読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ある愛』ディーノ・ブッツァーティ

Un amore(1963)Dino Buzzati

 ディーノ・ブッツァーティは一九七二年に亡くなったイタリアの作家ですが、我が国ではいまだに新訳の短編集が刊行されています。
 フランスでも人気がある一方、英語圏ではほとんど知られていないそうです。

 ブッツァーティといえば短編小説を思い浮かべる人が多いと思います。日本で出版されている書籍のほとんどは短編集なので、そういう印象を持つのも無理はありませんが、そもそも彼はジャーナリストですし、フィクションでは長編小説、童話、詩、オペラの台本なども書いています(※1)。

 尤も、長編は五作しかなく、そのうち『Barnabo delle montagne』は未訳で、『古森のひみつ』は日本では児童向けに刊行されており、『偉大なる幻影(石の幻影)』は中編程度のボリュームです。
 つまり、ブッツァーティの長編といえば、実質的には『タタール人の砂漠』と『ある愛』(写真)の二作しか認識されていない可能性があります。

 圧倒的な知名度を誇る『タタール人の砂漠』に比べ、最後の長編『ある愛』はマイナーな存在です。その理由は、作風とテーマにありそうです。
『現代の地獄への旅』の「あとがき」によると「後期の作品には、それまでになかった新しいテーマや傾向も見出される。そのひとつが、恋愛、より正確に言えば、愛の妄執をテーマにした作品群」ということですが、『ある愛』も正にそうした作品のひとつです(※2)。

 ブッツァーティの恋愛が歪な形を取ったのは、母親の影響がとても大きかったようです。母を愛する余り、ブッツァーティは恋愛にコンプレックスを抱えていました。その母親を亡くす前年には若い女性に異様なほどのめり込み、その経験が『ある愛』を生んだわけです。
 なお、ずっと独身を通していたブッツァーティは母の死後、六十歳で、三十四歳年下の女性と結婚をします。

 というわけで、「ブッツァーティ=不条理な幻想小説」と考えている人にとって、『ある愛』は違和感を覚えさせる作品なのかも知れません。マーク・トウェインをユーモア小説家と思っていると、晩年のペシミズムに満ちた作品を受け入れにくいのと似ています。

 一九六〇年、ミラノ。四十九歳の建築家アントニオ・ドリーゴは、マダム・エルメリーナの娼館でスカラ座バレリーナのライーデと出会います。それから、ドリーゴは、自由奔放な二十歳のライーデに溺れてゆきます。

 ブッツァーティの性格なのか、歳を取った男全般の特徴なのか、これでもかというくらい粘着質な恋愛が繰り広げられます。
 出会いから別れまでの感情の動きが、微に入り細を穿って描写されるのです。ライーデはなぜ売春などしているのか、恋人はいるのか、自分はどう思われているのかなどひたすら悩み、彼女からの連絡を待ち、早く会いたいと願い、職場を訪れ、ライーデとの将来を夢想し……といった具合です。

 その姿が滑稽なことは本人にも分かっているでしょうが、やめられないのが恋の恐ろしく、また素晴らしいところです。
 インテリで社会的地位のある中年男が、さほど美しくもない小娘に振り回され、楽しそうにしています。早朝、駅まで車で送れといわれ、約束の時間の遥か前に着いてしまったり、今度は遠くまで迎えにゆくための計画を浮き浮きしながら練ったりする気持ちは大いに共感できます。
 ぞんざいに扱われ傷つくものの、ライーデへの思いが強すぎて、すぐに彼女を擁護して自分を納得させるところも分からなくもない。

 それにしても、こうまで作風の変わる作家も珍しい。
 ブッツァーティといえば、幻想のなかに逃げ込み、人間の描き方もどこか淡白で、血が通っていない感じがしましたが、この作品は熱に浮かされたように情熱的で饒舌です。
 これは、彼がリアリズムに目覚めたというより、恋の魔力が作家に変化を齎したといった方がよさそうです。

 一方、恋愛こそが究極の幻想といえなくもない。つまり、題材が変わっただけで、本質に変化はないとも考えられます。
 実際、ドリーゴは、自分の知らないライーデの過去や生活、友人関係、男関係を聞き出そうとするものの、上手くゆきません。彼女は、別人の写真を自分だと言い張ったり、伯爵家の息子に追い回されているといったりと、嘘、矛盾、支離滅裂な話に終始します。おまけに都合が悪くなると、切れたり焦らしたりとサイコパスの如き言動を繰り返します。
 嫉妬に狂う男にとっては、出口のみえない不条理な迷宮に迷い込んだ感覚に陥るでしょう。

 同時期に書かれた「現代の地獄への旅(世紀の地獄めぐり)」は、ジャーナリストのブッツァーティが地獄を取材したルポルタージュという形式の中編です。
 地獄といっても、ブッツァーティが創造したのは、昼夜が逆転している以外は現代のミラノと寸分違わない都市でした。そこで老人が廃棄されたり、車を運転すると凶暴になったりといった地獄絵図が描かれたのです。

 それと同様、『ある愛』は、リアリティがあるようにみえて、実はミラノにおける愛の地獄を表現したのかも知れません。というのも、後半のドリーゴに対するライーデの仕打ちは常軌を逸しており、それにひたすら耐える中年男の姿は、最早感情移入できるレベルではなくなるからです。
 例えば、会う約束はほぼほぼ守られず、一晩中どこにいるか分からず、その癖、犬の餌やりや買いものといった雑用を頼まれ、男と遊びにいった避暑地に呼び出され、ホテルの支払いをさせられ、車で家まで送らせる。それで、普通の女性の月収くらいを週に支払い、セックスはほとんどなしというのですから、パシリとかSMのプレイのようです。

 現実の世界において、女性は肉欲の対象とされ、飽きると捨てられる奴隷のような待遇を甘受しているとブッツァーティは書きます。
 それが『ある愛』の世界では支配者として君臨しているわけで、これはやはり彼のみた「恋愛の地獄」にほかならないのではないでしょうか。

※1:晩年は文学よりも絵画に積極的に取り組むようになった。これは、同年代のウージェーヌ・イヨネスコと似ている。

※2:恋愛に関する短編は『Il colombre e altri cinquanta racconti』にいくつか収められている。「キルケー」「公園での自殺」「空き缶娘」などが翻訳されているが、いずれも「恋愛+変身譚」となっている。


『ある愛』脇功在里寛司訳、河出書房新社、一九六九