読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『プリティ・リーグ』サラ・ギルバート

A League of Their Own(1992)Sarah Gilbert

プリティ・リーグ』は一九九二年に公開された映画で、そのノベライズが本書(写真)です。
プリティ・リーグ」という言葉は日本オリジナルで、米国には現実にも虚構にもそのような固有名詞はありません。原題を直訳すると「彼女たち自身のリーグ」という意味になります。

 それは、一九四三年から十二年間、米国に存在した「全米女子プロ野球リーグ(AAGPBL)」を指します(※1)。
 第二次世界大戦中もメジャーリーグベースボール(MLB)は開催されていましたが、多くの選手が兵役についており、深刻な選手不足に悩まされていました(※2)。このままでは人々の野球に対する関心が薄れてしまうと考えたガム会社の役員フィリップ・K・リグレーは、女子選手だけのリーグを創設したのです。

 一九四四年にはシカゴを中心としたナショナルガールズベースボールリーグ(NGBL)も設立され、インターリーグが開催されるなど女子野球は盛り上がります。
 しかし、戦後、男子選手が復帰したこと、より野球に近いルールに変更され女子選手の確保が難しくなったことなどの理由で、一九五四年を最後にAAGPBLは姿を消してしまいます。

 歴史的経緯はこれくらいにして、物語のあらすじを記載します。

 チョコレートバーの会社の社長ウォルター・ハービーは、女性だけの野球リーグを作るため、全米にスカウトを派遣します。その結果、男好きのするウェイトレス、バッテリーを組む姉妹、実力は申し分がないものの出っ歯が特徴の外野手、子連れの主婦などが入団してきます。
 さらにハービーは、ロックフォード・ピーチズの監督として元ニューヨーク・ヤンキースのジミー・“キラー”・デューガンを抜擢します。デューガンは名選手でしたが、酒のせいで引退に追い込まれ、現在は酒に溺れる生活をしています。
 選手は酒、煙草、男が禁止され、さらにチャームスクールの教師まで遠征についてきます。選手たちは、監視の目を盗んで飲み屋で騒いだりしますが、本当は野球に対する情熱と、女性蔑視に対する憤りを抱えています。女子野球を馬鹿にしていたデューガンは、彼女たちの真剣さに感化され、本気でワールドシリーズ制覇を目指すのです。

 ハービーのモデルは前述のリグレーで、デューガンのモデルはジミー・フォックスです。フォックスはMVPを三度獲得した強打者でしたが、アルコール依存症を患い、引退後はAAGPBLで監督を勤めたこともあります。
 AAGPBLのモットーは「Do or Die!」で、映画でも使用されたテーマソング「Victory Song」は実際の選手であるペッパー・ペアとナルダ・バードが作ったそうです。
 映画を監督したペニー・マーシャルは、同タイトルのドキュメンタリーをみて、映画のアイディアを思いつきました。このドキュメンタリーを制作した姉妹ケリー・カンディールとキム・ウィルソンが、ドティ・ヒンソン、キット・ケラー姉妹のモデルです。なお、実際にAAGPBLでプレイをしたのはケリーとキムの母親であるヘレン・キャラハンです。
 こんな具合に、野球好きが思わずニヤリとしそうなネタが仕込まれています。

 勿論、野球に詳しくない人も楽しめるよう、様々なドラマが盛り込まれています。
 酒で身を持ち崩した名選手、美しくて野球も上手い姉と正反対の妹、派手で男性にもてるが故に誤解されがちな美女、実力はあるのに容姿が劣るため虐げられる選手、女は家庭を守るものだと夫にいわれ、子どもを連れて遠征する主婦などなど、バラエティに富んだメンバーが揃っているので、誰かしらに感情移入できるのではないでしょうか。

 原案も監督もノベライズ作家も女性ですから、フェミニズムの問題もしっかり扱われています(一方、野球に関する記述は、ちと変)。
「女性選手は性的対象にされる」「美醜も重要な要素になる」「女に野球がやれるわけがないと馬鹿にされる」「女は家庭を守るべきという世間の声」「リーグを廃止しようとするオーナー」といった理不尽な扱い、戦時中という抑圧された時代に耐え、明るく自分らしく生きてゆく女性を描くことがこの作品の目的であることは間違いないでしょう。

 そうした部分はそつなく描写されています(黒人はどれだけ優秀でもプレイする機会を得られなかったという人種問題も取り上げている)。要するに、余り頭を働かせなくとも自然に笑ったり、腹を立てたり、感動できたりする仕組みになっているわけです。
 ですから、エンターテインメントとしては文句なしに楽しめる作品といえます。

 ただし、僕は全く別のところに最も興味を惹かれました。
 それは「女性のプロスポーツ、特にチームスポーツはなぜ成功しないのか」という点です。

 作中で、閑古鳥が鳴くリーグを救うため、選手たちは、チアリーダーのような開脚ポーズでボールをキャッチしたり、胸元や太腿を露わにしたり、ファールボールをキャッチした人にキスのサービスをしたりします。
 それが話題になり、爆発的な人気を得ます。さらに彼女たちの本気のプレイがオーナーの頑なな心を打ち、一年で廃止されるはずだったリーグが存続することになります。

 フィクションとしては感動的ですが、現実はそれほど甘くないでしょう。
 テニスやゴルフといった個人スポーツは女子プロ選手も人気があるものの、チームスポーツとなると成功している例を余り聞きません。それはなぜなのか、昔から不思議に思っていました。
 で、散々悩んだ挙げ句、辿り着いた答えは「この問題は、ジェンダーとは関係ないのではないか」でした。

 どういうことかというと、例えばFIFAやFIBAが「一国一リーグ」を原則としているとおり(※3)、ひとつの国にプロのリーグはひとつしか存続できないような気がするのです。
 日本のプロ野球にもNPB以外に独立リーグや女子リーグが存在しますが、経営的に成功しているとはいいがたい状況です。
 これは、女子だから上手くいかないわけではなく、「実力あるいは人気の面で最上位のリーグ以外は成立しにくい」ことを表しているのではないでしょうか(※4)。つまり、男だろうと女だうとシニアだろうとリトルリーグだろうと、プロスポーツは「二位じゃ駄目な」世界なのです。

 逆にいえば、プロリーグが存在しないスポーツなら上手くゆく可能性があると思います(今の時代、プロスポーツがビジネスとして成り立つのかはともかくとして……)。
 例えば、ラクロスは、男女でルールが大きく異なるし、スピード感もあるし、ユニフォームは可愛いし、女子は顔もみえるしで、プロ化したら面白そうだなあと思うのですが、どんなもんでしょうか。

※1:日本の女子プロ野球も、今年が十二年目だが……。

※2:第二次世界大戦で戦死したプロの野球選手は、米国がふたり、日本が七十三人。

※3:それによって、日本のプロバスケットボールリーグがBリーグに統合された。

※4:Vリーグは女子の方が人気があるらしいが、プロリーグではない。


プリティ・リーグ』中谷ハルナ訳、角川文庫、一九九二

野球小説
→『ユニヴァーサル野球協会ロバート・クーヴァー
→『12人の指名打者ジェイムズ・サーバーポール・ギャリコほか
→『野球殺人事件』田島莉茉子
→『メジャー・リーグのうぬぼれルーキーリング・ラードナー
→『ドジャース、ブルックリンに還る』デイヴィッド・リッツ
→『ナチュラル』バーナード・マラマッド
→『シド・フィンチの奇妙な事件ジョージ・プリンプトン
→『プレーボール! 2002年』ロバート・ブラウン
→『アイオワ野球連盟』W・P・キンセラ
→『赤毛のサウスポー』ポール・R・ロスワイラー