読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ラテンアメリカ五人集』


 日本でラテンアメリカ文学ブームが起こった一九八〇〜九〇年代頃、ガブリエル・ガルシア=マルケスやマリオ・バルガス=リョサ、マヌエル・プイグ、フリオ・コルタサルらの小説が安価な文庫本で刊行され、貪るように読んだ記憶があります。
 人気作家や有名な作品の紹介が進むなか、そこから漏れたものを拾ってくれるのがアンソロジーです。

 実をいうと、『ラテンアメリカ五人集』(写真)は既訳が多かったのですが、安く入手しやすい文庫本というところに意味があります。
 いきなり、バルガス=リョサの『緑の家』や、イサベル・アジェンデの『エバ・ルーナ』に手を出すのはちょっと……という人も、三百頁程度の文庫なら気軽に挑戦できるでしょう。
 サンリオ文庫の『エバは猫の中』とともに貴重な入門書でした。

 また、かつてはラテンアメリカ文学というと、すべてがマジックリアリズムというようなイメージがありましたが、『ラテンアメリカ五人集』は、前半のパチェーコとバルガス=リョサの中編がリアリズム小説です。
 後半の幻想的な作品との比較も楽しめます。

砂漠の戦い」Las batallas en el desierto(1981)ホセ・エミリオ・パチェーコ
 カルリートス少年は、友人の母親で、有力者の愛人でもあるマリアーナに恋をします。しかし、彼女に想いを告げたことがバレると大騒ぎになります。家族は彼を精神科に連れてゆき、転校させられてしまうのです。後日、昔の友人に偶然出会ったカルロスは、マリアーナが自殺したことを知らされます。
 一九五〇年代のメキシコを、主人公が三十年後に回想するという形式で書かれています。戦後、様々なことが急速に変化し、近代化とともに政治の腐敗も進む様子が、少年の目を通じてみえてきます。美しく悲しい物語です。なお、パチェーコの短編は『エバは猫の中』に「遊園地」が収録されています。

小犬たち」Los cachorros(1967)マリオ・バルガス=リョサ
 子どもの頃、転校してきたクエリャル。彼にはすぐ四人の友人ができます。ある日、クエリャルは犬にペニスを食い千切られてしまいます。やがて、彼らは成長し、それぞれに彼女ができますが、クエリャルは誰ともつき合おうとしません。しかし、彼にも好きな女の子ができ……。
『緑の家』の後、『ラ・カテドラルでの対話』の前に書かれた中編です。語りは典型的なティーンエイジスカースですが、「ぼくたち」という一人称複数で、発話者が誰なのか分かりません。正に『ラ・カテドラルでの対話』の第一部を先取りしたような実験的な手法です。
 若い頃にペニスを失うというのは想像を絶する苦難です。クエリャルは、自分だけに不幸が降りかかったという不平等感を持て余すとともに、どのように生きるべきかに答えを出せず、身を持ち崩し、自動車事故で若くしてこの世を去ります。自分が同じ立場だったら、自暴自棄になるか隠遁者になるかくらいしか思いつかないため、生き急ごうとした彼の気持ちはとてもよく分かります。一方、クエリャルと対照的に四人の仲間は結婚をして、筋肉はたるみ、腹がせり出してきます。これもまた、悲しい現実です。
→『誰がパロミノ・モレーロを殺したか』マリオ・バルガス=リョサ

鏡の前のコルネリア」Cornelia frente al espejo(1988)シルビーナ・オカンポ
 自殺しようと、誰もいない叔母の家の鏡の前で、自分に話しかけるコルネリア。そこへ、謎の少女、泥棒、若い男性が順番にやってきて……、。
 オカンポは、アドルフォ・ビオイ=カサレスの奥さんで、ふたりで推理小説も書いていますが、単独の長編はないようです。これも短編といいつつ、科白のみで地の文がないのでレーゼドラマのようです。回想を上手く演出すれば上演できそう(映画化はされている)。鏡の向こうとこちら、現世とあの世、夢と現実、過去と現在などが交錯する幻想的な作品です。

」Blanco(1967)オクタビオ・パス
 上中下三段に分かれた詩です。上段は火、水、風、土に対応する瞬間をエロティックに描き、中段は黄、赤、緑、青と変化しつつ、無から白へと向かう様を、下段は感覚、知覚、想像、理解の変奏からなるとのことですが、難しすぎてよく分かりません……。

青い目の花束」El ramo azul(1951)オクタビオ・パス
 どこか(ユカタンらしい)の宿に泊まっていた「私」が夜、散歩に出ると青年(インディオらしい)に襲われます。彼は、恋人に頼まれたので、青い目が欲しいといいます。
 青い目の白人に対する憧れなのか、恨みなのか、複雑なメキシコの事情が垣間みえます。なお、同じ訳者が『鷲か太陽か?』では「青い花束」として訳し直しています。

見知らぬふたりへの手紙」Carta a dos desconocidos(1951)オクタビオ・パス
 まだ会ったことのないき「きみ」と「彼女」に宛てた手紙です。「きみ」とは「死」のようですが、「彼女」はそれと正反対のようでもあり、同じもののようでもあるそうです。こちらも『鷲か太陽か?』に新訳が掲載されています(「正体不明の二人への手紙」)。

グアテマラ伝説集」Leyendas de Guatemala(1930)ミゲル・アンヘル・アストゥリアス
 アストゥリアスの処女短編集で、グアテマラに伝わる伝説を語り直したもので、ソルボンヌ大学で行なった中南米の先住民文明に関する調査が元になっているそうです。「火山」の伝説、「長角獣」の伝説、「刺青女」の伝説、「大帽子の男」の伝説、「花咲く地」の財宝の伝説、春嵐の妖術師たちの六編が収められていますが、原書の二版以降は「ククルカン ー羽毛に覆われた蛇」が追加されました。
 古代の神話のようなものから、比較的新しい(マヤ文明や十七世紀頃の修道女の話など)伝説まで幅広く扱われています。アストゥリアスの文学は、ヨーロッパ人による先住民の支配に批判的なインディヘニスモ文学の進化形である「ネオインディヘニスモ」といわれていますが、その基盤となっているのがこうした伝承なのでしょう。

『ラテンアメリカ五人集』安藤哲行、鈴木恵子、鼓直、野谷文昭、牛島信明訳、集英社文庫、一九九五

アンソロジー
→『12人の指名打者
→『エバは猫の中
→『ユーモア・スケッチ傑作展
→『ブラック・ユーモア傑作漫画集
→『怪奇と幻想
→『道のまん中のウェディングケーキ
→『魔女たちの饗宴
→「海外ロマンチックSF傑作選
→『壜づめの女房
→『三分間の宇宙』『ミニミニSF傑作展
→『ミニ・ミステリ100
→『バットマンの冒険
→『世界滑稽名作集
→「恐怖の一世紀
→『ラブストーリー、アメリカン
→『ドラキュラのライヴァルたち』『キング・コングのライヴァルたち』『フランケンシュタインのライヴァルたち
→『西部の小説
→『恐怖の愉しみ
→『アメリカほら話』『ほら話しゃれ話USA
→『世界ショートショート傑作選
→『むずかしい愛
→『魔の配剤』『魔の創造者』『魔の生命体』『魔の誕生日』『終わらない悪夢
→『天使の卵』『ロボット貯金箱