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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『エバは猫の中』ガブリエル・ガルシア=マルケス、オクタビオ・パスほか

アルゼンチン ウルグアイ グアテマラ コロンビア チリ ペルー メキシコ


 サンリオはSF文庫以外にも、一般文学などを扱った「サンリオ文庫」を発行していました(一九八三年十月発行の『エレンディラ』から、一九八七年二月発行の『フローティング・オペラ』までの約三年半)。
 発行点数は少なかったものの、ラインナップは豪華で、絶版後、ほかの出版社からほとんどの作品が再刊されました。
 尤もSFと文学の線引きは曖昧で、SF文庫から後にサンリオ文庫に移行した本も二冊あります(『ナボコフの一ダース』と『ザ・ベスト・オブ・サキI』)。

 また、ノンフィクションやロマンス小説も同じサンリオ文庫という名前でしたが、整理番号が違います。
 例えば、同じ1aでも
  A-1aは〈文学〉の『エレンディラ』、
  B-1aは〈ノンフィクション〉の『17歳の遺書』、
  C-1aは〈ミステリー〉の『死の統計』、
  D-1aは〈ラブロマンス〉の『もう花嫁なのに』
といった具合(※1)。
 ちなみに、Aは十九冊、Bは四冊、Cは一冊発行されたようです(※2)。

 それらはカバー背の色も異なり、Aはオレンジ色でした(Bはピンク、Cは水色、Dは黄緑)。黄色やオレンジは色が飛びやすいため、三十年経った今では、色焼けしてしまった本が多いのではないでしょうか。
 ちなみに僕は、新刊で購入した後、ブックカバーをかけたまま保存している本が二冊あり、その二冊は今も鮮やかなオレンジを保持しています。
 ふだんはブックカバーなんてかけないのに、なぜそんなことをしたかというと、別に高く売ろうとしたわけではなく、クラスの女の子にもらったスヌーピーのブックカバーを捨てるに忍びなかったという理由だったりします。

 さて、上記のとおり、サンリオ文庫の作品は別の出版社から再刊されることが多かったため、未だに現役の本が多い。勿論、よいことなんですが、絶版本を扱うこの「読書感想文」としては選択の余地が少ないのが辛いところです……。
『エバは猫の中』も、後に『美しい水死人』のタイトルで福武文庫から再刊されました。ただし、表題作の「エバは猫の中」と「イシチドリの夜」は、同じ福武書店から出ていたガブリエル・ガルシア=マルケスの短編集『青い犬の目』に収録されていたためか、「美しい水死人」に差し換えとなり、また、最も長いフリオ・コルタサルの「追い求める男」も「山椒魚」に差し換えになっています。

 一九七〇〜八〇年代は日本でもラテンアメリカ(イスパノアメリカ)文学のブームが起こり、色々な出版社から数多くのアンソロジーが出版されました。けれども、僕が購入したのはこの一冊のみでした。
 というのも、凝り性で、気になった作家がいると著書のほとんど集めてしまう僕は、いってみれば「全集派」で、選集とは余り縁がないからです。アンソロジーを購入するのは、ほかでは読めない作家が集まっているか(『12人の指名打者』)、ほかでは読めない短編が収められているか(『日本名城紀行 畿内』は山田風太郎の短編目当てに買った)のどちらかに絞られます。

 一方、僕とは全く逆のタイプもいます。「組み合わせの妙」や「編者の知識や愛や労力」に心酔する「アンソロジー派」がそれです。
 まあ、そんな大上段に構えなくとも、作家よりも作品を優先する人、その分野の初心者、軽く触れたい人、試し読みしたい人にとってアンソロジーは利点が多いと思います。実際「『百年の孤独』や『緑の家』を読むのは面倒臭いけど、ラテンアメリカ文学は何となく気になっているし、短編なら軽く読めそうだ」と考える人が多かったから、数多くのアンソロジーが出版されたのではないでしょうか。

 そのなかで、現代の幻想的な作品を中心に編まれた『エバは猫の中』は、とても優れたアンソロジーです。メキシコとアルゼンチンの作家に偏っている点がやや気になりますが、選ばれた短編のレベルは高く、独特な世界観に慣れていない人でも十分楽しめると思います。
 また、収録作品数が多い点(文庫本で十七人十八作品が読めるというのは、かなりお得)、解説が充実している点(入門書としてうってつけ)も見逃せません。
 全部の感想を書くのは煩わしいので、僕が特に好きなものをいくつかあげてみたいと思います。

「波と暮らして」オクタビオ・パス
Mi Vida con la Ola Octavio Paz
 メキシコの大詩人パスの散文詩。よくある恋愛譚ですが、相手は人ではなく「波」。気まぐれで嫉妬深い彼女のためにふたりは破綻し、残酷なラストを迎えます。二〇〇二年に書肆山田から『鷲か太陽か?』が出たので、そちらを手に入れてもよいと思います(タイトルは「波との生活」)。
→『鷲か太陽か?』オクタビオ・パス

カナリアとペンチと三人の死者のお話」(ホルヘ・イバルグエンゴイティア)
Cuento del Canario, Las Pinzas y los Tres Muertos Jorge Ibargüengoitia
 貧しく風変わりな人々の愉快で悲しいスケッチ。語り手の冷静な視線との対比が効いています。イバルグエンゴイティアの邦訳は、多分この短編のみ。ほかの作品も読みたいなあ。

「ミスター・テイラー(アウグスト・モンテロッソ
Mister Taylor Augusto Monterroso
 グアテマラ領事だったモンテロッソは、米国の軍事介入を恨んでいたんでしょうか。ブラックなオチまでゲラゲラ笑えますが、気の毒なのはミスター・テイラーですね……。この作品もパス同様、書肆山田の『全集―その他の物語』で読むことができます。

「薔薇の男」(マヌエル・ロハス
El Hombre de la Rosa Manuel Rojas
 チリの民話を元にしているそうです。首と胴体が切り離されていたこと、密室に閉じ込められながら遠く離れた場所の薔薇を取ってきたこと、足の裏に刺されたピン、この三つの関係が何度考えても分からないところが作品に深みを齎しているように思えます。
→『泥棒の息子』マヌエル・ロハス

「閉じられたドア」(ホセ・ドノソ)
La Puerta Cerrada José Donoso
 これを読むためだけでも、この本を買う価値はあります。賭けに勝ったセバスティアンは、ドアの向こうへいけたのでしょうか。
→『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ

「パウリーナの思い出に」(アドルフォ・ビオイ=カサレス)
En Memoria de Paulina Adolfo Bioy Casares
 亡霊や夢は誰が作り出すのか。奇妙な謎を論理的に解くのってなかなか難しいのですが、見事に収拾をつけています。
→『豚の戦記』アドルフォ・ビオイ=カサレス

※1:Eの〈ビジュアル〉には『自分で、自分に火をつけろ―長島茂雄語録』などがあるが、実物をみたことがない。なお、F-1aは『はかない心 立原えりかの世界1』。Gまであるという噂も聞くけど、未確認。AからEまでのアルファベットの名称は一部の本の帯に記載されている。

※2:どこまで蒐集するのかはコレクターによる。一般的に「サンリオ文庫」というとAの〈文学〉のことを指す場合が多いが、古書店ではロマンス小説等も同じ棚に並んでいる。ちなみに僕は、A〜Cが蒐集対象なので、D以降が何冊発行されているか知らない。


『エバは猫の中』ラテンアメリカ文学アンソロジー、木村榮一ほか訳、サンリオ文庫、一九八七

サンリオSF文庫、サンリオ文庫
→『マイロンゴア・ヴィダル
→『どこまで行けばお茶の時間アンソニー・バージェス
→『深き森は悪魔のにおい』キリル・ボンフィリオリ
→『サンディエゴ・ライトフット・スー』トム・リーミイ
→『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー
→『生ける屍』ピーター・ディキンスン
→『ジュリアとバズーカアンナ・カヴァン
→『猫城記』老舎
→『冬の子供たち』マイクル・コニイ
→『アルクトゥールスへの旅デイヴィッド・リンゼイ
→『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ
→『』ロザリンド・アッシュ
→『浴槽で発見された手記スタニスワフ・レム
→『2018年キング・コング・ブルース』サム・J・ルンドヴァル
→『熱い太陽、深海魚』ミシェル・ジュリ
→『パステル都市』M・ジョン・ハリスン
→『生存者の回想』ドリス・レッシング
→『マラキア・タペストリ』ブライアン・W・オールディス
→『この狂乱するサーカス』ピエール・プロ
→『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル
→『どこからなりとも月にひとつの卵』マーガレット・セントクレア
→『飛行する少年』ディディエ・マルタン