読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『怪奇と幻想』ロバート・ブロック、レイ・ブラッドベリほか


 主に一九七〇年代に刊行されたホラー短編のアンソロジーは、似たようなシリーズ名が多いことで有名です。
 それについては詳しく解説したサイトがあるので、ここでは特に名の知れた四つの叢書をあげるに止めます(※1)。

『幻想と怪奇』全二巻、都筑道夫編、ハヤカワ・ミステリ、一九五六
『恐怖と幻想』全三巻、矢野浩三郎編、月刊ペン社、一九七一
『怪奇と幻想』全三巻、矢野浩三郎編、角川文庫、一九七五
『幻想と怪奇』全三巻、仁賀克雄編、ハヤカワ文庫、一九七五〜一九七八
 +『新・幻想と怪奇』仁賀克雄編、ハヤカワ・ミステリ、二〇〇九


 特に『怪奇と幻想』と、ハヤカワ文庫の『幻想と怪奇』は似た書名に加え、「文庫本」「全三巻」「一九七五年に刊行された」「カバーイラストが辰巳四郎(※2)」「収録作品が一部重複する」といった共通点があります。
 ややこしさはともかくとして、いずれも怪奇・幻想小説の入門書としてファンに親しまれたシリーズです。発行部数が多く、『幻想と怪奇』は復刊もされたため、現在でも入手は容易で古書価格も高くありません。加えて質も量も十分なので、これから闇の世界へ踏み込もうとする若い読者にとって今なお有用でしょう。

 今回取り上げる『怪奇と幻想』は、はっきりいって中身より装幀に惚れました(写真)。不気味なカバーイラストには「頁を捲った先に、どれほど邪悪な物語が広がっているのだろう」と期待させる力が十分すぎるほど備わっていました。
 帯を含めたデザインも素晴らしい。こういう本は三冊並べる楽しみがありますから、ぜひ帯つきをご購入ください。

 なお、この叢書は『恐怖と幻想』の再編集版ですが、『恐怖と幻想』は四十編、『怪奇と幻想』は四十五編収録されており、そのうちダブるのは十八編だけなので、ほぼ別ものといってよいかも知れません。
 勝手な印象ですけど、ハヤカワ文庫の『幻想と怪奇』は奇妙な味に近く、『怪奇と幻想』の方はオーソドックスな怪奇小説が多い気がします。さらに『怪奇と幻想』は、各巻の終わりに一編ずつノンフィクションが掲載されている点が斬新でした。

 アンソロジーは編者と趣味が合うと幸福になれます。しかし、そうじゃなかったとしても、好みとかけ離れたものを読むという体験は貴重だったりするので、深く悩まず読んでみることをお勧めします。
 例によって特に面白かった短編のみを紹介します。何巻に収録されているかは、色で判断してください(1巻2巻3巻)。

序文」(Introduction)ダシール・ハメット
「序文」といっても、当然ながらこの文庫のために書かれたものではありません。ハメットは一九三一年に『Creeps by Night; Chills and Thrills』という恐怖小説のアンソロジーを編んでいて、これはそこに掲載されたものです。
 ホラーとは、読者が「そんなことはあり得ない」と考えていることが起こり、作者が「そんなはずはない」と思わせることで成立すると述べています。読者が「それが起こっても不思議ではない」とか「それが起ころうと、どうでもよい」と考えてしまうと怖いという感情は生まれない。さらに、恐怖は瞬間的なものなので、長編小説としては成功しないんだとか。
 長編が駄目とは思いませんが、切れ味の鋭い短編を求めたくなる気持ちはよく分かります。

猫の影」(Catnip)ロバート・ブロック
 嫌な奴が恐ろしい目に遭うのと、善人が災難が降りかかるのとでは、どちらが恐怖を感じるのでしょうか。ちなみに、この小説は前者です。

墓場からの帰還」(Back from the Grave)ロバート・シルヴァーバーグ
 若い妻とその愛人によって、生きたまま埋葬されてしまう裕福な中年男。土の下で目覚め、何とか脱出しようと試みますが……。オチはアンブローズ・ビアスの例の短編の亜流です。

噛む」(They Bite)アントニー・バウチャー
 吸血鬼のようなゾンビのような話ですが、読みどころはタイトルどおり噛まれた際の描写にあります。痛いし、毒が回るし、気持ち悪い……。

オルラ」(La horla)ギ・ド・モーパッサン
 晩年精神に異常をきたしたモーパッサンは、まさに怪奇や幻想、異常心理を扱った短編を数多く書きました(『モーパッサン怪奇傑作集』にまとまっている)。オルラとは何かよく分かりませんが、腐っても鯛ならぬ、狂ってもモーパッサンといった出来。

血は命の水だから」(For the Blood is the Life)フランシス・マリオン・クロフォード
 イタリアにある塔で暮らす男が友人を招きます。月明かりの下、景色を眺めていると、塚の上にぼんやりと死体がみえます。そこは殺され埋められたジプシーが人を招き寄せ、血を吸うといわれる場所でした。怖いというより、静謐な美しさを感じさせる小品です。

分裂症の神」(Schizoid Creatorクラーク・アシュトン・スミス
「実は、神も悪魔も同一の存在。ただし、分裂症を患っているため、ジキルとハイドのようによい面と悪い面が現れる」と考えた精神科医が悪魔を呼び出し、治療しようとします。彼は精神病院に入れられてしまうのですが、実は……。

夜の風が吠える時」(When the Night Wind Howls)L・スプレイグ・ディ・キャンプ、フレッチャー・プラット
 ブロンク博士の講演会にゾンビがやってきます。別に何もしませんが、講演を聴くと気持ちがよくなるらしい。ゾンビは次第に増えていって……という怖いんだか馬鹿馬鹿しいんだか分からない話。

魔女戦線」(Witch War)リチャード・マシスン
 七人の少女がライオンや象、犀といった猛獣に変身し、兵士の代わりに戦ってくれます。ただそれだけなんですけど、長編にしたら面白くなりそうだな。
→『奇術師の密室リチャード・マシスン

ヘンショーの吸血鬼」(Masquerade)ヘンリー・カットナー
 昔読んだとき、「おおーっ」と思った記憶があります。吸血鬼の話なのに終始陽気なトーン……となると、オチはこれに決まってますね。

吸血鬼の告白」(My Confession)ジョン・ヘイグ
 ヘイグは、第二次世界大戦が行なわれていた頃、イギリスで九人もの人を殺し、その血を飲み「ロンドンの吸血鬼」と呼ばれたシリアルキラー。彼が絞首刑に処される前に書いた手記がこれです。ヘイグは死体を硫酸で溶かし罪を逃れようとしたことで有名ですが、同時に犯行が露呈しないよう、被害者のふりをして数多くの手紙を書いていました。その才能が手記にも現れています。自らの犯行を筋道立てて説明し、なおかつ次々に頁を捲りたくなる技巧も有しています。これを読むためだけに、この本を買う価値があります。

アムンゼンの天幕」(In Amundsen's Tent)ジョン・マーティン・リーイ
 南極探検隊が、地球のものとは思えない怪物に襲われる……というとH・P・ラヴクラフトの『狂気の山脈にて』(一九三六)を思い出しますが、書かれたのはこちらのほうが先です(一九二八年)。怪物の容姿や正体について一切言及されないのに、かなり怖いです。

静かに! 夢を見ているから」(Silence, on Rêve)ローラン・トポール
 こちらをどうぞ。
→『リュシエンヌに薔薇をローラン・トポール
→『ブラック・ユーモア傑作漫画集ローラン・トポールほか

監視者」(The Watchers)レイ・ブラッドベリ
 少年の頃、博物学者の父を事故で亡くしたことがトラウマとなり、虫に監視されていると思い込んでいる男。しかし、本当の敵は虫ではありませんでした。ホラーと思いきや、現実でも人類の敵は虫ではなく、「これ」です。

骨のない人間」(Men Without Bonesジェラルド・カーシュ
 初めて読んだときは吃驚しました。こうした驚きに出合える機会は年々減っています。創作者のネタが尽きているのか、僕の感受性が鈍くなっているのか……。
→『犯罪王カームジンジェラルド・カーシュ

闇の海の声」(The Voice in the Night)ウィリアム・ホープ・ホジスン
 こちらもアンソロジーの定番で、東宝の映画『マタンゴ』の原作としても知られています。難破船から逃げ出した男女がキノコに覆い尽くされるという話で、キノコに寄生されるのも怖いですが、そのキノコを食わずにいられない点がさらに恐ろしい。

十三階の女」(The Thirteenth Floor)フランク・グルーバー
 デパートへゆき、十三階で買いものをした男。翌日、再びデパートを訪れると、十三階など存在しないといわれてしまいます。そこで出会った幻の女はいずこに……。この手の話はありがちなのに好きなんですよね。ただし、最も気になるのは、過去に亡くなったふたりは恋人同士だったか否かってこと。それによって、オチのニュアンスは大分異なります。

牝猫」(The Squaw)ブラム・ストーカー
 私とアメリアは新婚旅行中に、あるアメリカ人と旅の仲間になりました。そのアメリカ人が子猫を殺し、親猫に復讐されるというお話。殺され方も残酷ですが、本当に恐ろしいのは物語の初めに、こんな文章があったことに気づく瞬間です。「この経験に味をしめたか、以来アメリアは彼女の友人のすべてにハネムーンには連れを連れていくことを勧めていると言っている」。この経験って……。

死の半途に」(In the Midst of Death)ベン・ヘクト
 執筆のため、古い家を借りた男。夜な夜な庭に現れる老婆に悩まされます……。老婆のみつめる過去の情景に取り込まれ、負傷までしてしまうとは、彼女の思いの強さが窺われます。それにしても、老婆はかつての浮気相手と夫、どちらに未練があるのでしょう。

」(The Face)レノックス・ロビンスン
 断崖から湖をみると、湖面に美しい女の顔がある、という冒頭の一文から痺れます。ホラーというより幻想譚ですが、強く印象に残る一編です。

義眼」(The Glass Eye)ジョン・K・クロス
 オチは読めますが、そこに至る過程が面白い(筆致もユーモラス)。この作家は、どうやら筋道を念入りに舗装するタイプのようです。

淋しい場所」(The Lonesome Place)オーガスト・ダーレス
 子どもの頃、堪らなく怖かった暗く寂しい場所。けれど、大人になると平気になってしまいます。その場所で、少年が惨殺されました。彼を殺したのは、私だ。なぜなら……。誰もが経験した恐怖を鮮やかに形にしてくれています。多くの人が納得するのではないでしょうか。

ひめやかに甲虫は歩む」(Softly Walks the Beetle)ジョン・コリア
 コリアお得意の、何が行なわれているかはっきりと書かない技法が効果的です。契約書といえば、あれに決まっていますね。
→『ジョン・コリア奇談集』ジョン・コリア

鏡よ鏡」(Oh, Mirror, Mirror)ナイジェル・ニール
 女の恨み(恐らく恋愛)は怖い。それにしても気の遠くなるくらい時間の掛かる復讐です。

木馬を駆る少年」(The Rocking-Horse Winner)D・H・ロレンス
 シンシア・アスキス編のアンソロジー『恐怖の分身』のために書かれた短編。僅かな金を得るために大切なものを失うところは、W・W・ジェイコブズの「猿の手」に似ています。しかし、さすがロレンス、単なる恐怖小説で終わりません。そもそも、この短編は、心の底から子どもを愛することができない母親の悲劇なのです。

わが友マートン」(My Friend Merton)ジュリアス・ファースト
 マートンは酔っ払いの幽霊。全く怖くはありませんが、実に質が悪い。こんなのと友だちになるくらいなら、殺された方がマシです。

蝿の偶像」(The Idol of the Flies)ジェーン・ライス
 悪魔のように残酷な少年の物語。蠅といえば、ウィリアム・ゴールディングの『蝿の王』もそうでしたね。

信念と希望と愛と」(Faith, Hope and Charity)アーヴィン・S・コッブ
 移送中の列車から逃げ出したイタリア人、フランス人、スペイン人の囚人。彼らはそれぞれ、独房での終身刑、ギロチン刑、絞首刑に処される予定でした。三人の行く末は途中で分かってしまいますが、コッブは、先を読まれることを前提に読者を楽しませるテクニックを駆使しています。

※1:「幻想と怪奇」という雑誌も存在した。

※2:ハヤカワ文庫の『幻想と怪奇』は、三刷以降(?)、辰巳のイラストに変わった。


『怪奇と幻想1 ―吸血鬼と魔女』矢野浩三郎ほか訳、角川文庫、一九七五
『怪奇と幻想2 ―超自然と怪物』矢野浩三郎ほか訳、角川文庫、一九七五
『怪奇と幻想3 ―残酷なファンタジー』矢野浩三郎ほか訳、角川文庫、一九七五

アンソロジー
→『12人の指名打者
→『エバは猫の中
→『ユーモア・スケッチ傑作展