Les Contes noirs du golf(1964)Jean Ray
数多あるスポーツのなかでも、ゴルフが特に文学と相性がよいのは、現役でプレイする人数の多さと多様性にあるのではないでしょうか。
ゴルフに取り憑かれた、いわゆる「ゴルきち」たちは、誰の身近にも存在します。彼らを笑いに変えるとP・G・ウッドハウスの「OMシリーズ」になり、狂気を強調するとジャン・レイの『ゴルフ奇譚集』(写真)になるわけです。
『ゴルフ奇譚集』は原題のとおり、ゴルフの暗黒面を描いた短編集です。
ウッドハウスや、『ゴルフ・ドリーム』を買いたジョン・アップダイクらと同じく、レイもゴルフをプレイしたようです(そうでなければ、ゴルフ小説なんか書かないだろう)。
それによって、ゴルフの持つ魔性に気づいたのでしょう。
尤も、腕前はちっとも上達しなかったそうです。
その恨みまでもが作品に練り込まれ、より不気味な仕上がりになっています。
「決勝は七十二ホールで」72 holes... 36… 72
ギルバート・ヘイは、五十五ホールから本領を発揮するゴルファーですが、今年のソーフェルカップは三十六ホールで争われることになります。それを巡って、様々な思惑が交差し、悲劇が生まれます。
事態はとてもややこしくなるのですが、そもそも初日から実力を出せるよう努力すれば解決する問題のような気がします……。
「マブゼの《ゴルフをする人》」"Le Golfeur" de Mabuse
フランドル派の画家ヤン・ゴサール(マブゼ)の『ゴルフをする人』を、ひょんなことから手に入れた男。この絵画は、マブゼのほかの作品の倍の価格で取り引きされます。その理由は……。
ゴルフはオランダで誕生したという説もあるそうです。いつの時代もゴルファーは、勝つためにあらゆる手を尽くしたようです。
「クラブ・ハウスの孤独」Seul dans le Club-House
オールデストメンバーがクラブハウスにひとりでいると、五十年以上前に愛した女性の匂いが漂ってきます。それは、特殊な蛇が発散する匂いで……。
遠い過去の殺人の真相は、永遠の謎になりました。
「ミス・アンドレット・フロジェ」Mlle Andrette Froget
美人ゴルファーのアンドレット・フロジェの夢をみたアンドレは、彼女に求婚しますが、夢のなかのできごとと同様、虎に襲われ命を落とします。
ゴルフと虎の関係がよく分かりません。まあ、幻想文学とはこういうもの、といわれればそれまでですが……。
「影響」Influence
一流のプレイヤーであるハリー・スティーヴンは、下手糞なボブ・バツォーとラウンドすると、下手になり、逆にバツォーは上手くなります。どうやらゴルフの能力が入れ替わってしまうようです。
博士が登場して、よく分からない説を唱えますが、この短編の面白さは書かれていない未来にあります。妻までバツォーに奪われてしまうのか、それとも運転が下手なバツォーが自滅するのか。
「夜鷹のボール(ザ・ナイトジャー・ボール)」La Balle de l'engoulevent
初心者のサマーリーは、なぜか次々に実力者を破ってゆきます。調査を依頼されたロイ・クレインは、サマーリーが使用しているボールに目をつけます。
十六世紀から使われていた呪いのボールの正体にはゾッとさせられます。
「木の兵隊の行進」La Parade des soldats de bois
ジョー・バンクスはゴルフのルールを知り尽くしていますが、腕前は最低です。ジェシーという美女のハートを射止めるためにはゴルフが上手になる必要があります。
冒頭に、ウッドハウスの言葉が引用されているのは、これが恋物語だからでしょうか。しかし、ウッドハウスの短編とは似ても似つかないブラックなオチが待っています。
「ミジェット大佐のハザード」Les Hazards du colonel Midgett
ミジェット大佐は、酒飲みのホラ吹きです。インドで、虎や毒蛇に囲まれてプレイしたという話を披露しますが……。
女嫌いで、酔っ払って、ホラを吹いて、下手なゴルフをやって死んでゆけるとは何という幸せ者でしょうか。
「スウィング」Le Swing
エリー・グラントのスウィングは模範的ではないものの、素晴らしい結果を齎します。恋敵でもある彼の秘密をみつけようと観察したジャック・ホーラーは、驚くべき事実を発見します。
レイらしく、とんでもないものを特異なスウィングに結びつけます。これはローラン・トポールに挿絵を描いてほしかったなあ。
「ゴルフ・リンクスの殺人者」La Bête des links
セブンヒルズゴルフクラブで女性のメンバーばかりが殺されるという事件が起こります。その殺人鬼は、ホワイトサンズゴルフクラブにも現れます。
ミステリーにもかかわらず、犯人も、動機も明らかにされないというユニークな短編です。
「帰ってきたゴルファー(亡霊の棲むグリーン)」Les Links hantés
あるゴルフクラブに亡霊が出るという噂があり、無能な記者のスティーヴ・レタービーが取材に向かいますが……。
どうやら、あの世にはゴルフがないようです。霊の目的は静かにゴルフをすることなのに、人間たちは大騒ぎをします。霊との棲み分けは難しいですね。
「大熊座」La Grande Ourse
車が故障したせいで、見知らぬ街をうろつくことになったホィーラーは、古びたゴルフ用品店をみつけます。そこで年代物のドライバーを購入し、クラブの老人にみせたところ、それは六十年以上前、あるゴルファーが対戦相手を撲殺するのに使ったドライバーであることが判明します。
現れたり消えたりする店という、よくある怪奇譚です。それを相対性理論や四次元で解こうとするのは完全な蛇足です。
「《白鷲》の幸運」La Chance des Aigles blancs
破産の危機にあるゴルフクラブ「白鷲」。秘書のリッターが悩んでいると、二十五年前にキャディをしていた女性が現れ、縛り首のロープをくれます。
縛り首のロープは幸運を齎すアイテムで、ゴルフクラブは財政危機を乗り越えるという幸せな話にもかかわらず、不気味な後味を残すのがさすがです。
「オールデスト・メンバー」Le Plus ancien membre
クラブの創設者でもなく、多額の寄付をしたわけではないジープスにとって、最長老会員(OM)を目指すことは唯一残された名誉でした。
しかし、動脈硬化症を患うジープスがOMになるには、自分より年上で元気な男を何とかする必要がありました。果たして、神の天秤は、罪と名誉のどちらに傾くのでしょうか。
「EG−一四〇五号」EG-1405
古代エジプトの遺跡から、女性のミイラとドライバーが発見されます。金属部分にはオリハルコンが使用されており、それを使用したゴルファーは行方不明になってしまいます。
ゴルフが紀元前十四世紀からプレイされていたこと、オリハルコンの存在、ミイラの包帯がプラスチックだった、復活した美女といった謎を詰め込みすぎた感じがします。どれかひとつに絞った方がよかったのではないでしょうか。
「盗まれるボール」La Balle volée
早朝、キャディを連れずひとりでプレイしていた男が、謎の死を遂げます。彼は怒りの表情を浮かべたまま死んでいました。
真相が後出しなのが残念です。構成を工夫すれば、もっと面白くなった気がします。
「マドローナの森(私はすべてを語ろう……)」La Forêt de madrones
カリフォルニアにあるゴルフクラブが三十マイル東に移転したそうです。その理由は……。
擬態には、ベッカム型擬態というのがあり、これは捕食者が無害なものに擬態し、獲物を狩ることを指します。ゴルフクラブが移動したのも、無害なマドローナに擬態した何者かの仕業かも知れません。
「ヘカテ(冥府の女王)」Hécate
マレーにあるバジラ島でゴム園を経営するためやってきたジム・ギャラハーは、そこで往年の名選手スチュアート・バーンステイプルに出会います。ふたりは島にゴルフクラブを作りますが、バーンステイプルはあるホールに「ヘカテ」という名前をつけます。
それにしても、よくもまあ、ゴルフと呪いを題材にした短編をこれだけ沢山書けるものだと感心してしまいます。この本を読んでいると、ゴルフは魔術から派生したスポーツだと本気で思えてくるから不思議です。
「ラム小父さん(ジーン・クレイバー事件)」M. Ram
ジーン・クレイバーは、恋敵に似ている息子ヒューを虐げています。けれど、少年にはラム小父さんという姿のみえない味方がいます。
これもゴルフがエジプトで生まれたという説を取っています。その時点で、残酷な展開になるのは目にみえています。
「最期(アンハッピー・エンド)」La Fin
ハリー・メイヤーは、かつての名選手であるアラン・ロバートソンの再来といわれていました。が、間もなく、ロバートソンが死んだ年齢を迎え、同じ病気を患っていることがメイヤーの神経を蝕みます。
「ゴルファーの大部分は、結局は呪いにとり憑かれてしまうのだ」という言葉どおり、呪いは綿々と続いてゆきます。
「七番ホール」Le Septième trou
OMのカーターモールは、いつも四ホール程度プレイをします。しかし、七番ホールの隣に引っ越してきた嫌な男に名誉を怪我され、復讐に燃えます。
スカッとする仕返しではなく、レイならではの残忍な復讐が遂げられます。
「謎の女」Qui ?
最終日、トップを走るスタージェスは突如、スコアを崩します。それどころか、ほぼ即死状態で倒れたのです。
グリーンでは様々な不可解な現象が起こりますが、最も危険なのは人影を目にすることです。その正体はというと……。
「ホール・イン・ワン」La Belle partie
ロック・ベローズは三連続ホールインワンの快挙を成し遂げますが……。
三回続けてのホールインワンは奇跡ではなく、最早、狂気です。
「黄金のドライバー」Le Driver doré
四番ホールのスタート地点で謎の死を遂げたパック。彼の近くには、試合では使用できないドライバーが落ちていました。
不可能犯罪の謎をキャディの少年が解き明かします。ミステリーとしては荒唐無稽ですが、パックの死が小さなゴルフクラブに富を齎すところは面白い。
「ロッカー・ルーム(ある気難しい観察家の回想)」Le Vestiaire
レストランや劇場のクロークは、すぐに空っぽになりますが、ゴルフクラブのロッカールームはゴルファーたちの置き土産でごった返しています。そして、それがクラブの歴史になってゆきます。
打って変わって、ユーモラスなエッセイのような短編です。男性のロッカールームは死体を隠すのにもってこいの場所だそうですが、女性のロッカールームはというと……。
「DIPクラブの秘密」Le Mystère du Dip-Club
大金持ちの地主がゴルフクラブを創設し、ゴルファーやバーマンを集めます。しかし、彼らは次々に自殺し、残されたハーディングが地主に呼ばれます。
時間をかけて復讐をしてゆく話ですが、真相は特に意外ではないので、ひと捻り欲しかったですね。
『ゴルフ奇譚集』秋山和夫訳、白水社、 一九八五
→ 「名探偵ハリー・ディクソン」ジャン・レイ
→『新カンタベリー物語』ジャン・レイ
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