読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『黄金の谷』ジャック・シェーファー

The Pioneers(1954)Jack Schaefer

 以前の記事で、『新鋭社ダイヤモンドブックスの「西部小説シリーズ」(※1)は十四巻まで予告されたものの、確認できるのは六冊のみ』と書きましたが、最近になって七冊目を発見しました。
 恐らく最後の配本だったであろうそれは、ジャック・シェーファーの短編集『黄金の谷』(写真)です。

 以下は、「西部小説シリーズ」の巻末に掲載されていたリストです。ピンク字は発行が確認されているもの(カッコ内は発行月)、灰色字は恐らく未刊行のもの。「or」とあるのはリストによって書名等が異なる場合です。

 101 『幌馬車』エマーソン・ホッフ(一九五七年九月)
 102 『峡谷の銃声』マックス・ブランド(一九五八年一月)
 103 『大平原』アーネスト・ヘイコックス(一九五八年一月)
 104 『辺境の狼』ゼーン・グレイ(一九五八年四月)
 105 『黄金の谷』ジャック・シェーファー(一九五八年十月)
 106 『OX・BOWの襲撃』ウォルター・ヴァン・ティルバーグ・クラーク
 107 『叛逆者の道』フランク・グルーバー(一九五八年六月)
 108 『駅馬車 −西部傑作短篇集I』アンソロジー
 109 『真昼の決斗 −西部傑作短篇集II』アンソロジー(一九五八年四月)
 110 『シャイアンの兄弟』マックス・ブランド or 『OK牧場の決斗』ジョージ・スカリン
 111 『砂塵』マックス・ブランド
 112 『インディアン渓谷』アーネスト・ヘイコックス
 113 『最後のインディアン』or『アパッチ族の最後』ルーク・ショー
 114 『西部への道』フランシス・パークマン


 105は、昭和三十三年一月時点の刊行予定リストでは「『落日の牧場』ルーク・ショート」でしたが、同年六月には「シェファー傑作集」になりました。それがさらに『黄金の谷』に変更されたのです(最終的な刊行リストでは『黄金の谷(シェファー傑作集)』となっている)。
『黄金の谷』の発行日は「昭和三十三年十月二十日」と叢書のなかでは最も遅かったため、情報が極端に限られてしまいました(※2)。そのせいか、インターネットでも記事や書影は見当たらず、Amazonにも登録されていません。
 なお、「ジャック・シェーファー」で検索しても『黄金の谷』が表示されないのは、この本の著者名が「ジャック・シェファー」だからです(背は「シェーファー」と書かれているが……)。

 こうした悪条件が重なると、そんな本が存在すること自体なかなか気づけません。ミステリーやSFと違って、ウエスタン小説は情報も流通量もコレクターも少ないので、容易には全貌がみえてこないのです。
 一方、そのお陰で、売れ残りを安価で入手できるという側面もあります。実際、『黄金の谷』も、吃驚するくらい安く購入しました。
 実をいうと「全く知らない本に出合える」「掘り出しものがみつかる」というふたつは、西部小説蒐集の醍醐味です。

 昭和くらいまでは、レアなミステリーやSFを田舎の古書店で発見したなんて自慢話をよく聞きました。しかし、セドラーやコレクターが津々浦々まで漁りまくった現代において、そんな夢のような話はほぼありえなくなっています。
 しかし、西部小説は蒐集家が少ないため、稀覯本が巷に眠っている可能性がまだまだあります。それどころか、どこにも情報が掲載されていない本を発見できるかも知れないのです。
 さらに、コレクターの層が薄く、しかも高齢化しているので、今から集め始めても十分上位に食い込めると思います。「これから何か集めてみようかな」と考えている人にとっては、狙い目のジャンルではないでしょうか。

 あだしごとはさておきつ。
 シェーファーといえば、何といっても『シェーン』(1949)が人口に膾炙しています。同名の映画(1953)も大ヒットしました。
 大抵の西部小説は映画化される際、大幅に改変されます。ところが、『シェーン』はほぼ原作どおりに映画化されました(※3)。これは、プロットがとても優れていたからにほかなりません。
 謎めいた流れ者が農民一家の前にふらりと現れ、寡黙だが誠実な人柄で家族に気に入られる。そして、農民を土地から追い払おうとする牧場主とその用心棒を倒し、去ってゆく……。
 多くの模倣を生んだことから分かるとおり、シンプルですが大木のように力強い物語です。

 なお、ウエスタン小説をエンターテインメントとメインストリームに分けると、シェーファーは主流文学寄りといえます。
『シェーン』は語り手を少年にしたことで、無駄な心理描写を排除することに成功しました。無骨な男たちの心の奥や、ジョーの妻マリアンがシェーンに抱く複雑な感情は最小限の会話で表現されます。
 それでいて、西部劇の魅力のひとつである大自然やそこで暮らす人々はしっかりと描かれているのです(少年はシェーンと初めて会ったとき、観察眼を褒められる。それがこの本の描写力、表現力を不自然でなくしているという仕掛けが凄い!)。
 ただし、通俗娯楽小説のように親切ではないので、読者は理性と感性を働かせなければ、この小説を十分に堪能することはできないでしょう。

 さらに、シェーファーは新聞記者出身で、綿密な取材に基づいて執筆することで知られています。
『シェーン』においても、ジョンソン郡の土地紛争(ホームステッド法が制定されたことによって、先住牧場主と入植者の間で争いが起こった)を題材にしています。物語は農民の視点から描かれますが、牧場主を単なる悪と決めつけず、彼らの主張もきちんと書いています。この辺は、いかにもジャーナリストらしいなと思います。

『黄金の谷』は、映画『シェーン』で有名になった後に刊行された短編集です。シリアス、ユーモア、アクション、ペーソス、さらにはノンフィクションに近いものまでバラエティに富んだ短編が楽しめます。
 原書は十一編収録されていますが、日本版はそのうち七編のみ訳されました。恐らく頁の都合で割愛されたであろう四編は「My Town」「Harvey Kendall」「Takes a Real Man」「Hugo Kertchak, Builder」です。

 なお、シェーファーにはもう一冊『悪人への貢物』という短編集が邦訳されていますが、これも入手は難しい(というか、古書価格が高い)。
 彼の作品は、書き殴りのパルプフィクションと異なり、非常に丁寧に書かれています。今、敢えて西部小説を読む意味が分かりますので、安く手に入る機会があればぜひ読んでみてください。

黄金の谷」Something Lost
 砂金を採りにひとりで山に入った男。ときどき、熊に出会いますが、熊の方は人間に興味がなさそうです。ある日、男の砂金を奪いにふたりの男が山にやってきます。
 自然、特に熊の描写が素晴らしく、上質なネイチャーライティングのようです。勿論、それだけでなく、小説としては意外な展開とオチが用意されています。シェーファーが影響を受けたとされるO・ヘンリーの短編に通じるものがあります。

復讐」Out of the Past
 過去の新聞記事や裁判記録から三つの事件を紹介したものです。小説というよりコラムに近い感じ。西部開拓時代の貴重なエピソードが楽しめます。それにしても、かつて「復讐」は「一人の人間の他の人間に対する忠義の表現であった」というのは本当なのでしょうか。

リーンダー・フレイリイ」Leander Frailey
 ネブラスカのニューカリプソで床屋を営むリーンダーとグリーンベリーのフレイリイ兄弟。兄は働き者で、弟はぶらぶらしています。散髪の天才リーンダーが、弟のモジャモジャの髭を綺麗に整えたところ、弟は街の名士になってしまいます。
 シェーファーは、ユーモラスな短編も上手です。西部小説で床屋が主人公というのも珍しいですし、リーンダーの技術は正に魔法なので、お伽噺のような仕上がりになっているのもユニークです。

名馬マーク」That Mark Horse
 マークというプライドが高く扱いにくいものの、乗り心地がよく働き者の馬を預かった男のひとり語りです。マークと信頼関係を築いた男は、マークの跳躍力を生かしてショウで稼ぎます。ある日、牛に轢かれそうな子どもを助けようとした男は、マークを牛に突進させます。
 米国の伝統的なほら話の一種です。マークは人間より複雑な感情を持っています。彼が機嫌を損ねたのは牛に突進させられたからではなく、「相棒だと思っていた男が先に飛び降りてしまった」からというのが面白い。

猫と兵隊」Cat Nipped
 兵站に鼠が増え、このままだと兵士の食料が不足してしまいます。クライント伍長は、上官から「猫を連れてくれば軍曹にしてやる」といわれます。ようやく一匹の猫をみつけますが、それは若い婦人の飼い猫でした。
 これまた珍しいラブコメディです。猫を得るために女性の気を引こうとしますが、それが本当の恋に発展します。ベタな展開ながら善人だらけのほのぼのとした世界で、ほっこりします。それにしても『シェーン』と同じ作者の作品とは思えませんね。

沈みゆく村」Old Anse
 ダム建設のために立ち退きを命じられた土地に、アンス老人は住んでいます。村人が全員退去した後もアンスは動こうとしません。
 出産の際、妻と子を同時に亡くしたアンスにとって、墓のある土地を離れて暮らす意味はありません。ラストの行為は、見慣れぬ景色を確認するまでもなく、最初から決断していたのでしょう。なお、ダムに沈む村と長年そこに暮らした老人の苦悩を描いた文学は日本にも数多くあります(石川達三の『日蔭の村』や井伏鱒二の「朽助のゐる谷間」など)。

その妻」Prudence by Name
 新たに町へやってきた一家。夫のアモスは床板を張る金をギャンブルで失い、泥棒をします。保安官は、働き手を牢に入れるのは可哀想なので借金として処理してくれますが、アモスは仕事をする時間以外を監獄のなかで暮らしたいといいます。どうも、妻のプリューに原因がありそうです……。
 プリューは家に床板がないのを恥じて、夫に小言をいったり、町の人々ともギクシャクした関係になっていました。しかし、大切なのは綺麗な床板などではなく、優しい気持ちなのです。それに気づいたとき、彼らは真に町の住人になれたといえます。

※1:『黄金の谷』のリストでは「新鋭社西部シリーズ」となっている。

※2:次回配本として『OX・BOWの襲撃』が予告されており、「映画封切に先立ちファンに贈る」と書かれているが、ヘンリー・フォンダ主演の映画『牛泥棒』は結局、日本で公開されなかったので、刊行も取り止めになったのではないか。

※3:映画化に当たって演出は派手になっている。例えば、最終決戦に挑む前、小説ではシェーンがジョーを一撃で気絶させる。そして、ジョーの意識がないうちにひとりで酒場へゆき、クールに敵を倒してしまう。しかし、映画では、ふたりが家の前で大乱闘を繰り広げるのである。さすがにやりすぎという気がする……。
 だが、映画における最大の特徴は、少年(小説はボッブ、映画はジョーイ)の有名な科白「シェーン! カムバック!」が加えられたことだろう。小説では、静かに泣き、シェーンが去った後のことが少し語られる。


『黄金の谷』水原明人訳、新鋭社、一九五八

エスタン小説
→『ループ・ガルー・キッドの逆襲』イシュメール・リード
→『ビリー・ザ・キッド全仕事マイケル・オンダーチェ
→『勇気ある追跡』チャールズ・ポーティス
→『砂塵の町』マックス・ブランド
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→『西部の小説』