読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『さまよえる宇宙船』スティーヴ・ジャクソン

Starship Traveller1984)Steve Jackson

 先日、スティーヴ・ジャクソン(※)とイアン・リビングストンの『火吹山の魔法使い』を何十年かぶりに遊び返しました。
 サイコロと紙と鉛筆を用意して、数値を加減したり、チャートをメモしたり、マッピングしたり、アイテムを書き加えたり、鍵の番号を記したりしながら、じっくりと読み進めたのです。
 最近のコンピュータゲームであれば、すべて自動でやってくれることを、アナログで対応するのは面倒かなと思いきや、殊のほか楽しく、懐かしい経験でした。

 ただ、昔もそうだったのですが、何冊も続けて遊んでいると、どうしても飽きがきます。
 その理由のひとつは、ゲームブックが飽くまでゲーム寄りのフィクションであることです。
火吹山の魔法使い』にしても、迷宮を探索して、アイテムを手に入れ、クリアするというダンジョンRPGとしての面白さはあっても、ストーリーを楽しむというレベルにはありません。
 恐らくゲームブックは「システムを複雑にするとストーリー部分が弱くなり、物語に浸るために単純なパラグラフの選択だけにするとゲームとして詰まらなくなる」というジレンマを抱えているのではないでしょうか。

「ソーサリー」四部作は、ファイティングファンタジーよりもボリュームがあるし、システムも複雑ですし、魔法を唱えられるという要素はありますが、やはり剣と魔法の世界が舞台ということもあり、マンネリ化を止められません。
 勿論、ファンタジーの世界観や約束事が堪らなく好きだという人もいるので、文句をつけるつもりはさらさらありません。今回は「違うタイプのゲームブックも楽しみたいなあ」という人にお勧めの本を紹介したいと思います。

『さまよえる宇宙船』(写真)は、タイトルからも分かるとおり、SFです。
 この作品以後、SFやホラーのゲームブックは珍しくなくなりますが、初めて出合ったときは、ちょっとした衝撃でした。さらに、宇宙船同士の戦闘や銃撃戦も用意されており、ファンタジーの要素を完全に消そうという意図がみえます。

『さまよえる宇宙船』のユニークな点はもうひとつあって、それがパーティを組んで冒険するシステムです。
 船長の「君」以外に、科学官、医務官、技官、保安官、警備員ふたりの計六人に技術点と体力点を設定し、探索に連れてゆきます。
 船長が死ぬとゲームオーバーですが、ほかのメンバーが死んでも補充が効きます。ただし、能力は最初のメンバーより落ちるというシビアなシステムです。スポーツでいうと、レギュラーが怪我をしたので、控えを試合に起用するといったところでしょうか。

 この本が出版されたときは、『ウルティマ』や『ウィザードリィ』は遊んだことがなかったし、『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』も発売されていなかったため、複数で冒険するというシステムが斬新に写りました。

 一方、仲間といっても、名前も個性もないため、よくよく考えるとアイテムと大差ないともいえます。
 それが不満な人は、彼らに名前をつけ、簡単な設定を用意してあげると、感情移入しやすくなって楽しいと思います。

 設定は「ブラックホールを突き抜け、別の次元に飛んでしまった宇宙船トラベラー号が、宇宙を探索しながら、地球に帰還することを目指す」というものです。
 ゲームブックですので、当然ながら、その後の展開を記すことはできません。

 にもかかわらず、『さまよえる宇宙船』はゲームというよりも、小説のように楽しめるのです。どういうことかというと……。

 まず、『さまよえる宇宙船』は、A・E・ヴァン・ヴォークトの『宇宙船ビーグル号の冒険』やテレビシリーズの『スタートレック』、藤子・F・不二雄の『21エモン』『モジャ公』らと同じ宇宙探索SFです。
 宇宙を彷徨い、異星人と遭遇したり、様々なトラブルに見舞われたりといったことを繰り返し、目的地に辿り着きます。

 ゲームブックなのでストーリーは連続していますが、実際は小さなエピソードの積み重ねから成り立っています。
 例えば、全員が平等であることを目指しているせいで何も決められない星、進歩派と後退派に分かれて争いがあり、進歩派が強力な幻覚剤を使用したため、全員が幻覚に襲われた星、自然死がないため、人口増加を抑制するため抹殺が行なわれている星、高い知性と能力を備えて生まれてきて、急激に老化するため、子どもがすべてを取り仕切っている星などがあります。それらにトラベラー号は立ち寄り、問題を解決したり、逃げ出したり、ときには対応を間違えて殺されたりします(バッドエンド)。

スタートレック』は、現実の問題をSFの世界で再現し、視聴者に訴えるという特徴がありますが、『さまよえる宇宙船』でも同様のことが行なわれています。
 平等な社会は共産主義、進歩派と後退派は革新と保守、間引きは安楽死といった具合に、現実の社会に準えて諷刺をしたり、考えるきっかけになったりしているわけです。
 ゲームブックだからといって勧善懲悪のスペースオペラにしなかったところが、大人も満足できる作品に仕上がった理由のひとつでしょう。

 そうした意図があるせいか、テクストはほかのゲームブックより分量も多く、読み応えもあります。極論すると、ゲームを放棄して、最初からすべての文章を読んでしまってもよいくらいです。
 まあ、そこまでしなくとも、「着陸するか or 立ち去るか」の選択肢は、常に「着陸する」を選ぶべきです。なかには、本当に火山しかなく、サイコロの目次第ではバッドエンドに至る惑星もありますが、それでも立ち寄る価値はあります。

 勿論、ゲームとしても楽しめます。
 異星人の科学者に実験台にされ、闇のなかに広がる迷路を彷徨い、苦し紛れに虚空に足を踏み入れると、それが正解だったりする展開などはSFならではのスリルがあるし、スターシップのバトルや銃撃戦は迫力があります。
ナイトメアキャッスル』ほどではありませんが、バッドエンドが多彩な点も嬉しいです。

 ただし、難易度はやや高いでしょうか。特に最後の選択はパラグラフジャンプになっており、クリアするためには、そこに至る過程で入手した正しい場所座標(星区)と時間座標(恒星日)を入力(計算)しなければならないのです。
 しかも、どの座標が正しいのかはテクストからは判断できないため、バッドエンド覚悟で何回もチャレンジする必要があります。
 なかなかの不親切仕様ですから、以下に伏せ字でヒントを掲載しておきます。
ジョルセン第三惑星政府の一等士官イ・アベイル」と「惑星テリアルのラフという子ども」が正しい座標を教えてくれます。

 ところで、『さまよえる宇宙船』にはもうひとつ欠点があって、それは挿絵が下手糞なことです。
 実際にみたら、余りのひどさに愕然とするでしょう……。

※:同姓同名のゲームデザイナーがふたりいて、英国人と米国人という区別をすることが多い。今回の作者は、英国のスティーヴ・ジャクソンである。

『さまよえる宇宙船』アドベンチャーゲームブック4、浅羽莢子訳、社会思想社、一九八五

ゲームブック
→『ナイトメアキャッスル』ピーター・ダービル=エヴァンス

Amazonで『さまよえる宇宙船』の価格をチェックする。