読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『緑色の耳』リューベン・ディロフ/スヴェトスラフ・ストラチェフ

Любен Дилов / Светослав Славчев

そうはいっても飛ぶのはやさしい』は、国籍も時代も異なるふたりの作家を一冊にまとめた不思議な書籍でしたが、『緑色の耳』(写真)は、「ブルガリア」「SF作家」という共通点のあるふたりの短編を集めた書籍です。

 スヴェトスラフ・ストラチェフの方は一作だけなので、おまけみたいな扱いですが、ブルガリアのSFをまとめて読めるのは、ほかに創元推理文庫の『東欧SF傑作集』上巻くらいなので、貴重な一冊であることは間違いありません。

 ただ、解説がわずか三頁しかないのが残念です。ブルガリアのSFに関する知識が全くないので、もう少し詳しく説明して欲しかった。
 尤も、訳者はSFの専門家ではないし、恒文社から刊行されているブルガリア文学にはほかにSFがラインナップされていないので、ちょっと毛色の違う本が一冊出版されたという感じなのでしょう。

 ブルガリアのSF作家というと、第二次世界大戦中に在日ブルガリア大使館に勤務していたスヴェトスラフ・ミンコフが有名で、以後、SFは人気があるそうですが、この本に収録されている短編は五十年近く前のものですし、翻訳されたのも二十五年前です(作者はふたりとも、すでに亡くなっている)。
 果たして、現在はどんな感じなのでしょうね。

リューベン・ディロフ
麗しのエレナ」Елена прекрасная(1977)
 二十一世紀のはじめ、ロシア人、日本人、イギリス人の乗組員を乗せた宇宙船が火星の近くを航行中、窓に人影が映ります。基地の指示に従い、船外に出て回収すると、乗り込んできたのは若い女性ヘレナでした。彼女は百年ほど前にフランスで生まれ、異星人に攫われたといいます。
 宇宙船の外に人間がいるというホラーのようなつかみも、それを可能にした理由も、異星人の目的も面白いのですが、いかんせんオチが弱い。そこがクリアできていたら、世界的な傑作になっていたかも知れません。ちなみに、ギリシャ神話のヘレネーは、トロイアの王子に攫われ、トロイア戦争の原因になった絶世の美女です。


二重星」Двойная звезда(1977)
 宇宙航行船に乗って何百年ぶりに太陽系に戻ってきたニルス・ヴェルゴフは、地球に残してきた恋人ジーナに再会します。しかし、ジーナはクローンでした。ニルスは若いジーナを選ぶのか、あるいは長年ともに宇宙を旅したリーダを選ぶのでしょうか。
 ありがちな設定なので、藤子・F・不二雄の「一千年後の再会」のようにSF的な処理をするか、恋愛を主体にするかしか選択肢はなかったのかも知れません。


緑色の耳」Зеленото ухо(1979)
 世界SF作家会議において、バーの同じテーブルについたブルガリア人のディロフ、アメリカ人、日本人、第三世界の人の四人は意気投合し、ディロフの部屋で飲み直すことにします。そこで議論が白熱し、共通のテーマでそれぞれ短編を書くことになります。テーマは「イースター島のモアイの謎」に決まり、毎晩ひとりずつ発表するのです。
 アンソロジーなどでよくみかける競作を、短編のなかでやっています。全員がトール・ヘイエルダールの著作(恐らく『アク・アク』)を読んでおり、日本人は現地にもいったことがあるという設定です。
 しかし、この短編は、三人の話が終わった後、思わぬ方向へ展開します。作中のディロフは、何やらスケールの大きな謎に巻き込まれたようですが、残念ながら真相は明かされません。


スヴェトスラフ・ストラチェフ
呼びかけの声」Гласът, който те вика(1979)

 二級宇宙航行士のフェルンは、連絡の途絶えた同僚ヘリアンを救うため、小さく荒涼とした惑星メデアに降り立ちます。メデアのステーションにはへリアンの声が録音されており、目にみえない「あれ」がものを動かしたり、呼びかけてきたりしたことが分かります。果たして、ヘリアンは精神を病んでいたのでしょうか、それとも「あれ」は存在するのでしょうか。
「フェルン」シリーズの三作目だそうです。今ではなかなかお目にかかれないレトロなSFで、『スタートレック』の一エピソードのようでもあります。懐かしいなあ。

『緑色の耳』松永緑弥訳、恒文社、一九九七

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