Storie della preistoria(1982)Alberto Moravia
アルベルト・モラヴィアは、イタリア文学の巨匠だけあって、映画化された作品がとても多く、三十作ほどあるそうです。有名なところでは、ジャン=リュック・ゴダールの『軽蔑』や、ベルナルド・ベルトルッチの『暗殺の森』(小説のタイトルは『孤独な青年』)、フランチェスコ・マゼッリの『無関心な人々』などなど。
映画化されるってことは、多くの人の興味をそそるテーマだったり、題材だったりするわけですが、モラヴィアの場合は、性愛についての小説が多いというイメージがあります。
勿論、作家活動が長かった上、実験精神が旺盛であったが故に、ジャンルは多岐に亘ります〔セックスと前衛の融合として、ペニスを主人公にした『わたしとあいつ』なんてのもある(※1)〕。
が、やはりインモラルで奔放なセックスを扱った作品はインパクトが強く、印象に残りやすいのでしょうか。
そういうのが、ちょっと苦手という方にお勧めなのが、『眠くて死にそうな勇敢な消防士』(写真)です。
これは、最初、絵本として発行されたそうです。後に再編集され、大人向けの豪華本になったとか。そのせいか、子どもでも楽しめるものと、大人じゃないと理解できないものが混在しています。
内容は、動物を主人公にした寓話で、要するにモラヴィア版『イソップ物語』といったところ。
原題を直訳すると「先史時代の物語」(※2)となり、そのとおり舞台は遥か昔です。といっても、百万年前から一兆年前(?)までと幅広く、それぞれの短編につながりもありません。
また、この物語集は、動物の名前を、一般名と固有名詞に使い分けているのが特徴です。例えば「鯨」は、「くじら(Balena)」と「ク・ジラ(Ba Lena)」といった具合。
最近翻訳出版されたシュルレアリスムと諷刺の短編集『薔薇とハナムグリ』と似ているので、あちらを気に入った方なら文句なく楽しめると思います。
というわけで、例の如く、好きな短編のみ感想を書いてみます。
なお、今回は毎年恒例、「夏休みの読書感想文」としても使用できるようにしてありますので、切羽詰まった場合は、ご自由にコピペして構いません(※3)。
「ワ・ニ、ソリハシ・セイタカ・シギそして踊る魚」Cocco Drillo, A. Vocetta e i pesci ballerini
お母さんをなくしたワ・ニは、えさをとるために、自分の口のなかを魚たちのダンスホールにするアイディアを思いつきます。けれど、おしゃべりなソリハシ・セイタカ・シギのせいで、魚はみんな逃げてしまいます。シギは、ワ・ニの歯にはさまった食べのこしをもらうのですから、自分だってそんをしてしまうってことがわからないのでしょうか。
「きれいなありは皇帝の値打ちがある」Una bella formica vale un imperatore
自分たちが生きのびるために、アリたちはアリ・クイを皇帝にします。皇帝になれば、臣下である自分たちを食べるのをやめるだろうと考えたからです。ところが、アリ・クイは約束なんかあっさりとやぶり、思いっきりアリを食べてしまいます。食欲の前には、どんな約束もムダになります。
「考えたことが空中で凍りつけば」Quando i pensieri gelavano nell'aria
百万年前、極地は零下十億度(?)で、考えたことまで空中でこおりついてしまったため、みんなはずかしくて何も考えないようになっていました。ある日、セイ・ウチが熱帯を旅して、思考することのすばらしさを気づくのですが、実は何も考えずにボーッとしていることの方が、それ以上にすばらしいことだったのです。
「眠くて死にそうな勇敢な消防士」I Bravi pompieri morti di sonno
消防団長のナマ・ケ・モノは、モーテルが火事になったとの知らせを受けますが、何しろ一日のほとんどを眠ってすごすので、着いたときには五年がたっていて、別の建物が建っていました。ナマ・ケ・モノは、次に火事があったとき、遅れないように、その建物の上の木でくらすことにしました。責任感が強くて、りっぱだと思います。
「ハ・タとイノ・シシ、偽りの愛」Cer Nia e Cin Ghiale, amore bugiardo
ハ・タは足がないこと、イノ・シシは泳げないことをかくして愛を語り合っていました。それがバレたとき、ふたりの恋はおわりました。海の生きものと陸の生きものはどうあっても、いっしょになることはできないのです。けれど、ふたりは調理された姿で再会します。食卓の上だったら、なかよくならぶことができるんですね。
「美女と野獣」La Bella e la bestia
街にやってきたコ・グ・マは、毛皮商の娘に親切にされますが、父親にみつかりサーカスに売られてしまいます。一方、娘は、コ・グ・マを愛してしまったせいで、父親に監禁されてしまいます。あるとき、奇跡がおこり、娘は熊に姿を変えるのですが、その奇跡はコ・グ・マにもはたらき、彼は逆に人間になってしまいました。愛はどんな奇跡も生み出しますが、うまくいかない場合もあります。
※1:フィリップ・ロスには「乳房になった男」という短編がある。これは、三十八歳の男が十五インチの乳頭を持つ体長六フィートの乳房に「変身」する話。
※2:日本語タイトルだが、「眠くて死ぬ」なんてことが実際あるのだろうか。自動車の運転中など、眠ってしまったことによって死ぬケースはあるだろうが、眠気に耐えられず死んでしまった人なんているのかしらん。要するに、死ぬくらいなら寝ちゃえばいいわけだし……。尤も、眼球に水滴を垂らし続けて眠らせないなんて拷問もあるらしいので、実際のところは分からない。ちなみに、『ボルヘス怪奇譚集』には、死にはしたが結局眠れなかった男の話が掲載されている。
なお、モラヴィアの最初の奥さんエルサ・モランテの『イーダの長い夜』の原題「storia」(単数形)は「歴史」という意味だが、ここでの「storie」(複数形)は「物語」となる。
※3:毎年書いてますが、冗談です。念のため……。
『眠くて死にそうな勇敢な消防士 −モラヴィア動物寓話集』千種堅訳、早川書房、一九八四
夏休みの読書感想文
→『かくも激しく甘きニカラグア』フリオ・コルタサル
→『息吹、まなざし、記憶』エドウィージ・ダンティカ
→『ジャングル・ブック』ラドヤード・キプリング
→『消されない月の話』ボリス・ピリニャーク
→『ハロウィーンがやってきた』レイ・ブラッドベリ
→『黄犬亭のお客たち』ピエール・マッコルラン
Amazonで『眠くて死にそうな勇敢な消防士』の価格をチェックする。