Change the Sky and Other Stories(1974)Margaret St. Clair(a.k.a. Idris Seabright, Wilton Hazzard)
マーガレット・セントクレア(別名イドリス・シーブライトほか)は一九五〇〜六〇年代に活躍したSF作家で、短編集『どこからなりとも月にひとつの卵』が翻訳・刊行された時点で既に現役ではなかったようです。
その後、ゼナ・ヘンダースンの『悪魔はぼくのペット』の解説で仁賀克雄が、特に短編が気に入っている一九五〇〜六〇年代の女流作家としてヘンダースン、セントクレア、キャサリン・マクレインの名を挙げていました。そのため、てっきりソノラマ文庫海外シリーズからもセントクレアの短編集が出るかと期待していたのですが、残念ながらそれは叶いませんでした(『地球への侵入者』と『眠られぬ夜のために』に短編がひとつずつ収録されたのみ。ちなみに「近く本シリーズで短編集の刊行を予定している」と書かれていたマクレインの単著も企画倒れに終わった)。
それから三十年以上が経過しましたが、セントクレアの新たな書籍は出版されていません。
しかし、『どこからなりとも月にひとつの卵』(写真)に魅せられた人(特に、現在、中年以降の男性)は多いのではないでしょうか。その人たちが出版社において責任のある地位につき、鶴の一声で新たな短編集が刊行される……なんてこともなくはないので、楽しみに待ちたいと思います。
さて、『どこからなりとも月にひとつの卵』巻末の解説には抒情味云々と書かれていますが、セントクレアの特徴はそんなところにはありません。彼女の魅力はズバリ、ひねくれまくった意地悪な視点なのです。
それをもって「女性らしい」というと怒られそうですが、ミュリエル・スパークとかクリスチアナ・ブランドなんかに通じるものがあるような気がします
収録作品数が多い(全十八編)ため、特に好きな短編のみを取り上げます(セントクレア名義は緑色、シーブライト名義はピンク色で示す)。
「空を変えよ」Change the Sky(1955)
宇宙を旅して、様々な星をみてきたペンドルトン。理想の星を再現するため、人工的な世界の作製をアーティストに依頼しますが、できあがったものは気に入りませんでした。ところが、次に雇われた男が作ったのは……。
こういうものがあったら、現実に戻るのが嫌になって引きこもりそうです。それを突き詰めると「胎内」になったりして。
「結婚の手引」Marriage Manual(1954)
異星人ドルフの特殊なセックスをエネルギーとして利用するため、彼らの婚儀典書を手に入れようとする地球人。ところが、その任務に就いていた男の代わりに現れたのはドルフの女性でした。
パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレの『オルゴン・ボックス』の宇宙版みたいな話です。オチは読みやすいのですが、大切なのは「性転換した者は怪物などではなく、両方の性の気持ちが分かる優れた存在である」という発想でしょう。
「さればわれらの挨拶を避け……」Then Fly Our Greetings(1951)
敵同士を戦わせる兵器を開発しようとしたところ、磁石の同極のように互いに反撥する効果が現れてしまいました。しかも、反撥期が過ぎると、逆にくっつき合う反転期が訪れます。やがて、放射装置が世界中を包み、すべての人が一個の人格になろうとします……。
全人類がひとつに溶け合えば戦争は終わります。本来の狙いとは異なりますが、ある意味、究極の兵器といえるでしょう。ただし、一個の意思となった地球に最後の反転期がやってきて「太陽」から離れようとするというオチが用意してあります。
奇妙なタイトルは、マシュー・アーノルドの詩『The Scholar Gipsy』(1853)の一節「Then fly our greetings, fly our speech and smiles!」からとられたのでしょうか。
「古風な鳥のクリスマス」An Old-Fashioned Bird Christmas(1961)
現代的な電飾を批判した法話で、電力の消費量を落としたため、パシフィック・ガス・アンド・エレクトリック・カンパニー(PG&E)に狙われるアデルバーグ師。彼を助けてくれたのは、少し前から一緒に暮らすようになっていたマズダという女性でした。
マズダがドルイド教やゾロアスター教に関する発言をしたり、「古風なクリスマス」という伏線はあるものの、実は彼女が「アフラマズダ」であったというオチは、誰にも読めないと思います。それにしても、意地悪なラストですね。
「渇いた神」Thirsty God(1958)
金星で女を弄び、追われることになったブライアンは神殿に逃げ込みます。ところが、そこは火星人が作った古い工場で、水分の多い金星の気候に対応するため体を蛙のように変化させるものでした。ただ、ブライアンが入ったときは、その機能が故障しており、彼の体は乾燥してしまいます。
水分を吸収して欲しい原住民プルヌプにとって、ブライアンは正に「渇いた神」となります。勿論、神にとっても人々は渇きを癒してくれるありがたい存在です(アルベール・サンチェス=ピニョルの『冷たい肌』と違って、プルヌプの水分を吸うのは不快だが)。「神が存在するのは相利共生のため」という考えが面白い。
「地球のワイン」The Wines of Earth(1957)
ジョーの葡萄園に現れた男女四人組は、ワインの研究をしにやってきた宇宙人でした。彼らは地球のワインに感銘を受けた様子がありません。なぜなら……。
どう考えてもギャグにしかならない設定で、素敵な物語を紡いでしまうのですから恐れ入ります。
「アイアン砦」Fort Iron(1955)
砂漠のなかのアイアン砦に赴任しているベイリス。敵が何者かも、砦以外の世界が存在するのかも分かりません。ある日、破損した銃眼胸壁を修理したところ、そこがいつの間にか別の物質で強化されていました。
ディーノ・ブッツァーティの『タタール人の砂漠』やJ・M・クッツェーの『夷狄を待ちながら』のような不条理な砦ものです。得体の知れない敵の奇妙な攻撃が不気味です。
「街角の女神」The Goddess on the Street Corner(1953)
貧しい独身男ポールのもとに、愛と美の女神アフロディーテが転がり込んできます。自らの血を売ったり、万引きをしたりしてまでも女神に尽くすポール。しかし、力が甦った女神は……。
女神は、誰からも必要とされない孤独な生活より、ボロボロになっても愛する人に仕える方がよいと考えたポールが生んだ幻なのでしょうか。けれど、無力な男は、そんな幻からも愛されません。
「どこからなりとも月にひとつの卵」An Egg a Month from All Over(1952)
亡き母親以外の女性とはほとんど会話したことのない中年男のジョージ。彼の唯一の生き甲斐は、卵を孵すことでした。今回、「今月の卵クラブ」から送られてきたのは、並外れて大きな青緑の卵です。
奇妙な卵から生まれたのは、カバーイラストのような美少女でした(飽くまでジョージにとって)。それにしても、四十六歳のおっさんの髪で編んだ「素敵な翼」って……。薄毛だったら、一体どうするんだろう。
「ラザロ」Lazarus(1955)
細胞を培養して人工的な食肉を作る工場を、三人の記者が取材に訪れます。肉には感覚器官も神経細胞も調整器官もないため、単なる塊にすぎないはずなのですが、培養槽からラザロの如く甦ったのは……。
工場長の最後の科白がさらなる恐怖を呼び起こします。ひょっとすると、次は……。
『どこからなりとも月にひとつの卵』野口幸夫訳、サンリオSF文庫、一九八〇
サンリオSF文庫、サンリオ文庫
→『マイロン』ゴア・ヴィダル
→『どこまで行けばお茶の時間』アンソニー・バージェス
→『深き森は悪魔のにおい』キリル・ボンフィリオリ
→『エバは猫の中』
→『サンディエゴ・ライトフット・スー』トム・リーミイ
→『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー
→『生ける屍』ピーター・ディキンスン
→『ジュリアとバズーカ』アンナ・カヴァン
→『猫城記』老舎
→『冬の子供たち』マイクル・コニイ
→『アルクトゥールスへの旅』デイヴィッド・リンゼイ
→『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ
→『蛾』ロザリンド・アッシュ
→『浴槽で発見された手記』スタニスワフ・レム
→『2018年キング・コング・ブルース』サム・J・ルンドヴァル
→『熱い太陽、深海魚』ミシェル・ジュリ
→『パステル都市』M・ジョン・ハリスン
→『生存者の回想』ドリス・レッシング
→『マラキア・タペストリ』ブライアン・W・オールディス
→『この狂乱するサーカス』ピエール・プロ
→『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル
→『ジョン・コリア奇談集』ジョン・コリア
→『コスミック・レイプ』シオドア・スタージョン
→『この世の王国』アレホ・カルペンティエル
→『飛行する少年』ディディエ・マルタン
→『ドロシアの虎』キット・リード
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