読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ポルの王子さま』カジノ=リブモンテーニュ

Le petit prince(1972)Kazino Ribumontênyu

 モリー・フルートの『鏡の国のアリス』は、原題が同じというだけで名作と全く同じ邦題にしてしまった悪しき例ですが、カジノ=リブモンテーニュの『ポルの王子さま』(写真)は違います。原題は『Le petit prince』と、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子さま』と同じでありながら、きちんと区別をつけているのです。

「訳者あとがき」には、こんな風に書かれています。
「このメルヘンの原題はLe petit princeです。〈小さな王子〉という意味です。(中略)〈王子〉というのは、〈王さまの息子〉のことであり、〈王さま〉というのは、男性一般をさすことは、ひろく知られているところですから、忠実な訳語とすれば、〈男にとっての息子〉ということになります。もし、イギリス流に正確を期するなら〈男性自身〉とでも訳すべきでしょう」
 とはいえ、『男性自身』とするわけにもいかないので、『星の王子さま』からちょっと借りて『ポルの王子さま』にしたとのこと。
 ……なーんて、それらはすべて冗談で、カジノ=リブモンテーニュなんてフランス人は存在せず、訳者の中田博も偽名のようです。

『ポルの王子さま』は、内容はいわずもがな、イラストや装幀まで岩波書店版の『星の王子さま』(※)に酷似しており、その完成度の高さと馬鹿馬鹿しさは好事家たちに高く評価されています。
 クロス装やスピンまでは再現できておらず、イラストも少なめですが、外函には「全国学図書館協議会選定 必読図書」シールのパロディである「成人向 必読図書」と書かれた金のシールまで貼ってあるのですから、コストを度外視した悪ふざけに感動さえ覚えます。
 一方で、よい子が手を出さないよう、帯に「成人向け」と大きく書かれている配慮も嬉しいです。

 さて、『ポルの王子さま』は、『星の王子さま』をはじめとする国内外の文学のパロディ、一九七〇年代の社会や風俗(教育ママ、学生運動ウーマンリブなど)の諷刺として語られることが多い。それは間違いではありませんが、その部分だけにしか触れないのは勿体ない作品です。
 というのも、『ポルの王子さま』を特異にしているのは、全く別の面だからです。

 勿体ぶらずに答えを明かすと、『ポルの王子さま』が凄いのは、基本的に『星の王子さま』と内容が同じというところです。
 例えば、ゾウを飲み込んだウワバミの絵は、桃太郎の入った桃の絵(女性のお尻そっくり)に変わっています。そこから下ネタが展開されるわけですが、最終的にその絵によって導き出されるのは、両者とも同じく「ものわかりのよい人間だと大人たちに思われてしまう」ということなのです。
 パロディが原典を批判するものであるとしたら、この作品はパロディとはいえないでしょう。勿論、単なる模倣とも違います。

 それじゃあ、何かというと、『ポルの王子さま』は、大人の読者向けの解説書に近い。本家よりボリュームが多い分、より具体的かつ分かりやすく書かれているのが特徴です。
星の王子さま』は、小説を余り読まない方や子どもにとって抽象的すぎて理解しにくい面もありますが、『ポルの王子さま』はそれを補っているといえるのです。

 王子さまを慕う「花は、もう透きとおった蜜のような液体を、ヴァギヴァジのはしまであふれさせていました。王子さまは、たまらず、ヴァギヴァジに顔を寄せると、ふるえているヴァギヴァジに口をつけ、あふれている透きとおった蜜のような液体を、舌でそっとなめてやりました」といった具合。
 花の気持ちがストレートに表現されており、本家より遥かに解釈が容易になっています(それがよいかどうかは別問題だが……)。

 タイトルやカバーイラストから想像するよりも、エロ度は低く、真面目な作品です。少なくとも欲情させる要素はほとんどありません。
 笑いに関しても、薀蓄や本歌取、馬鹿話を交えた、いわゆる「大人のジョーク」に近いでしょうか。
 決して話題性だけを狙った手抜きの小説ではなく、よく考えて書かれているという印象を受けます。

 一方で、そこが『ポルの王子さま』の弱点でもあるように思えます。
 同じ覆面作家でも沼正三のように話題にならなかったのは、『家畜人ヤプー』に匹敵するインパクトがなかったせいかも知れません。「エロに徹する」「ふざけまくる」という選択肢もあったのではと無責任に思ったりもしますが、それは作者の意図するものとは違うのでしょう。

 要するに『ポルの王子さま』は、子どもの心をなくし、ひたすらエロを追い求める大人たちに読んでもらいたい童話なのです。帯に書かれた「現代文学に新しい分野を拓くポルノ・メルヘン」というのが的を射ています。
「いい歳して、今さら『星の王子さま』でもないよなあ」と嘯く方も、この本なら話のネタに購入してしまう。そして、王子さまの純粋な心に触れ、エロを期待したおのれを恥じることになります。
 さらに十五章以降は、伸縮する武器をズボンのなかに隠し、涙とともに読み終えることでしょう。

 さて、もうひとつの狙いは、あとがきに書かれているように、下劣で質の低いポルノが溢れている現状を憂い、大人の読者の頭と下半身を同時に楽しませることにあったようです。
 しかし、そちらは弁証法的解決が困難な命題といわざるを得ません。古今東西のあらゆる男が一度は考えたことがあると思いますが、成功した例を寡聞にして知らない……。
 どんなに格好をつけても、やはり下半身は別の人格なんですかねえ。

※1:一九六二年に初版が発行された岩波版は、一九七二年九月三十日に改版されている。一方、『ポルの王子さま』の発行日は一九七二年三月十五日だから、もしかしたら『ポルの王子さま』のせいで岩波が改訂した……なんてことは、さすがにないか。

『ポルの王子さま』中田博訳、ニトリア書房、一九七二

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