Conte numéro: Pour enfants de moins de trois ans(1969, 1970, 1971, 1976)Eugène Ionesco
ウージェーヌ・イヨネスコは過去に、小説(『孤独な男』)と戯曲(『授業/犀』)を取り上げたので、今回は絵本を紹介します。
『ストーリーナンバー』(写真)は「三歳未満の子どものために」と副題のついた絵本で、一九六九年から一九七六年までに四冊が刊行されました。原書にはただ番号がついているだけですが、日本版は各巻に「ジョゼットなんちゃら」というタイトルがつけられています。
なお、日本版は英語版からの重訳のようです(下記参照)。そのせいで、シリーズタイトルが「コントヌメロ」ではなく、「ストーリーナンバー」と英語になったのかも知れません。
主人公のジョゼットは、イヨネスコの娘マリー=フランスがモデルです(パパは当然、イヨネスコ自身)。というか、マリー=フランスが小さいときに考えたお話を元にしているらしい。
「禿の女歌手」や「犀」といった不条理演劇で知られるイヨネスコの娘だけあって、素晴らしい想像力です。
訳者の谷川俊太郎は、佐野洋子との対談で、以下のように語っています(『ほんとのこと言えば? 佐野洋子対談集』より)。
僕は絵本の翻訳をずいぶんやっているんだけど、自分からやりたいって売り込んだものは皆無なんですよね。(中略)
その中で唯一イヨネスコの『ストーリーナンバー1』っていう、あれを最初英語で見たときに、「これはやりたい」と思ったんですよね。それでどこかの本屋さんに言ったら、その本屋さんは結局出せなかったんだけど、本当に偶然、その版権を取った角川書店が僕にやらないかって言ってきてくれて。
また、本の帯にも「この絵本だけは人手に渡さず、自分で訳したかった。十年来のその望みがかなって、私もイヨネスコ氏の共犯者になることができました」とあります。相当、思い入れのある絵本であることが分かりますね。
イヨネスコは画家でもあり、翻訳されているものでは『発見』(写真)に彼の絵が沢山掲載されていますが、『ストーリーナンバー』の挿絵は、最初の二冊をエチエンヌ・ドゥレセールが担当しました。
ドゥレセールは、イヨネスコの不条理な世界を、幻想的なタッチで表現しています。暖かくて、どこか不気味なイラストは、単独でも様々な想像ができるほど質が高い。
しかし、なぜかその後、イラストレーターが変わり、3はフィリップ・コランタン、4はニコル・クラヴルーになっています。
画家が違っても、イメージを踏襲することにしたのでしょう。例えば、クラヴルーは、ピーター・マックスやハインツ・エーデルマンの流れを汲むサイケデリックなグラフィックを得意とするイラストレーターなので、ポップな表現と落ち着いた色使いが混在し、不思議な魅力が生じています。
前述の対談で谷川は『ストーリーナンバー』について、「意外にあれはやっぱり売れていないんだよね」(「意外」なのか「やっぱり」なのか分からない。リライトが下手すぎ)とも語っており、そのせいか品薄で、古書価格が高騰しています。『ピーター=・マックスの童話』なんかもそうですが、アート系の絵本は価格が高いため余り売れず、絶版になってから高値で取引きされることがよくあります。
もしかしたら、『ストーリーナンバー』の場合、イヨネスコや画家のファンというより、谷川ファンが探しているのかも知れません。
なお、このシリーズは元々カバーがついておらず、本体に直接、帯が巻かれています。古書店でみつけたとき、カバーなしの裸本だと思って購入を控えないようご注意ください(※)。
さて、各巻について、簡単なあらすじと感想を書きます。
『ストーリーナンバー1 ジョゼットねむたいパパにおはなしをせがむ』(1969)
ジョゼットは二歳半の少女。前夜、芝居やレストランに出かけたため寝坊しているパパとママの寝室に、ジョゼットがやってきて、お話をせがみます。まだ眠気の残るパパが話してくれたのは……。
子どもは単純な繰り返しが好きなせいか、前半は言葉の羅列と繰り返しによって成り立っています。
さらに、パパのお話に登場するのは、全員ジャクリーヌという名前です。お話といっても、物語があるわけでなく、ひたすらジャクリーヌという名前が連呼されます。
いってみれば、ただそれだけなんですが、イヨネスコは戯曲と同様、言葉を崩壊させ、悪夢のような世界を作り出します。
普通の人なら頭がおかしくなりそうですけれど、ジョゼットは十分楽しんでいますし、メイドのジャクリーヌは自分の名前が適当に使われて腹を立てているのがおかしい。
なお、本文には登場しない「犀」をドゥレセールは象徴的に描いています。
『ストーリーナンバー2 ジョゼットかべをあけてみみであるく』(1970)
1とは反対に、芝居にもレストランにもいかなかったパパとママ。パパの仕事部屋にやってきたジョゼットは、ものの本当の名前を教わります。
電話はチーズ、チーズはオルゴールといった具合に、名詞が大移動します。
最後には、「絵は、絵じゃなくて絵だ」というパパと、「いいえ。絵は、絵ではなくて絵です」というジャクリーヌの間で大論争が起こるのです。頭がこんがらがると思いきや、賢いジョゼットはしっかり対応し、冷静に判断します。
その間、花のようなママは、花のようなドレスやバッグを持って、花を摘みに出かけていました。何のこっちゃ。
『ストーリーナンバー3 ジョゼットパパとつきをつまみぐいする』(1971)
ジョゼットとパパは、飛行機に乗って月や太陽へ旅をします。
三作目にして、夢とはいえ、ようやく冒険に出ます。
しかし、登場人物ではなく言葉に冒険をさせるイヨネスコらしくない、ごく普通の「不条理な夢」なのが少々不満。
色々な人が同じ科白を繰り返すといった仕掛けは多少あるものの、総じて平凡な出来です。
『ストーリーナンバー4 ジョゼットおなべのなかにパパをさがす』(1976)
パパがお風呂に入っていると、ジョゼットがやってきて、ドアを開けてといいます。髭を剃ったり、体を洗ったりしたいパパは、「パパはお風呂場にはいないから、家のなかを探してごらん」といいます。
パパに騙されて、家中を探しまくるジョゼットが可愛い。
この話のジョゼットはいかにも二歳児らしい無邪気さなので、あるいはイヨネスコが実際に体験したことなのかも知れません。
とはいえ、四巻では言葉遊びどころか、奇想もなくなり、単なる微笑ましいお話になってしまいました。イヨネスコに期待するのは、これではないんですけどね。
絵本にもかかわらず、おっさんの陰毛とペニスがはっきりと描かれている点は吃驚です。
※:古く、稀少なシリーズの場合、多少安いからという理由で、バラ売りしているものを買うのはお勧めしない。すべて揃うまでは読めないが、残りの本をみつけるのは容易ではないからである。また、後でセット売りを発見して購入すると、結局高くつくし、ダブリも出てしまう。ぐっと我慢して、セットと出合える日を待つべきだろう。
『ストーリーナンバー〈1〉ジョゼットねむたいパパにおはなしをせがむ』谷川俊太郎訳、角川書店、一九七九
『ストーリーナンバー〈2〉ジョゼットかべをあけてみみであるく』谷川俊太郎訳、角川書店、一九七九
『ストーリーナンバー〈3〉ジョゼットパパとつきをつまみぐいする』谷川俊太郎訳、角川書店、一九七九
『ストーリーナンバー〈4〉ジョゼットおなべのなかにパパをさがす』谷川俊太郎訳、角川書店、一九七九
→『孤独な男』ウージェーヌ・イヨネスコ
→『授業/犀』ウージェーヌ・イヨネスコ
月へゆく
→『ミュンヒハウゼン男爵の科学的冒険』ヒューゴー・ガーンズバック
→『詳注版 月世界旅行』ジュール・ヴェルヌ、ウォルター・ジェイムズ・ミラー
→『月は地獄だ!』ジョン・W・キャンベル
→『小鼠 月世界を征服』レナード・ウィバーリー
→『月で発見された遺書』ハーマン・ウォーク
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