読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『大平原』アーネスト・ヘイコックス

Trouble Shooter(1936)Ernest Haycox

 新鋭社ダイヤモンドブックスの「西部小説シリーズ」は、一九五七年に刊行が始まったウエスタン小説の叢書です。
 ところが、日本におけるウエスタン小説の不人気故か、誠文堂新光社の「マンモス・ウエスタン」同様、たった六冊で終了してしまいました(「西部小説シリーズ」は、十三巻まで予告されていた)。

 両者とも、古書価格が高かったり、そもそもみつからなかったりと西部小説ファン泣かせのシリーズです。
 ウエスタンは、ミステリーやSFのようにコレクターが多くないせいか古書市場が活性化せず、さらに僕は高価だとスルーしてしまうので、目当ての本がいつまで経っても手に入りません……。
 そんななか、アーネスト・ヘイコックス『大平原』(写真)は奇跡的に安値で発見した一冊です。

 ヘイコックスの小説は『駅馬車』『インディアン渓谷』『午後の喇叭』『遠い国』など(※1)数多く映画化されています。
 なかでも人口に膾炙しているのが『駅馬車』と『大平原』です(※2)。「駅馬車」は短編小説なので、長編の代表作といえば『大平原』になるでしょう。

 とはいえ、邦訳された長編は少なく、僕は『テキサスから来た男』(1943)しか読んでいません。これは主人公のカウボーイが急流をボートで下る場面がやたらと多く、最後の最後までガンファイトをせず、意外な女性と結びつくという少々斜めの線を狙った小説でした。
 一方、『大平原』は有名なだけあって、王道のウエスタンです。

 一八六九年、アメリカの大陸横断鉄道が開通しました。しかし、それに至るまでは、大陸横断鉄道の敷設に支払われる巨額の助成金を巡って、ユニオンパシフィック鉄道とセントラルパシフィック鉄道による激しい争いが繰り広げられていました。
 今年中にソルトレイクまでの工事を終えたいユニオンパシフィック鉄道は、トラブルを解決するため、トラブルシューターのフランク・ピースを派遣します。彼は、工事を遅らせようとする労働者の親方シド・キャンボーや、抵抗するインディアンらと対峙します。

 ……というのが、この小説の幹となります。しかし、面白いのは寧ろ枝葉の部分です。
 白人とインディアンのハーフであるチェリーを恋人に持つミラード中尉は、出世のために彼女との結婚に踏み切れません。また、チェリーは中尉と別れるように勧めるフランクに敵意を抱きます。
 フランクの恋人アイリーンは、結婚を望みながらひたすら待たされることに苛立っています。一方、フランクは、行方不明の父親を探す天涯孤独の少女ナン・ノーマンディに心を奪われます。そこにナンを恋するフランクの部下、アイリーンにいい寄る男、自殺してしまう女性などが複雑に絡んできます。
 ガンファイトの面では、シドに雇われた肺病病みの凄腕ガンマンや、フランクを恨む荒くれ者どもが登場し、フランクと死闘を繰り広げます。

 このように歴史、恋愛、銃撃戦のどれをとっても「これぞ、西部劇」といわんばかりです。よくぞこの頁数に、あらゆる要素を盛り込んだと感心します。スピードも正に列車並みで、あっという間にオマハからサクラメントまでを突っ切ってしまいます。
 もし、西部小説を一冊だけ推薦しろといわれたら、この『大平原』を勧めるのに吝かではありません。

 ただし、登場人物が異常に多く、ヘイコックスの描写は必要最低限のため、気をつけないと誰が味方なんだか、誰が敵なんだか混乱してきます。一応、主要人物表はついていますが、簡素なので余り当てにはなりません。
 尤も、多くはちょい役ですし、人がどんどん死んでゆくため、さほど神経質にならず読み切ってしまう方がよいと思います。

 また、フランクは正義感の強い堅物で、西部劇の主人公の典型ですが、現代人の眼でみると、許せない面がなくもない。
 とにかく仕事一筋で、恋人は放ったらかしですし、中尉が軍に残るためにインディアンの恋人は捨てるべきと考えています。
 今であれば、弱者の側に立ち、社会の偏見と戦ってくれる者でなければヒーローと呼ばれる資格はないでしょう。

 このような欠点はあるものの、『大平原』は下手に文学に寄っていない、エンタメとしての西部劇に徹した傑作です。これしかないという結末も用意されていて、安心して最後まで読めます。
 以前取り上げたマックス・ブランドの『砂塵の町』とは真逆のアプローチですが、傍流は飽くまで『大平原』のように堂々とした主流があってこその存在です。
 実際、この小説は、寡黙で、やたらと格好いいガンマンが、荒くれ者どもに立ち向かってゆき、最後に美女と結ばれることの素晴らしさを再認識させてくれます。

 ちなみに、『大平原』の小説と映画は、登場人物もストーリーも大きく異なる……というか、ほとんど別ものです。共通するのは、大陸横断鉄道を扱っている点くらいでしょうか。
 そのため、読む価値は十分あるのですが、前述したとおり、この本をみつけるのは容易ではない……。むむむむ。

※1:中公文庫から出ている『テキサスから来た男』は、映画の『テキサスから来た男』(The Kid from Texas)の原作ではなく、原題を『Action by Night』という全く別の作品である。
 なお、ヘイコックスには『アパッチ山脈の決戦』という翻訳小説もある。こちらの原題は不明。

※2:『駅馬車』は映画の原題が『Stagecoach』で、原作の短編の原題が「The Stage to Lordsburg」。『大平原』は映画の原題が『Union Pacific』で、小説の原題が『Trouble Shooter』である。


『大平原』水原明人訳、新鋭社、一九五八

エスタン小説
→『ループ・ガルー・キッドの逆襲』イシュメール・リード
→『ビリー・ザ・キッド全仕事マイケル・オンダーチェ
→『勇気ある追跡』チャールズ・ポーティス
→『砂塵の町』マックス・ブランド