読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『カルテット』ジーン・リース

Postures(1928, released as Quartet 1929)Jean Rhys

異色作家短篇集」という叢書がありますが、ジーン・リースほど「異色」という言葉が似合う作家はいないかも知れません。
 最初に読んだのは岩波文庫の『20世紀イギリス短篇選』下巻の巻頭に掲載されていた「あいつらのジャズ」Let Them Call it Jazz(1962)という短編でした。
 これに度肝を抜かれ、色々と調べてみました。

 リースは、医師であるウェールズ人の父と、スコットランド系のクレオール(植民地で生まれた者)の母を持つドミニカ国Commonwealth of Dominica)出身の女性です。
 十六歳で英国に渡り、そこから波乱に富んだ人生を送りました。コーラスガールになったり、妊娠中絶したり、スパイや犯罪者と結婚・離婚をしたり……。
 それでも一九二〇年代に愛人の編集者の序文つき短編集でデビューすると、作家としての道を順調に歩み始めます。ところが、戦時中のごたごたのせいか、戦後は完全に忘れ去られた作家となってしまいます。

 リースの名前が再び注目されたのは一九五七年にラジオ番組で、作者の消息を求めたのがきっかけでした。そこから優秀な編集者がつき、『サルガッソーの広い海(広い藻の海)』で鮮烈な再デビューを飾ったのは一九六六年、リースが七十六歳のときでした。

『サルガッソーの広い海』は、シャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』に登場するエドワード・フェアファクス・ロチェスターの前妻バーサの物語です。
ジェーン・エア』のバーサは、ジャマイカの裕福な商人の娘で、美貌も備えていました。しかし、この家系は狂人が多く、バーサもエドワードと結婚後に発病します。そして、エドワードがジェーンに結婚を申し込んだときはまだ、ソーンフィールドの屋敷に監禁されていたのです。しかし、バーサは火事の際、屋根から落ち、脳味噌を飛び散らせて死んでしまいます。

 リースは、この悲惨なキャラクターの出身が西インド諸島であることに引っ掛かります。そこで、バーサ(リースの作品では、フランス領マルティニーク島出身の母を持つ女性で、アントワネットという名前になっている)の視線で、『ジェーン・エア』を裏返すことを試みました。
ジェーン・エア』と同じく、アントワネットの少女時代から物語は始まります。地元の黒人から「白いゴキブリ」と罵られ、持参金目当てに結婚した夫に蔑まれ、次第に狂気へと向かってゆくアントワネット……。
 クレオールの女性の悲哀と、西インド諸島の濃密な空気を、息苦しいまでの筆致で描いています。まるで本自体が水を含んで重くなったように感じられる不思議な作品です。読まずに死ぬのは勿体ないので、ぜひ手にとって欲しいと思います。

 さて、今回取り上げる『カルテット』(写真)は、『サルガッソーの広い海』の約四十年前に書かれた作品です。
『カルテット』の主人公マリヤ・ゼリは植民地出身という設定ではありませんが、旅回りの一座でコーラス・ガールをしているとき、ポーランド人に見初められ結婚し、ほとんど知り合いのいないパリで暮らしています。
 ということは、やはり『サルガッソーの広い海』と同様、根のない、居場所のない女性の孤独や疎外感を描いた小説といえるでしょう。

 パリに住んで四年のマリヤ・ゼリは、ある日、夫が窃盗と詐欺で逮捕されたことを知ります。貧しい彼女が、明日からどうやって暮らしてゆこうかと途方に暮れていると、少し前に知り合ったハイドラー夫妻に、一緒に暮らしてはどうかと提案されます。彼らは、若い芸術家のパトロンをしている中年の夫婦です。
 やがて、夫のHJはマリヤに迫ってきます。最初のうち拒否していたマリヤですが、必然の如く深い仲になってしまいます……。

 カルテットというタイトルどおり二組の夫婦の恋愛、特に、若く美しく世間知らずの人妻マリヤと、海千山千の裕福な中年の既婚者HJの恋がメインになります。この組み合わせは、純文学でもエンターテインメントでも官能小説でも繰り返し用いられています。
 激しい感情に襲われて突き進む若いカップルと異なり、打算、孤独、老い、嫉妬、背徳、ゲームといった要素が絡み合い、複雑な人間模様が描けるからでしょうか。

 ハイドラー夫妻の場合、夫のHJは単純に若い美女をものにしたいだけですが、妻のロイスの感情はやや複雑です。HJの浮気を認め、いや寧ろマリヤを攻め落とすのに協力するものの、本音をいうと夫の行動を許せません。それでも反発しないのは、進歩的な妻を演じなければならないというおかしなプライド、そして、マリヤなど取るに足りない存在と蔑んでいるせいです。
 いずれにせよ、財力も社会的地位も教養もある彼らにとって、マリヤとの関係はただのゲームにすぎません。名声も心も深く傷つくことはないでしょう。

 一方、弄ばれるマリヤはどうかというと、愛や金に執着するのではなく、ひたすら自分の居場所を求めているようにみえます。言葉とは裏腹に、本気でHJを愛しているとはとても思えませんし、そこに至る過程も不自然だからです。
 勿論、そう感じるのは、作者であるリースの境遇がちらつくためです。本来こうした読み方は、作品の幅を狭めてしまうのでよくないと思います。しかし、前述のとおり、リースの特異な生い立ちや文学的テーマに、どうしても引き摺られてしまうのです。

 まあ、ほかの作家ならいざ知らず、リースの場合は、そんな風に読んでも構わないでしょう。実際、パリの街を彷徨う異邦人マリヤが欲しているのは「安息」であることは明らかなのですから。
 夫のステファンはポーランド人だし、刑期を終えるとフランスを強制退去させられるため、今後も彼についてゆくのには不安があります。だからマリヤは、HJを愛していると自分にいい聞かせ、彼のいいなりになるのではないでしょうか。
 HJに求められたとき、拒みつつも関係を持ちますし、南仏で静養するようにいわれたときも抵抗しつつ結局はいうとおりにしてしまいます。それは、彼の指示に従うしか自分の生きる道はないと分かっているためです。

 そうはいっても、妻の座を得ることは不可能です。
 だからこそマリヤは、ロイスが「あたくしを打ち負かすことなどできないわ。あたくしはしっかり大地に根をおろしているのだから」と主張しているように感じ、激しく嫉妬するのです。

 誰かに依存しないと生きられないマリヤは、結局、誰からも見捨てられ、惨めな最期を迎えます。
 現代の日本でぼんやり生きているとなかなか気づきませんが、拠りどころがないというのは、かくも不安定で、人の精神に打撃を与えるものなのですね。ふたつの大戦に挟まれた不穏な時代も、マリヤ(リース)の苦しみをより深くしたのかも知れません。

 時代といえば、アーネスト・ヘミングウェイ、F・スコット・フィッツジェラルドら失われた世代の作家たちが享楽に溺れていた一九二〇年代のパリに、疎外感に苛まれる女性がいて、このような作品を著したと考えると、それもまた興味深い。
 ……が、リースの単行本は、これまで二冊しか翻訳されていません。キャサリンマンスフィールドに負けないくらい重要で個性的な作家なので、ほかの作品も出版して欲しいです(熱望)。

『カルテット』岸本佐知子訳、早川書房、一九八八