読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『レクトロ物語』ライナー・チムニク

Geschichten vom Lektro(1962)/Neue Geschichten vom Lektro(1964)Reiner Zimnik

 美術学校出身のライナー・チムニクは「イラストも自分で描く児童文学者」というより「文章も書く画家」といった方がよいかも知れません。実際、文よりも絵の比率の方が高そうです。
 緻密かつ温かみのあるイラストも勿論魅力ですが、毒々しくない不条理、悲壮感のない孤独が心に染みます。そのせいか、我が国でも人気があり、数多くの作品が翻訳されています。

『レクトロ物語』(写真)も一九八四年に、筑摩書房から訳本が出版されました(九編)。その後、福音館から新訳が出ます(十一編)。
 福音館の方は帯に「完訳版」と書かれていますが、これは『Geschichten vom Lektro』と『Neue Geschichten vom Lektro』を合わせて一冊にしたことを指しているようです。ただし、原書には『Geschichten vom Lektro』のタイトルで同じ十一編が収録されているものもあります。

 主人公のレクトロは、ロイド眼鏡をかけた小太りの青年です。
 ひとり暮らしで、職を転々としています。頭のネジが少々緩んでいるものの、人は悪くない。ただし、主張を曲げない頑固な一面もあります。
 私生活は余り描かれず、レクトロが就いた様々な仕事を通じて、生きづらい社会、不合理な慣習・仕組み、利己的な人々などがあからさまにされます。
 今なお意味のあるテーマですが、ガチガチの諷刺というわけではなく、飽くまで温かくて少し不思議な雰囲気が漂うメルヒェン(Märchen)です。何より、子どもも大人も楽しめる絶妙な線を維持しているのが素晴らしい。

 なお、レクトロは『クレーン』(1956)にも、地上四十九メートルのクレーンから降りてこないクレーン男の親友として登場します。ここでの職業は、トレーラーの運転士です。
 戦争が起こり、兵士となったレクトロは(はっきりと書かれてはいないけれど)命を落としたようです。その後、クレーン男の夢に一度だけ現れます。

道路掃除夫として」Als Wegmann
 道路掃除夫として働き始めたレクトロは、除雪作業中に、雪で城を作り始めます。スキージャンプの大会があり、そこで雪を使用したいといっても、頑なに自分の城を守ります。ある日、そこへ氷の王さまが現れます。
 氷の王さまの正体がオチになっていますが、レクトロにとってそんなのは、どうでもよいことです。大切なのは、想像することの素晴らしさなのです。

ウッフィング駅での行きちがい」Mißverständnis am Bahnhof zu Upfing
 ウッフィング駅で駅長代理を務めるレクトロ。ある日、線路に汽船が現れ、降りてきたのは木星の人々でした。
 応援を頼んでも、あちこちの部署をたらい回しにされ、何も解決しません。しかも、一所懸命努力したレクトロが結局馘首されてしまうのですから、理不尽にもほどがあります。

三百五十周年のお祭りと、失われた小さなメロディー」Von einer 350-Jahr-Feier und einer kleinen/Melodie, welche verlorenging
 記念式典のトランペット奏者として雇われたレクトロ。お姫さまが彼のメロディーを気に入ってくれたのですが、気がつくと小さなメロディーは旅に出ていました。
 メロディーは色々な楽器に演奏してもらいたくて逃げ出してしまうのです。それが嫌なら記譜するしかないのですが、レクトロは譜面が書けません。

小包配達のむずかしさ」Schwierigkeiten bei der Paketpost
 手紙は嫌な内容の場合もありますが、小包は誰もが待ち侘びています。小包配達のレクトロは、欲張り男のために、自腹で小包を作り定期的に配達をしてあげます。レクトロの貯金が底をつきますが、欲張り男は感謝するどころか「同じものばかりで詰まらない」と文句をいうのです。そこで、レクトロは……。
 インターネットで買いものをすることが増えた現代では、荷物が届くのが楽しみな人はますます増えているでしょう。勿論、僕もそのひとり。いや、それしか楽しみがないといっても過言ではありません。

飛行船での冒険」Abenteuer vermittels eines Luftschiffs
 ビール会社の宣伝用の飛行船からビラを撒く仕事についたレクトロでしたが、昼休みにエンジンを切ったところ、今度はエンジンが掛からなくなってしまいました。ずっと空に浮かんだままの飛行船は、却って人々に注目され、ビールの売上げが伸びます。
 飛行船の操縦士は勲章を贈られたのに、レクトロはある理由でクビになりました。

〈花の三月〉組合の心配」Sorgen bei E.V. März in Blüte
 レクトロは伯母の家庭菜園を相続しますが、雨が全く降らず、菜園はカラカラに乾いてしまいます。そこでレクトロはロケットを打ち上げたり、ポンプで水を引いたりしますが……。
 折角雨が降りましたが、菜園は都市計画のため、壊されてしまいます。近くを走る電車の乗客に手を振るだけで孤独ではないと思えるレクトロなのに、ついていません。

消防士ならば」Feuerwehrliches
 レクトロは消防士になったものの、火事が起こりません。しかし、消火訓練を兼ねたお祭りで、ようやく火事が発生します。
 炎のなかから消防団長を救い出し、英雄になったレクトロですが、団長は真相を話したくて堪らないでしょうね。

進水式」Schiffstaufen
 造船所で電気技師として働いていたレクトロは、進水式シャンパン割りが上手くゆかず、その船で船員が三人も亡くなったのを知ります。そこで、シャンパン割りのプロとして雇われますが……。
 レクトロのいうことを聞かず、シャンパン割りに失敗したため、とんでもないことが起こります。レクトロは勿論、クビです……。

電話線の小鳥たち」Telefondrahtvögel
 電話線は愛し合う人たちがつながっている証と考えたレクトロは、電話線監視係になります。ところが、その電話線に何百万羽の夏鳥が止まってしまいます。夏鳥は害鳥として駆除されそうになりますが、彼らと友だちになったレクトロは大統領に直談判します。
 鳥と心を通わせたレクトロはふわりと飛び上がります。大統領だって、しがらみさえなければ一緒に空を飛んでいたことでしょう。

フーゴー・ショウスキーの変身」Hugo Schowskis indische Krankheit
 人混みで戦友のフーゴーをみかけたレクトロ。けれど、近づいてみるとフーゴーによく似た馬でした。その後、動物園の水槽のなかの鯉がフーゴーだと気づいたレクトロは飼育係として務めます。すると、フーゴーは次にライオンに乗り移ります。
 地下鉄をみたいというライオンを連れて町へ出たレクトロでしたが、途中でライオンからフーゴーの魂が抜け、大騒ぎになります。同じ頃、インドにいるフーゴーは長い病から抜け出したそうですから、動物に憑依する病気だったのでしょうか。

何が残るのだろう?」Was bleibt?
 ある夏の夕暮れ、レクトロは気づきます。自分には何もないことに。生きた証を残すために発明家になることを決心するものの、何も思い浮かばなかったので、特許局で働くことにします。そして、ようやく足踏みスイッチを発明しますが、雨の日に感電して命を落としてしまいます。
 レクトロは、死によって、自分が孤独ではなかったことに気づきます。これまで知り合った様々な人の夢のなかに彼は生きていたのです。夢をみているような人生、そして死後もたっぷりと夢をみられるレクトロが羨ましい。

『レクトロ物語』上田真而子訳、福音館文庫、二〇〇六