読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『わたしを見かけませんでしたか?』コーリイ・フォード

Has Anybody Seen Me Lately?(1958)Corey Ford

ユーモア・スケッチ傑作展』に収録された作家は、単著がほとんど翻訳されていないのですが、コーリイ・フォードは一冊だけ翻訳書が存在します。それが『わたしを見かけませんでしたか?』(写真)です(ただし全訳ではない)。

 ここに収められている文章の多くは、フィクションのようにストーリーが存在するわけでも、エッセイのように一人称の主人公と筆者が一致するわけでもありません(生涯独身のフォードだが、文章のなかでは妻がいたり、年齢が高すぎたりする。「おわりに…」では、妻の素晴らしさを延々褒め称えた後、そんな妻などこの世に存在するはずがないと書き、だから自分は独身なのだと結んでいる)。
 正にスケッチとしか呼べない短文の寄せ集めで、この手のものが大好きな僕には堪らない一冊です。

「はじめに…」によると、「あなたの年齢当てます」という短文が大いに受けたものの、フォードはそれで有名になったわけでも、原稿料が増えたわけでもなかったそうです。なぜかというと、企業や個人が作者名を空白または別の人の名前に変え、勝手に使用・配布したからです。
 尤もフォードは泣き寝入りせず、片っ端から訴訟を起こし、相当儲けたとか。

 金銭面はともかくとして、真の作者であることを知らしめるため、フォードは一九五〇年、グルーヤス・ウィリアムスのイラスト入りで「著者認定版」を発行しました(ウィリアムスのイラストは、日本版の『わたしを見かけませんでしたか?』にも採用されている)。
 それらは「あなたの年齢当てます」が人口に膾炙した一編であることを示すエピソードです。

 さて、短編集の場合、通常は各編に短いコメントを付すのですが、ユーモアスケッチにそれをするのは野暮でしょう。
 そのため、今回は全体をいくつかのパターンに分類して紹介したいと思います。

 まずは「弱々しい男の悲哀や、強い妻をユーモラスに描いた文章」です。
・歳をとって様々な不具合(体力の衰え、老眼、肥満、時間の感覚の狂いなど)が生じた男(「あなたの年齢当てます」)
・存在感がなく人々に無視されるが、奇術師に指名されたり、借金の申し込みされたりと都合の悪いときは逆に目立ってしまう男(「わたしを見かけませんでしたか?」)
・話の腰を折られ、最後まで聞いてもらえない男(「話し手の言い分」)
・ひたすら興味のない話を聞かされる男(「聞き手の言い分」)
・ヒモや包装紙、空き箱など詰まらないものを捨てられない妻と暮らす男(「ヒモをためてますか?」)
・逆に、妻からみた亭主の許せない点(「女の言い分」)
・もの忘れが激しすぎる男。夫婦の揉めごとが絶えないのは、男と女では覚えていることが違うため(「いますぐに思いだすから」)
・田舎の別荘を手に入れたがために、ひどい目に遭う夫妻(「ドアの鍵をまわすだけ」)
・他人からはガラクタにしかみえないものを集める人たち(「右も左もコレクター」)
などなど。
 こちらは、ジェイムズ・サーバーに通じる哀しみとおかしみを備えています。よくあるネタですが、やっぱり笑ってしまいます。

 次は「ふざけたハウトゥー」です。
・写真撮影の楽しみ(「はい、チーズ!」)
・週末に知人の家に招待されたときの注意(「週末は大きらい」)
・DIYのススメ(「日曜大工の哀しみ」)
・ダイエットの方法(「死んでもダイエット」)
・犬からみた人間の飼い方(「愛人マニュアル」)
・室内スキーのやり方(「冬の華」)などなど。
 勿体ぶった形式ながら、中身はナンセンスに徹しており、当然、実用価値はゼロ。こちらは、アート・バックウォルド辺りが書きそうなジョークです。

 最後は「ジョン・リデル名義で発表したパロディ」です。
・ジョーン・ローウェルの『The Cradle of the Deep』のパロディで、氷柱の赤ちゃんを拾って友だちになったというホラ吹き少女の自伝の抜粋「風上下に氷柱多数!」
アーネスト・ヘミングウェイを茶化した短編「短くまっすぐに」(これをF・スコット・フィッツジェラルドヘミングウェイに読み聞かせて、機嫌を損ねたそう)
・かつてアメリカで大流行した「読者への挑戦」つき推理クイズのパロディである「あなたの推理は?」
・暴力的な描写で知られるウィリアム・フォークナーの『サンクチュアリ』の世界に、楽天的な三人の英国作家A・A・ミルン、J・B・プリーストリー、ウォーウィック・ディーピングが迷い込む「ポパイのプーさん」(ポパイとは『サンクチュアリ』の登場人物)
の四編が収録されています。
 パロディは好き嫌いが分かれそうですが、推理クイズは誰もが楽しめると思います。解答が上下逆に印刷されているので、うっかり答えをみずに済みます。かなり下らないことを覚悟の上、挑戦してみてください。

 というわけで、さらっと読めて、くすっと笑える薄い本ですので、学校や職場に向かうのが憂鬱なとき持参して電車のなかで広げると、晴れやかな気分になれるでしょう。
 若い人でも楽しめますが、社会や家庭で虐げられている中年以降のおっさんに、特にお勧めしたい一冊です。

『わたしを見かけませんでしたか?』浅倉久志訳、ハヤカワepi文庫、二〇〇四

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