読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ラブストーリー、アメリカン』

Love is Strange: Stories of Postmodern Romance(1994)Joel Rose, Catherine Texier

『ラブストーリー、アメリカン』(写真)は、ジョエル・ローズとキャサリン・テクシエが編んだ恋愛アンソロジーです。

 とはいえ、甘く切ない短編小説が読みたい方には全くお勧めできません。
 なぜなら、原題にある「Strange」「Postmodern」という単語、さらに訳者が柳瀬尚紀であることから分かるとおり一風変わった恋愛小説が集められているためです。
 エイミー・ショールダーとアイラ・シルヴァーバーグが編集した『ハイ・リスク −禁断のアンソロジー』や、岸本佐知子が編訳した『変愛小説集』といったアンソロジーとテイストが近いので、それらを好きな方にはお勧めできます。

 執筆者をみると、我が国では主として一九九〇年代に国書刊行会白水社といった出版社から刊行された、癖の強い面々が並んでいます。当時を知る人には懐かしく、若い方には馴染みのない名前だと思います。
 亡くなった作家もいれば、翻訳の途絶えた作家もいますが、ひとつの時代を築いた文学者たちであることは間違いありません。

 彼らの単行本はほぼ絶版で、古書価格が高いものもあるため、興味を持った方は、まずはこのアンソロジーを読んでみて欲しいと思います。その上で、気に入った作家がいましたら、その作家の単著へ進むのがよいでしょう。
 ……と、今回に限って、こんなお節介なことをわざわざ書くかというと、このアンソロジーには純粋な短編だけでなく、長編や中編の一部を抜き出したものや書きかけのものがいくつか収められているからです。

 日本でもそういうアンソロジーは結構あって、特に児童向けのものなどは長編の一部を収録することが多い(そもそも国語の教科書がそうだ)。
 しかし、僕はそうした編集をした編者の良識を疑ってしまいます。集中少なくとも五作は不完全なパーツで、無残に切り取られたためにほとんど意味をなさなくなっています。もしかすると僕が知らないだけで、ほかにも中途半端なものが含まれているかも知れません。
「「ファック・ミー」とバービーはいった」や「『ユリシーズ』の日の前日の恋」といった傑作が収録されているので入手すべきアンソロジーであることは間違いないのですが、その点だけが非常に残念です。

 それにしても、どうしてこのような採用の仕方をしたのでしょう。奇妙な愛というテーマなら、実験的・前衛的な短編だって、いくらでも集められたはずです。
 何しろ、創作の最大の原動力は愛であり、愛は多かれ少なかれ奇妙なものなのですから。

「ファック・ミー」とバービーはいった」A Real Doll(A・M・ホームズ)
 妹のバービー人形に恋をした少年は、こっそりと自室に連れて帰り、犯してしまいます。一方、妹はバービーとケンの首をすげ替えたり、乳房を切り取ったり、体を溶かしたりします。
『わたしがアリスを殺した理由』を書いたホームズの作品。これ一編で「女性をモノ扱いする」「モノをモノ扱いする」「モノを女性扱いする」のすべてについて考えさせられ、何が何だか分からなくなります。『変愛小説集』にも「リアル・ドール」として訳されています。

ビッグ・ベティーとミス・キューティ」Everybody Got Their Own Idea of Home(バリー・ギフォード
 ビッグ・ベティー・ストールカップとミス・キューティ・アーリーは拘置所で知り合ったレズビアンカップルです。船員兄弟を惨殺したふたりは、白人に育てられた黒人の判事を人質に取ります。
 連作短編集『ナイト・ピープル』のなかの「ナイト・ピープル」という中編の、さらに一部分なので、人物紹介だけでおしまい。「Everybody Got Their Own Idea Of Home」というのは章名で「誰でもそれぞれ、家っていう考えがあるわね」という科白からとられています。

つれない愛人」Bitter Love(リン・マックフォール)
 キャットファイトで目を失う女性の話ですが、『Dancer with Bruised Knees』という長編の一部なのでよく分かりません。

ユリシーズ』の日の前日の恋」Order and Flux in Northampton(デイヴィッド・フォスター・ウォーレス)
 バリー・ディングルは、マーナロイ・トラスクに横恋慕し、犬を使って気を引こうとしますが……。
ユリシーズ』のパロディというより、そこで使われた様々な要素がジョイス風の文体で再構築されているといった感じです。『ユリシーズ』と同じ柳瀬訳であることも、この作品を楽しむための大きなポイントです。
 ちなみに、本書の「解説」で、柳瀬が『ヴィトゲンシュタインの箒』を翻訳しているとありますが、実際は別の翻訳者で出版されました。
→『ヴィトゲンシュタインの箒』デイヴィッド・フォスター・ウォーレス

イエローローズ」Yellow Rose(ウイリアム・T・ヴォルマン)
 韓国人のジェニー(イエローローズ)とつき合う白人の「ぼく」。婚約指輪と結婚指輪を買ってプロポーズしますが……。
 異文化の女性に惹かれつつ、その一員としてやっていけるのかと悩む。そもそも白人との結婚など許してもらえそうもなく、その状況でセックスし続けることの背徳感もあります。勿論、アジア人を差別してしまう部分もどこかにあるという複雑な感情を上手く表現しています。

白人女をモノにするための黒人教本」The Blackman's Guide to Seducing White Women with the Amazing Power of Voodoo(ドクター・スネークスキン a.k.a. ダリウス・ジェイムズ)
 一九七〇年代に黒人男性が白人女性とセックスするには黒魔術に頼るしかないという皮肉なのでしょうか。さらに強烈な諷刺が、最後は自慰をして、それでも駄目なら「一物を剥き出し」にして街を歩けというところです……。

カリスタ」Calista(トレイ・エリス)
 筋骨隆々だけど童貞の黒人青年が、白人の尻軽女カリスタとセックスするために奮闘する様子を日記形式で綴っています。
 エリスは、オタクっぽい少年を描くのが得意な黒人作家だそうですが、この短編しか翻訳されていないのが残念です。

レイプなんか怖くない」Love Letter to My Rapist(リサ・ブラウシルド)
 原題どおり、部屋に押し入って自分をレイプした男に宛てたラブレターです。設定といい、饒舌体といい、内容といい、新鮮味を感じられません。書きかけの作品の一部だそうですが、余り面白くならなそう(完成したのかは不明)。

ロジャーとのけんか別れ」Breaking Up with Roger(デイヴィッド・B・ファインバーグ)
 HIV陽性のゲイカップルの出会いと別れを数多くの断片の積み重ねで表現しています。前半は陽気な雰囲気ですが、ロジャーが「エイズを発症」するという結末が待っています。ただし、「Breaking Up」は死以外の別れを指すようです。

変り身自在」Shifter(リン・ティルマン)
 ヨーロッパを旅しながら、ニュージーランド人やユーゴスラビア人とつき合う米国女性。コロコロと相手を変える女性も変わり身自在ですが、妻がありながら旅行中にアバンチュールを楽しむ男性も変わり身自在といえます。

子供」The Kid(デイトナ・ビーチ)
 三十五歳のシビルは、友人の息子である十四歳のスコットに性欲を感じ、関係を持ってしまいます。それが忘れられない彼女は、少年をナンパして部屋に連れ込みますが……。
 女性が少年と無理矢理セックスするのは、逆のパターンよりも難しい(立たせなければならないため)のですが、都会には沢山の人がいるので、期待に応えてくれる少年が必ずやみつかることでしょう。

わが母」My Mother(キャシー・アッカー
 こちらも長編『わが母 悪魔学』の一、二章を抜き出したものです。アッカーにしては大人しめで読みやすいのですが、この部分だけではほとんど意味がありません。
→『ドン・キホーテキャシー・アッカー

狼少年の日記から」From the Diaries of a Wolf Boy(デイヴィッド・ヴォイナロヴィッチ)
 エイズによって三十七歳で亡くなったヴォイナロヴィッチの自伝的短編です。金も住むところもない少年が男娼として様々な男たちを漂いながら生きてゆきます。彼は、ジャングルにいる狼少年のように、男の毛深い脇の下と股間の匂いのなかで眠りたいだけといいます。

これぞマッコイ」The Real McCoy(キャサリン・テクシエ)
 フランスからニューヨークへやってきたフォトジャーナリストの「女」が、アングラ映画を撮影している「男」と恋に落ちます。ところが、「男」の家族に紹介された後、互いの文化の違いを感じ始めます。
「リアルマッコイ」とは英語の慣用句で「正真正銘の本物」という意味(ロバート・ルイス・スティーヴンソンも手紙のなかで、この表現を使っている)です。固有名詞ではなく、「女」「男」という代名詞で書かれていることから分かるとおり、恋愛小説の類型を表現しているのでしょう。「女」は、そんな映画みたいな恋愛をしたくはありませんでした。

ミセス・ヴォーンの恋人」Mrs. Vaughan(パトリック・マグラア
 長編『愛という名の病』の一部です。これだけ読んでも、さっぱり意味が分かりませんが、なぜか河出書房新社の「奇想コレクション」の『失われた探検家』にも短編として収録されています。

恋の骨折り老い」Love's Labors Lost(ジョエル・ローズ)
 社会の底辺で生きる老婆ドリーと中年男デルガードのカップル。デルガードは殺人事件を二度起こし、出所した今も暴力的な言動で皆に避けられています。しかし、老いと病に苦しむドリーを心底愛しています。
 これ以上ない惨めな人生でありながら美しいと感じてしまうのは、人間にとって大切なのが富や名声ではないことの証ではないでしょうか。

『ラブストーリー、アメリカン』柳瀬尚紀訳、新潮文庫、一九九五

アンソロジー
→『12人の指名打者
→『エバは猫の中
→『ユーモア・スケッチ傑作展
→『怪奇と幻想
→『道のまん中のウェディングケーキ
→『魔女たちの饗宴
→「海外ロマンチックSF傑作選
→『壜づめの女房
→『三分間の宇宙』『ミニミニSF傑作展
→『ミニ・ミステリ100
→『バットマンの冒険
→『世界滑稽名作集
→「恐怖の一世紀
→『ドラキュラのライヴァルたち』『キング・コングのライヴァルたち』『フランケンシュタインのライヴァルたち
→『西部の小説
→『恐怖の愉しみ』