読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『魔術師が多すぎる』ランドル・ギャレット

Too Many Magicians(1966)Randall Garrett

 ランドル・ギャレットの「ダーシー卿(Lord Darcy)」シリーズは、科学の代わりに魔術が発達したパラレルワールドを舞台にしたSFミステリーです。
 長編が一編、短編が十編書かれ、日本では番外編の「The Spell of War」を除く十編が訳されています(※1)。ただし、まとまって収録されているわけではないので入手が少々面倒臭い。記事末尾の一覧をみていただけると分かるように、書籍四冊、雑誌四冊を集めないといけないのです(写真)。

 しかし、それは同時に、このシリーズがSFとミステリーの両ジャンルから引っ張り凧だったことを表します。何しろ、ミステリー文庫二冊、SFのアンソロジー二冊、SF雑誌三冊、ミステリー雑誌一冊に掲載されたのですから、編集者や翻訳者の間でも評価が高かったのでしょう。
 以下に、概要を記します。

 史実では、十二世紀イングランド王国で、獅子心王と呼ばれたリチャード一世は、亡くなる間際、自分の後継者に弟のジョンを指名しました。
 しかし、「ダーシー卿」シリーズでは、ジョンではなく、甥のアーサーが王になり、爾来八百年もプランタジネット家による英仏帝国(Anglo-French Empire)が続いているという設定です。
 対抗国家は、ロシアの一部を併呑したポーランド王国で、その間に中立的なゲルマン諸国があります(欧州では、スカンジナビア諸国やギリシャ、トルコも独立している)。
 タレントという能力を有した魔法使いが少数存在しますが、教会の認可がなければ術を行なえません。また、科学技術は余り進歩しておらず、一九六〇〜七〇年代にもかかわらずヴィクトリア朝レベル(蒸気機関車リボルバー、ガス灯など)です。

 ダーシー卿は、封建制度が続く英仏帝国において、ノルマンディー公リチャード(国王ジョン四世の弟)の主任捜査官という立場です。歳は三十歳代(※2)、長身でイケメン。推理は一流ですが、魔法を使うことはできません。
 ワトソン役は、魔術師のショーン・オロックレイン(Sean O'Lochlainn)。こちらは対照的にずんぐりとした小男です。
 ふたりは、それぞれの持ち味を生かし、難事件に取り組んでゆきます。

 捜査の過程で使われる魔法は、役割としては推理小説における科学捜査と変わらないため、それを用いていかに推理を組み立てるかが肝となります。
 当然ながら、魔術で人を呪い殺すといった方法は除外されるので、本格推理小説として十分に鑑賞に値します。

 ギャレットは数多くのペンネームを用い、雑誌に短編を書き散らした作家で、必ずしも高い評価を得ているわけではありません。実をいうと、僕はほかの作品は読んだことがない。
 けれど、「ダーシー卿」シリーズに関しては、細部までじっくりと書き込んだという印象を受けます。推理部分は勿論、設定も凝っているし、スチームパンクの先駆といえる雰囲気もよい。

 ついでにいうと、ほとんどの作品に「仕事中の魔術師の邪魔をするのは賢明ではない(It is not wise to disturb a magician at work)」という一文が紛れているというお遊びも楽しい(『スター・ウォーズ』シリーズで、どの作品にも「I have a bad feeling about this」という科白が出てくるのと同様)。

 唯一の不満は、ユーモアの要素が少ない点でしょうか。
 ダーシー卿は真面目で好感の持てる人物ですが、少々堅苦しく感じるときもあります。加えて、女っ気がほとんどない。唯一、「イプスウィッチの瓶」で、それっぽいことがあったかと思ったら……。

 というわけで今回は、翻訳されている「ダーシー卿」シリーズをすべて発表年代順に並べ、一気に感想を書いてしまいます。


その眼は見た」The Eyes Have It(1964)
『魔術師を探せ!』収録

 ある朝、デヴルー伯爵が寝室で殺害されているのが発見されます。「アイテスト」という死者の網膜に残された像をショーンが再現させると、そこには誰もみたことのない美女が写っていました。
「アイテストなんてものがあったら、推理小説として成立しないじゃないか」と思われるかも知れませんが、ご心配なく。これは悪魔のような伯爵からある人を守るために利用され、推理はダーシー卿が論理的に行ないます。


シェルブールの呪い」A Case of Identity(1964)
『魔術師を探せ!』収録

 シェルブール侯爵が突然発作を繰り返し、やがて失踪してしまいます。捜査に乗り出したダーシー卿は、これが単純な事件ではなく、帝国の経済に打撃を与えんとするポーランド王国の陰謀であることを見抜きます。やがて、侯爵の死体が発見され……。
 シリーズ全般に共通していることですが、謎解きの鮮やかさ、二大国家の争い、魔術の意外な使われ方が見事です。一方で、貴族制故の正義感や人権無視も感じられますが、それもこのシリーズならではとはいえます。


藍色の死体」The Muddle of the Woad(1965)
『魔術師を探せ!』収録

 ケント公爵が亡くなったのと同じ頃、主任捜査官カンバートン卿が全裸の遺体となってみつかります。しかも、その死体は全身が藍色に染められていました。藍は、ドルイド教の末裔である古代アルビオン聖教会を連想させます。
 さほど分量のない短編のなかに、ドルイド教ポーランド王国、魔術師、公爵夫人の過去にかかわる者など怪しい人物が複雑に絡み合い、それが最後には綺麗に整理されます。藍色の謎解きも見事ですが、善人が苦しまない解決に導くのがダーシー卿の真骨頂です。


魔術師が多すぎる』Too Many Magicians(1966)
 ポーランド王国を探っていた海軍の諜報部員がシェルブールで殺されます。一方、ロンドンで開催中の王立魔術学会に出席していたショーンは、仲間の魔術師を殺害した容疑で逮捕されてしまいます。
 魔術師は密室で殺されていましたが、周囲にはマスタークラスの魔術師が沢山おり、ダーシー卿の及びもつかない魔法が使われたかも知れません。それとも、魔術によらないトリックが用いられたのでしょうか。

 不思議なことに、「ダーシー卿」シリーズは、短編も長編も余り印象が変わりません。長編だからといって事件が特にややこしいわけではなく、逆に冗長でもない。
 これは恐らく物語のスケールの問題ではないかと思います。「シェルブールの呪い」以降、英仏帝国対ポーランド王国の図式が強調されたため、短編においても殺人事件の背後にある諜報合戦を大きく膨らませて読んでしまうのです。

『魔術師が多すぎる』において両国は混乱投射機なるものを巡って争っていますが、ミステリーとして本作を捉えると、魔術師が自ら魔法によって封印した部屋で殺害されたという密室トリックが読みどころとなります。しかも、被害者は二度死んでいるのです。
 魔法によるトリックは勿論、ドアの下から鍵を放り込むといった単純な物理トリックも魔法によって否定されます。
 果たして、ダーシー卿はこの謎をどう解くのでしょうか。

 犯行には、犯人のある「タレント」が関係していますが、それについては何度も説明されているため、アンフェアではありません。また、読了後に「最初の数頁」を読み返せば、この人以外は犯人になり得ないことに気づく点もよくできていると思います。

 しかし、それ以上に大きなミステリーがひとつ残されました……。
 それは「どうしてギャレットはその後、「ダーシー卿」シリーズの長編を一作も書かなかったのか」という謎です。
 これだけ質が高いのに、次の短編までだって七年も空いています。不思議だ。


想像力の問題」A Stretch of the Imagination(1973)
「別冊奇想天外」13号収録

 出版社の社長が、社長室で首を吊って亡くなりました。ダーシー卿は、これが他殺であることを見抜きます。犯人は、社長の愛人の編集者、それとも原稿を勝手に改竄されたことに腹を立てた流行作家なのでしょうか。
 シリーズ中でも異色の短編です。出版社のなかだけで完結し、現代的な雰囲気を持ち、ポーランドの影はありません。推理小説としては、トリックよりも、別の人間が社長を殺してくれて思わずほくそ笑むある人物の描写が面白い。よく考えると、推理小説って動機のある人物ばかりが集まるわけですから、殺人が起こったら、犯人以外の人は「誰だか知らんけど、殺してくれてサンキュー!」とハイテンションになるはずですよね。にもかかわらず、沈鬱な顔をして探偵の前に座っているのはリアリティに欠ける気がします。


重力の問題」A Matter of Gravity(1974)
『SFミステリ傑作選』収録

 ヴェクサン伯爵が、赤い塔の最上階にある実験室から転落して死亡しました。自殺や事故の可能性はなく、他殺の線が濃厚です。誰が殺したのか、いや、そもそも伯爵はこの部屋で、何を実験していたのでしょうか。
 タレントを持たないため聖職者の道を絶たれた伯爵は、二十年以上、誰にも知られず科学の実験に勤しんできました。そんな彼を殺したのは、ガチガチの「物理トリック」でした。魔法と科学が逆転した世界故の皮肉で哀しい結末です。

イプスウィッチの瓶」The Ipswich Phial(1976)
『SF九つの犯罪』収録

 イプスウィッチ研究所から瓶が盗まれます。ポーランド国王直属の秘密機関セルカの手に渡るのを防ぐため追跡した秘密情報部の部員が砂浜で遺体となって発見されます。彼は、誰に殺されたのか。また、瓶の行方は?
 密室殺人事件が多い「ダーシー卿」シリーズにあって、珍しく砂浜で死体が発見されます。尤も、これだって発見者の足跡しか残されていないので、自然の密室みたいなものですけれど。そのトリックも面白いですし(勿論、魔法は関係ない)、夜空の星がすべて消えてしまうというスケールの大きな謎も用意されていて読み応えがあります。前述のとおり、ダーシー卿の意外な一面がみられるのも楽しいです。


十六個の鍵The Sixteen Keys(1976)
「ミステリマガジン」600号収録

 イケメン外交官のヴォクスホール卿が老人のような姿で死に、ルメリアの海軍条約文書が紛失します。文書は翌朝のナポリ急行(パリ発ナポリ行)で、最終的にアテネへ届けなければいけません。ダーシー卿は、それまでにすべての謎を解くことができるのでしょうか。
 ふたつの謎を扱っていますが、いずれも推理する楽しみはなく、感心する出来でもありません。ヴォクスホール卿は鍵マニアで、要するに十六個の鍵は「一筆書き」の解答のようなものです。また、翻訳は意味の分からない箇所がしばしばあるのが残念です〔「王の座を約束された兄で外務大臣のセフトン卿」とか「従姉妹のド・ロンドン(Marquis de Londonのことなら従兄弟か)」とか〕。


苦い結末」The Bitter End(1978)
「SF宝石」4号収録

 パリのバーで殺人事件に遭遇するショーン。捜査に協力するものの容疑者にされ、足留めされてしまいます。珍しくて高価なメキシコの酒を飲んでいた退役軍人は、甘い筈の酒に苦い毒物が入っていたにもかかわらず、なぜ飲んでしまったのでしょうか。
 今回の主役はショーンで、ダーシー卿は終盤にならないと登場しません。謎解きも伏線の回収も、分かりやすく綺麗に決まっています。おまけに、ショーンを疑った軍曹に、しっかりと仕返しもできました(こちらも、きちんと伏線がある)。


ナポリ急行」The Napoli Express(1979)
「SF宝石」11号収録

 海軍条約文書を届けるため、変装して別々にナポリ急行へ乗り込むダーシー卿とショーン。豪華な展望車の乗客は十五名。そのうちのひとりがコンパートメントで殺されていました。乗り込んできたイタリアの刑事とともに、身分を隠したまま捜査をするダーシー卿。十二人の容疑者には共通点があり、裏切り者を処刑する十二使徒のようにもみえますが、果たして……。
「十六個の鍵」の続編であり、アガサ・クリスティの『オリエント急行の殺人』のパロディでもあります。シリーズの掉尾を飾るだけあって、ボリューム・内容ともに充実の一編です。個性のない一塊の容疑者たちという設定はユニークですが、よく読むと真相への道筋がはっきりとみえるように周到な伏線が張られています。


The Spell of War」(1979)
 若き日のダーシー卿とショーンを描いた番外編(未訳)。発表されたのも一番最後です(「Future at War, Vol. 1」に掲載された)。全作品を収めた『Lord Darcy』には、第二版から「付録」として収録されました。

※1:一作だけ訳されていないシリーズは結構あるが、イーニッド・ブライトンの「冒険」シリーズの五作目(全八作)『The Mountain of Adventure』と、スタニスワフ・レムの「泰平ヨン」シリーズの最後の長編『Pokój na Ziemi』が特に残念だ。

※2:ダーシー卿は一九三一年生まれのはずだが、「The Spell of War」では十八歳で一九三九年の戦争に参加している。その齟齬のせいで翻訳されない?


『魔術師が多すぎる』皆藤幸蔵訳、ハヤカワ文庫、一九七七
『魔術師を探せ!』風見潤訳、ハヤカワ文庫、一九七八
「別冊奇想天外」13号、風見潤訳、奇想天外社、一九八一
『SFミステリ傑作選』風見潤訳、講談社文庫、一九八〇
『SF九つの犯罪』風見潤訳、新潮文庫、一九八一
「ミステリマガジン」600号、尾之上浩司訳、早川書房、二〇〇五
「SF宝石」4号、宮脇孝雄訳、光文社、一九八〇
「SF宝石」11号、風見潤訳、光文社、一九八一


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