読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『果てしなき旅路』『血は異ならず』ゼナ・ヘンダースン

Pilgrimage: The Book of the People(1961)/The People: No Different Flesh(1966)Zenna Henderson

 ゼナ・ヘンダースンは寡作の上、短編しか書かなかった作家です。
 代表作の「ピープル」シリーズも元々は短編で、それを単行本化する際、短編と短編をつなぐ部分が加筆されました。それによって『果てしなき旅路』と『血は異ならず』(写真)という二冊の本が生まれたのです。

 ただし、「ピープル」シリーズは上記二冊(計十二編)で終わりではなく、全部で十七編あり、米国では『Ingathering: The Complete People Stories』という本にまとまっています。
 二〇〇六年に、河出書房の奇想コレクションからヘンダースンの短編集『ページをめくれば』が刊行されたとき、未訳のものがすべて収録されるかと思いましたが、残念ながら一編のみしか訳されませんでした(今後も期待薄か……)。

 シリーズの基本的な設定は、次のとおり。
 故郷の星が滅び、宇宙船に乗って脱出した異星人(ピープル)の一部が地球に不時着します。彼らは山のなかに集落を築き、隠れるようにして生活することになりました。
 彼らは人間そっくりですが、様々な超能力(テレパシー、念動力、空中浮遊、ヒーリングなど)を有しています。また、いくつかの支族がいるものの、バラバラになってしまいました。

 各短編のタイトルからも分かるとおり、キリスト教の主題を扱ったり、聖書からインスピレーションを得たりして書かれたSFといわれています。そのため、異星人にとって地球は約束の地であり、超能力は神から授けられた力となるわけです。
 エイリアンが聖書を引用するのは日本人からすると不思議な感じがするものの、一種の寓話と捉えれば違和感がなくなるのかも知れません。尤も聖書との対比ばかりに注目すると説教臭さが鼻につく可能性もあります。
「地球人は科学を発達させ、ピープルは超能力を発達させた」とありますが、両者は敵対することなく、上手く暮らしています。正に、世俗的ヒューマニズムキリスト教ヒューマニズムの融合といった感じです。
 実際、地球人に正体がバレないよう暮らす孤独なピープルが同胞と出会い、居場所をみつけるといった話が多いので、刺激はないものの、読後はほっこりとした優しい気持ちになれます。

 というわけで、今回は邦訳があるものすべての感想を書きます(赤色『果てしなき旅路』、青色は『血は異ならず』、緑色は『ページをめくれば』に収録)。

アララテの山」Ararat(1952)
 同胞たちの暮らすクーガー峡谷に、若い女性教師ヴァランシーがやってきました。教師は、どうしても外部から招かなくてはいけませんが、そうすると外界人(地球人)と恋に落ちてしまう危険があります。
 山奥に隠れ住むピープルたちの生活や特殊能力が説明されます。「分類」というテレパシー能力を持つカレンを中心に、その兄ジェミーとヴァランシーの恋が描かれます。

ギレアデ」Gilead(1954)
 同胞から離れ、地球人と結婚したピープルの女性。生まれた子どもは、ふたりとも能力者でした。両親が亡くなった後、同胞を求めクーガー峡谷に向かう兄妹ですが……。
 ピープルと地球人は子どもを儲けることができ、能力も引き継がれることが明らかにされます。妹のベシーは貴重な「感応者」です。

ヤコブのあつもの」Pottage(1955)
「アララテ山」とは逆に、寂れた町に教師として赴任する女性メロディ(地球人)。そこは同胞が隠れて住む町でしたが、彼らは超能力を封印していました。同胞の存在を知っているメロディは、子どもたちに力を解放するよう指導するものの、事故が起こり子どもが大怪我してしまいます。
 地球人に迫害されるのを恐れ、超能力を隠し続けてきた人々。力に頼りすぎるとトラブルになりますが、無理に封印すると折角天から与えられた素晴らしい能力が錆びついてしまいます。ここでは上手い具合に解決しています。

荒野」Wilderness(1957)
 女教師のディータには不思議な力があります。それを知って近づいてきたロウマニーはピープルで、同胞を探すため廃墟を巡っていました。しかし、ディータは……。
 今回は、地球人でありながら超能力を有する女性の物語です。ピープルの能力は地球人にも影響を及ぼすことが分かりました。最早、地球人とピープルの相違点を見出すことの方が難しくなってきた感じがします。勿論、どんどん仲間が増えるのは楽しいです。

囚われびと」Captivity(1958)
 交通事故で松葉杖生活になり教師も辞めることになったキャロルは、肺炎で入院した教師の代わりに一時的に現場復帰します。そのクラスにはフランチャー・キッドという親のない少年がいて、不思議な力を持っていました。
 何かが起こると問題児フランチャーのせいにされ、彼はますます悪事を繰り返すという悪循環に陥っています。フランチャーもピープルで、やはり地球人のなかでは生きにくいのかと思いきや、キャロルやカーティス医師のような理解者が増え始め、両者が共存する未来がぼんやりとみえてきました。

ヨルダン」Jordan(1959)
 ある日、宇宙船が現れ、そこから四人のピープルが降りてきました。彼らは別の星に新しい故郷を作ったので迎えにきたといいます。地球のピープルたちは、ついてゆくか、残るかの決断を迫られます。
 地球に残ろうと考えていた青年ブラムは、新しい故郷からきたサラたちが再生・転写能力を有すると知り、地球を去ることにします。それは、地球に不時着したときに大怪我を負い、耳も聞こえず目もみえず声も手も足もない女性オーブラを救うためでした。これほど美しい三角関係には、まずお目にかかれません。

血は異ならず」No Different Flesh(1965)
 子どもを亡くしたマークとメリスは、ある日、変わった赤子を拾います。ララと名づけられた子はピープルで、やがて父親が引き取りに現れます。
 マークの原稿が不良たちに滅茶苦茶にされたとき、ピープルたちが復元してくれます。マーク夫妻が赤ちゃんを放っておけなかったのと同様、ピープルも地球人を放っておけない……、つまりピープルにとって地球人は子どもみたいなものなのです。そもそもピープルと地球人は、持って生まれた血までが異なるわけではないとのことです。「宇宙の生きものは皆、兄弟」というわけです。

大洪水」Deluge(1963)
 採集日に特別な花が採取できなくなり、ピープルは星を捨てて旅立つことを決意します。支族ごとに別々の方向へ飛び立つため、引き離される恋人がいます。一方、高齢女性のエヴァ=リーには、出発の間際に天帝からのお召がやってきます。
 ピープルが故郷の星から旅立つ経緯を描いた作品です。何より心を打たれる場面は、たったひとり星に残ったエヴァ=リーが仲間の無事を祈り、天に召されるところです。揺るぎない信仰心が美しい、シリーズ全体の核ともいえる一編です。

知らずして御使いを舎したり」Angels Unawares(1966)
 舞台は十九世紀。魔女狩りにあって焼死させられた一家にあって、少女がひとり生き残りました。偶然通りかかった夫婦が彼女を引き取り、マーニーと名づけます。マーニーは不思議な力を持っていて……。
「大洪水」の続編というべきピープル受難の歴史です。最後にマーニーの正体が明らかになり、血は綿々と受け継がれていることに感動します。

されば荒野に水湧きいで…」Troubling of the Water(1966)
 十九世紀末、水の枯れた荒地で農業を営む一家がいました。ある日、隕石が落下し、近くに火傷をした少年ティミーが倒れていました。一家の主は、水がないことの苛立ちから、怪我のせいか目もみえず口も聞けないティミーに辛く当たります。
 タイトルどおりピープルの力で水脈をみつける物語ですが、肝腎なのは「大洪水」の後、離れ離れになった恋人が「知らずして御使いを舎したり」と「さらば荒野に水湧きいで…」で出会う点です。

帰郷」Return(1961)
「ヨルダン」で地球を離れ、新しい故郷に移住した一部のピープル。出産を控えたデビーは、夫サンとともに地球に帰ってきます。しかし、同胞はみつからず、サンは事故死し、デビーは地球人の老夫婦と暮らし始めます。
 水害の際、ピープルがデビーを助けなかったのは、デビーが地球人を蔑んだからです。ピープルが孤立するのを避けるためには、そこをきちんと教育しなければなりません。特にデビーは母になるのですから選民意識は徹底的に排除すべきです。

月のシャドウ」Shadow on the Moon(1962)
 ベシーの子どもレミーとシャドウは、トマスという老人と知り合いになります。トマスは息子とともに宇宙船を建造しているらしいのですが、精神に異常をきたしており……。
 トマスの息子は既に亡くなっていますが、増幅器を持っていたことからトマスの妻がピープルであることが分かります。彼の夢を叶えるため、月へ連れていってあげます。宇宙から地球を眺めたとき、ピープルたちが郷愁に駆られたのは、祖先の記憶が残っていたせいでしょうか。

忘れられないこと」The Indelible Kind(1968)
 転校生のヴィンセント(ピープル)は、意思に反して拘束されることを極端に嫌う子です。ある日、女教師のマーサーはヴィンセントが激しく苦しんでいるのに気づきます。彼は、ロシアの宇宙飛行士が事故で地球に帰還できずにいるのを知り、助けにいこうとしていたのです。
「月のシャドウ」に登場した宇宙船で救助に向かいます。時代的に、米ソの宇宙開発戦争がテーマになっているのでしょうが、船内でピーナッツバターやクラッカーを皆で食べたりするのはピクニックみたいだし、オチも楽しいです。

「That Boy」(1971)未訳
「Katie-Mary's Trip」(1975)未訳
「Tell Us a Story」(1980)未訳
「Michel Without」(1995)未訳

『果てしなき旅路』深町真理子訳、ハヤカワ文庫、一九七八
『血は異ならず』宇佐川晶子、深町真理子訳、ハヤカワ文庫、一九八二
『ページをめくれば』安野玲山田順子訳、河出書房新社、二〇〇六


→『悪魔はぼくのペットゼナ・ヘンダースン

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