読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ジョニー・パニックと夢の聖書』シルヴィア・プラス

Johnny Panic and the Bible of Dreams(1977)Sylvia Plath

「鉄は熱いうちに打て」ということで、前回の『ベル・ジャー』に引き続き、シルヴィア・プラスを取り上げます。
 僕は詩が全く分からないので、短編集を選びました。

 新しく発見された「メアリ・ヴェントゥーラと第九王国」を含む短編集が、二〇二二年五月に発売されましたが、当然そちらは新刊で入手可なので、『ジョニー・パニックと夢の聖書』(写真)を取り上げることにします。
 収録されている十二編のうち、『メアリ・ヴェントゥーラと第九王国』で読めるのは五編のみですから、プラスを好きになった方は、この本も入手されることをお勧めします。

 彼女の短編やエッセイの多くは、何かに縛りつけられている女性が、それから逃れようともがく様が表現されているように感じます。
『ベル・ジャー』同様、作者の体験や心境を抜きにしては読めないタイプの作品です。

 なお、原書は四部構成で、日本版は第一部(Part I: The More Successful Short Stories and Prose Pieces)のみの翻訳となります。

ジョニー・パニックと夢の聖書」Johnny Panic and the Bible of Dreams(1958)
 成人精神治療科の書記補として人々の夢を記録している「私」。あるとき、同僚が帰宅した後、事務所に忍び込み、古い記録簿を写すことにします。
 ここに記載された夢は、プラスのみたものなのでしょうか。他人の夢の話ほど詰まらないものはありませんが、一流の詩人だけあって鮮烈なイメージとそれを表現する言葉が素晴らしい。精神科で治療を受けていたときの彼女の恐怖の源が少し分かるような気がします。

アメリカ! アメリカ!」America! America!(1963)
 米国の教育に関する短いエッセイです。プラスの毒の刃は、ここでも鋭い。

プレスコットさんがなくなった日」The Day Mr. Prescott Died(1956)
 嫌われ者のプレスコット爺さんが亡くなります。ママと一緒に葬式にいった「私」は、どうしても悲しむことができません。
 亡くなった老人の息子の「死んだ親父が体のなかに入り込んでいる」という科白を聞き、救われた気持ちになる主人公に危うさを感じます。

お願い箱」The Wishing Box(1956)
 細部まではっきりとしていて楽しい夢を頻繁にみる夫のハロルドに対し、妻のアグネスは退屈な夢をたまにしかみません。けれど、少女時代には彼女も想像力豊かな夢をみていたのです。
 この短編も夢がテーマです。いつの日か、夢の内容どころか、夢をみられないことにもプレッシャーを感じるようになった女性の苦悩を描いています。

ある比較」 A Comparison(1962)
 詩と小説を比較した短文です。プラスが、どう書き分けていたかを知る上で貴重な文章です。

十五ドルの鷲」The Fifteen-Dollar Eagle(1959)
 ボーイフレンドに頼んで、彫師のカーミイの仕事をみせてもらう「わたし」。様々な客が、様々な理由でタトゥーを入れますが、カーミイの妻は真っ白な肌をしているといいます。
「わたし」にとって刺青の世界は、怪しく危険な匂いがしました。しかし、そこに凡そ似つかわしくない妻の登場によって、急に現実に引き戻されます。

花通りの娘たち」The Daughters of Blossom Street(1959)
「花通り」とは病院での隠語で、死ぬことです。病院に勤める「わたし」は、様々な死に直面します。
 生者と死者の境が曖昧なプラスならではの世界です。長く生きることより、意味のある人生を求めているように思えます。

関連」‘Context’(1962)
 放射能の遺伝的影響や戦闘国家という社会問題が、詩作に影響を及ぼすのか、また、生命が脅かされているとき、詩は人々の心に届くのかといったことを述べたエッセイです。

五十九番目の熊」The Fifty-Ninth Bear(1959)
 森にキャンプにやってきたノートンとサディの夫妻。熊を何匹みつけるか賭けをし、サディは五十九匹に賭けます。
 神経質な妻に気を使う夫という関係には緊張感が漲っています。ノートンは、サディが賭けに勝つことを望んでいるので、この結末には満足したかも知れません。

母親たち」Mothers(1962)
 デヴォンに引っ越してきたエスターは、隣人に誘われて教会の母親協会に参加します。しかし、一緒に出掛けた婦人が離婚していることを理由に参加を誘われなかったことに腹を立てます。
 この短編が書かれた頃、プラスはテッド・ヒューズと別居していました。そのことと、教会に対する不信感が創作の源だったのでしょう。

大西洋1212-W」Ocean 1212-W(1962)
 生まれ育った大西洋の海辺を中心に、姿を消していた母が弟を生んで戻ってきたこと、祖父母や父の思い出、襲ってきたハリケーンなどを語っています。詩のような散文です。

大雪襲来」Snow Blitz(1963)
 ロンドンに珍しく大雪が降った日、おむつや薬の買い出し、雪かき、水漏れの修理、不動産屋とのトラブル、停電、流感などで大忙しです。
 プラスの遺作といわれています。ほかの作品とは打って変わって、ユーモラスな筆致です(シャーリイ・ジャクスンの『野蛮人との生活』みたい)。子どもが大きくなったときのことが最後の最後に書かれていて、涙を誘います……。

 なお、原書の第二部以降の収録作品を以下にあげておきます。
「みなこの世にない人たち」は『メアリ・ヴェントゥーラと第九王国』に収録されています。

Part II: Other stories
「Initiation」(1952)
「Sunday at the Mintons」(1952)
「Superman and Paula Brown’s New Snowsuit」(1955)
「In the Mountains」(1954)
「みなこの世にない人たち」All the Dead Dears(1956)
「Day of Success」(1960)

Part III: Excerpts from Notebooks
「Cambridge Notes」(1956)
「Widow Mangada」(1956)
「Rose and Percy B」(1961-1962)
「Charlie Pollard and the Beekeepers」(1962)

Part IV: Stories from the Lilly Library
「A Day in June」(1949)
「The Green Rock」(1949)
「Among the Bumblebees」(Early 1950s)
「Tongues of Stone」(1955)
「That Widow Mangada」(1956)
「Stone Boy with Dolphin」(1957-1958)
「Above the Oxbow」(1958)

『ジョニー・パニックと夢の聖書 −シルヴィア・プラス短編集』皆見昭、小塩トシ子訳、弓書房、一九八〇

→『ベル・ジャーシルヴィア・プラス

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