読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『悪魔はぼくのペット』ゼナ・ヘンダースン

The Anything Box(1965)Zenna Henderson

 前回ちょっと触れたゼナ・ヘンダースンは、長編を一作も書いておらず、また短編の数もそれほど多くありません。
 にもかかわらず、連作短編の「ピープル」シリーズ、あるいは「スー・リンのふしぎ箱(なんでも箱)」は高い評価を得ています。
 僕はどちらも大好きですが、残念なことに現時点でヘンダースンの著書はすべて絶版です。「なんでも箱」(深町眞理子訳)を収録したアンソロジー集英社文庫コバルトシリーズの『海外ロマンチックSF傑作選2 たんぽぽ娘』、河出文庫の『20世紀SF2 1950年代 初めの終わり』、創元SF文庫の『SFベスト・オブ・ザ・ベスト』など)も新本では入手できません。

 例えば、ロバート・F・ヤングは「たんぽぽ娘」の人気再燃によって、二十一世紀になって数多くの短編集が刊行されました。それに引き換え、ヘンダースンの不遇ぶりには憤りすら覚えます。
 ヘンダースンの作品の特徴として「教師や年長者の視点で子どもを描く」「地球を訪れた異星人が登場する」「超能力を持つ子どもや女性が登場する」「聖書から題材を得ている」などがあげられます。
 彼女は教師を続けながら小説を書いていたそうで、語り口はとても優しいのですが、人生の苦さや厳しさもきちんと仄めかされます。子どもたちの未来は決して明るくないことを知りながらも、可能な限り幸せな道を歩んでもらいたいと考えていたのではないでしょうか。
 短編であることもあって、登場人物が類型的かつ単純化されている部分は否めませんが、それでも十分心を揺さぶられます。勿論、書かれてから五十年以上経っても賞味期限は切れていません。
 多くの人が話題にすれば復刊や新訳につながるかも知れないので、僕も小さな一票を投じたく、今回は「スー・リンのふしぎ箱」が収録されている『悪魔はぼくのペット』を取り上げることにします。

 なお、『悪魔はぼくのペット』は、ソノラマ文庫海外シリーズの一冊です。
 この文庫の短編集は、日本オリジナルもしくは原書から抜粋したものが多いのですが、この本も『The Anything Box』という短編集(全十四編)から十編を抜き出して訳したものです。未収録のうち二編(「しーッ!」と「おいで、ワゴン!」)は『ページをめくれば』で読むことができます(※1)。

『悪魔はぼくのペット』のもうひとつの特徴は、原題どおりのタイトルがひとつもないこと。
 そのまま訳すと日本の読者に分かりにくい場合など題名を変更するケースはありますが、十編すべてをオリジナルのタイトルにしてしまうのは、作者のセンスを否定するみたいで余り気持ちのよいものではありません。
 タイトルも含めてヘンダースンの作品であり、読者はそれを味わいたいのですから……(この訳者は、同文庫のシオドア・スタージョン『影よ、影よ、影の国』でも同じことをしている)。

 感想に入る前に、ソノラマ文庫海外シリーズの話を少し。
 この叢書は、仁賀克雄の監修で一九八四年に刊行が始まりました。「恐怖、SF、怪奇、幻想などの分野から、おもしろさ第一級のエンターテイメントを集めた海外翻訳新シリーズ」という触れ込みでしたが、第一期三十五冊+別巻一冊を発行しただけで敢えなく終了してしまいました。
 サンリオSF文庫と同様、マニアックなラインナップだったため、シリーズが消滅した後、古書価格が高騰したのが特徴です。
 サンリオSF文庫と大きく異なるのは、廃刊後に他社から復刊された本が少ない(※2)点でしょうか。特にホラーの短編が好きな方は、埋もれた作品を何らかの形で掘り起こしてもらいたいと感じているようです。このシリーズのアンソロジーは、よくも悪くもマイナーな作家ばかりなので、ほかではちょっと読めそうもないのです。

 僕はというと、途中から怪奇小説ばかりになったこと、短編集やアンソロジーが多かったこと(※3)から、余り興味を惹かれませんでした……といいつつ、安いのをみつけると読みもしないのに買ったりして、そこそこ集まっているのが我ながら情けない。
 しかし、逆にいうと、三十年以上掛かって二十冊程度しか揃わないわけで、これは普通の古書店でみかける確率がかなり低いことを意味します(※4)。そのため、いつの間にかコンプリートしていたなんてことは、まずあり得ないでしょう。すべて揃えたいなら高価なものにも手を出す必要がありますが、今のところ、そこまでする気にはなれないというのが本音です(追記:『死を告げる白馬』が安く売ってたので、結局全巻揃えてしまった……)。
 ちなみに『悪魔はぼくのペット』は二冊所持しています(写真)。この本を含めた帯付の海外シリーズ三冊が百円均一ワゴンに並んでいるのをみつけるという幸運に恵まれ、ダブりを承知で購入したまでで、持っているのを失念したわけではありませんとも。

 前おきが長くなりましたが、今回は並びを原書どおりにし、『ページをめくれば』収録の二編も加えた感想を書くことにします(ピンク色がそれ。灰色は未訳)。

スー・リンのふしぎ箱」The Anything Box(1956)
 両手の指で箱の形を作って、それを夢中で覗き込む少女スー・リン。彼女の父親が泥棒をして捕まったこともあって、その箱が手放せなくなります。先生は、ふしぎ箱を取り上げるか否か大いに悩みますが、最終的には……。無邪気な笑顔が印象的な結末ではあるものの、スー・リンの将来を考えると胸が苦しくなります。

子供たちの停戦協定」Subcommittee(1962)
 遅々として進まない異星人との停戦会議に、みるみる疲弊してゆく男。それを尻目に、妻と息子は異星間の交流を深めてゆきます。作中でも言及されているとおり、両種族はこれからも仲よくし続けてゆけるかどうか分かりません(塩や海の奪い合いで醜い戦争に発展する可能性もある)が、それでもなお美しく感動的な物語です。

ベッドの下の世界」Something Bright(1959)
 ベッドの下に不思議の国の入口があるというのは、子どもにとって最高に魅力的です。ただし、『不思議の国のアリス』と異なり、アナはそこから異世界を眺めるだけでした。勿論、短編小説としては、想像力を掻き立てられるという意味で、正しい選択だと思います。

しーッ!」Hush!(1953)
 小さな男の子が想像した掃除機そっくりの怪物「音喰い」に襲われる恐怖を描いた作品。「チュイーン」「しゅるしゅる」「ずぞぞぞぞ」という怪物が立てる不気味なオノマトペと対象的に、音が喰われた世界の静寂が何とも恐ろしい……。

Food to All Flesh」(1953)
 未訳

おいで、ワゴン!」Come On, Wagon!(1951)
 ヘンダースンのデビュー作。超能力を持った子どもが成長とともにその能力を失うことは多くのフィクションで描かれています。では、その境目はどこにあるのでしょうか。大人が超能力を使って欲しいと思い、それを理解し応えようとするとき、不思議な力は失われてしまうのかも知れません。

一夜の変身」Walking Aunt Daid(1955)
 少なくとも百八十年前から家にいるデイドおばさん。一言も喋らないので、何者なのか誰も知りません。ときどき動くし、豆を手渡すと上手に剥きます。一世代に一度、おばさんはどこかに歩いてゆくので、一族の男がついてゆかなくてはなりません。それは、なぜかというと……。ゾンビではなく、おばさんは別の世界で長い夢をみているのです。「うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと」ですね。

異端児の誇り」The Substitute(1953)
 オールドミスの先生にとって問題児の少年。何と彼は宇宙人にスカウトされるほどの天才児で、なおかつ先生のことが好きでした。勿論、それは先生が彼のことを常に気にかけてくれていたからです。ラスト一行に、ちょっとしたオチが用意してあります。

釣り餌は女の涙」The Grunder(1953)
 離婚の危機を招くほど嫉妬深い夫クレイは、給油所で出会った老人に、異次元を旅する巨大魚グルンダーのことを教わります。その魚を三回撫でれば嫉妬心は綺麗になくなるとのことでした。妻を信じること、気の触れた老人を信じること、そして、自分を信じることが肝腎です。

Things」(1960)
 未訳

魔法の教室」Turn the Page(1957)
 エボ先生の魔法の授業は子どもたちを虜にします。けれど、先生がいなくなった後、皆は彼女のことも授業のことも忘れてしまったようです。主人公だけは、ページをめくればハッピーエンドが待っていることを覚えています。幸せになる方法を知らないのと、知っているけど実行できないのとでは、どちらが不幸なのでしょうか。人生の苦さを見事に表現した小品です。
 なお、一人称で名前のない主人公の性別は、村上訳では男、山田訳(「ページをめくれば」)では女になっています。

悪魔はぼくのペットStevie and the Dark(1952)
 五歳のスティーブは、魔法の力で「闇」を閉じ込めています。様々な誘惑にも耳を貸さなかったのですが、ある日……。邦題が明らかにミスリーディングを誘っています。面白い試みだけど、作者の意図したものとは違うし……。うーん。アリなのかナシなのか何ともいえません。

異次元から来た動物」And a Little Child-(1959)
 丘全体が巨大な生きもので、それを知っている少女がおばあさんと一緒に取り残された赤ちゃん丘を助けてあげます。話自体は大したことありませんが、生きている丘というイメージが楽しいです。

不吉な遊び」The Last Step(1957)
 ヘンダースンには珍しく、子どもを嫌う教師が主人公です。しかも、舞台は地球ではなく、アルゲイブという惑星。自分の行動が自分を危機に追い詰めるという「天に唾する」お話ですが、そもそも子どもが嫌いなのは子どもに愛されないからなのか、子どもが嫌いだから子どもに愛されないのか。孤独な女性の悲哀が描かれます。

※1:ヘンダースンには、「ピープル」シリーズ以外の短編集がもう一冊だけある。それが『Holding Wonder』(一九七一)で、邦訳があるのは二十編中七編だけ。この短編集を中心に、「ピープル」シリーズの残りを拾った新刊が出ると嬉しいんだけど……。

※2:H・P・ラヴクラフトの『暗黒の秘儀』は、そもそも創土社の同名書籍を復刊したもの。フィリップ・K・ディックの『宇宙の操り人形』と『ウォー・ゲーム』(北宋社の『顔のない博物館』を一部差し換えて文庫化したもの)は、ちくま文庫で復刊されたが収録作品が異なる。仁賀の『海外ミステリ・ガイド』も『海外ミステリ入門』の文庫化で、さらに改訂版が刊行されたため、もしかすると純粋な復刊は一冊もない?

※3:アンソロジーは余り好きではないが、フレドリック・ブラウンの「星ねずみの冒険」が収録されている『機械仕掛けの神』と、チャールズ・G・フィニーの「黒い魔犬」が収録されている『魔女・魔道士・魔狼』は絶対に外せない。

※4:サンリオSF文庫より、出版点数も少なく、恐らく発行部数も少なかったのではないか(重版もなかった?)。そのため、初期のものはたまにみかけるが、カバーイラストがすべて生頼範義になってからのもの(『魔の配剤』以降)は滅多にみつからない。


『悪魔はぼくのペット ―感性あふれるアメリカファンタジー』村上実子訳、ソノラマ文庫、一九八四
『ページをめくれば』安野玲山田順子訳、河出書房新社、二〇〇六


→『果てしなき旅路』『血は異ならず』ゼナ・ヘンダースン

ソノラマ文庫海外シリーズ
→『吸血ゾンビ』ジョン・バーク