読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『バットマンの冒険』

The Further Adventures of Batman(1989)Martin H. Greenberg

 一九三九年に誕生したバットマン(※)の五十周年を記念して企画された『バットマンの冒険』(写真)は、依頼型のアンソロジーです。
 編集者、アンソロジストのマーティン・H・グリーンバーグが、人気のエンターテインメント作家にバットマンに関する短編を依頼し、一冊の本にまとめました。
 一九八九年といえば、ティム・バートン監督の『バットマン』が公開された年でもあります。ということは、このアンソロジーはそれ以前のバットマンをイメージして書かれたことになります。ハーレイ・クインはまだ存在しておらず、ロビンもふたり目までしかいません。

バットマンの冒険』が好評だったのか、その後、続刊として2、3、さらには『The Further Adventures of The Joker』なども出ているものの、残念ながら未訳です。
 日本版は1、2となっていますが、これは続刊ではなく、単に『The Further Adventures of Batman』を二分冊にしただけです。

 さて、僕は小さい頃、バットマンカー(バットモービル)のミニカーで遊んでいました(といっても、『怪鳥人バットマン』やテレビアニメの世代ではないので、再放送をみていたのだと思う)。バットマンカーには色々なギミックがついており、お気に入りの玩具のひとつでした。
 今思うと、そこにこそバットマンが人気者になった理由があるような気がするのです。

 バットマンは、鍛えてはいるけれど飽くまで普通の人です。
 非力な人間が、機械や武器を身に着け、頭を目一杯使って悪と戦う。圧倒的な力を持たないが故にピンチに陥るが、決して諦めない。そんなところが子ども心を捉えたのではないでしょうか(ジョージ秋山の『パットマンX』が好きなのも同じ理由)。大人になってもスーパーマンにはなれませんが、バットマンにはなれる可能性がありますから。

 バットマンが普通の人間という設定は今も生きており、だからこそDCコミックスのスーパーヒーローが複数登場する映画『バットマン vs スーパーマン』や『ジャスティス・リーグ』は製作者の腕のみせどころとなります。超人たちと比較して弱いバットマンを格好よく描けたら、映画全体が盛り上がります。
 マーベルでは、アイアンマンが近い存在ですけれど、単純な戦闘力ではバットマンの惨敗でしょう。

 バットマンの強みはまだあって、それが脇役の存在です。
 ロビン、キャットウーマンバットガール、ジョーカー、リドラー(ナゾラー)、ペンギン、トゥーフェイスミスター・フリーズハーレイ・クインなどアクが強いキャラが揃っており、しかも、それぞれにファンがいます。映画で演じた俳優が有名だったこともあって、大して詳しくない方でも姿をパッと思い浮かべることができるでしょう。

 感想に入る前に、もうひとつだけ書いておきたいのは、人によってバットマンに抱くイメージが異なるということです。
 アメコミのバットマンに親しんだ世代、あるいはリブートされたバットマンしか知らない世代は「バットマン=ダークヒーロー」と考えているかも知れません。
 けれど、僕らの時代のバットマン(テレビドラマ)はもっと明るくて、爽やかで、ダサくて、ある意味ごく平凡なスーパーヒーローでした。夜の闇と、鍛えられた筋肉が似合うダークなバットマンは、格好よさでは間違いなくテレビシリーズのそれに勝っています。しかし、真っ昼間にロビンとふたりでバットマンカーやバットコプターに乗り、優雅に犯行現場に向かうバットマンも愛嬌があって僕は好きなのです。

バットマンの冒険』は全十四編なので、すべての感想を書きます(ピンクは1巻、は2巻に収録)。
 バットマンのアンソロジーなのに、さるミステリーの有名シリーズも含まれているのが面白い。

ジョーカーの死」Death of the Dreammaste(ロバート・シェクリイ
 目の前でジョーカーの死を確認したバットマンでしたが、その後、たびたびジョーカーの姿を見掛けます。そこで、ジョーカーが入っていったホテルに泊まると、奇妙なことが次々起こります。やがて、美女から毒ガス攻撃を受け、そのガス噴霧器を調べたところ、ある軍需企業が浮かび上がってきました。
 バットマンは敵を倒さず、推理力で戦います。敵が仕掛けた罠がコンピュータウイルスというのもインターネット黎明期の一九八〇年代らしいです。一番驚いたのは「ジョーカーの死」を思いっ切り「軽々しく」扱っている点です。
→『標的ナンバー10ロバート・シェクリイ

バットマンが狂った」Bats(ヘンリー・スレッサー
 精神を病んだバットマンは、精神科医の診察を受けます。それでも奇行が目立ち、新聞はそんなバットマンを面白おかしく書き立てます。執事のアルフレッド・ペニーワースは心配するのですが……。
 目の前で両親が殺されたこと、二代目ロビンを死に至らしめてしまったことがバットマンの心の傷になっていますが、そこを掘り下げる精神科医とのやり取りがユニークです(オチにもつながっている)。こちらもアクションはなく、推理を駆使して悪を追い詰めます。やはり、バットマンは小説向きですね。
→『快盗ルビイ・マーチンスン』ヘンリー・スレッサー

地下鉄ジャックSubway Jack(ジョー・R・ランズデール)
 地下鉄でみつかった死体は、人間とは思えないほど切り刻まれていました。現場に落ちていた土を調べると、二十世紀初頭に連続殺人を犯した男の墓にある土と同じことが分かります。男が墓から蘇ったのでしょうか。
 ランズデール得意のスプラッタパンク……と思ったら、真相は古典的な恐怖小説のネタだったりします。なお、ランズデールは、この後、アニメ版バットマンの脚本を書きました。

片手で拍手する音」The Sound of One Hand Clapping(マックス・アラン・コリンズ
「マイム」を名乗る犯罪者が逮捕されたことを知ったジョーカーは、自分と似たような容姿の彼女に惚れ、逃亡を手助けします。バットマンとロビンは、ふたりを追いますが……。
 ハーレイ・クインが登場する前のお話です。ジョーカーとマイムは姿こそ似ていますが、犯罪に対する哲学が大きく異なります。それでは上手くゆくはずがありません。ちなみに「片手で拍手する音」とは頬を平手打ちした音のことです。

休戦地帯」Neutral Ground(マイク・レズニック
 武器を買いに秘密の店を訪れるバットマン。実は、その店は……。
 ショートショートなのでオチがバレやすいため、何も書けません。ちなみに僕は、オチが読めました。ふふふふ。

バットマン、夜の街にあらわるBatman in Nighttown(カレン・ヘイバー、ロバート・シルヴァーバーグ
 ブルース・ウェインバットマン)は仮面舞踏会で、偽者のバットマンをみつけます。宝石を奪って逃げた偽バットマンを追うと、秘密を知っている様子の叔母が撃たれて命を落とします。
 夫婦の合作ですが、偽バットマンの正体にも、彼が本物と変わらないバットスーツを着ていることも、宝石を盗んだ理由も、とにかく納得がいかないことが多すぎます。

バットマン・メモ」The Batman Memos(スチュアート・M・カミンスキー
 太平洋戦争真っ只中のハリウッドが舞台。バットマンの映画を撮ろうと考えたプロデューサーは、若い女優の誘拐事件に巻き込まれます。
 実在のプロデューサーであるデヴィッド・O・セルズニックを中心とした手紙や新聞記事で構成されています。虚実入り交じった手法はカミンスキーの得意とするところですが、事件自体は大したことがありません。

ゴッサム・シティの賢人たち」Wise Men of Gotham(エドワード・ウェレン)
 なぞなぞで犯行予告をするリドラー。ウェインは大学教授(女性)の助けを借り、謎を解いて犯行を阻止します。しかし、リドラーの背後にはある人物が隠れていました。
 暗号を解読する楽しみがあります。吃驚したのは、リドラーでも、黒幕の正体でもなく、「バットマンの誕生」にまつわるある謎がいきなり明らかになることです。こうしたことを自由に書けるのがアンソロジーの面白さですね。

黒後家蜘蛛とバットマン」Northwestward(アイザック・アシモフ
 黒後家蜘蛛の会(ブラックウィドワーズ)は、月に一度ミラノレストランで会合を開きます。六人の会員と給仕のヘンリー、そして毎回異なるゲストから成り立っています。
 ゲストの持ち寄った謎を、会員が「ああでもないこうでもない」とやるのですが答えが出ず、最後はいつもヘンリーが解決してくれるという連作ミステリーです。
 今回のゲストは七十三歳のウェインです。執事のアルフレッドが引退し、甥のセシルを雇っていますが、彼の怪しい行動に悩んでいます。

黒後家蜘蛛の会」シリーズは、創元推理文庫から五巻まで刊行されています(六十話)。しかし、そこに収録されていない短編が六つあり、その一編が「黒後家蜘蛛とバットマン」です(#61となっている)。
バットマンの冒険』は、1より2の方が古書価格が高いのですが、それはこの短編のせいかも知れません。
 ちなみに#62〜66も邦訳されており、ミステリマガジンやEQに掲載されました。ただし、単行本には収録されていません。

黒後家蜘蛛の会」シリーズのファンとしては、ヘンリーに会えてとても嬉しいのですが、残念ながら出来は今ひとつです。「北西」と「ノースウエスト航空(現デルタ航空)」を間違えただけという、ヘンリーならずとも解けそうな謎にはがっかりしました。さらにいうと、別にバットマンじゃなくても成立するし、アシモフの「あとがき」もないし、訳も不親切で分かりづらい。

ロビンの事件簿」Daddy's Girl(ウィリアム・F・ノーラン)
 バットマンの留守中、泥棒トムキャットを追っていたロビン(ディック・グレイソン)は、ある屋敷の屋根から落ち、気を失ってしまいます。気がつくと、そこは少女の部屋で、どうやら父親はジョーカーらしいことが分かります。
 恐ろしく質の低い短編です。ジョーカーにロビンを殺せと命じられた少女が、咄嗟によく似たロボットを作って身代わりにするなんて、幼稚園児でも納得しないでしょう。さらに、少女は屋敷の外に出たら死ぬ薬を飲まされています……。何じゃそりゃ。

コマンド・パフォーマンス」Command Performance(ハワード・ゴールドスミス)
 何者かが、少年少女をドラッグ漬けにし、後催眠暗示(コマンドパフォーマンス)を使って犯罪をさせています。グレイソンは、同級生の女子が宝石泥棒未遂で捕まったことから、ある催眠術師のアジトに侵入することにします。
 長めの短編ですが、残念ながら無駄が多い。しかも、「Aという催眠術師」かと思ったら、「Bという催眠術師」が犯人だったという芸のない展開には萎えます。「天才科学者の仕業かと思ったら、犯人は小学生だった」なんて真相ならよかったのですが……。

億万長者の入江」The Pirate of Millionaires' Cove(エドワード・D・ホック)
 高級マリーナに海賊が出没し、金持ちが殺される事件が続いて起こります。ウェインは、自らクルーザーを用意し、捜査に乗り出します。
 さすがホック、ミステリーとして綺麗にまとめています。伏線もきちんと用意されていますし、謎も無理なく解かれます。探偵役がウェインでなければいけない理由もあるし、バットマンとウェインの入れ替わりも自然です。加えて、バットマンとしてのアクションもあるというトリビュートのお手本のような一編です。

ポーラライザー」The Origin of the Polarizer(ジョージ・アレク・エフィンジャー)
 貧乏学生のウォーターズは、自慢の頭脳を用いてバットマンとロビンの正体を暴きます。そして、プラズマ学の研究を続ける金を得るため、ポーラライザーを名乗り、バットマンを罠に嵌めます。
 頭のよさを間違った目的に使用して身を滅ぼすという教訓のようなお話です。それにしても、個人の客が真空管を一度に二千本も注文したら、怪しまれて当然ですね。

偶像」Idol(エド・ゴーマン)
 大学を中退して引き籠もる息子。それを心配した美しい母親は……。
バットマン』に関係する固有名詞は一切出てきません。このアンソロジーに収録されていなかったら、一体何の話なのか分からなかったでしょう。逆にいうと、その条件を上手く生かしている点が評価できます。

※:スーパーマンは、その前年(一九三八年)に誕生した。

バットマンの冒険(1)』佐脇洋平古沢嘉通訳、現代教養文庫、一九八九
バットマンの冒険(2)』佐脇洋平古沢嘉通訳、現代教養文庫、一九九〇


アンソロジー
→『12人の指名打者
→『エバは猫の中
→『ユーモア・スケッチ傑作展
→『ブラック・ユーモア傑作漫画集
→『怪奇と幻想
→『道のまん中のウェディングケーキ
→『魔女たちの饗宴
→「海外ロマンチックSF傑作選
→『壜づめの女房
→『三分間の宇宙』『ミニミニSF傑作展
→『ミニ・ミステリ100
→『世界滑稽名作集』