読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『猫橋』ヘルマン・ズーデルマン

Der Katzensteg(1890)Hermann Sudermann

 ヘルマン・ズーデルマンの『猫橋』は、明治三〇年頃に戸張竹風による抄訳『賣国奴』として日本に初めて紹介されました。
 田山花袋も『カッツェンステッヒ』の邦題で翻訳したそうですが、まとまった形では発表されていないようです。

 それから約三十年が経った一九三〇年、生田春月による新訳が新潮社の「世界文学全集」に収録されます。しかし、春月は刊行を待たずに投身自殺をしてしまいました。
 その後、春月訳の『猫橋』は新潮文庫、創元文庫(写真)と移ってゆきます。これは、ミハイル・アルツィバーシェフの『最後の一線』と全く同じ流れです。
 僕が持っているのは一九五二年の創元文庫版で、春月の内縁の妻、生田花世が解説を書いています。ちなみに、春月の師である生田長江は、ズーデルマンの『消えぬ過去』を訳しています。
 こうしたことから、ズーデルマンは、当時のドイツ文学者にとって重要な作家であったことが分かります。

 僕が読んだことのあるズーデルマンの小説は『猫橋』と『憂愁夫人』Frau Sorge(1887)のみですが、両者ともに筒井康隆が愛読書に挙げています。
 なお、筒井は、アルツィバーシェフも『サーニン』と『最後の一線』を選んでいます。それと同様、ズーデルマンの二作も甲乙つけがたいということなのでしょう。

 ちなみに『憂愁夫人』は、官能小説みたいなタイトルですけれど、中身はまるで異なり、貧しくも真面目に生きる少年パウルの青春を描いた自伝的作品です。
 憂愁夫人(フラウゾルゲ)とは、母親から聞かされたお伽噺に出てくる灰色の女で、不幸の象徴と考えられています。
 亡き母の語った「憂愁夫人」がどのような物語なのかは、この小説の一番最後で明らかにされ、涙を誘います。

 一方、『猫橋』は、こんな話です。

 ナポレオン戦争の頃のプロイセンが舞台。古城の城主シュランデン男爵は、母親がポーランド出身であったため、ポーランドの独立を許すというナポレオン・ボナパルトの約束を信じ、城から村へと続く猫橋(カッツェンステッヒ)にフランス軍を通してしまいます。それによって、プロイセンは甚大な被害を受けます。
 男爵は怒り狂った村人から迫害され、寂しく死んでゆきます。その息子ボレスラアフは偽名を使い軍隊に入りますが、負傷したため、廃墟同然となった城に戻ってきます。彼も、父親同様、村人から攻撃されます。
 唯一の味方は、男爵に無理矢理、妾にされたレギイネです。彼女は、村民から暴力を受けながらも城を去ろうとしません。孤独なボレスラアフは、互いの傷を舐め合うようにレギイネに惹かれてゆきます。しかし、彼には初恋の女性ヘレエネがおり、気持ちは両者の間を揺れ動きます。

『憂愁夫人』のパウルは、怠け者の父、病弱な母、自分勝手なふたりの兄、淫蕩な双子の妹という悲惨な家族構成でした。さらに、幼少の頃から懸想していたエルスベットとはすれ違い、乱暴者の兄弟に虐められ、購入した牽引車は故障で動かず、家は放火され、仕舞いには服役するといった具合に不幸が立て続けに起こります。
『猫橋』は、それよりもさらに過酷な状況で、人間関係も複雑です。

 自分は全く悪くないのに、父親の裏切りのせいで村八分になったボレスラアフ。意地と城を捨てて別の場所で生きてゆくこともできるのに、理不尽な仕打ちに我慢できない彼は、正々堂々戦う道を選択します。
 その結果、ボレスラアフは第一鉄十字章を授けられますし、ナポレオンがエルバ島を脱出しプロイセン国王が再召集を掛けると、士官として後備兵を指揮することになります。
 古いタイプの小説に相応しい、正義感の強い主人公ですが、面白味は余りありません。

 それよりも印象的なのは、レギイネです。
 村には父親がいるものの、彼女は主人に仕え、城に残ることしか考えられません。金にも洋服にも興味を示さず、主人のために危険を犯し食料を調達にゆくレギイネは、蒙昧だが全くブレないのが魅力です。
『猫橋』を少女小説と思って読めば、読者は、薄情で利己的なヘレエネより、レギイネを応援したくなるはずです。

 また、この小説が古びていないのは、現代にも残る差別やいじめの構図が描かれているからです。特に、加害者の家族というだけで白い目でみられたり、虐げられたりするという問題の、過去の一例として大変興味深い。
 ボレスラアフやレギイネを容赦なく攻撃する村人たちにとっては、男爵本人なのか、その家族なのかなど全く関係ないようにみえます。つまり、個人の罪は、その一族の罪と思っているようなのです。かつて、連座や族誅といった刑罰があり、それに近い考え方といえます。
 尤も、男爵の行為は、現代において外患罪に当たり、最も重い罪とされていますし、戦時中ということもあって、村人の感情としてはやむを得ない面もあります。

 しかし、そこまでの犯罪でなくとも、「被害者が苦しんでいるのに、加害者の家族が幸せになるのは許せん!」と思う人は、今も数多くいるでしょう。
 そして、そういう心理が働く限り、ボレスラアフの「貴様達は、死人にはもはや手が届かないところから、親の罪を俺に報い、その怒りを俺に晴らそうと思っている」という叫びは響かないかも知れません。

 ただし、こうした憎しみの連鎖は、新たな悲劇を生んでしまいます。
『猫橋』においても、ハッピーエンドの『憂愁夫人』とは対照的な結末を迎えます。いつだって、犠牲になるのは最も弱い者なのです……。

 なお、「猫橋」とは単なる固有名詞ですから、現代であれば「カッツェンステッヒ」と訳されることでしょう。猫は登場しませんので、猫が好きというだけの人は無視して構いません。

『猫橋』生田春月訳、創元文庫、一九五二