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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ビリー・ザ・キッド全仕事』マイケル・オンダーチェ

スリランカ カナダ

The Collected Works of Billy the Kid: Left-Handed Poems(1970)Michael Ondaatje

 マイケル・オンダーチェは、セイロン(現スリランカ)生まれで、両親ともにオランダ人、タミル人、シンハラ人の混血という複雑な出自を持っています。彼は、両親の離婚後、イギリス、カナダと移り住みました。

 オンダーチェの出世作は、ブッカー賞を受賞し、映画化もされた『イギリス人の患者』(一九九二)(映画のタイトルは『イングリッシュ・ペイシェント』)です。
 この作品のヒットにより、日本でも数多くの書籍が出版されています。

『イギリス人の患者』や『ディビザデロ通り』をお読みの方ならお分かりかと思いますが、オンダーチェは複数の異なる視点(人種、年齢、性別)によって物語を編んでゆくのが得意です。
 というより、登場人物の人生は、密接に交わるようでいて、全く無関係のようにも思え、その不思議さが魅力といった方がよいかも知れません。

 また、出発点が詩人だけあって、現実感より詩的イメージを大切にしているようです。
 例えば『イギリス人の患者』では、廃墟となった教会に四人の男女が暮らしています。彼らの過去を含めた静謐なときの流れは、息を飲むほど美しい。不倫や戦争が、こんなに綺麗でよいのかと心配になるくらいです。
 映画はみていませんが、多分、小説には敵わないでしょう。

 それら一般受けする小説も素晴らしいけれど、個人的には初期の実験的な作風の方に、より心を魅かれます。今回取り上げる『ビリー・ザ・キッド全仕事』や『バディ・ボールデンを覚えているか』などが、それに当て嵌まるでしょうか。

ビリー・ザ・キッド全仕事』は、オンダーチェの処女小説ですが、前述した彼らしさが既に現れています。
 ビリーの生涯を、複数の語り手どころか、詩、写真、イラスト、架空のインタビュー、漫画の原作などから重層的に構築してゆきつつも、継ぎ接ぎの見窄らしさは全く感じさせず、隙が見当たらないほど完璧に仕上げています。
 先ほど実験的と書き、帯にもアヴァンポップの文字がみえますが、変に構える必要はなく、素直に楽しめる点も評価できます。
 また、時期的には、リチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』の影響を受けたのかな、という気もします。

 オンダーチェがこれを執筆した最大の理由は、西部劇が大好きだからでしょう(巻末に、ガンマンの格好をした幼い頃のオンダーチェの写真が掲載されている)。
 僕も中学生くらいまでは西部劇ばっかりみていたので、その気持ちがよく分かります。アメリカ人じゃなくったって、ワイルド・ビル・ヒコックやジェシー・ジェイムズに憧れるのです(同好の士なら、ジョエル・オッペンハイマーの「アメリカ大砂漠」がお勧め)。

 英雄よりもアウトローを好みますが、無法者の魅力は、その刹那的な生き方にあります。
 が、それについては後述します。

 さて、当然のことながら、オンダーチェは勧善懲悪のエンターテインメント西部劇を書いたわけではありません。
 架空インタビューといった大胆な仕掛けもありますが、何といっても最大の読みどころは、全編にちりばめられた「詩」です。
 ビリーが書いたもの(勿論、嘘)もあり、そうでないものもあり、分量は半分以下ですが、詩集といってしまってもよいほどの輝きを放っています。

 無法者の場合、同時代や後世の多くの者によって語られ、伝説になることがあります。
 しかし、本人は語るべき言葉を持っていないことが多く、何を考えていたのかは誰にも分かりません。
 信頼できそうな記録や証言から、事実を客観的に羅列し、彼の心のなかを想像してもらうという手もありますが、それをせず、詩で表現したところがオンダーチェらしいといえます。

 散文と違い、詩の場合は、より深く対象に潜り込まないといけません。ある意味、完全に本人になり切るくらいの覚悟が必要となるでしょう。
 それは、好き嫌いにかかわらず、ビリー・ザ・キッドの人生に共感を覚えなければ不可能な作業だと思います。

 ビリーをはじめとした西部開拓時代のガンマンは、保安官も含め「殺すか、殺されるか」の世界で生きていました。
「明日のことを一切考えず、今を生きる」というのは口でいうほど容易くなく、また、その境地に達しないと生まれてこない感情や思考もあるでしょう。
 オンダーチェは、それを詩という形で見事に表現しています。
 ちょっと血腥いけれど、死と退廃の匂いが好きな人にはお勧めです。

 なお、現代において、ガンマンと似たような存在が、芸術家(作家や詩人)ではないでしょうか。
 家族には嫌われ、人には馬鹿にされ、友もなく、心から好きになってくれる人もいない。それでも、誰にも望まれていない、何の役にも立たないものを狂ったように生み出してゆく。他人がどうなろうと、他人にどう思われようと気にしない。どこまでいっても明日なんてみえず、勝とうと負けようと、待っているのは野垂れ死にだけ……。

 本書は、「俺は、これから、殺すか、殺されるかの世界で生きてゆくぜ!」という、若きビリー・ザ・キッド(オンダーチェ)の宣言なのかも知れません。

ビリー・ザ・キッド全仕事 ―左ききの詩』福間健二訳、国書刊行会、一九九四

ウエスタン小説
→『ループ・ガルー・キッドの逆襲』イシュメール・リード
→『勇気ある追跡』チャールズ・ポーティス