読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ループ・ガルー・キッドの逆襲』イシュメール・リード

Yellow Back Radio Broke-Down(1969)Ishmael Reed

 米国における黒人作家は、人種的・民族的アイデンティティをテーマにせざる得ないケースが多いのですが、イシュメール・リードは、リチャード・ライト、ジェイムズ・ボールドウィン、アリス・ウォーカー、トニ・モリソンらとはアプローチの仕方が大分異なっています。
 リードの小説は、ポップで実験的で攻撃的でヘンテコ。何よりノリが全然違います。実はかなり真面目だし、メッセージ性も強く、難解でもあるのですが、テンポのよさのせいで余り鼻につきません(って、本当はそれじゃマズいのか)。

 ところが、日本では今一受けなかったのか、彼の小説は『ループ・ガルー・キッドの逆襲』(写真)と『マンボ・ジャンボ』(1972)の二冊しか翻訳されていません(僕の好きな作家だけに限っても、ルーチョ・チェーヴァセベロ・サルドゥイトム・ロビンズ、レイモンド・フェダマン、デイヴィッド・プリルなど「日本での二発屋」は大勢いる)。
 イサーク・バーベリフアン・ルルフォ、あるいはトム・リーミイのように元々二冊しかないならともかく、本国では沢山出版されているのに訳されなくなるのは本当に残念です。刊行のタイミング次第では人気が出るかも知れませんから、一度の失敗に懲りず翻訳出版を続けて欲しいのですが……。

 というわけで、今回は二冊分の感想をまとめて書いてしまいます。
 まずは『ループ・ガルー・キッドの逆襲』から。

 十九世紀半ばのアメリカ西部。フードゥー教徒の黒人カウボーイ、ループ・ガルー・キッドは、サーカス団の一員としてイエロー・バック・レイディオという街を訪れます。しかし、この街は子どもたちに乗っ取られており、大人どもは白人の牧場主ドラッグ・ギブソンに頼み、街を取り返してもらいました。
 ところが、ドラッグはすげー悪い奴で、街の人の財産を奪うは、ループの仲間を皆殺しにするは、殺した妻をバラバラにして暖炉で燃やすは、とやりたい放題。
 インディアンの酋長ショーケースに助けられたループは、フードゥーの呪術と得意のムチを使って反撃に転じます。
 そこから、淫乱な美女、凄腕のガンマン、陸軍元帥、果てはローマ法王までが登場し、ドタバタが繰り広げられます。

 帯に「オカルト・ポップ・ウエスタン小説」という文句が書かれていますが、正にそのとおりの内容で、西部劇やスラップスティックが大好きな僕はシビレっ放しでした。
 ちなみに、主人公のループが信仰するフードゥー(Hoodoo)というのは、ハイチのブードゥー(Voodoo、Vodou。元々はアフリカを起源とするジュジュ教)が米国南部で形を変えた諸教混交的な民間信仰のことです(ニューオリンズ・ブードゥーとは違うらしい)。

 構図はごく単純で、白い悪役を、黒と黄色が倒すだけ。実は、もっと深い意味があるのかも知れないけど、僕には分かりません。
 ……っていうか、後述する『マンボ・ジャンボ』もそうなのですが、人種差別や信仰の自由、黒人やネイティブアメリカンアイデンティティ云々は、取り敢えず脇に置いておけばよいのではないでしょうか。この頃のリードは余り諷刺性が高くないため(後期はかなり政治的になったらしい)、日本人でも文句なく楽しめるからです(余程の白人至上主義者でもなければ、ループの活躍にスカッとした後、涙するはず)。

 勿論、それは、分かりやすい物語、俗語で彩られた活きのいい文体、ごく短いパラグラフ、ヘリコプターやコンピュータやジャズなど異なる時代のアイテムをごちゃ混ぜにした手法のおかげでもあります。
 これは、アフロアメリカンの口承を文字として固定したことによって生まれた新しい文学の形だったのでしょう。過激で、陽気で、思わず踊り出したくなるような心地よさは、ほかの作家の小説からは得られません。
 なお、そんなリードの方法論について詳しく知りたい方は『書くこと、それは闘うこと』というエッセイをお勧めします。

 一方の『マンボ・ジャンボ』は絶版ではないので、今でも容易に入手できます。

 舞台は一九二〇年代、ジェス・グルー(jes grew=just grow、ただ広がる)という感染症が全米で流行しています。ジェス・グルーは熱狂的な踊りを発生させる疫病ですが、病気になるどころか、感染者を元気にさせ、興奮と恍惚をもたらすのです。
 で、このジェス・グルーの聖典を巡ってブードゥー教の呪術師パパ・ラバス(多神教)と、壁の花教団という秘密結社(一神教)、そして、その手先となるテンプル騎士団が戦うという話。

 ……と書いても何のこっちゃ分からないと思いますが、きちんと読んでもよく分からない点が多いので、細かいことは気にせず、ノリで読み進めてしまった方がよさそうです。というのも、広げた風呂敷がでかすぎて、些細な点にかかずらってる暇なんてないからです(実在・架空の人物が現れ、虚偽入り交じった混沌とした展開になる)。
 物語のなかで、太陽神崇拝者たちは卑劣な手段で有色人種を迫害しますが、それはそのまま世界史をなぞっています。しかも、重要なのは、多神教からみた裏の歴史である点。表面上はカトリックを信仰したハイチ人(「ハイチ人の95%がカトリック教徒、100%がブードゥー教徒」なんてジョークも出てくる)や、太陽神崇拝者によって歪められた古代エジプトの神々を語るとき、リードの筆はより奔放になります。
 その勢いに乗ったパパ・ラバスの反撃(推理)は、正に痛快。独特のスピード感とともに読者を恍惚へと導いてくれるでしょう。

 とどのつまり、ジェス・グルーは、感染症どころか、西洋キリスト教文明に汚染された地球を浄化するために投与された抗菌薬なのです(あるいは黒い神々の逆襲か)。役目を終えた後は消えてしまいましたが、またいつか復活し、彼らのピンチを救ってくれるはず。
 聖典の行方を追うミステリー、伝奇小説としても楽しめますので、そういうのがお好きな方にもお勧めです。リードの最高傑作といわれていますから、まずはこちらを手に入れてみてもよいかも知れません。

 なお、リードは一九九三年に『Japanese by Spring』という日本を扱った小説を書いています。せめてこれくらいは訳してもらえないでしょうかね……。

『ループ・ガルー・キッドの逆襲』飯田隆昭訳、ファラオ企画、一九九四

エスタン小説
→『ビリー・ザ・キッド全仕事マイケル・オンダーチェ
→『勇気ある追跡』チャールズ・ポーティス
→『砂塵の町』マックス・ブランド
→『大平原』アーネスト・ヘイコックス
→『黄金の谷』ジャック・シェーファー
→『西部の小説
→『幌馬車』エマーソン・ホッフ
→『六番目の男フランク・グルーバー

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