読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『詳注版 月世界旅行』ジュール・ヴェルヌ、ウォルター・ジェイムズ・ミラー

The Annotated Jules Verne: From the Earth to the Moon(1978)Jules Verne, Walter James Miller

 SFの父ジュール・ヴェルヌの「大砲クラブ」三部作(※1)は、以下の作品から成っています。
1 『De la Terre à la Lune』(1865)
2 『Autour de la Lune』(1870)
3 『Sans dessus dessous』(1889)

 邦題はそれぞれ複数存在しますが、僕が持っている本は以下のとおりなので、これに沿った名前で呼びたいと思います。
1 『詳注版 月世界旅行高山宏訳、ちくま文庫写真
2 『月世界へ行く』江口清訳、創元推理文庫写真
3 『地軸変更計画』榊原晃三訳、創元SF文庫写真)(※2)

 月の二部作(※3)は、フランスでも日本でも合わせて一冊になるケースがあります。また、児童向けの図書では内容を混ぜてしまうこともあります。
 さらに二〇一七年には、世界で初めて三部作を一冊にした『地球から月へ 月を回って 上も下もなく』という書籍が日本で刊行されました。

月世界旅行』は、邦題が同じなのに、内容は異なることがある点が非常にややこしい。例えば、『詳註版 月世界旅行』は中身が『地球から月へ』ですが、角川文庫の『月世界旅行』の中身は『月世界へ行く』です。

 それどころか、H・G・ウェルズの『月世界最初の人間』The First Men in the Moon(1901)や、ヴェルヌが敬愛するエドガー・アラン・ポーの「ハンス・プファールの無類の冒険」The Unparalleled Adventure of One Hans Pfaall(1835)までもが『月世界旅行』という邦題でも出版されており、さらに混乱させられます(ウェルズは「反重力物質」というアイディアを用いており、ポーは気球に乗って月へゆく)。

 ヴェルヌの小説の邦題に初めて『月世界旅行』が用いられたのは一八八〇年(明治十三年)、井上勤によってでした。他方、ウェルズの作品に『月世界旅行』の邦題がついているのは角川文庫のみで一九六七年刊行、ポーの『月世界旅行』は小峰書店の「少年少女のための世界文学選」のみで一九五一年刊行ですから、『月世界旅行』といったらヴェルヌの作品を指すといい切ってしまってもよいでしょう(ジョルジュ・メリエス監督の映画『月世界旅行』は一応ヴェルヌの小説が原作)。

 さて、ここからが本題です。
『詳注版 月世界旅行』は、ヴェルヌの小説の英訳に、アメリカ人の評論家であるウォルター・ジェイムズ・ミラーが詳細な注を加えたものです(※4)。
 日本では一九八一年に東京図書より刊行され、その後、ちくま文庫に入りました。

 なぜ、この本を取り上げるかというと、小説は勿論傑作ですが、それに加えミラーの注釈が一冊の解説書といえるくらいの質と量を誇っているからです(※5)。
 これはもう単なる『月世界旅行』ではありません。したがって、普通の『月世界旅行』と区別するためにも、「詳注版」という文字を頭に置いた『詳注版 月世界旅行』と記載します。
 やや残念なのは、原書が一九七〇年代に発行されたため、最新の科学技術に基づく解説ではない点ですが、こればかりは文句をいっても仕方ありません。

 なお、『月世界旅行』と『月世界へ行く』では、後者の方が圧倒的に多く翻訳されてきました(すべての邦訳を調べたわけではないので確実ではない)。
 なぜなら『月世界旅行』は、科学的な説明に多くの枚数を費やしているからです。それは単純な冒険譚を楽しみたい読者を戸惑わせるに十分な量で、ときには登場人物が全く登場しない章が続くこともあります。そのため、冒険小説としての評価は『月世界へ行く』の方が高いといえます(『月世界へ行く』もかなり異色だが……。詳しくは後述)。
 一方、現代の読者に向けて詳しい解説が必要なのは『月世界旅行』の方であり、だからこそこのような本が刊行されたのでしょう(※6)。

 月旅行に関してのフィクションとしては、シラノ・ド・ベルジュラックの『別世界又は月世界諸国諸帝国』(1657)(※7)や、『ほらふき男爵の冒険』(1786)が有名ですが、ヴェルヌの作品はそれより時代が進んだ分、より科学的になっています(シラノは露を集めたガラス瓶を用いて宙に浮かんだりする。要するに、雲になるわけだ! ミュンヒハウゼン男爵の方は、一回目はトルコ豆の蔦をよじ登り、二回目は帆船が風に飛ばされて月に辿り着く)。
 とはいえ、現代の科学とは異なる部分もあり、その差を楽しむのが『詳注版 月世界旅行』の目的のひとつです。

 南北戦争中のボルチモアで結成された大砲クラブですが、戦争終結後、やることがなくなってしまいます。会長のインピー・バービケインは、大砲に関する技術を平和利用するため、大砲による月旅行を計画します。
 大砲クラブの面々は、砲弾の大きさ、大砲の種類と長さ、火薬の量、打ち上げ場所、資金の調達法などを議論し、製作に取り掛かります。その後も、大掛かりな工事、ライバルであるニコル大尉との確執などを経、後は発射するだけとなったとき、ミッシェル・アルダンと名乗るフランス人から電報が届きます。そこには「砲弾に乗せろ」と書かれていました。
 かくして、大砲を月へ送る計画は、月への有人飛行へと変わってゆくのです。

 ミラーの解説は、科学に留まらず、ヴェルヌの生涯と関連人物、当時の政治、社会、文化、風俗にまで及んでいます。
 また、詳注版というだけあって、個々の解説は詳しくボリュームもあるため、一冊で二冊分楽しめるといった感じです。

 解説は、大きく以下のように分類できます。
1 読者が知らないであろう知識を補う。
2 ヴェルヌの文学的技巧を解説する。
3 十九世紀の科学では解明できなかった点、つまりヴェルヌの誤りを正す。
4 ヴェルヌの先見性、予測性を褒め称える。

 ボリューム的にはどうしても「3」が多くなってしまいます。当時の科学の限界もありますし、ヴェルヌの単純ミスもありますが、物語の進行上、わざと間違えている部分も多いことが分かります。
 よく考えると、SF小説とは、正しい知識だけでは実現不可能なことを、尤もらしい嘘で補うものです。それは現代の作品にも当て嵌まるでしょう。

 なお、ヴェルヌは、読者を物語に引き込むために次のような手を用いました。
「まず、近い未来のことを予言し、的中させる」→「それを知った読者はヴェルヌを信用するようになる」→「その後、遠い未来の予言をするので、読者はそれも的中すると考える」
 注目され話題になることが前提の人気作家ならではのテクニックです。

 しかし、それよりも、驚くのはヴェルヌの予見力です。
 地球から月までの時間の正確な算出、綿火薬(ニトロセルロース)や電気照明の普及、着陸時の逆噴射や着水のアイディア、フロリダでのロケット打ち上げなどなど、作中には現代では当たり前になったことが数多く含まれています。
 それらの発想の種を撒いたのはヴェルヌであると公言する科学者もいて、もしかすると彼らは少年時代に夢中になったヴェルヌの空想を、大人になって実現したのかも知れません〔『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のエメット・ブラウンも(ドク)もヴェルヌから多大な影響を受けたと語っている〕。

 その一方で、科学以外の分野では無邪気な予測もしています。
 最も注目すべきは、南北戦争後すぐに白人と黒人が平等に暮らすようになった社会を描いていることです。
 南北戦争によって米国の奴隷制は廃止されましたが、人種差別がそう簡単になくなるわけもなく、今なお多くの問題が生じているのは周知の事実です。

 ただし、これは見通しの甘さというよりも、ヴェルヌの人間性を示す、よい材料だと思います。
 ヴェルヌは、科学の平和利用、人間と自然の共存、科学が宗教の役割を担うようになること、奴隷制反対などを唱えており、作中の人物も「一人の黒人奴隷を自由にするために、自ら進んで奴隷に身を落としたであろう」と描写されるほどです。
 ヴェルヌの人気が二十一世紀になっても衰えないのは、物語の面白さは勿論、現代にも通じるバランス感覚の優れた思考を備えていたからではないでしょうか。

 なお、続編の『月世界へ行く』は、月へ向かった大砲クラブの三人(バービケイン、アルダン、ニコル)が軌道を逸れ、月の衛星になりそうなところ、逆噴射して地球に戻ってくるという話です。
 狭い砲弾のなかで男三人が議論する場面がほとんどを占めるという冒険小説としては非常に珍しい作品ながら、きちんと読ませるところはさすがヴェルヌです。

「大砲クラブ」シリーズ第三弾の『地軸変更計画』は、月旅行から二十数年後の物語です。まだ人類が到達していない北極の土地が競売に掛けられます。落札したのは「北極実用化協会」という団体でしたが、その実体は大砲クラブでした。
 彼らは、北極に眠る石炭を採取するため、公転軸に対して二十三度傾いている地球の地軸を直し、氷を溶かそうと考えます。月旅行以上に荒唐無稽な計画ですが、その方法や結果は読んでのお楽しみです。
 月へいった三人の男に代わって主役を務めるのは計算の天才である書記のJ・T・マストンです。また、ライバルのフランス人の鉱山技師アルシッド・ピエルドゥーもいい味を出しています。
 女性がほとんど登場しないヴェルヌの小説にしては珍しく、スコービットという未亡人が活躍するのも読みどころです(ある意味、彼女が地球の救世主である)。

 というわけですから、ぜひ三冊続けて読んでください。

※1:もっと広い目でみると三作とも「驚異の旅(Voyages extraordinaires)」シリーズに分類される。

※2:ジャストシステムの『地軸変更計画』には、息子のミシェルと共作した「西暦二八八九年・アメリカの新聞王の一日」が収録されているが、創元SF文庫版では割愛されている。

※3:月へゆく話は、なぜか二部や三部構成になっていることが多い。世界初のSFを書いたといわれるルキアノスにも月へゆく話がふたつあるし(「本当の話」「イカロメニッポス」)、エドガー・ライス・バローズの「月シリーズ」は『月の地底王国』『月人の地球征服』『レッド・ホーク』の三部(邦訳は二冊)だし、ヒュー・ロフティングの「ドリトル先生」も『月からの使い』『月へゆく』『月から帰る』の三部だし、エルジェの「タンタン」も『めざすは月』『月世界探検』の二部である。

※4:ミラーはその前に『海底二万哩』の詳注版も刊行しているが、邦訳はない。

※5:詳注版には、ほかにも『詳注版シャーロック・ホームズ全集』『詳注アリス』『詳注版カラマーゾフの兄弟』などがある。ウラジーミル・ナボコフは、アレクサンドル・プーシキンの『エヴゲーニイ・オネーギン』の英訳に膨大な注釈を加えたが、余りにボリュームがありすぎて邦訳は期待できない。
 なお、特に詳注版を謳ってはいないが、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』の集英社版(高松雄一丸谷才一、永川玲二訳)には何百頁にも及ぶ注釈が加えられている。一方、河出書房新社柳瀬尚紀訳)のものは一切注釈がない。

※6:本当のことをいうと、『月世界へ行く』も科学的な解説がないと理解がしにくい。『詳注版 月世界旅行』では一部、先取り解説をしてくれているので、必読である。

※7:こちらは『月世界旅行』というタイトルでも出版されている(弘文堂書房)。


『詳注版 月世界旅行高山宏訳、ちくま文庫、一九九九

→『氷のスフィンクスジュール・ヴェルヌ

月へゆく
→『ミュンヒハウゼン男爵の科学的冒険ヒューゴー・ガーンズバック
→『ストーリーナンバー』ウージェーヌ・イヨネスコ