に変えてしまいます。おまけに暴力もひどく、限界を超えた夫人はある選択をします。
『ハマースミスのうじ虫』のオチも見事でしたが、こちらも皮肉な結末が用意されています。タイトルのアンジェラスの鐘が効いていますね。
「窓の中の分身」The Pipe-Smoker(1932)マーティン・アームストロング
「ぼく」は雨宿りさせてもらった家の主人から、過去の殺人を告白されます。とはいえ、それは「自分自身を殺した」という奇妙な話でした。
鏡やガラスに写った自分が別の人格を持つ物語は多いですが、窓ガラスに写った五人の分身のうち、「四人が紙巻き煙草を吸っていて、ひとりだけパイプ」というのが面白いです。
「浮気の呪術」The Leech of Folkestone(1931)R・H・バラム
十七世紀の初頭、架空の自治体に、ヨーマンという高い身分のマーシュ殿がいました。浮気者の妻、間男、怪しい薬剤師が共謀してマーシュを亡き者にしようとしますが……。
知らない作家ですが、当たりです。魔法や呪術が盛んなので一種のパラレルワールドの物語のようです。話は単純ですが、言葉遊び、ユーモア、ペダンチックで雑多な雰囲気が素晴らしい。
「呪われた舌」From What Strange Land(1935)ブランチ・ベイン・クーダー
七年前の諸聖人の日(十一月一日)の前夜(今でいうハロウィン)、未来の夫が現れるという遊びをしました。それをやらされたエレンという女性と客船のなかで再会した「わたし」は、彼女の息子の異常な行動を目撃します。
邪悪な死者を呼び出してしまい、息子はそれ以上の怪物に育ってしまったようですが、皮肉なのはエレンが困っている人をみると放っておけない聖母のような女性であるという点です。
「邪神の復活」The Great God Pan(1894)アーサー・マッケン
連続する自殺や不審死の陰に、ある夫人の存在がありました。
「パンの大神」という訳名でも知られるマッケンの代表的な中編です。時系列や人物をバラバラに配置し真相をみえなくする手法、科学とオカルトの融合により誕生した怪物という設定が後世に多大な影響を及ぼします。勿論、今読んでもゾッとします。
『神の遺書』
「神の遺書」The Lost God(1917)ジョン・ラッセル
パプア島で真珠を採っていた船が現地人たちに襲われます。乗組員は皆殺しにされますが、潜水服を着て海中に潜っていたジム・アルブロが姿を現すと、その異様な風体をみて現地の人々は神と崇めます。しかし……。
潜水服によって命を救われましたが、それが恐怖の始まりだとは……。とはいえ、アルブロは伝説の人物として扱われており、真相は謎のまま残されました。
「コルシカの復讐」Une vendetta(1883)ギ・ド・モーパッサン
息子を殺された老婆が、誰にも頼らず男を殺す計画を立てます。ただ復讐するだけでなく、偽装工作をして、犯行後は普通の生活に戻るところがユニークです。
「鬼判事の肖像」The Judge's House(1891)ブラム・ストーカー
数学を勉強するため、ベンチャーチという町へゆき、荒れ果てた屋敷を借りるマルコムソン。そこは囚人たちに恐れられていた残虐な判事の屋敷でした。
ずっと鼠で引っ張っておいて、そうきましたか。さすがストーカーという出来のよい短編ですが、邦題はネタバレしてて最悪です。
「口笛の鳴り響く部屋」The Whistling Room(1910)ウィリアム・ホープ・ホジスン
こちら(「口笛の部屋」)をどうぞ。
「命を賭ける戦場」The First Blood Sweep(1923)C・E・モンターギュ
何でも賭けにする兵士たち。退避壕のなかでは、誰が最初に死ぬか賭けられていました。
正に「命を賭ける」わけですが、本当に恐ろしいのは誰が死ぬかではなく、人の死をも笑い飛ばす状況なのかも知れません。
「手首は招く」The Call of the Hand(1919)ルイス・ゴールディング
セルビアの山奥に住む樵の息子は、手のつながった結合双生児でした。とても仲のよいふたりでしたが、イギリスの女優に恋をした途端、険悪になります。
結合双生児が同じ人を好きになったら、当然、互いに邪魔に感じるでしょう。しかし、ふたりの結びつきは誰よりも強く、死んでも離れられないのです。
「悪霊封じの置物」The Feet(1935)マーク・チャニング
インドのあるナワーブは残忍で有名でした。彼が亡くなった後、屋敷は霊が出るといわれ敬遠されています。リチャードは、その屋敷を手に入れようとしている叔父に会いにゆきます。叔父は、足首から下の置物をお守りにしています。ナワーブは可愛がっていた踊り子が白人と駆け落ちしようとしたのに腹を立て、彼女の足首を切り落としてしまいました。霊になっても踊り子像を取り戻しにきますが、叔父は足首だけ死守したのです。ところが……。
それを奪ったのは意外な人物です。科学が常に正しいとは限りません。
「古き館の終焉」The House(1935)バーナード・ブロミッジ
十八世紀半ば、ロンドンに建てられた屋敷は、家主を頻繁に変えてきました。二十世紀後半、闇の商売で財を築いた一家が引っ越してくると……。
当時のスノッブたちを遠回しに皮肉るため、舞台を未来(二十世紀末)に設定したのでしょう。諷刺が目的ですから、残酷な描写はあるもののホラーとは呼べません。
「アウル・クリーク橋の事件」An Occurrence at Owl Creek Bridge(1890)アンブローズ・ビアス
コメントの必要のない名作。この短編は、結末の衝撃、伏線の見事さだけでなく、死に取り憑かれたビアスによって書かれたことに意味があります。
「饒舌の報酬」The Mallet(1929)ジェイムズ・ヒルトン
香具師のポッターソンは、酒場で調子に乗って、ある男を殺す方法を滔々と述べます。
こんなに上手くゆくことはあり得ませんが、考える前に喋ってしまうという饒舌な香具師の癖を利用して罠にかけるところがミソです。
「食屍鬼」The Ghoul(1916)ヒュー・クリフォード
マレーのサカイ族の部落で、死んだ赤子を持ち帰ろうとした英国人ふたりは、老婆の姿をした食屍鬼を目撃します。
食屍鬼は赤子の「舌」を食っていましたが、それに何の意味があるのか分かりません。英国人たちのその後も中途半端な気がします。
「銀仮面」The Silver Mask(1932)ヒュー・ウォルポール
五十歳のひとり暮らしの女性のもとに、美青年が入り浸り、ついには……。
有名な作品ですから、「読んだことはないけど内容は知っている」という人も多いでしょう。つげ義春の「李さん一家」や、ミルドレッド・クリンガーマンの「赤い心臓と青い薔薇」(『街角の書店』に収録)など似たタイプの作品もあり、物語の類型のひとつになっているといっても過言ではありません。
「呪われた大聖堂」All Hallows(1926)ウォルター・デ・ラ・メア
オールハロウズ大聖堂で司祭長が行方不明になり、発見後は記憶がありませんでした。「私」は、大聖堂が悪魔に侵略されていると信じる堂守とともに大聖堂の闇のなかを進んでゆきます。
目にみえる悪霊や悪魔ならあるいは退治できるかも知れませんが、人の心に住む邪悪な存在は消すことができません。百年経っても色褪せない傑作です。
→「ウォルター・デ・ラ・メア作品集」ウォルター・デ・ラ・メア
「蛇」The Snake(1933)デニス・ホイートリー
スワジランド(現エスワティニ)で金貸しをしていたベニーという老人が黒魔術によって殺害されます。その手口は、魔術師がわざと杖を忘れ、夜中にその杖が毒蛇に変わるというものです。
掉尾を飾るのは編者ホイートリーの作品です。強引なオチがつけられていますが、全体的には平凡な出来です。
※:正確には一八二九年から一九三五年までの百七年。
『真夜中の黒ミサ ―恐怖の一世紀1』羽田詩津子、長井裕美子訳、ソノラマ文庫海外シリーズ、一九八五
『悪夢の化身 ―恐怖の一世紀2』樋口志津子、竹生淑子訳、ソノラマ文庫海外シリーズ、一九八五
『13人の鬼あそび ―恐怖の一世紀3』猪俣美江子、笹瀬麻百合訳、ソノラマ文庫海外シリーズ、一九八五
『神の遺書 ―恐怖の一世紀4』小島恭子訳、ソノラマ文庫海外シリーズ、一九八五
ソノラマ文庫海外シリーズ
→『悪魔はぼくのペット』ゼナ・ヘンダースン
→『吸血ゾンビ』ジョン・バーク
→『アメリカ鉄仮面』アルジス・バドリス
→『モンスター誕生』リチャード・マシスン
→『御先祖様はアトランティス人』ヘンリー・カットナー
→『10月3日の目撃者』アヴラム・デイヴィッドスン
→『魔の配剤』『魔の創造者』『魔の生命体』『魔の誕生日』
アンソロジー
→『12人の指名打者』
→『エバは猫の中』
→『ユーモア・スケッチ傑作展』
→『怪奇と幻想』
→『道のまん中のウェディングケーキ』
→『魔女たちの饗宴』
→「海外ロマンチックSF傑作選」
→『壜づめの女房』
→『三分間の宇宙』『ミニミニSF傑作展』
→『ミニ・ミステリ100』
→『バットマンの冒険』
→『世界滑稽名作集』
→『ラブストーリー、アメリカン』
→『ドラキュラのライヴァルたち』『キング・コングのライヴァルたち』『フランケンシュタインのライヴァルたち』
→『西部の小説』
→『恐怖の愉しみ』
→『アメリカほら話』『ほら話しゃれ話USA』
→『世界ショートショート傑作選』
→『むずかしい愛』
→『魔の配剤』『魔の創造者』『魔の生命体』『魔の誕生日』『終わらない悪夢』
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