The Covered Wagon(1922)Emerson Hough
『幌馬車』という邦題がつけられた西部劇は、二種類あります。
ひとつは一九二三年に公開されたジェイムズ・クルーズ監督のサイレント映画で、もうひとつが一九五〇年に公開されたジョン・フォード監督の作品です。
両者は原題が異なります。
前者は『The Covered Wagon』なので、そのまま「幌馬車」と訳されて然るべきですが、後者は『Wagon Master』と「幌馬車隊を護衛する者」という意味になります。
なお、一九二九年には『The Wagon Master』と題された映画が作られています(邦題は『高原の凱歌』)。
フォードが『The Covered Wagon』を避け、『Wagon Master』としたのは当然です。なぜなら、クルーズの『幌馬車』は、西部劇の歴史を変えたといわれるほど有名な作品だからです(※)。
『幌馬車』は翌一九二四年に日本でも公開され、第一回キネマ旬報ベストテンの娯楽部門の一位に輝いています。
ちなみに、フォードは一九二四年に公開された『アイアン・フォース』の成功で、一流監督の仲間入りを果たしました。この映画は、『幌馬車』のヒットに刺激された20世紀フォックスが急いで制作したものです。『幌馬車』は巨匠の誕生にも一役買っているわけです。
その原作がエマーソン・ホッフの『幌馬車』(写真)です。
ホッフは歴史小説を多く執筆し、『The Mississippi Bubble』などベストセラーとなった作品もありますが、邦訳されたのは『幌馬車』のみなのが残念でなりません。
一八四八年に準州となったオレゴンへ移住しようとする人々がミズーリ河畔に集まっています。彼らは二千人からなる幌馬車隊を組織し、オレゴントレイルを通って二千マイルの旅に出ようというのです。
指揮官であるジェシー・ウィンゲートは、雑多な人々をまとめようとしますが、出身や経歴や意見の違いが邪魔をして上手くゆきません。特に、サム・ウッドハルと、ミズーリ隊を率いるウィリアム・バニヨンはジェシーの娘モリー(※2)をめぐるライバル関係にあり、彼らの対立が幌馬車隊を分裂に導きます。
水嵩を増した川越え、インディアンの襲撃、野火、バイソン狩り、底なし沼など様々な苦難が彼らに襲いかかり、旅は厳しさを増してゆきます。さらに、カリフォルニアで金が採掘されたという情報が齎されると……。
『幌馬車』はカルフォルニアのゴールドラッシュ前夜を描いた物語です。
実在する開拓者キット・カーソンが登場し、カルフォルニアで金がみつかったと伝えるのは幌馬車隊が出発した後のことでした。
その情報を得た人々は、このままオレゴンへゆくか、それともカルフォルニアに行き先を変更するか悩むことになります。オレゴンへゆけば無料で土地をもらえますが、カルフォルニアで金を採掘すればわずか一日で一年分の収入を得ることも可能なのです。
翌年になればフォーティーナイナーズと呼ばれる金の探求者が世界中から集まってくるため、幌馬車隊のなかにも一攫千金を狙いカリフォルニアへ向かう者も出てきますが、必ずしも成功するとは限らず、そもそもどちらにも辿り着けず死んでしまう者すら少なくないのです。
ジェシーら開拓者は、金に踊らされることなく、オレゴンを選択します。
大地に根を張って生きてゆく覚悟をした者たちの力強さは、その旅路が辛く苦しいものだっただけに、感慨も一入です。この開拓者精神と土地への執着は、よくも悪くも西部小説ならではの味わいといえるでしょう。
ただし、『幌馬車』は、歴史小説でもなければ、ジョン・スタインベックの『怒りの葡萄』のような文芸作品でもなく、飽くまでエンターテインメント小説です。
そのため、物語のもうひとつの軸である、モリーを巡るバニヨンとウッドハルの対立こそが読みどころともいえます。
ウッドハルはバニヨンに敵わないため、彼を憎悪し、一方、過去の過ちから誤解を受けているバニヨンは、旅を通じて少しずつ信頼を取り戻し、ついにモリーの愛も得ます。
そして、ラストではふたりの決闘が待っているのです。
なお、映画は原作に忠実に作られています。
ちょうど百年前のサイレントですが、無数の幌馬車、馬、牛が河を渡るシーンや、峡谷でインディアンに襲撃されるシーンなどは今みても迫力があります。こちらも、ぜひ。
※1:日本でも、全く内容の異なる映画に『七人の侍』というタイトルをつけないだろう。フォードの『Wagon Master』に『幌馬車』という邦題をつけた人は、クルーズの『幌馬車』を知らなかったのだろうか。
※2:ジェシーの妻の名もモリーなのがややこしい。特に意味はないんだから、別の名前にすればよいのに。
『幌馬車』有高扶桑訳、新鋭社、一九五七
ウエスタン小説
→『ループ・ガルー・キッドの逆襲』イシュメール・リード
→『ビリー・ザ・キッド全仕事』マイケル・オンダーチェ
→『勇気ある追跡』チャールズ・ポーティス
→『砂塵の町』マックス・ブランド
→『大平原』アーネスト・ヘイコックス
→『黄金の谷』ジャック・シェーファー
→『西部の小説』
→『六番目の男』フランク・グルーバー
→『ホンドー』ルイス・ラムーア
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