The Canterbury Puzzles and Other Curious Problems(1907)Henry Dudeney
僕は数学パズルが大好きで、ヘンリー・デュードニーやサム・ロイド、マーティン・ガードナーらのパズルには昔から親しんできました。
ただし、パズルは作家よりも蒐集家が多く、あちこちの本に同じパズルやバリエーションが掲載されています。そのため、ある程度の本を集めてしまうと、その後、オリジナルの新作になかなか出合えないのが難点です。
尤も傑作がそう簡単に生まれるわけがないので、やむを得ないのでしょうが……。
さて、パズルの世界の二大巨頭といえるのが、ロイドとデュードニーです。
ほぼ同時代に新聞や雑誌で活躍したふたりはよきライバルでしたが、スタイルは対照的だったといわれています。派手な手品的仕掛けと分かりやすさで熱狂的なパズルブームを巻き起こしたロイドに対して、数学的理論に裏打ちされた奥深く厳密なパズルを得意としたデュードニー。
どちらのパズルも素晴らしいのですが、デュードニーの方がより難しいという気がします。
ふたりの経歴や代表的なパズルは『巨匠の傑作パズルベスト100』で紹介されていますので、手っ取り早く学びたい方はそちらをどうぞ(※1)。
『カンタベリー・パズル』はその名のとおり、ジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』の舞台を借りたパズル集です。
『カンタベリー物語』に登場する巡礼たちは物語を語り合うだけでなく、パズルの出しっこをしていたのですが、未完に終わってしまったため、その部分を掲載することができなかったという設定。
法律、歴史、語学、医学、天文学、占星術など該博な知識を身につけていたチョーサーは、パズルを創作するのに相応しいとデュードニーは書きます。
ただし、『カンタベリー・パズル』には八章百十四題のパズルが収録されていますが、『カンタベリー物語』のパロディになっているのは、そのうちの一章分(三十一題)のみです。
とはいえ、ほかの章も中世やヴィクトリア朝あたりが舞台になっており、魅力的な挿絵(デュードニー自身の手によるものも含む)のお陰もあって、その時代の雰囲気を十分に感じることができます(写真)。
また、『カンタベリー物語』は、それらしい人物にそれらしい話を振り分けた点が特徴のひとつとされています。例えば、騎士や司祭には崇高な話、粉屋や家扶といった階級の者にはファブリオを担当させました。
勿論、デュードニーもそれを踏襲し、階級や職業に合わせたパズルを出題させているのです。バースの女房が小難しいパズルを出したら変ですから、軽いなぞなぞにするといった工夫がそれです。
そうした配慮は、読者にとっても有用で、自分のレベルや気分に合わせて、パズルを選択することができます。
単なるパズル集ではなく物語仕立てにした利点はほかにもあります。
代表的なものが「6.陣羽織亭の主人のパズル」で、これは水汲みパズルのバリエーションですが、出題者が宿屋の主人ならではの仕掛けがしてあるため、多くの人は引っ掛かってしまうのではないでしょうか(ネタバレになるので、具体的には書かない)。
ほかにも、過去の問いから登場人物の身長を推測しないと解けない推理小説のようなもの、パズルを解きながら牢から脱出するアドベンチャーゲームのようなものなどもあります。勿論、解答にも登場人物による解説が含まれるので、探偵による謎解きを読んでいるみたいでワクワクします。
一方、前述したとおり、かなり難しいパズルが多いのが、ちと辛い。数学的知識がないと解けない上に、答えが「894348通り」とか、小数点以下五十八桁とか、とても電車のなかでは解答を導き出せないものもある(※2)。
「最も少なくて済む回数を答えよ」とするより「3回で済む方法をあげよ」としてくれたり、「切り分ける断片は同じ形とはならない」などと記載してもらえたら、少しはハードルが下がったかも知れません。答えをみてから「ああ。そういう風にしてもいいのか」と気づくことが何度もありますから。
ま、難易度については、易しくしすぎると上級者には詰まりませんし、難しくしすぎると初心者にはチンプンカンプンになるわけで、調整はなかなか大変そうです。
というか、デュードニーの時代、庶民はこの程度のパズルを解く素養を持っていたってことでしょうか。であるなら、頭の悪いのを人のせいにしている場合じゃないですね。
さて、僕が考えるよいパズルとは、問題はシンプルで、紙などを使わず頭のなかで考えられ、ひねりが効いていて、先入観を覆される意外な解答で、思わず人に出題したくなるようなものです。
最後に、例として、ひとつだけ改変して引用してみます(答えは文字を白黒反転)。
「31.賄い方のパズル」
粉屋が5つのパンを、織物屋が3つのパンを持っていました。賄い方はパンをひとつも持っていなかったので、彼らのパンを分けてもらいました。三人は全く同じ量のパンを食べました。
食べ終わった後、賄い方は8枚の硬貨を出し、ふたりで正しく分けてくれといいました。
どのように分配すればよいでしょうか。
答え:三人が食べたパンの量は8/3ずつ(合計で24/3=8個)。粉屋は15/3提供して、8/3を自分で食べたから、賄い方に7/3あげたことになる。織物屋は9/3提供したので、賄い方に1/3あげた。つまり、硬貨は7枚を粉屋に、1枚を織物屋に分けるのが正しい。
※1:マーセル・ダルージの『世界でもっとも美しい10の数学パズル』では、ロイドは大きく扱われているのに、なぜかデュードニーはほんのちょっとしか紹介されていない。
※2:訳文のせいか、何度読み返しても問題の意味が分からないものもある。パズルは出題を完璧に理解しないと解く条件が整わないので、曖昧な表現やおかしな日本語は使わないで欲しい。
『カンタベリー・パズル』伴田良輔訳、ちくま学芸文庫、二〇〇九
『カンタベリー物語』関連
→『新カンタベリー物語』ジャン・レイ
「論理パズル」関連
→『パズルランドのアリス』レイモンド・スマリヤン
→『シャーロック・ホームズのチェスミステリー』『アラビアン・ナイトのチェスミステリー』レイモンド・スマリヤン
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