読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『野球殺人事件』田島莉茉子


「折角だから、野球つながりでいこう」と思い、古い本を引っぱり出してきました。それが前回少し触れた、田島莉茉子の『野球殺人事件』(一九五一)です。
「田島莉茉子は覆面作家で、その正体は大井廣介らしい」「埴谷雄高坂口安吾もかかわっているらしい(作中に「エロ味がかつた推理小説、それじや坂口安吾にでももらつたらどうだね」という科白があるし、『不連続殺人事件』への言及もある)」「ペンネームを逆さから読むと『こまりました』になる」などといわれ、ミステリーファンの間では有名な作品みたいなのですが、残念ながら僕は推理小説に疎く、余り興味もありません。詳しく知りたい方はネットで検索してみてくださいね。

 というわけで、事情がよく分からないのですが、テーマも文体も視点も、おまけに「あとがき」まで、男らしさ丸出しで、女性にみせかけようとする素振りなどまるでないところが、違和感ありまくり。知らずに読んだ人は、メチャクチャ戸惑うような気がするんですけど……。

 違和感といえば、表紙のイラストもなかなかインパクトがあります(写真)。女性の目つきも気持ち悪いけど、もっと面白いのは打者のバッティングフォーム。グリップの位置が極端に低く、まるで投手のセットポジションのようです(強いていうと、梨田のこんにゃく打法に似てるかな)。昔は、グリップの位置を低くすることによってテイクバックを少なくするフォームだった(アッパースウィングでもあった)とはいえ、ちょっと低すぎる気もします。

 ま、それはさておき、肝腎の中身はというと、野球賭博に関する連続殺人事件を扱っています(併録されている「賭屋」という短編も、同テーマ)。
 プロ野球をめぐる八百長としては、黒い霧事件(一九七〇)が有名ですが、それより二十年も前(雑誌に連載されたのは一九四八年頃)に、既に野球賭博は問題になっていたようです。ミステリーですから、闇の部分に触れるのは当然といえば当然ですね。
 賭博はともかくとして、職業野球に関しては今と大分異なる点があり、興味深いので、以下にあげてみます。

◎一回表一死一、二塁で、四番打者を敬遠して、満塁にしてしまう。

◎内角、外角が固定されている?
「22から相手投手の外角直速球(左打者の澤井から言うと内角になる)は危くデット・ボールになる處で、澤井ははらばいになつて避ける」

プレイングマネージャーが多く、監督は守備につき、攻撃時にはコーチャーズボックスに立つ(休む暇なし)。

◎ファウルボールを拾ったら、観客自らグラウンドに投げ返す。届かない場合、前の席の人が拾い、また投げる(僕が子どもの頃は、係員が回収にきた。今は、ファウルでももらえる)。

◎シーズンオフ以外、選手は練習をしない。

◎球団の収入は、入場料から経費を引いた額を、二チームで分配する。勝った方が七割、負けた方が三割(フランチャイズ制の導入は一九五二年から)。


 真の作者が大井であれば、野球には詳しい筈です。勿論、フィクションですから、全てを信じるわけにはゆきませんが、ある程度は、その頃の常識だったのでしょう。この本を読む以前から知っていたこともありますが、新鮮な点も沢山あります(野球用語については一々あげないが、今は使わない言葉も多い。延長戦のことを「補回戦」と呼ぶとか)。例えば、数年前まで日本ではSBOの並びが普通でしたけれど、最近ではすっかりBSOになりました。これなんかも、五十年後にみたら、びっくりするかも知れませんね。
 ほかにも、実在した選手(川上や三原)や球団(ジャイアンツやタイガース)が登場したり、戦前の野球や学生野球との比較、選手の俸給の話など、当時を偲ばせるエピソードが満載で、野球好きにはたまりません(「賭屋」の方では、国民野球ならぬ国際野球という架空のリーグの設定が、やたらと凝っていて楽しい)。

 手に入れにくい本ですが、プロ野球ファンなら、読んで損はしないと思います。一九七六年に復刊されたみたいなので、そちらを入手されてもよいでしょう。

 え。「野球はいいけど、ミステリーとして、どうなのか?」ですって?
 それについては門外漢なので、よく分かりません。興味がある方はネットで検索してみてくださいね……って、こればっか。

『野球殺人事件』岩谷書店、一九五一

野球関連
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