読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『パズルランドのアリス』レイモンド・スマリヤン

Alice in Puzzle-Land: A Carrollian Tale for Children Under Eighty(1982)Raymond Smullyan

 僕は翻訳小説が好きなので、原書のバージョン、訳者、イラストレーターなどの違いによって同じ小説を複数冊購入することがあります。そのなかで、最も数多く所持しているのは、間違いなく『不思議の国のアリス』です。
 コレクターと呼べるほど徹底していませんが、かなりの数のアリス(原書、『鏡の国のアリス』や『地下の国のアリス』を含む)が我が家の書棚を陣取っています。

 本家のみならず、パロディ作品やアリスのキャラクターを使用したものもつい買ってしまいます。
 こちらも様々な種類がありますが、ルイス・キャロルは数学者だったこともあって、論理パズルの本が多い傾向がみられます(キャロル自身によるパズル本『もつれっ話』、キャロルの著作から抜粋した『不思議の国の論理学』、R・W・ガランドの『アリスとキャロルのパズルランド』など)。今回取り上げるレイモンド・スマリヤンのパズルブック『パズルランドのアリス』(写真)もそのなかの一冊です。

 この本は元々、社会思想社より『パズルランドのアリス ―80歳以下の子どもたちのためのキャロル的おはなし』として一九八五年に刊行されました。
 その後、ハヤカワ文庫に入る際、二分冊され「不思議の国篇」「鏡の国篇」というサブタイトルがつけられました。

 スマリヤンは高名な論理学者ですが、一般向けにパズルの本も沢山書いています。その際、有名な物語のキャラクターを使うことが多く、シャーロック・ホームズや『千夜一夜物語』などを題材にとっています(『シャーロック・ホームズのチェスミステリー』や『アラビアン・ナイトのチェスミステリー』)。
 アリスはすでに『この本の名は?』で登場しているので、『パズルランドのアリス』は「アリス」シリーズの二作目ともいえます。

 ヘンリー・デュードニーの『カンタベリー・パズル』は飽くまで『カンタベリー物語』の舞台や設定を借りたパズル集でしたが、『パズルランドのアリス』は物語としても楽しめるのが特徴です。
 キャロルは、アリス・リデルにオリジナルのストーリーを物語りましたが、スマリヤンもアリスという少女とその仲間たちにパズルストーリーを聞かせるという設定になっています。
 そのため、パズルの合間のスマリヤンと子どもたちのやり取りが読みどころのひとつでもあるのです(アリスの方から問題を出すこともある)。

 といっても、この本を買うのは、やはりパズルをがっつり楽しみたい人でしょう。勿論、その欲求を満たすためにも最適な構成になっています。
 章ごとに同系統のパズルがまとまっており、問題に入る前に不思議の国の住人による易しい解説がついています。また、先に進むごとに難易度が上がるため、初心者でも無理なくレベルアップできます。
 さらに章の終わりには、超難問が用意されているので、上級者も十分に満足できるでしょう。

 パズル以外にも、算数の文章題の不思議の国バージョン、「エピメニデスのパラドックス」をハンプティダンプティが分かりやすく説明してくれる章、鏡の国の論理の章など楽しくてためになる解説が沢山含まれています。
 特に、鏡の国の論理は、頭がこんがらがるほど複雑でヘンテコですが、その分、面白い。「一方を正しいと主張し、次にもう一方を正しいと主張し、その後、両方を正しいと主張し、しかもそれらの陳述に矛盾がない」という白の騎士とアリスが出会います。混乱したアリスを、またしてもハンプティダンプティが助けてくれます。

 例えば、「鏡の国の論理家が、赤の王さまは眠っていると信じているとしよう。では彼は王さまがアリスの夢をみていると信じるか、それとも信じないか?」という一見滅茶苦茶な質問があります。
 しかし、これは以下の条件が与えられることによって、解くことができるのです。

条件一:鏡の国の論理家は完全に正直だ。彼は自分がほんとに信じている陳述のすべてを、そしてそれだけを主張するだろう。
条件二:鏡の国の論理家がある陳述を正しいと主張するときは、いつも同時に自分はその陳述を信じていないと主張する。
条件三:何か一つの正しい陳述をあたえられたら、鏡の国の論理家はいつも、自分はその陳述を信じると主張する。
条件四:もしも鏡の国の論理家は何かを信じているなら、それと反対のことを同時に信じることはできない。
条件五:何か一つの陳述があたえられたとき、鏡の国の論理家は、それを信じるか、それともそれの反対を信じるかのどちらかである。

命題一:鏡の国の論理家が何かを信じているときには、いつも彼は自分がそれを信じていないと信じている。
命題二:ある一つの正しい陳述があたえられたとき、鏡の国の論理家は自分がその陳述を信じていると信じる。

 証明は省きますが、上記から「鏡の国の論理家は正直だが、完全に誤っている」ことが分かります。
 つまり、先ほどの質問の答えは「鏡の国の論理家は、赤の王さまが眠っていると信じているので、赤の王さまは起きている。起きているとアリスの夢はみられないから、鏡の国の論理家は王さまがアリスの夢をみていると信じる」となるのです。

 ここだけ抜き出したのではよく分からないと思いますが、本文ではアリスと不思議の国の住人の軽妙かつ懇切丁寧なやり取りのお陰で、初心者にも理解できるようになっています。
 ただし、ぼーっと字面を追っていたのでは面白さが伝わりませんので、しっかりと頭を使って読まれることをお勧めします。

『パズルランドのアリスⅠ 不思議の国篇』市場泰男訳、ハヤカワ文庫、二〇〇四
『パズルランドのアリスⅡ 鏡の国篇』市場泰男訳、ハヤカワ文庫、二〇〇四


→『シャーロック・ホームズのチェスミステリー』『アラビアン・ナイトのチェスミステリー』レイモンド・スマリヤン

不思議の国のアリス』関連
→『サセックスのフランケンシュタイン』H・C・アルトマン
→『黒いアリス』トム・デミジョン
→『未来少女アリスジェフ・ヌーン
→『不思議な国の殺人フレドリック・ブラウン

「論理パズル」関連
→『カンタベリー・パズル』ヘンリー・デュードニー
→『シャーロック・ホームズのチェスミステリー』『アラビアン・ナイトのチェスミステリー』レイモンド・スマリヤン

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