読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『暗い森の少女』ジョン・ソール

Suffer the Children(1977)John Saul

 スティーブン・キングやピーター・ストラウブよりやや遅れて登場したジョン・ソールのデビュー作が『暗い森の少女』(写真)です。
 この小説は米国でベストセラーになったためか、早くも翌年には翻訳されています。
 二作目の『殉教者聖ペテロの会』も、一九八〇年にサンリオSF文庫から刊行され、その後も順調に翻訳が進みました。

 ソールは、今や死語になっているモダンホラー(※)のブームと歩みをともにした作家で、ほぼ一年に一冊のペースで新作を発表していました(最近は刊行されていないようだが)。
 特に初期の作品は「スモールタウンの名家や農場を舞台に、過去の怨念が取り憑く」「子どもが虐げられる」「陰鬱な気分になる結末」といったパターンが多いのが特徴で、どれを読んでも同じなどと揶揄されることもあります。

 ニューイングランドにポートアーベロという小さな町があります。そこの名家コンジャー家の現当主ジャックは、妻のローズ、娘のエリザベス(十三歳)とセーラ(十一歳)と暮らしています。
 家の近くに立入禁止の森があり、ある日、ジャックはそこでセーラを暴行してしまいます。そのとき以来、セーラは精神に異常をきたし、言葉を発しなくなります。一方、ジャックも、そのときの記憶がほとんどありません。
 実は、百年前、コンジャー家の主人が森のなかで娘を犯してから殺害し、自ら命を断つという事件が起こっていたのです。

『暗い森の少女』は、憑きもの系のホラーに分類される作品です。
 憑きものといって真っ先に思い浮かべるのは、一九七一年に出版されたウィリアム・ピーター・ブラッティの『エクソシスト』でしょう。当然、その影響は受けていると思われます。
 多感な少女が重要な役目を担う点もそうですし、最初、医学で解決しようとする点も共通しています。細かい部分では、少女たちがウィジャボード(古い翻訳なので「こっくりさん」と訳されているが、原文は「Ouija board」)で遊んだり、嘔吐するシーンがどちらの作品にもみられます。

『暗い森の少女』の序盤は、やや退屈です。
エクソシスト』の場合、リーガン・マクニールに起こった奇妙な変化の原因は、しばらく明らかになりません。しかし、『暗い森の少女』は、プロローグで百年前の事件が語られ、第一部が始まった時点で、既に同様の事件が起こっているため、父親が過去の怨念に取り憑かれたらしいことが予想されてしまうのです。

 ホラーはミステリーとは異なり、論理的である必要はないのに、「百年前、父親が娘を犯して殺した」ことが、現代において再び繰り返されると誰しも考えます。
 そういう意味で『暗い森の少女』は、一見、倒叙ホラーの衣を着ているようにみえます。
「果たして、これで面白くなるのかしらん」と思っていると、間もなく、それがミスリードであることが分かります。
 そこに至るまでの計算が実に巧みで、読者の思考を上手く読み取っていると感心させられます。

 お約束が覆された中盤以降、俄然、面白くなります。
 百年前に殺された少女の霊に取り憑かれた「ある人物」が惨劇を繰り返すのですが、まるで本格推理小説の犯人のように計画的に犯行を行なうため、露呈することがありません。
 さらに、レッドヘリングというべき登場人物まで用意されているので、「ある人物」が疑われないのも不自然ではないのです。
 加えて、「犯行時、意識が完全に乗っ取られており、殺人を犯した自覚がない」というホラーらしい都合のよさも加わるため、納得感はさらに増します。

風が吹くとき』の解説で、牧原冬児は「ジョン・ソールって、実はミステリ作家じゃないんだろうか」と書いていますが、ミステリーの手法を上手に取り入れ、論理的に展開するとともに、読者の裏をかくのがソールの真骨頂といえるでしょう。
 作者本人は、ホラーに余り思い入れがないそうで、その点が柔軟な作風に影響しているのかも知れません。

 さて、犯人も分からず、死体も発見されず、妹のセーラが精神科の病院に入れられるところで第一部は終わり、短い第二部では十五年後が描かれます。
 両親は死去しており、病状がほぼ回復したセーラは、試験的に自宅に戻ることになります。そのとき、医師は、過去をしっかり思い出すように指示するのです。

 これは新たな惨劇のフラグに思えるのですが、ここでもソールは期待をちょっとズラしてきます。
 考えようによっては、再び殺戮が開始されるよりも救いがなく、憂鬱な気分になる結末で、高く評価できるのですが、ホラーの常套手段からは外れている気がします。
 よくできたホラーであるにもかかわらず、映像化されないのは、その辺に原因があるのでしょうか。
 勿論、それでこそ小説を読む価値があるわけなので、興味のある方はぜひ。

※:一九七〇年代に流行したホラーのこと。モダンアートという用語と同様、最早モダンではない。

『暗い森の少女』山本俊子訳、 ハヤカワ文庫、一九七八

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