読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ポドロ島』L・P・ハートリー

L. P. Hartley

 L・P・ハートリーの『ポドロ島』(写真)は「KAWADE MYSTERY」の一冊として刊行されました。
 KAWADE MYSTERYは装幀もイラストも可愛いのですが、マイナーな作家が多かったせいか、二年ほどでなくなってしまいました(わずか十一冊刊行されたのみ)。
 カバーと取らないと気づきませんが、表紙のフクロウのイラストは、それぞれの本の内容に合わせて違っているのも楽しいです。ちなみに『ポドロ島』のフクロウは「毒壜」の一シーンを演じています。

 ハートリーは、長編も短編も数多く書いた作家です。けれど、我が国では長編は『恋を覗く少年』のみ、短編集もこの一冊だけというのが寂しいです。
 ただ、ハートリーとP・H・ニュービーの短編を収録した『どこからでも十マイル・マンクスフッド邸』という本が出ていて、ここに四編が収録されています(そのうちの一編は「W・S」)。

 ハートリーは、普通の小説やSFなども書きましたが、現代の日本人が期待しているのは怪奇小説、ミステリー小説でしょう。
 当然、日本オリジナル編集の『ポドロ島』にも、その分野の短編が収録されています。
 それらの多くは、『恋を覗く少年』同様、どう解釈するか読者のセンスが問われるような作品たちです。そういう意味では、ウォルター・デ・ラ・メアの朦朧法に近いかも知れません。
 また、自身の分身が頻繁に現れるのもハートリーの特徴のひとつです。

ポドロ島」Podolo(1948)
 ポドロ島は、ヴェネツィアから僅か四マイルのところにある無人島です。そこへ、「僕」、人妻のアンジェラ、船頭のマリオの三人がピクニックに出かけます。アンジェラは猫を殺すといったきり、船に戻ってきませんでした。マリオは、怪物とアンジェラの死体をみたといいますが……。
 ヴェネツィアからゴンドラでゆけるような島に本当に怪物がいたのか。「僕」が居眠りしている間に、マリオが殺したのではないか。それとも、「僕」は信頼できない語り手なのか……などなど、いくらでも解釈が可能な点、そして「ほのぼの不気味」とでも形容したくなる独特の雰囲気が素晴らしい。
 ちなみにハートリーの処女長編『Simonetta Perkins』は、米国の裕福な女性が、ヴェネツィアのゴンドラ漕ぎの青年に恋してしまう諷刺的な小説です。

動く棺桶」The Travelling Grave(1929)
 ディック・マントという男が屋敷に人を招待します。彼は棺桶のコレクターで、自動で人を収め、墓穴を掘り、埋葬までする棺桶を入手していました。
 当時流行した、煽情小説(ショッカー)に分類される名作です。長いフリによって読者を惹きつけ、結末はある程度読めるものの、それを上回る残酷な描写でショックを与えます。職人技が光る一編です。

足から先に」Feet Foremost(1932)
 中世から伝わる大邸宅が百五十年ぶりに入居者を迎えました。しかし、その屋敷には若い女性の霊が訪れるのです。霊に取り憑かれた婚約者アントニーを救うため、マギーは古い書物を紐解きます。
 夫に惨殺された若い夫人の霊が屋敷に入ってくると必ず死者が出るのですが、なかに入るための条件が複雑で、かつての所有者の対策も面白い。ただし、それを周知していなかったがために悲劇が起こります。ラストの荒唐無稽な展開は、マギーの「妄想」です。それは、看護師の「あら、同じようなかたがふたりもいたら困りますわ」という科白から読み解けますが、それじゃあ、アントニーは結局どうなったのかは、読者の想像に委ねられます。

持ち主の交代」A Change of Ownership(1929)
 ある意味で屋敷にひとりで住んでいるアーネストは、新しい持ち主のことを夢想しながら帰宅します。鍵を掛けなかった扉は閉ざされ、窓から侵入しようとすると……。
 夢想と幻覚の境を曖昧に描くことで不思議な効果を生んでいます。アーネストは最後に「消えてしまう」ということは、彼こそが「想像された」ものだったのでしょうか。

思いつき」The Thought(1948)
 グリーンストリームは、罪の意識を刺激する思いつきに悩まされていました。ある日、教会をみつけてお祈りしたところ、心が楽になります。しかし、子どものいたずらによって、教会にいかなくなると、再び具合が悪くなります。
 主人公は妄想に悩まされ、それが現実にまで影響します。体感幻覚の一種なのかも知れませんが、「ストーブの前で凍死する」という分かりやすくインパクトのある結末が生きています。ただし、子どもたちのいたずらは中途半端に感じられました。

」The Island(1924)
「私」は愛人に会いに、嵐が近づくなか、孤島へ向かいます。そこにある屋敷に、夫人の姿はなく、技師を名乗る男がいました。やがて、その男は、南米にいっている筈の夫であることが分かります。
 不可思議なことは一切起こらず、妻の愛人と夫とのやり取りのみで進行するのですが、ハートリーならではの無気味な雰囲気が終始漂っています。「私」は愛人のひとりであり、取るに足りない人物であることを気づかされるのが、ひょっとすると一番残酷かも知れません。

夜の怪」Night Fears(1924)
 夜警の勤務中に、謎の男が現れ、給与や待遇、妻や子どもについて苦言を呈します。それを聞いた夜警は……。
 物語がよい方向へ向かうのなら、未来からきた自分自身によるアドバイスと解釈できるのですが、この結末には驚かされます。ドッペルゲンガーだとすると、手の込んだ手口といわざるを得ません。

毒壜」The Killing Bottle(1927)
 ジミー・リントールは、さほど仲よくない知人ロロに誘われ、休暇を彼の城で過ごすことにしました。そこにはロロの妻と、実兄がいました。兄のランドルフは、動物や昆虫に手荒な真似をした者を殺しているという噂が村に流れており、蝶の蒐集家で、毒壜を使って蝶を殺していたジミーは……。
 集中、最も長く、また、ハートリーにしては非常に分かりやすい作品です。現代でも量産されている、イカれた家族が登場するホラーといえるでしょうか。

合図」A Summons(1924)
 眠っていると、夜中に隣室から壁を叩く音が聞こえます。隣には幼い妹が寝ていて、「夢のなかで殺されそうになったら壁を叩くから助けにきて」といわれていました。しかし、「僕」は癖になるからと考え、そのままベッドに横になっています。
 それだけの短編なのですが、様々な想像ができてしまいます。想像力の強い子どもの思い込みなのか、妹は本当に夢のなかで殺されたのか、はたまた、夢で殺されるという考えを妹に植えつけ、殺害したのか……。

W・S」W.S.(1952)
 作家のウォルター・ストリーターの元に、W・Sを名乗る人物から葉書が届きます。作品の批評は当を得ており、ウォルターしか知らない情報も手に入れているようです。イニシャルが同じなので、自分の分身、あるいは自作の登場人物なのでしょうか。
 葉書が投函される場所が段々と近づいてくる恐怖は、メリーさんの電話の元ネタともいえます。この短編を名作たらしめているのは、単なる物語の登場人物ではなく、「人間の嫌な部分を凝縮したような」人物を現実に出現させたことでしょう。

パンパス草の茂み」The Pampas Clump(1961)
 トマスの家の庭にはパンパス草が生い茂っていて、窓から通りを眺めると、草の向こうに人が立っているような感覚に陥ります。友人のファーガスと、女性ふたり(そのうちのひとりにトマスは恋をしている)が外を歩いて、みえるかどうか確かめてみますが……。
 ハートリーは、幻覚をみて悲劇が起こることが多いのですが、これはみないことで悲惨な結末を迎えます。

愛し合う部屋」Pet Far L'Amore(1955)
 ヴェネツィアに滞在している英国人のエルキントン一家。夫のヘンリーは暑さと蚊に辟易していますが、妻のモーリーンと娘のアネットはパーティに夢中です。地元の名士ベンボ伯爵夫人の舞踏会にいった三人ですが、モーリーンは具合が悪く先に帰宅し、ヘンリーはアネットを探して彷徨います。
「ポドロ島」とよく似た構造ですが、こちらの謎は、より難解です。寧ろ、ヴェネツィアを舞台にした幻想譚という意味で、ダフネ・デュ・モーリアの「いま見てはいけない」(1966)(映画『赤い影』の原作)に影響を与えているのかも知れません。

『ポドロ島』今本渉訳、河出書房新社、二〇〇八

→『恋を覗く少年』L・P・ハートリー

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