読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

ミステリーっぽい短編小説


注:二〇一二年四月四日に書いた記事に、新しい短編(NEWマーク付)を随時追加しています。そのたびに日付を更新します。

 可能であれば、ありとあらゆる小説を読んでみたいのですが、人生は短く、読書にだけ時間を費やすわけにはいかないため、本を選ぶ行為がとても重要になってきます。
 趣味の読書(文学)の場合、大抵は、好みや何らかの基準に合わせて、読む本を選択していることと思います。
「仮面舞踏会」が出てくる小説ばかりを探している知人がいますが、そこまで極端でなくても、それぞれのなかに「ベストセラー」「恋愛小説」「フランス文学」「女流作家」などを好むといった傾向が自然と生まれているのではないでしょうか。
 ちなみに僕は、数年前、泣く泣く日本文学を捨てる決心をしました。そうでもしないと、主要な海外文学ですら、死ぬまでに読み終えることができないと思ったからです。

 閑話休題
 例えば、時代小説しか読まない人は、書店にいっても時代小説の棚以外はチェックしないはずです。ところが、ときには、官能小説家が時代小説を書くこともあります。
 それが長編だったら「エロスの巨匠が描く江戸人情譚!」などと宣伝され、目につくことも多いでしょう。しかし、短編集のなかの一編だったりすると、時代小説好きの読者に気づかれる可能性はぐっと低くなってしまいます。

 というわけで、ミステリー専門ではない作家が書いたミステリーっぽい短編を、年代順にご紹介したいと思います。
 有名なものばかりですが、ミステリー作家を中心に読まれている方にとっては、ひょっとすると縁のない作品たちかも知れません。

 ただし、ここでいう「ミステリーっぽい」とは、いわゆる推理小説だけでなく、「魅力的な謎が扱われている小説」も含みます。
 だからこそ上質な素材のままであり、少し手を加えれば本格的な推理小説としても成立しうる……なんて偉そうなことをいうほどミステリーのことを知らないので、「ちょっとだけ毛色の異なる短編ミステリー」程度と考えてもらえたらと思います。

幽霊花婿ワシントン・アーヴィング
The Spectre Bridegroom(1819)Washington Irving
 単なる幽霊譚と思いきや、最後には謎がきっちり解かれます。真相を隠す仕掛けが施されているものの、この時代はまだ手法が洗練されていないせいか、「ん?」と思って読み返すことになるかも知れません。
 とはいえ、現代では、それが却って新鮮だったりします。
(『スケッチ・ブック』〈上〉〈下〉岩波文庫

ヒギンボザム氏の意外な破局ナサニエル・ホーソーン
Mr. Higginbotham's Catastrophe(1834)Nathaniel Hawthorne
 ホーソーンは、そもそも代表作『緋文字』が良質なミステリー(パールの父親は何者か?)だったりします。
 こちらの短編は、時間の使い方が上手く、ミステリーとして読んだわけではないので、見事に引っ掛かってしまいました。誤解が生まれた理由も十分納得のゆくものです。
(『ホーソーン短篇小説集』岩波文庫
→『七人の風来坊ナサニエル・ホーソーン

狂人の手記」チャールズ・ディケンズ
A Madman's Manuscript(1837)Charles Dickens
 ディケンズは、短編においては、ホラーやミステリーを得意にしていました。これは倒叙ものの元祖といわれています。
(『ディケンズ短篇集』岩波文庫

幽霊船ハーマン・メルヴィル
Benito Cereno(1855)Herman Melville
 巧みに真実を隠し、先を読ませない技巧、結末の鮮やかなどんでん返しは、さすが文学史上に名を残す傑作だけあります。
(『幽霊船 他一篇』岩波文庫

終わりよければエリザベス・ギャスケル
The Sins Of A Father
(1858)Elizabeth Gaskell
 若い夫婦の自宅で、机の引出しに入れておいた紙幣の束が何者かに盗まれます。やがて、信頼していた下僕が逮捕されますが、主人はどういうわけか顔色が冴えません。
 推理小説の形を借りながら、悪に対して毅然として立ち向かう夫人の高潔な精神と、夫に対する愛を描いています。現代の物語であれば、こうしたシンプルな解決は考えにくいのですが、実は最も正しい方法なのかも知れませんね。
(『ギャスケル短篇集』岩波文庫
→『女だけの町 ―クランフォード』エリザベス・ギャスケル

とてもパリ的なドラマ」アルフォンス・アレー
Un drame bien parisien(1890)Alphonse Allais
「謎と驚き」という点からみると、この小説ほど凄いものを知りません。とにかく、びっくりさせられ、読後にいくら考えても、謎が解けない……。
(『物語における読者』ウンベルト・エーコ青土社

詩人の旅行かばん」ジョージ・ギッシング
The Poet's Portmanteau(1895)George Gissing
 下宿を探していた詩人は、ある下宿屋をみつけ、そこにいた女性に一週間分の下宿代を払い、旅行鞄を置いて食事に出かけました。戻ってくると、その女性は家主ではなく別の下宿人で、詩人の金と旅行鞄を盗んで、どこかに消えていました。詩人が悔やんだのは鞄のなかに入っていた自作の詩です。八年後、人気が出た詩人のもとに「その詩を預かっている」という手紙が届きます。
 女性が金と鞄を盗んだ理由が自然で、十分に納得がゆきます。また、伏線も上手い。巻末の「解説」では謎が解けていないと書かれていますが、そんなことはなく、すべてが明白です。
(『ギッシング短篇集』岩波文庫

トム・ソーヤーの探偵マーク・トウェイン
Tom Sawyer, Detective(1896)Mark Twain
 法廷ミステリーです。『トム・ソーヤーの冒険』や『まぬけのウィルソン』にも法廷の場面がありましたから、こういう展開を気に入ってたのでしょうか。
 なお、トウェインのリドルストーリーとしては「恐ろしき、悲惨きわまる中世のロマンス」が最も有名です(こちらを参照)。
(『トム・ソーヤーの探偵・探検』新潮文庫
→『マーク・トウェインのバーレスク風自叙伝マーク・トウェイン

アンジェリーヌエミール・ゾラ
Angeline
(1899)Émile Zola
 美貌の少女アンジェリーヌは、嫉妬した継母に殺され、父によって地下室に埋められたのでしょうか。それとも、自らの心臓にナイフを突き立てたのでしょうか。
 幽霊まで登場するので、過去に陰惨な事件が起こったのかと思いきや、真相は意外なものでした。
(『水車小屋攻撃』岩波文庫

犬を連れた奥さんアントン・チェーホフ
Дама с собачкой
(1899)Антон Чехов
 ロシア文学の長編ベストがレフ・トルストイの『アンナ・カレーニナ』なら、短編の最高傑作はこれです。いずれも不倫をテーマにしているのが面白い。
 めっきり老け込んだ冴えない中年の俺を、アンナ・セルゲーヴナはなぜ愛してくれるのか。いや、これまでつき合った女たちだって、俺のどこに惹かれたのか。化けの皮が剥がれても、幸福になれなくても離れてゆかないのはどうしてだ……。これは男にとって永遠のミステリーです。
(『可愛い女・犬を連れた奥さん他一篇』岩波文庫

トニオ・クレーガートーマス・マン
Tonio Kröger(1903)Thomas Mann
 マン初期の代表的な短編です。読者に対して仕掛けた罠が凄すぎて、未だに解釈が割れています。
(『トニオ・クレエゲル』岩波文庫

ミセス・バサーストラドヤード・キプリング
Mrs. Bathurst(1904)Rudyard Kipling
 ここで取り上げるのを躊躇ったほど有名な短編です。ヴィカリーは、なぜ失踪したのか。生きているのか死んでいるのか。彼は妻を殺したのか。どうして毎晩、ニュース映画をみにいったのか……など、沢山の謎で彩られています。
 いや、そもそも、それらは謎といえるのでしょうか。何度読み返しても、真実がみえません。
(『キプリング短篇集』岩波文庫
→『ジャングル・ブック』『続ジャングル・ブックラドヤード・キプリング

ミス・Vの不思議な一件ヴァージニア・ウルフ
The Mysterious Case of Miss V.(1906)Virginia Woolf
 この短編は、最初に発表された際、正反対の結末を持っていました。ちくま文庫版には両方の結末が載っているので、読み比べてみてください。書き直したバージョンの方が断然優れていると僕は思います。
(『ヴァージニア・ウルフ短篇集』ちくま文庫

レイモンドの謎」F・スコット・フィッツジェラルド
The Mystery of the Raymond Mortgage(1909)Francis Scott Fitzgerald
 フィッツジェラルドの処女作で、十三歳のときに中学校の校内誌に発表されたもの。事件が起こり、探偵が現れ、謎を解くという純粋な推理小説です。
 殺人事件の謎が解け、物語の幕が引かれた後、とんでもないことに気づきます。「そういえば、原題(レイモンドの消えた抵当証券)の謎は全く解かれていないぞ!」と。詳しくは語られませんが、殺人がそれを誤魔化すために行なわれたとしたら……。フィッツジェラルドは、ミステリー作家としても成功していたかも知れません。
(『ベンジャミン・バトン ―数奇な人生』角川文庫)

パール・ボタンはどんなふうにさらわれたか」キャサリンマンスフィールド
How Pearl Button Was Kidnapped(1912)Katherine Mansfield
 パール・ボタンと呼ばれている白人の少女が誘拐されます。どのように誘拐されたかは詳しく描かれますが、誰が、何の目的でさらったのかは一切触れられません。
 よく読むと、パール・ボタンを連れ去ったのはニュージーランドの先住民であるマオリ族であることが分かります。イギリス人の入植によって土地を奪われ、マオリ戦争によって多くの死者を出したマオリ族マンスフィールドは、英国人に対する彼らの感情を寓話的に描いています。
(『マンスフィールド短篇集』ちくま文庫
→『ドイツの田舎宿で』キャサリンマンスフィールド

委員会室の蔦の日ジェイムズ・ジョイス
Ivy Day in the Committee Room(1914)James Joyce
 ジョイスの場合、ほかの作家とは「謎」の質が異なります。推理小説は、ぼーっと字面を追っていれば探偵が勝手に事件を解決してくれます。しかし、ジョイスの小説は、そういう読み方では何が起こっているのかすら分かりません。
 例えば、ある場面では「なにやら挨拶まがいのことをつぶやきながら、横歩きに部屋を出て行く」とだけ書かれています。普通の作家ならこの後に「なぜなら、彼は両方のポケットにくすねたスタウトの壜を入れていたため、横歩きをしないと通れなかったのだ」なんて一文をつけ加えるのではないでしょうか。ところが、ジョイスは余計な説明を加えないため、「横歩き」から「スタウトをくすねたこと」を推理しないといけないのです。
 ほかにも「きりのいい本数とは十本なのか、十二本なのか(少年がくすねた二本と、ジャック爺さんが元々隠していた二本の動きがヒントとなる)」「ジャック爺さんはスタウトを飲んだのか、飲まなかったのか(熱したスタウトの栓が時間差で開いたことがヒントとなる)」「飲まなかったとしたら、その理由は(スタウトの持つ意味を考える)」といった謎はすべて、読者が自分で解読しなければなりません。一般的な小説に比べ読む時間は十倍くらいかかりますが、読書とは本来こうあるべきではないでしょうか

(『ダブリナーズ』新潮文庫

みにくい巡査の恋物語」P・G・ウッドハウス
The Romance of an Ugly Policeman(1915)Pelham Grenville Wodehouse
 書店にいくと、ウッドハウスの本はなぜか「海外ミステリー」のコーナーに置かれていることが多く、いつも首を傾げてしまいます。かつて短編が「新青年」や「宝石」に掲載されていたせいでしょうか、あるいはジーヴスが名探偵(もしくは大怪盗)並みの頭脳を有しているせいでしょうか(※)。
 それはともかくとして、この短編は恋愛小説としてはめでたしめでたしですが、真相は放置してしまってよいのかしらん。真犯人は明らかなのに……。
(『ウッドハウス短編集』富士書店)
→『ゴルフ人生』『ゴルきちの心情』『P・G・ウッドハウスの笑うゴルファー』P・G・ウッドハウス
→『ヒヨコ天国』P・G・ウッドハウス
→『笑ガス』P・G・ウッドハウス

※:ハードカバー版の『エムズワース卿の受難録』に「P・G・ウッドハウスとミステリ 探偵小説とウッドハウス」という解説が掲載されているので、興味のある方はどうぞ。
 なお、『Wodehouse on Crime』という本も出ていて、そこに収録されているのは「ストリキニーネ・イン・ザ・スープ」「ブランディングズ城を襲う無法の嵐」「ユークリッジ口座を開く」「スポーツマン精神」「名探偵マリナー」「ロドニー・スペルヴィンの改心」「刑の代替はこれを認めない」「ある写真屋のロマンス」「アガサ伯母、胸のうちを語る」「想いぞ燃ゆる」「ユークリッジの傷害同盟」「Strange Experience of an Artist's Model」の十二編。しかし、ウッドハウス唯一のミステリーといわれる「エクセルシオー荘の惨劇」(全くウッドハウスらしくない異色作。名前を貸しただけという説もある。エラリー・クイーン編『新 世界傑作推理12選』で読める)は入っていない。
 ちなみに、河出書房新社の『シャーロック・ホームズ全集8 シャーロック・ホームズ最後の挨拶』には、付録として「P・G・ウッドハウスの無署名の小品」と題したホームズのパロディが三つ(短篇二編、詩一編)収録されている。ホームズの模倣としては、ほかに『名探偵読本 シャーロック・ホームズ』に収録の「モリアティ教授の正体」や「マリナーの偉大な勝利」(厳密にいうとマリナー氏ものではない)などがある。


狂人日記魯迅
狂人日记(1918)鲁迅
 友人が病気と聞き訪ねると、病に伏せっていたのは弟で、すでに快復し、この村にはいないといわれます。その代わりに、弟の日記をみせてもらう語り手。それは弟が、兄を含む村人全員に食われる恐怖を認めたものでした。
 謎に満ちた魯迅の処女作。原文では病名として「迫害狂」とありますが、これは「被迫害狂」つまり被害妄想の間違いなのでしょうか。それともあらぬ疑いをかけ村人を迫害した「迫害狂」を意味するのでしょうか。後者であれば、弟は快復したのではなく、すでに村人に食われてしまったと解釈することもできます。
(『故郷/阿Q正伝』光文社古典新訳文庫

NEWアンチクリストの誕生レオ・ペルッツ
Die Geburt des Antichrist(1921)Leo Perutz
 十八世紀半ば、パレルモの靴職人は、生まれてきた息子が大いなる詐欺師にして偽預言者アンチクリストであることを告げられます。靴職人が幼い息子を殺そうとすると、妻は「あんたの子じゃない」と告白します。果たして、息子はアンチクリストなのか、それとも妻の科白は息子を守るための嘘なのでしょうか。
 息子の正体は最後の数行で明らかにされます(ある歴史上の人物)。ところが、この本の初版には、その人物が口絵に名前入りで堂々と描かれていたそうです。ということは、作者も編集者も、アンチクリストの正体を大して重要だと考えていなかった可能性があります。そのこと自体が大いなる謎です……。
(『アンチクリストの誕生』ちくま文庫

ジョコンダの微笑オルダス・ハクスリー
The Gioconda Smile(1921)Aldous Huxley
 病弱の妻が亡くなり、愛人と再婚したハットン氏。ところが、彼は妻殺しの罪で、死刑を宣告されてしまいます。
 真犯人は、ある目的からハットン氏の妻を殺害したものの、その目的が達せられないと分かるや、方向転換をしてハットン氏を罠にかけました。ハットン氏にとっては偶然が積み重なった形になりましたが、読者はハクスリーの周到な伏線に舌を巻くことでしょう。なお、ジョコンダとはモナ・リザのモデルになった夫人のことです。
(『ハックスレー短篇集』新潮文庫

白い象のような山並みアーネスト・ヘミングウェイ
Hills Like White Elephants(1927)Ernest Hemingway
 じっくり考えないと、何の話をしているかすら分からないという意味でミステリーかな?
(『われらの時代・男だけの世界 −ヘミングウェイ全短編1』新潮文庫

エミリーにバラをウィリアム・フォークナー
A Rose for Emily(1931)William Faulkner
 フォークナーの最もメジャーな短編です。屋敷に閉じこもり、世間との接触を断ったエミリーと男の間に何があったのか、を読み解く楽しみがあります。
(『フォークナー短編集』新潮文庫
→『魔法の木ウィリアム・フォークナー

カフスボタンの謎ジェイムズ・サーバー
The Topaz Cufflinks Mystery(1932)James Thurber
 夜、バイクに乗った警官が、道端で四つん這いになっている男をみつけます。その男の妻は、後方の車に乗っています。話を聞くと、落としたカフスボタンを探しているといいますが、車より手前に落とす筈はなく、さらにわざわざ眼鏡を外して探しものをするのも変です。
 議論が錯綜して真実がみえなくなるのも面白いのですが、論理的な解決を妻が受け入れようとしないのはさらにおかしい。
(『虹をつかむ男』ハヤカワepi文庫)
→『現代イソップ/名詩に描くジェイムズ・サーバー
→『SEXは必要かジェイムズ・サーバー、E・B・ホワイト

あるところに寂しげな家がありましてフランク・オコナー
There is a Lone House(1933)Frank O'Connor
 孤独で謎の多い女性のもとに、ぶらっと現れた男が住み着く。「エミリーにバラを」と非常によく似た設定にもかかわらず、結末は真逆なところが面白いです。
(『フランク・オコナー短篇集』岩波文庫

ジョン・スタインベック
The Snake(1935)John Steinbeck
 若い生物学者の研究所に、怪しい女が訪ねてきて、ガラガラヘビを売ってくれといいます。といって、それを持ち帰るわけではなく、その場で生きた鼠を与え、食べる様子を観察するのです。
 読者の誰もが、女は蛇の化身と考えるのではないでしょうか。けれども、そんな詰まらないオチではありませんから、ご安心ください。
(『スタインベック短編集』新潮文庫

ローマン・キッドポール・ギャリコ
The Roman Kid(1938)Paul Gallico
 古代ローマのブロンズ像が、最近作られた贋作であるとして職を追われそうになる考古学者。彼の娘と恋に落ちたアメリカ人のスポーツライターが、ボクシングの知識を駆使して、その像が本物であることを証明します。
 EQMMにも掲載された本格的な推理小説です。主人公は学のないライターですが、ブロンズ像の特徴(体の傷や筋肉)から真実をみつけ出します。考古学者には真似のできない見事な推理もさることながら、恋愛小説としても爽快な一編です。
(『銀色の白鳥たち』ハヤカワ文庫)
→『セシルの魔法の友だちポール・ギャリコ

死とコンパスホルヘ・ルイス・ボルヘス
La muerte y la brújula(1942)Jorge Luis Borges
 探偵小説好きで、アドルフォ・ビオイ=カサレスと組み「ドン・イシドロ・パロディ」というミステリーシリーズを書いているボルヘスを「ミステリー作家ではない」といってしまってよいのか分かりませんが、これは特に面白かったです。
(『伝奇集』岩波文庫

番犬に注意ロアルド・ダール
Beware of the Dog(1946)Roald Dahl
 第二次世界大戦中、爆撃され脱出した英国のパイロット。意識を取り戻すとブライトンの病院にいて、片足を失っていました。ブライトンは学生時代を過ごした街でしたが、なぜかドイツの爆撃機の音がして、石鹸は泡立ちません。外を覗くと「Garde au chien(番犬に注意)」とフランス語で書かれた看板がありました。そこへ英国空軍の中佐が現れ……。
 謎を解く鍵は、硬水だと泡立ちが悪い(ブライトンは軟水)ことや、フランスは早々にドイツに降伏し占領下にあったことです。「名前と階級と認識番号以外は喋るな」と教育されていた主人公が、その後どうしたかもミステリーです。
(『飛行士たちの話』ハヤカワ文庫)
→『オズワルド叔父さんロアルド・ダール

家じゅうが流感にかかった夜」シャーリイ・ジャクスン
The Night We All Had Grippe(1952)Shirley Hardie Jackson
 家族全員が風邪を引いた夜、五人と犬一匹が寝苦しくて寝床をあちこち変えているうち、毛布が一枚行方不明になってしまいます。
 図にしたり箇条書きしたりして最初から読み返しても、この謎は絶対に解けないでしょうね。ふふふふ。
(『野蛮人との生活』ハヤカワ文庫、『こちらへいらっしゃい』早川書房
→『こちらへいらっしゃい』シャーリイ・ジャクスン
→『野蛮人との生活』シャーリイ・ジャクスン

吊るされたよそ者フィリップ・K・ディック
The Hanging Stranger(1953)Philip Kindred Dick
 ディックは長編においても謎を効果的に使用する作家です(答えがない場合もあるが……)。この短編は、首吊り死体に気づいたのは自分だけという謎がきちんと解かれ、読者に衝撃を与えます。
 ところで、「奇妙な果実」も、ある意味このような状況に近いのかと考えると、さらに恐ろしくなります。
(『トータル・リコール』ハヤカワ文庫)
→『ニックとグリマングフィリップ・K・ディック

ミスター・ジョンズ、きみは存在しているのか?スタニスワフ・レム
Czy pan istnieje, Mr. Johns?(1955)Stanisław Lem
 事故を起こしたカーレーサーのジョンズは、体の一部をサイバネティックスカンパニーの機械に取り換えました。その後、次々に部品を増やし、到頭すべてが機械になってしまいます。会社は、支払いが済んでいないため、この機械は我が社のものだとする訴訟を起こします。
 雑誌「探偵倶楽部」にも掲載された法廷ミステリー。「すべてが機械に変わった者は、人間といえるのか?」が裁判の焦点となります。「機械を訴えることはできない」という尤もな判決の後、さらなる疑問が提示されます。
(『すばらしきレムの世界1』講談社文庫)
→『泰平ヨンの航星日記スタニスワフ・レム
→『浴槽で発見された手記スタニスワフ・レム

冬の葡萄園労務者たちウィリアム・サローヤン
Winter Vineyard Workers(1956)William Saroyan
 葡萄園で働いていたとき知り合った日本人のイトウには親友を殺した過去があります。しかし、彼はなぜ友を殺したか、三十年かけても答えを出せません。
 いわばホワイダニットの一種ですが、最後まで理由は明かされず、イトウの口癖である「Baggarro(馬鹿野郎)」が悲しく響きます

(『サローヤン短篇集』新潮文庫

白痴が先」バーナード・マラマッド
Idiots First(1961)Bernard Malamud
 知的障害のある息子を叔父のところへやるため金が必要な父親。夜になって、質屋や慈善家、ラビなどを巡り、何とか運賃を工面しますが……。
 息子を列車に乗せるのは、なぜ今夜でなければならないのか。黒いあごひげのギンズバーグとは一体何者で、なぜ彼を恐れるのか。謎がすべて解けても、遣る瀬なさは消えません。
(『喋る馬』スイッチ・パブリッシング
→『アシスタント』バーナード・マラマッド
→『ナチュラル』バーナード・マラマッド

殺人あ・ら・かるとフランソワーズ・サガン
Meurtre à la carte(1966)Françoise Sagan
 心変わりした愛人を殺すか否か悩むアンナの心理を描いた作品です。究極の選択をする女心は、正にミステリーそのものではないでしょうか。
 サガンならではの設定と、結末の読めない展開が結びついて、彼女のファンにとってもミステリー好きにとっても外せない一品に仕上がっています。
(『街中の男 ―フランス・ミステリ傑作選1』ハヤカワ文庫)
→『逃げ道フランソワーズ・サガン

アリス・ロングのダックスフント」ミュリエル・スパーク
Alice Long's Dachshunds(1967)Muriel Spark
 アリス・ロングが可愛がっている五匹のダックスフントの散歩を頼まれたメイミー。けれど、散歩から帰ると、犬は四匹に減っていました。
 犬が一匹いなくなったことよりも、翌朝、五匹の犬が使用人に殺されたことよりも、無邪気なメイミーの喜びの方が遥かに恐ろしい……。
(『ポートベロー通り』教養文庫
→『邪魔をしないで』ミュリエル・スパーク
→『ミス・ブロウディの青春』ミュリエル・スパーク

電話ゲームウィリアム・トレヴァー
The Telephone Game(1998)William Trevor
 結婚式の前夜、新郎新婦の友人たちが集まり、パーティが開かれます。余興として、適当な番号に電話をし、長く通話した者が勝ちという電話ゲームが行なわれます。新郎のトニーの電話に出たのは高齢の女性で、彼女はトニーの嘘に従って真夜中に屋根裏に上がることになります。ところが、いつまで経っても戻ってきません。もしかすると、脚立から落ちて死んでしまったのでは……。
 イギリス人とドイツ人のカップルという設定にしたのはいかにもトレヴァーらしい。アイルランド人だったら、この話は成立しませんね。
(「ミステリマガジン」600号、早川書房
→『フェリシアの旅ウィリアム・トレヴァー

新聞少年の名誉カート・ヴォネガット
The Honor of a Newsboy(2009)Kurt Vonnegut
 ヴォネガットの未発表短編で、一九五〇年代に書かれたものです。殺人事件の容疑者は、犯行の日、弟の家にいっていたというアリバイがありました。しかし、配達された新聞が犯行の日の分だけなくなっています。
 アリバイを崩したのは、勇気ある新聞配達の少年と、臆病な父親でした。親子が逆なのが面白いです。
(『はい、チーズ』河出文庫