Torpillez la torpille(1964)George Langelaan
早川書房の叢書「異色作家短篇集」で個人短編集が刊行された十七人の作家の、それ以外の書籍を取り上げようと思い立ちましたが、最も選択肢が少ないのがジョルジュ・ランジュランです(※)。
何しろ『蠅』以外に邦訳があるのは『魚雷をつぶせ』(写真)一冊だけですから、選ぶも糞もありません。
その『魚雷をつぶせ』は「NATO情報部員シリーズ」の一冊(第一作)です。
シリーズといっても単独の著者ではなく、「宇宙英雄ペリー・ローダン」のように複数の著者によるリレー形式。ランジュランは監修を務めるとともに、自らも数作を執筆しています。
ただし、この本以外のシリーズ作品は訳されていないようです。
『蠅』のヒットによって名が売れたランジュランの作品だけ訳された……と思いきや、日本での出版はこちらの方が先。映画『ハエ男の恐怖』(1958)も日本では公開されなかったため、『魚雷をつぶせ』が刊行された理由は、スパイ小説の人気が高かったこともありますが、作品自体も魅力的だったからではないでしょうか。
ところで、僕はスパイ小説を滅多に読みません。このブログで扱ったことも多分ないと思います(強いていうと、ピーター・ディキンスンの『生ける屍』くらいか)。
サマセット・モームの『英国諜報員アシェンデン』や、ラドヤード・キプリングの『少年キム』などいくつか好きな作品もあるものの、いかんせん知識が乏しい。そのため、おかしなことを書くかも知れませんが、笑ってお許しください。
フランス沿岸に現れた貨物船から小包が海に投げ込まれます。NATOの情報部員であるルイ・グルナ・ド・フォンシーヌとサンディ・グラントは、INFOの経済調査員になりすました謎の女に近づき、小包を手に入れます。ソ連の機密文書と思いきや、それは英国の新型潜水艦探知機の設計図でした。
どの組織が何のために盗み、どの組織に届けるつもりだったのか。その謎を解くため、ふたりは貨物船の次なる寄港地へと向かいます。しかし、そこでサンディが貨物船に拉致されてしまいます。
冷戦下の北大西洋条約機構(NATO)対ワルシャワ条約機構という構図はありきたりですが、イギリス人とフランス人のコンビが主人公というのが面白い。
コンビといっても別行動することが多く、サンディは、グルナが任務を遂行するための補佐の役目を担っています。互いに信頼し、よい関係を築いているものの、ときどき首を傾げたくなる場面もあります。
例えばグルナは、陽動役のサンディを蝿取り紙などと呼びます。で、囮に利用したり、死体を彼の部屋に置いてきたりします。その結果、サンディは洒落にならない危機に陥るのですが、やった方もやられた方も別段気にする素振りをみせません。
勿論、人質になったサンディを心配し、必死に救出しようとするので、意地が悪いわけではなさそうです。でも、グルナが本気で切れて、敵を惨殺するのはフランス人の女性が殺されたときです……。
これは、個人の関係の前に、それぞれの国の軍人としての駆け引きがあるせいかも知れません。NATOの任務をこなす相棒とはいえ、サンディはイギリス海軍の大尉で、グルナはフランス軍の少佐。そのため、何より自国の利益が優先されるという複雑な事情を抱えています(グルナと上司は、ソ連の諜報員が奪った潜水艦探知機の設計図をNATOを介さず英国に返して恩を売りますが、実はこっそり中身をみていたりする)。
英仏を股に掛けて冒険する小説の場合、当然ながら刊行国のキャラクターが目立つことになります。バロネス・オルツィの『紅はこべ』やF・W・クロフツの『樽』はイギリス寄りだし、アレクサンドル・デュマの『ダルタニャン物語』はフランス寄りといった具合。
『魚雷をつぶせ』はフランスの小説なので当然フランスが優位です。しかし、イギリスにも十分気を遣っているのが分かります。
サンディは、敵の注意を引きつけることで危険に晒され、その上、手柄はグルナに持っていかれてしまいます。一見、損な役回りですが、陽気なイケメンで、文句ひとついわないので、キャラクターとしては読者により愛されるといえます。
そもそもグルナだって、母親がイギリス人で、英国に留学していたこともあるのですから、イギリスを敵視するわけはないのです。
共通の敵(ソ連やナチの残党)を前にすると結束がより強まるともいえますが、パリ生まれの英国人で、フランスとイギリスをいったりきたりして育ち、第二次世界大戦中は英国のMI5(Military Intelligence Section 5)に所属し、主にフランスに関する情報活動を行なっていたランジュランならではの絶妙な配慮が働いているのでしょう。
それはともかくとして、『魚雷をつぶせ』は、スパイ小説としての壺を押さえつつ、全体的に軽妙なトーンなのが特徴です。グルナもサンディも結構あっさりと人を殺めますが、罪の意識はほとんど感じさせません。
手頃なボリュームで、ゆき帰りの電車のなかで読み切ってしまえるのもよいですね。
五十年前のマイナーなスパイ小説ですから、難しいことを考えずサラッと楽しめるのが何より大切だと思います。
※:早逝したチャールズ・ボーモントも『夜の旅、その他の旅』以外は短編集が二冊しかない。
『魚雷をつぶせ』−NATO情報部員シリーズ、三輪秀彦訳、ハヤカワ・ミステリ、一九六五
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