読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『赤毛のサウスポー』『赤毛のサウスポー〈PART2〉 ―二年目のジンクス』ポール・R・ロスワイラー

The Sensuous Southpaw(1976)/The Sensuous Southpaw: Part 2(1978)Paul R. Rothweiler

 メジャーリーグベースボール(MLB)初の女性選手の活躍を描いたポール・R・ロスワイラーの『赤毛のサウスポー』(写真)が出版された一九七六年は、プロ野球(NPB)初の女性選手である水原勇気がデビューした年でもあります。
 水原と『赤毛のサウスポー』の主人公ジェリ・“レッド”・ウォーカーには「左投」「救援投手」「ナックルやスクリューボール(水原の変化球はドリームボールと命名されている)を決め球にしている」という共通点があります。
 水島新司(あるいは野村克也)もロスワイラーも、パワーやスピード、スタミナで劣る女性は、不規則に揺れて落ちる変化球を武器に救援するしか生き残る道がないという結論に達したのでしょう(PART2には女性遊撃手も登場するが)。

 とはいえ、『赤毛のサウスポー』においては、その辺を深く掘り下げてはいません。
 ロスワイラーは元スポーツライターにもかかわらず、野球をメインに据えませんでした。

赤毛のサウスポー』
 殿堂入りの名投手ジェローム・ウォーカーの妻は、娘のジェリ(レッド)を出産した後、亡くなります。息子を授かることができなかったウォーカーは、やむを得ずレッドに野球を仕込みます。どのチームにも所属せず実力を磨いたレッドは、父の旧友が監督を務めるナショナルリーグポートランド・ビーバーズ(※1)に入団します。
 プレシーズンマッチで好投し開幕を迎えるものの、チームメイトからは無視され、相手チームには試合をボイコットされてしまいます。それでもレッドはめげず、実力と話題性でファンやマスコミを味方につけてゆきます。
 レッドのお陰で万年最下位のチームは快進撃を続けますが、大きな罠が彼女を待ち構えていました。

 実をいうと、レッドは野球において大きな壁にぶち当たりません。ときどき打ち込まれるものの、女性としては超人的な活躍で、チームに勝利を齎します。

 一方、野球以外の問題は怒涛の如く押し寄せてきます。まず立ち向かうことになるのは、性の壁です。
 MLBでは一九五二年から一九九二年まで女性との契約は禁止されていたため、ルールを曲げない限りレッドはプレイできないのですが、これを差別と考えるか、単なる一組織の規則と捉えるかは読者次第です。いずれにせよ、女性の活躍を面白く思わない男たちはどの世界にもいて、レッドもそれに悩まされます。

 ただし、彼女はとても楽天的な性格なので、チームメイトに無視されてもへこたれません。
 野球で結果を出すとともに、熱狂的なファン(車椅子の少女)や教育係の女性、女性活動家らに支えられ、次第に仲間を増やしてゆきます。

 寧ろレッドが落とし穴に嵌ったのは、異性を意識するようになったためでした。
 十八歳まで、父親とふたりでひたすら野球に打ち込んできた彼女でしたが、一躍寵児となり、それに伴い様々な誘惑に晒されることになります。
 特に、男やセックスに対する興味は抑え切れず、シーズン中にもかかわらず自ら危険な罠に飛び込んでしまった感もあります。

 日本語の題名や、集英社文庫の新装版のほのぼのとしたカバーイラストからは想像できないでしょうが、原題の『The Sensuous Southpaw(官能的なサウスポー)』とは、レッドが色事師に騙されて出演してしまったブルーフィルムのタイトルのことなのです(ちなみに、チーム名の「Beaver」とはスラングで女性器を指す)。
 さらに、その映画は全米中に知られることとなり、「官能的なサウスポー」が彼女の渾名になってしまいます。

 現代であれば大スキャンダルになり、被害者にもかかわらず球界を追放されてしまうかも知れません。本人だって恥ずかしくて表に出られないでしょう。
 ところが、大らかな時代故か、前向きな態度故か、レッドはこのきつい展開をさほど苦にしません(渾名も嫌がらない)。そして、プレイオフから堂々と復帰するのです。

 野球小説は勝ち負けを中心に描写したら、面白さにおいて本物のゲームには決して敵わない。事実、『赤毛のサウスポー』では最も重要なゲーム(ワールドシリーズ)に触れずに終わります。
 この小説が成功した理由は、女性初のメジャーリーガーを餌に読者を釣り、若い女の子の明るく大胆なセックスを描いたところにあります(映画『セックス・チェック 第二の性』みたいなものか)。

 成功と書きましたが、『赤毛のサウスポー』が米国において、日本ほど人気があったかどうかは分かりません。
 日本語版が刊行された翌年に出版されたPART2は、明らかに日本人を意識しているところをみると、我が国だけで受けたような気がしますけど……。

赤毛のサウスポー〈PART2〉』
 二年目のジンクスに苦しむレッドと対照的に、日本からやってきた女性ショートストップ青山夕紀(※2)はルーキーながら大活躍し、オールスターゲームにも出場します(レッドは怪我した投手の代わりに急遽出場する)。
 それを知った読売ジャイアンツの森代表は、巨人への入団を勧めに米国にやってきます。ビーバースは手放す気がありませんが、夕紀は東京でのプレイを希望します。そこでビーバーズの会長は、移籍の代わりに日米決戦を提案します。
 かくして、ワールドチャンピオンと日本シリーズの覇者が東京で激突することになりました(※3)。


 NPBでは一九九一年まで女性との契約が禁止されていました(その条項がなくなったのはMLBより一年早い)。そのため、夕紀は活躍の場を求め、アメリカにやってきます。
 そこまではよいとして、夕紀が通用すると分かった途端、「日本に返せ!」と叫ぶのは、いくら何でも図々しすぎるでしょう。野茂英雄ドジャースで活躍し始めると、それまで批判していたマスコミは掌を返して褒め称えました。けれど、「日本に返せ」という声はさすがに聞かれませんでした。

 その恥ずべき行為が、結果的に日米の頂上決戦につながるわけですが、一九七〇年代においては正に荒唐無稽な夢でしかありませんでした。アメリカ人は勿論、日本人だって両リーグの実力差が大人と子どもほどもあることを承知していました(根拠は不明だが、NPBは、MLBと3Aの中間くらいとよくいわれていた)。
 そうした時代に、フィクションとはいえ真剣勝負の日米決戦を描いてくれたことは日本人として嬉しく思います。前述したとおり、一作目を好意的に迎えてくれた日本人へのサービスという面が多分にあるとはいえ、意味なく見下されるのに比べれば遥かに気持ちがよい。

 しかし、続編においても野球は背景に過ぎません。
 今回は、夕紀という、レッド同様、適度に尻軽な女性が加わったお蔭で、「Sensuous」を求める読者にとって楽しみは二倍になりました。
「つき合ったり結婚したりは嫌だけど、セックスはときどきしてあげるわよ」といってベッドに誘ってくれる十九歳は、男の願望を露骨に表しています(何しろ憎き色事師にキスされて、もっと続けて欲しいと思ってしまう)。

 そこだけ捉えるとポルノグラフィと大差なく、男にとって都合のよい女性の造形に眉を顰める方もいらっしゃるでしょう。
 にもかかわらず、『赤毛のサウスポー』が詰まらなくもないし、後味も悪くない理由は、偏にレッドの明るさにあります。
 彼女は野球にも恋愛にも全力で取り組み、悪い結果を招いても決して後悔しません。そのひたすら前向きな生き方故に、複数の男性と気軽にセックスしてしまっても、どこか清々しく感じられるのです。

 加えて、家族の絆や、仲間との信頼を示す感動的なエピソードも用意されています。ベタとは思いつつ、やはり善人たちによって作られる世界は心地よいものです。
 その中心となるレッドは、若いせいかちょっと迂闊なところもありますが、真っ直ぐで純粋で人間臭い。要するに、何だかんだいっても魅力的なキャラクターなのです。

 前作で中途半端に放置された色事師も再び登場するし、ガイジンの目を介した一九七〇年代の東京や日本野球を知ることができるし(かなり的確)、スポーツライターらしい蘊蓄(同じ怪我でも、フットボールの試合には出られて、野球の試合には出られない理由など)もあるので、ぜひ二冊続けてどうぞ。

※1:二〇〇一年から二〇一〇年には、3Aにポートランド・ビーバーズというチームがあった。勿論、この小説とは無関係。

※2:漢字は訳者が当てたのだろうか? その癖、王貞治は「サダハル・オー」と書かれている。

※3:映画「がんばれ! ベアーズ」シリーズの三作目『がんばれ! ベアーズ大旋風 −日本遠征』も、この本と同じ一九七八年に公開されている。


赤毛のサウスポー』稲葉明雄訳、集英社文庫、一九七九
赤毛のサウスポー〈PART2〉 ―二年目のジンクス』稲葉明雄訳、集英社文庫、一九八二


野球小説
→『ユニヴァーサル野球協会ロバート・クーヴァー
→『12人の指名打者ジェイムズ・サーバーポール・ギャリコほか
→『野球殺人事件』田島莉茉子
→『メジャー・リーグのうぬぼれルーキーリング・ラードナー
→『ドジャース、ブルックリンに還る』デイヴィッド・リッツ
→『ナチュラル』バーナード・マラマッド
→『シド・フィンチの奇妙な事件ジョージ・プリンプトン
→『プレーボール! 2002年』ロバート・ブラウン
→『アイオワ野球連盟』W・P・キンセラ
→『プリティ・リーグ』サラ・ギルバート
→『スーパールーキー』ポール・R・ロスワイラー

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