一九七〇年に早川書房より刊行された「ブラック・ユーモア選集」は、同社の書籍の巻末広告にもよく掲載されていたので、ご存知の方も多いことでしょう(後に改訂版も発行された)。
広告には全六巻として、以下の書名が並んでいます。
『幻の下宿人』ローラン・トポール
『囁きの霊園』イーヴリン・ウォー
『北京の秋』ボリス・ヴィアン
『怪船マジック・クリスチャン号』テリイ・サザーン
『ブラック・ユーモア選集 日本篇(短篇集)』
『ブラック・ユーモア選集 外国篇(短篇集)』
ところが、この選集には別巻があって、それが『ブラック・ユーモア傑作漫画集』です。
判型は違うし、広告にも掲載されていませんが、歴とした仲間なのです。
この本に収録されているのは、ほとんどがキャプションのない1コマ漫画です(写真)。
イギリスの漫画家がひとりいますが、ほかは全員フランス人。
そして、勿論、すべてが黒い笑いを狙っています。
ロナルド・サール(Ronald Searle)
トミー・アンゲラー(Tomi Ungerer)
ジャン=モーリス・ボスク(Jean-Maurice Bosc)
ローラン・トポール(Roland Topor)
トレーズ(Trez)
モーリス・アンリ(Maurice Henry)
ジャン=ジャック・サンペ(Jean-Jacques Sampé)
ロジェ=ジャン=リュシアン・テツ(Roger-Jean-Lucien Tetsu)
上記八人+数人の作品を収めていますが、1コマ漫画の感想は書きにくいので、全体の雰囲気をお伝えしたいと思います。
まず、巻頭で、星新一がブラックユーモアについて語っています。
ブラックユーモアの定義は曖昧です。死や背徳行為といった禁忌を扱っているからといってブラックユーモアとは限らないし、逆に一見常識的な場面にどす黒い笑いが潜んでいることもあります。
星は、論理では割り切れないドロドロとしたものが底を流れていることがブラックユーモアの条件だと述べています。酒に譬えると、アメリカの1コマ漫画は蒸留したウィスキーやブランデーで、ブラックユーモア漫画は蒸留しないワインや日本酒だとか。
何とも感覚的な定義ではあるものの、なるほど一理あります。後味の悪さは、ブラックユーモアの最大の特徴だと思うからです。
本書でいうと、ロナルド・サールの漫画は、暫くじーっと眺めた後、何となく意味を見出し、その後、いやーな気分になります。毒々しさに辟易するだけでなく、いけない想像をしてしまった自分にも嫌悪感を抱いてしまうのです。
一方、編者の水野良太郎は、そもそも笑いやユーモアには少なからず毒が含まれているといいます。当人にとっては深刻な事態も、他人は笑いを誘われるからです。それをより強調したものこそブラックユーモアだと説きます。
他人の不幸を底意地の悪さでユーモアに転化するため、例えばチャールズ・アダムスの『アダムス・ファミリー』なんかは不気味ではあるものの、毒が薄いためブラックユーモアではないそうです。アダムスファミリーでは、パグズリーなんかかなり悪い奴だと思いますが、ギリギリセーフなんでしょうか。
なお、不気味といえば、何といってもローラン・トポールです。ほとんど意味の分からないシュールなイラストばかりが続き、描いた者の精神を疑いたくなる気持ちが次第に強くなります。彼は小説も気持ち悪いけど、説明的でない分だけ絵の方がよりゾッとします。
そのほかの画家も、一瞬でニヤッとできるものから、じっくり考えた後じわじわ笑えるものまで様々なタイプの作品が収められています。
「リアルでもネットでも綺麗ごとばかりで疲れるなあ。良識人ぶって他人の不倫なんかに目くじら立てる馬鹿がいかに多いことか」と嘆きたくなったときは、この本を読んでしばし心を解放してみてはいかがでしょうか。
『ブラック・ユーモア傑作漫画集』水野良太郎編、早川書房、一九七一
→『マゾヒストたち』ローラン・トポール
→『リュシエンヌに薔薇を』ローラン・トポール
アンソロジー
→『12人の指名打者』
→『エバは猫の中』
→『ユーモア・スケッチ傑作展』
→『怪奇と幻想』
→『道のまん中のウェディングケーキ』
→『魔女たちの饗宴』
→「海外ロマンチックSF傑作選」
→『壜づめの女房』
→『三分間の宇宙』『ミニミニSF傑作展』
→『ミニ・ミステリ100』
→『バットマンの冒険』
→『世界滑稽名作集』
→「恐怖の一世紀」
→『ラブストーリー、アメリカン』
→『ドラキュラのライヴァルたち』『キング・コングのライヴァルたち』『フランケンシュタインのライヴァルたち』
→『西部の小説』
→『恐怖の愉しみ』
→『アメリカほら話』『ほら話しゃれ話USA』
→『世界ショートショート傑作選』
→『むずかしい愛』
→『魔の配剤』『魔の創造者』『魔の生命体』『魔の誕生日』『終わらない悪夢』
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